新武器作成と不調。
魔物の身体の一部には、そのまま加工して強力な武具にできる物もある。例として挙げれば、竜の鱗を使って作られた鎧なんかは、下手な鉄製の鎧よりも断然性能が高いらしい。
昨日の魔物から取れた、巨大な爪。シオンはそれを他の魔石等と一緒に売却しなかった。もしかしたら、これを剣に加工できるのではないかと思い付いたからだ。
作成する素材を持ち込みすれば、オーダーメイドである点を鑑みても、同等の性能の武器を購入するよりも安上がりになる事が多い。
また、魔物の身体から取れたアイテムを素材にした武具には特殊な能力が備わっている物もなかにはあるらしい。あの未知の魔物から取れたこの爪にそのような能力があるのかはわからないが、期待してもいいかもしれない。
「……ふぅ」
そんな訳で早速鍛冶屋に向かいたいところだが……シオンは教会から出て、すぐの塀に身体をもたれかけ、こめかみを抑え立ち止まってしまう。その額からは脂汗がじっとりと滲んでいる。
「まだ元に戻らねぇか……どうしたもんかね……」
自分の身体の異常に気付いたのは、昨日、冒険を終え街に戻って来た時だった。街を行く人々の気配が、無尽蔵に頭の中に雪崩れ込んで来たのだ。
すぐに魔力感知能力によるものだと気付いたのだが、その感知を抑える事ができずに頭の中がパンクしてしまいそうだった。どういう訳か、感知能力が暴走しているようだった。
一日が経過しある程度慣れてはきたが、それでも辛い事に変わりはない。極力表に出さないように努めていたが、エリスに気付かれていないか心配だ。幸い彼女は何も言ってはこなかったが。
原因は恐らく、死の淵から蘇った後遺症だと思うが、それが何故感知能力の暴走なのかはよくわからない。それ以外に理由が思いつかないのでそういう事にしている。もしこのまま感知能力が不安定なまま続くとしたら、少々問題かもしれない。
しかし、何も悪い事ばかりではない。その感知能力だが、知覚範囲が以前よりも広範囲に、かつ精密になっているのが実感できたのだ。唐突な成長だが、戦う術が強化されたのは喜ばしい事だ。
……もしかして、急に感知能力が成長したから暴走気味なのか?
疑問は多々あるが、とにかく一刻も早くこの感覚が落ち着く事を願うばかりである。若しくは、自分が慣れるか。慣れれるのか?
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住宅街、商店街を抜け、職人街と呼ばれている地区に出る。鍛冶場や錬金術師の工房等が建ち並ぶ場所だ。単に武具を購入するだけなら商店街の武具屋で事足りるのだが、加工を依頼するとなるとこの地区だ。
シオンはそんな建物に囲まれた道を歩く。其処彼処から製鉄の音が響いてくる、独特な雰囲気。シオンはそれまでの道と違い、人通りの少なさ故に感知能力が落ち着いてきた事に安堵する。
「ここだったかな」
暫く歩き、ある建物の前で足を止める。魔物の素材の加工を行なってくれる鍛冶屋を、前もってノーイに幾つか聞いておいたのだ。ここはその聞いた中のひとつ。
「お邪魔しまーす」
シオンは扉を開き中に入る。見える範囲には、壁一面に所狭しと様々な武具が並べられている。表は武具屋としても営んでいるようだ。素人目にも、中々の逸品揃いである事はわかる。
魔物の素材を加工して貰わずとも、これらの武器を購入するほうが手っ取り早いのではないかと一瞬思ったが、やはり値段は中々のものばかり。やはりここは当初の予定通り加工してもらうか。
「……らっしゃい」
店の奥から姿を見せたのは、背が低く、口元を真っ黒な髭で覆ったドワーフ族の男だった。
ドワーフ族は手先が器用な種族で、多くが職人として働いている。性格も大半が偏屈で頑固者な職人気質という話なのだから筋金入りだ。むしろ鍛治師等のような職人全体のイメージを決定付けたのはドワーフだろう。
この鍛冶屋も例に漏れず、ドワーフ族のものらしい。さて、早速依頼してみるか。
「魔物の素材を武器に加工して欲しいんだ。頼めるか?」
「……見せてみろ」
ドワーフの店主……いや、鍛治師と呼ぶべきか? はぶっきらぼうに応えた。まあ、ドワーフという種族はこういう連中なのだから気にはしない。言われた通り、鞄から魔物の爪を出してカウンターに置く。
「ほぉ……初めて見るな。どんな魔物だった?」
魔物の爪を目にした鍛治師は、それを手に取り繁々と興味深く眺めながら尋ねてきた。
「多分、新種の魔物だよ。身体が物凄く硬くて、その爪が生えてる腕を自在に伸ばしてくる、不気味な奴だった」
「そいつはまた……お前が倒したのか?」
「いや、仲間がどうにかしてくれた」
「だろうな。んな装備でまともに魔物相手にやり合えるわけねぇしな」
鍛治師がシオンの身に着けている武具を一瞥し鼻で笑う。少し勘に触るが、まあ事実なのでここは抑える。
「だから少しでも良い武器が欲しいんだよ。足手まといは嫌だからな」
「……そうかい。どんな武器にする? 短剣か?」
鍛治師がそう聞いた理由は、シオンが腰に下げている武器が短剣だからだろう。しかしこの短剣は、魔物の爪よりもだいぶ短い。
「いや、別に短剣を好んで使ってるわけじゃないし、普通の剣でいいよ」
今までは短剣を使って戦ってきたが、短剣の扱いを熟知しているわけではない。当時のシオンが買えた武器がこれくらいだったからというなんとも情け無い理由だ。扱う機会があるのなら他の武器にしたい。
まあ、シオンの筋力的な問題があるがそれはともかくとして。
「そうか。なら好きに作っても?」
「ああ、それでいいぜ。で、どれくらいかかるんだ?」
「二、三日ってところか……値段は、そうだな……銀貨三十……いや、二十五枚だな」
銀貨二十五枚か……。出せなくはないが、結構ギリギリだ。三日間は節約して暮らす事になる。
だが、きっとそれに見合う武器に仕上げてくれるに違いない。この鍛治師を信じる事にしよう。
「わかった。それで頼む」
「交渉成立だな」
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鍛冶屋を後にし、再びエリスがいる教会に向かう。雑踏の中は感知能力のせいでくらくらしたが、少しずつその感覚にも慣れてきた。
元に戻る期待はしないほうがいいかもしれない。さっさと慣れてしまおう。そう開き直って歩みを進める。
時刻はもうすぐ昼飯時か。昼食まで教会の厄介になるのも何だし、二人でどこかで食べるか。しかし節約はしなくては。安価で腹持ちの良い食事処は……。そんな葛藤をしていると、教会が見えてきた。
教会に辿り着き、扉を開け中に入る。またもや子ども達の襲撃に遭いながらも、エリスが今何処にいるのか聞き出した。
エリスはまだフラムと信仰魔術の授業の途中らしく、教会の裏手の広場にいるらしい。早速そちらに向かう事にする。
「あ、シオン君! おかえり〜」
裏手に回ると、早速エリスが出迎えた。こちらに駆け寄ると、いかにも嬉しそうな笑顔を向けてきた。
「シオン君! 早速新しい魔法、五つも教わっちゃいました! どれも凄いんですよ! サポート力アップって感じ!」
楽しそうに語るエリスについて来たフラムさんは……逆に、信じられないものを見る目でエリスを眺めながら、シオンに尋ねてきた。
「……彼女、何者なんですか?」
どうやら二人の授業は、およそ予想通りの展開だったらしい。