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あれからひと月。

「外だー!」


 シートリー地下迷宮の入口から、二人の冒険者が迷宮から脱出してきた。真っ先に声をあげたのは聖術師の少女、エリス。


「や〜、何日振りになります? 四日でしたっけ?」


「三日だな。二人で持ち込める食料だと八階層が限界か。覚えておかないとな」


 エリスの質問に答える少年、シオンは膨れ上がった鞄を背負い直しながら歩き出す。騒がしくしていたエリスもすぐに続く。


「食べ物を現地で調達できたりすればいいんですけどね〜。食べれる魔物っていないんですか?」


「凄い事考えるなお前……魔獣ならあり得なくはないが、魔物は無理だ。魔力を核にして生きているから、死んだら肉体が急速に劣化していくんだ。お腹壊すぞ」


「うへぇ。そうなんですか……そういえば魔獣って、獣が魔物化した存在なんでしたっけ? ダンジョンではあんまり見た事ないですけど」


「そりゃあな。元になる獣がダンジョン内にいないんだ。ダンジョンで生まれる生き物は魔物だけらしいぜ。浅い階層でなら魔獣も居るみたいだが、奥になると魔物のみだな」


「なるほど〜。サバイバルするには厳しい環境なんですね」


 エリスはシオンの説明に頷きながら、手に持つ『ナギナタ』と彼女が呼んでいる武器を握り直した。


 ……エリスは武器を、そして以前より高級な法衣を身に纏っている。

 シオンはかつての革製の鎧ではなく、軽装でこそあるが鋼を最低限に使われた、機動性を重視した鎧を身に着けている。




 二人が冒険者パーティーを組んでから、一月の時が流れていた。




「戦闘なら八階層も余裕なんですけどね〜。食料の限界が攻略の限界ですか」


「まあな。こればっかりは仕方ないさ。無理に節約して進んで戦闘に支障が出てもいけないし。どんな要素だろうと自分の限界は知っておかないと」


 今回二人は、シートリー地下迷宮をどこまで攻略できるか挑戦していた。挑戦できる討伐依頼の魔物を、どの範囲まで相手にできるのか把握する為だ。その結果が食料の問題で八階層だった。

 シートリー地下迷宮の最下階層は十五階層。およそその半分まで二人で行けるわけだ。

 ちなみに、エリスは戦闘では余裕と言っているが、シオンにとってはいっぱいいっぱいだった。少なくともエリスの補助魔術がなければ八階層の魔物をマトモに相手をする事はできなかっただろう。

 ここでもまたエリスとの格差を見せつけられて複雑な気分になるシオン。一応強くなってはいるのだが……。


「しかし、案外上手く扱えるもんだな、そのナギナタってやつ」


 シオンはエリスの持つ武器を見て呟く。ナギナタとエリスが名付け呼んでいるそれは、鍛冶屋にわざわざ頼んで作成して貰った一品だ。

 槍の刃の部分をサーベルのように斬撃に特化させた形状の長柄武器。エリスの元いた世界に存在していた武器らしい。


「そりゃあもう! 薙刀は乙女の武器ですからね!」


 エリスは誇らしげに語るが、お前の世界の乙女は割と物騒なのな。


「しっかり気功術も扱えているようで何よりだ。武装強化を自分にも使えるのは利点だな」


「はい。固そうなモンスターもスパスパ斬れちゃって! 向かうところ敵なしですよ〜」


 このように、エリスは近接戦闘にも力を入れている。ナギナタと魔術を組み合わせて襲い来る魔物をバッタバッタと薙ぎ倒していた。いやもう、ホントこいつ一人でいいんじゃないかなって思うくらい。実際そうかもしれないし。あ、やばい。自分の存在意義が……。


「まあ、それでもやっぱり近接戦はシオン君にはまだまだ及びませんけどね。頼りにしてますよ〜」


 謙遜してみせるエリスだが、正直近接戦の技量もシオンとそこまで差はないように思える。

 元々特出した才能を持ちながら、日々精進し強くなっていくエリス。いやもう、敵う気がしない。


 それどころか、パートナーのシオンまでもよくわからない手段で『ギフト』を与え、強引に強くしてしまう始末。


「確かにオレもギフトのおかげで強くなりはしたけど……」


「そのギフトって、本当に私がしたんですかね? よくわからないですけど」


「それ以外考えられないだろ。スキル名を見る限り、お前が関係しているのは間違いないんだから」


 ルキュシリア神の寵愛。それがシオンの身に宿った新たなスキル。


 このスキルについては、フラムさんから過去に同様のスキルを得た事がある人物がいたという話を聞く事ができた。

 その人物自体は既に過去の人らしいが、数々の偉業を成し遂げた人物だったのだとか。


 その話によると、やはりこのスキルはギフト、神から授けられたスキルらしく、そのスキルを得ると同時に身体能力が上昇し、信仰魔術と高い同調率を得られ、そして精神に干渉してくる魔術を遮断できたという幾つもの能力が複合したスキルだったそうだ。

 シオンも同じように、身体能力の上昇、信仰魔術との高い相性の良さと、心当たりが多かった。信頼に足る情報だ。


 強くなれたのは嬉しいが、他人まで強くしてしまうエリスの出鱈目っぷりにはむしろ呆れてしまう。ホント何でもありだもんなこいつ。


「ま、おかげでこうして着いて来れてるんだし文句はないが」


「そうそう。物事はプラスに考えましょう。エリスちゃんに感謝して、そこから私の想いに気付いて意識し始めてラブラブカップルに……」


「そういうのいいから」


「シオンさんこのテの話題に冷たいですー! いいじゃないですかそろそろ進展があっても〜」


 エリスは時々……いや、かなり頻繁にシオンに恋愛的なアピールをしてくるが、シオンはそれを無視する事にしている。

 別にエリスの事が嫌いというわけではない。しかし異性とそういう関係になるには自分はまだ早いと思うし、何よりエリスの発言が本気なのかどうか疑わしいからだ。そんな軽いノリで愛を説かれても、なあ?


「そろそろもう少し積極的に攻めるべきですかね……あー、野宿してる時に寝込みを襲えばよかったかな」


「洒落にならないからやめてくれ」


「冗談ですよー。そんな事でシオン君に嫌われたくありませんし。でも寝顔を見てるだけでも幸せでしたよ。でへへへへ〜」


 だんだん発言が危なくなってくるエリス。多少は分別は弁えてこそいるが、今後が心配だ。切実に。


「でもなー。エリスちゃんもそろそろシオン君との関係を進展させたいのですよ。ここ一ヶ月でキスがせいぜいなんて物足りな過ぎではないですか?」


「待て。何て言ったお前?」


「え? そろそろ関係を進展させたいと……」


「違う、そこじゃない。オレの身に覚えのない事言ったろ今」


「はい? ……あ」


「お前、マジで寝込みを襲ってたのか?」


「や、ち、違うんです! 不可抗力と言いますか、ほら、シオン君が死んじゃった時に心肺蘇生の一貫で人工呼吸をしただけで……」


「……あー、そんな事してたのか」


「ご、ごめんなさい! ノーカンでしたねあれは! ノーカン! やだなもー私ったら!」


「そういう事なら何も言わないけどよ……でも、キスに数えるのかって言ったら、ないな」


「で、ですよねー!」


「でもまあ、助けてくれようとしてたんだしな。あー、その、ありがとな」


「…………」


「……何だよ?」


「シオン君マジ尊い……結婚したい……」


「んな軽いノリのプロポーズがあってたまるか」


 調子に乗るエリスを無視し、溜息をつきながら足を早めるシオン。本当にこの変人は。




 ……嫌いでは、ないのだが。





 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 リインドの街に帰還したのは、昼過ぎの時間帯。早速ギルドへ向かう二人だが、途中、広間に人が賑わっている事に気付いた。どうやら、張り出された掲示板を見て騒いでいるようだ。


「何ですかねこの騒ぎ? おじさんおじさん、何があったんですか?」


 エリスが近くに居た男に早速話しかける。


「ああ、国境砦が帝国に落とされちまったんだとよ。あの張り紙は兵の募集だな。明日には奪還に向かうそうだ」


「マジか。大ごとじゃないか」


「えーっと、私にはいまいちぱっと来ないんですけど」


 男が詳細を教えてくれたが、首を傾げる異界人さん。そう言えばまだ近隣の国に関しては教えてなかったか。


「ああ、帝国の事は知らないかお前。ヴァスキン帝国は他国を侵略するのに積極的な危ない国なんだ。この街の近くにその帝国に面する国境砦があったんだけど、そこが帝国に奪われちまったらしい。そこから侵略される前に、早いとこ砦を奪還しないとってなってんだ」


「わ、結構やばいじゃないですかそれ。そのまま戦争って事ですよね? 兵隊さん達には頑張って貰わないと」


「兵隊さん達、って……オレ達も他人事じゃないぞ?」


「へ?」


「こういう時、冒険者からも志願兵を募るんだ。実力がある奴には真っ先に声がかかる。オレ達二人も……まあ、呼ばれるだろうな」


 破格の才能を持つエリスのみならず、ギフトを与えられシオンの実力も上がっている事はギルドも知っている。ここ最近の二人の活躍は冒険者達にも注目されているくらいだ。そんな二人が実力者を募る話に声がかからないわけがない。


「ええー!? 嫌ですよ私、戦争なんて! いくらチート持ちでも人間相手に戦いたくないですよ!」


「そうは言ってもなぁ。特にお前は聖術師だろ。戦闘経験のある聖術師はそれだけで希少なんだ。この街にはお前とフラムさんくらいしかいないんだし、断ったらギルドからの信頼に関わるぜ?」


「そんなぁ……」


「まあ、本来聖術師は前線に立って戦う役割じゃないんだし、基本兵達のサポートだろ。負傷した兵の治療ができるってだけでも重宝されるし。お前自身が戦う必要はないよ」


 戦争を嫌がるエリスに、戦場で恐らく彼女に与えられるであろう役割を教える。無論、だからと言って安全とは限らないが、多少は気を紛らせられるだろう。


「そうなんですか……でも、シオン君は?」


「そりゃあ、オレは前線だろうな」


「やっぱりそんなの嫌ですよ! シオン君に何かあったらどうするんですか!?」


 シオンが戦場に立つ事を自分以上に嫌がり始めるエリス。んな事言われてもなあ……。


「心配すんなよ。いつも通り無理はしないさ。誰かさんのおかげで強くなってるしな」


「で、でも……」


「それに、砦を奪還できないと本格的な戦争が始まっちまうんだ。そうなるとこの街も安全じゃなくなる。オレはともかく、お前の力は戦況を左右するくらい凄いってのに、参加しなかったせいで戦争が始まっちまうのは嫌だろ?」


「うう……どうしても私達、参加しないといけませんか?」


「まあ、オレ達にお呼びがかかると決まったわけじゃないが……覚悟はしておくほうがいいな」


「……わ、わかりました。シオン君、ホントに無理しちゃ駄目ですよ? 危なくなったらすぐに逃げるんですよ? もうシオン君が死んじゃうの、嫌ですからね? 絶対ですよ?」


 エリスの戦争を拒否する反応が過剰ではないかと思っていたが、成る程、シオンが死んだ時の事を思い出していたのか。


「わかったよ。無理はしない。約束する」


「……うぅ、その発言が死亡フラグに感じてしまう……」


「ふら? 何て?」


「いえ、こっちの話です……嫌だなー、戦争」


 憂鬱な表情を浮かべるエリス。なかなか貴重な顔だが、それも仕方ないか。




 ギルドに来たシオン達に、案の定、国境砦奪還作戦への参加命令が下った。出発する明日に向けて、慌ただしく準備を始めるシオンだった。

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