巫女様からの招待状。
日が落ちる時間帯にはまだ早いにも関わらず、鬱蒼と生い茂る木々に陽射しが妨げられ暗い景観の森林の奥。シオンとエリス、そしてマサヤはそこで足を止めていた。
「いるな。この先だ……エリス、補助魔術を頼めるか?」
シオンは感知能力によって、目的の魔物であるバンダースナッチの気配を察知した。
一度ならず二度も、それも二度目には複数体のバンダースナッチと対峙したのだ。その気配を間違えようがない。
向こうのほうは幸い、まだこちらの存在に気付いていないようだ。交戦する前に下準備をしておきたい。
「いいですけど、私がちゃっちゃとやっつけちゃうほうが手っ取り早いかもしれませんよ?」
「そうかもしれないけど、油断してかかるには危険な奴だ。万全を期して挑もう」
「わかりました。『防護魔術』、『武装強化魔術』。マサヤさんにもかけますね〜」
エリスのいつもの補助魔術がシオンを包む。エリスはすぐにマサヤにも同じ呪文をかけ始める。
「お、すげーな! それが魔法か。これでなんか強くなったのか?」
「身を守る魔法と、武器の性能を強化する魔法ですよ。結構長く効果が続きますので戦闘中は安心して行って下さいな」
マサヤに簡単に使用した魔術の説明をするエリス。準備もできたところで、早速標的に近付く事にする。
「あー、この気配、前にも遭ったな」
その最中、バンダースナッチの気配を感じ取れたらしいマサヤが呟いた。
「マジか。勝てたのか?」
「まあな。この街に来る途中に出てきやがった。他の魔物よりは硬かったけど、大した事なかったぜ」
マサヤも過去にバンダースナッチと争った事があったらしい。そしてその口振りから、誇張でなければ簡単に勝てたようだ。さすがは異界人。
「おー、凄いですね。やっぱり異世界転移してきたキャラはチートばっかりですね!」
「キャラとか言うなっての。あいつそんなにヤバい奴だったのかよ」
「お前らからすればその程度かもしれないけど、オレみたいな普通の冒険者からすると化け物なんだよ……あっちも気付いたみたいだな」
シオンは感知し続けていた気配がこちらに近付き始めている事を察知する。
やがて前方の木々が揺れる音が聞こえ始め、その合間から、標的であるバンダースナッチがその不気味な姿を現した。
「ボーゥ……」
こちらの姿を確認したバンダースナッチは、やはり不気味な声らしき音を発し、改めてこちらに向かい歩き始める。
「んじゃ、早速始めるか!」
気合い充分な掛け声とともに、力強く地を蹴るマサヤ。そのまま勢い良くバンダースナッチに接近する。
ーー疾い。
瞬く間にバンダースナッチの元に辿り着いたマサヤは、足を止める事なくその横を通り過ぎ、すれ違いざまに長剣を横薙ぎにバンダースナッチを斬りつけた。そしてある程度の距離を置いて木に掴まり立ち止まる。
驚異的な速度だ。なんとか目で追う事ができたが、シオンでは一生かかってもあんな動きをする事はできないだろう。この一瞬で、マサヤと自分との格差を痛感する。
そして斬りつけられたバンダースナッチは、一度動きを止めると、腹から上の上半身がぐらりと傾き、そのまま膠着したままの下半身を残して地に落ちてしまう。
上半身は呻き声を漏らしながら踠いているが、動かなくなるのも時間の問題だろう。
「ははっ、すげーなこの魔法! 確かに強くなってるぜ! あんなに硬かったってのに簡単に斬れたぜ!」
バンダースナッチを両断してみせたマサヤは、補助魔術がかけられた剣を見てはしゃいでいる。見たところその剣は一般的な鉄の剣のようだが、いくらエリスの補助があったにしても、あのバンダースナッチの硬質な身体を真っ二つにしてしまえるとは思えない。恐らくそれもマサヤ自身の力によるものなのだろう。
筋力、敏捷性、ともにA評価。
異界人で神の権能を持っているのだから当然だろうと軽く考えていたが、改めてその能力の異常さを思い知らされた。やっぱりこいつもとんでもない化け物だ。
「おー! さすがはチート異界人ですね。めちゃくちゃ強いじゃないですか!」
「へっ、だろ? 楽勝楽勝! こんな簡単な仕事で金まで貰えるなんて、冒険者って楽な仕事だな」
「その発言はお前ら以外の冒険者全員を敵に回すぞ……他にもバンダースナッチがいないか一応探知してみるか。エリス、ドロップアイテムの回収を頼めるか?」
「は〜い。マサヤさんも手伝って下さいね」
鞄から取り出したナイフをエリスに渡しながら、周囲の気配の探知に集中する。エリスには以前から魔物の解体の仕方を教えてある。バンダースナッチは初めてだろうが、以前シオンが解体している所を見た事があるので大丈夫だろう。
「あー、行商人のおっちゃんもやってたな。金になるんだっけか」
「はい。こいつのドロップアイテムは凄いですよ〜。魔石は高く売れますし、この爪もいい武器に加工できるんですよ。シオン君が使ってるサーベルもこいつの爪で作ったんですよ」
「おー! モンスターの爪とか武器にできんのか! おもしれーな! 爪も魔石とかいうやつもいらないって思っておっちゃんに渡しちまったんだよな。もったいねー」
「あはは、その行商人さんラッキーでしたね。えーっと、ここから切って……よいしょっと」
「うお、グロいな……その爪で俺の武器も作れるんだよな? 今から楽しみだなおい!」
「はい、今使ってる剣よりもきっと強力な……はっ! そうなるとシオン君とお揃い!? ちょっと待って下さい! やっぱりこの爪で作る武器は私から先に欲しいです!」
「はあ!? お前魔法使いじゃないのかよ!? 持ってるのも槍じゃねえか!」
「僧侶系だしこれはナギナタです! 私だってシオン君とペアルックしたいです!」
「俺がこいつ倒したんだから俺が決めるもんだろそういうの!」
「お願いですよー! マサヤさんにはもっと強そうな武器買ってあげますからー!」
「うるせーよお前ら」
探知に集中していたら、解体作業をしている二人が騒ぎ出して邪魔してきやがった。それでも探知自体はできなくはないが、広範囲を探知するのは結構神経使う技術なんだ。もう少し静かにしてくれ。
とはいえ、既にだいたいの周囲の様子は知る事ができた。近くに魔物がいないのはバンダースナッチが居た為だろう。そして探知できる範囲には他のバンダースナッチらしき気配は確認できなかった。恐らくこの一体だけだったらしい。
「もー、マサヤさんのせいで怒られちゃったじゃないですかー」
「俺のせいじゃないだろ! お前が急に我儘言うから……」
「へいへい、探知は終わったからもういいよ。武器は前衛役のマサヤ優先な。買うにしろ作るにしろ、エリスはその後で判断しろよ」
仕方がないので二人が揉めている問題の落とし所を提案する。というか、エリスの欲しがる理由は全然論理的ではない。
「よっしゃ! 話がわかるぜ!」
「えー! お願いですよマサヤさーん、お金なら私有り余ってますから凄くいい武器買えますよ? 作る必要ないんですよ?」
「だってお前、自分が倒したモンスターの武器とかロマンあんじゃねえか! 絶対そっちのがいいって!」
「ぐぅ、それを言われると納得せざるを得ない……」
「いや何で納得すんだよ」
エリスが粘る理由も大概だが、引き下がってしまった理由まで理解できなかったので思わず突っ込んでしまった。異界人って。異界人って……。
「むー、仕方ないですね。あーあ、この前の戦争の時のバンダースナッチの爪、ひとつだけ頂いておけばよかったです」
「それは遠慮してやれ。軍資金も馬鹿にならないって話だし、あのドロップアイテムが少しでもその援助になったなら御の字だろ」
「はーい。まあ、どうせこいつとはまた逢うでしょうし、その時まで保留にしますよ。ふふふ、エリスちゃんは次なるバンダースナッチの出現をお待ちしております!」
こんな危険な魔物の出現を望むのはどうかと思うが。
ともかく、依頼は達成されたのでこれ以上長居する理由もない。解体作業も終えたようなので、リインドの街へ帰還する事にした一行であった。
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「エリスさん、シオンさん……お戻りになられましたか。こんばんわ」
日暮れ前に街に帰ることができ、冒険者ギルドに依頼達成の報告をしに来た三人に声をかけたのは、先輩聖術師のフラムさんだった。
「あれ? フラムさん、どうかしたんですか?」
「おお……なあなあシオン、このねーちゃんも冒険者なのか?」
そのフラムさんを目にし、小声で聞いてくるマサヤ。
「ん? ああ、聖術師のフラムさんだ。エリスが信仰魔術を教わったり、色々世話になってる先輩だよ」
「そうなのか……彼氏っていたりする話は聞いてるか?」
「いや、多分いないと……って、下心かよお前」
「そんなんじゃ……いやまあ、ちょーっとはあるけどな?」
エリスといいこいつといい、異界人はこんなんばっかりか?
「そちらの方は……?」
「ああ、今日からパーティーに加わったマサヤだ」
「うっす、自分、マサヤっす」
マサヤは緊張しているのか、変な挨拶をフラムさんにしてしまう。そんなんで好意的に見られるとは思えないが。
「マサヤさん、ですか。宜しく……お二方が新しいメンバーを加えるとは思っていませんでしたので、意外ですね」
「ああ、こいつも神の権能スキルを持ってるから放ってはおけなくてな」
「神の……なるほど。納得しました」
フラムさんにはエリスに信仰魔術を教える過程で神の権能のスキルの事は話している。異界人云々については話していないが、比較的こちらの事情に詳しい数少ない人物だ。
「それで、自分らに何か用ですか?」
「ええ……貴方達が冒険に出ている時に、ここに神託の巫女様が来られたのです」
「巫女様が?」
神託の巫女。神の声を聴く事ができる巫女と言われ、その力で国内に潜伏していた魔族を一掃し英雄とまで呼ばれるようになった人物だ。
現在はアーヴァタウタ大国王城で客人として持て成されていると聞いたが。
「お二方に会いに来ていらっしゃったのですが、不在でしたので封書を残して行かれました。貴方達を王城に御招きしたいらしいです」
「巫女様がオレ達に?」
まさかそんな人物が自分達を訪ねて来ていたとは。恐らくは先の国境砦奪還戦の活躍を聞いての事なのだろう。しかしどんな要件で?
「巫女様は……エリスさんがルキュシリア神様の権能のスキルを持っている事を知っておりました」
「え……?」
続くフラムさんの言葉は、信じられない内容だった。神託の巫女が、神様の権能のスキルを知っている?
「え、嘘、シオン君、それって……」
「……その封書は?」
「ノーイさんが預かっています」
早速シオンとエリスは急いで受付へ向かう。マサヤも慌ててそれについて来る。
「皆様、お帰りなさい。フラムさんから聞いたと思いますけど、こちら、預かっている封書です」
フラムさんと話していたのを確認していたらしい受付嬢のノーイは、すぐに封書をシオンに渡した。
「巫女様が自ら来られるなんて思ってもいませんでしたのでびっくりしちゃいましたよ。もう緊張して緊張して……」
ノーイのそんな言葉も気にせず、アーヴァタウタ大国の印鑑がされた封書を開く。中には手紙と、王城への入城許可証らしい書類が入っていた。
手紙の内容は、短く簡潔に記されていた。
『王城へ御出で下さい。貴方達異界人が知りたい事、全てを教えましょう』
その文を見て、シオンとエリスは顔を見合わせた。互いの顔は、驚愕に染まっていたのだった。




