先輩聖術師。
住宅地を暫く歩くと、十字架が目立つ見窄らしい建物が見えてきた。あれが教えてもらったフラムさんのいる教会だろう。
目的地が目に入ったところで、その教会の扉が開かれた。中から出てきたのは、ちょうど会おうと思っていた、フラムさんその人だった。たった今出掛けようとしていたらしい。もしあと少しでもシオン達が遅れていたら入れ違いになるところだった。
「あ! フラムさーん!」
フラムさんが出てきた事に気付いたエリスが、手を振り呼びながら駆け出す。あちらもすぐに気付いたようた。立ち止まってエリスが来るのを待っている。シオンも少し駆け足で後を追う。
「貴女は……この前の新米さん」
自身の元に駆け寄ってきたエリスに話しかけるフラムさん。エリスの事は覚えていてくれたらしい。
ブロンドのショートヘア、ゆったりとした法衣、そして手に抱える十字槍が特徴的な、妙齢の女性だ。
彼女は聖術師でありながら近接戦も得意としているらしく、『十字槍のフラム』と冒険者間では呼ばれていたりする。また、主にソロで活動しているらしいが、分け前を多めに見積もってくれればどのパーティーにでも参加する事から、『派遣僧侶』なんて呼ぶ者もいるんだとか。
そのランクは数少ないBランク。リインドの街の冒険者の中でもトップクラスの実力者だ。
「私に何か……用ですか?」
「はい! フラムさんにお願いがありまして!」
「私に……? パーティーへの参加依頼でしょうか? でも……貴女も聖術師だし……」
エリスの訪問に首を傾げるフラムさん。彼女が他の冒険者からお願いされる事と言えば、聖術師としての腕を見込んでのパーティーへの勧誘が大半なのだろう。しかし目の前のエリスも彼女と同じ聖術師。自分をパーティーに誘う理由はないのでは、と考えたのだろう。
「いえ、そうでなくて、フラムさんに信仰魔術を教えて欲しいんです!」
「信仰魔術を……私が?」
尋ねてきた理由を述べるエリス。それを聞いたフラムさんは、少し考える素振りを見せ、
「……詳しい話は、中で聞きましょうか……どうぞ……」
頷き、たった今自分が出てきた教会の扉を開け二人を招く。話くらいは聞いてくれるらしい。
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「ねーちゃん達冒険者なのー?」
「フラムねーちゃんと似てるおよーふくー」
「にーちゃんちっちゃーい」
「にーちゃん弱そー」
教会に足を踏み入れたシオン達を出迎えたのは、年端も行かぬ子ども達だった。聞いていた教会で養っている孤児なのだろう。二人を取り囲んで容赦なく質問責めしてくる。てか、お前ら失礼だぞ。人が気にしている事をずけずけと!
「んふふー、私もフラムさんと同じ聖術師なんですよ〜」
「せーじゅつしー!」
「ねーちゃんすごーい!」
「にーちゃんは弱そー」
「ちっさいもんねー」
早くも子ども達と打ち解けているエリスだが、シオンには辛辣な言葉ばかり浴びせてくる。あー、苦手だ。お願いだからそれ以上精神攻撃をしてくるのはやめてくれ。
「あなた達、あまりお客様に失礼してはいけませんよ……ごめんなさい、誰かがここに尋ねに来るの、珍しいから……」
「いえいえ、お気になさらず〜。ね、シオン君?」
「は、ハハハ……」
エリスは本当に気にしてはなさそうだが、シオンは……。我慢だオレ。いい大人がこれきしの事で癇癪あげるもんじゃない。
「さあ、あなた達。お客様とお話があるからそれくらいにね」
「はーい」
子ども達はフラムさんの言う事を素直に聞き入れ、二人から離れていく。助かった。
その後、フラムさんに案内され食卓らしい場所に招かれた。孤児達全員が集まって食事するのであろう、広い部屋だ。長テーブルの上は綺麗に片付けられている。
「適当に掛けてて下さい……お客様用の茶はあったかしら……」
「あ、いえ、お構いなく」
台所に行ってしまうフラムさん。二人は言われた通りに席に腰を下ろす。
暫くして、フラムさんがティーカップを持って台所から出てきた。二人の前にカップを置き、エリスの正面の席に座る。
「それで……どうして急に信仰魔術を教わりたいと思ったのですか?」
席に着いたフラムさんは、早速先程のエリスのお願いについて聞いてきた。以前会った時はエリスにそこまで信仰魔術に対する熱意はなかったのだから、疑問に思うのも当然だ。
「えっと、昨日の冒険での事なんですけど……私の不注意でシオン君を危険な目に合わせちゃったんです。もう二度とそんな事起こさないように、真面目に冒険者としての自覚を持とうって思いまして。とりあえず、その手始めに自分にできる事を増やしていこうかと」
エリスが昨日の出来事と、自分の想いを語る。それをフラムさんは黙って聞き入っている。
「……良い心掛けだと思います。手遅れになってしまう事が起こる前に、その自覚をした事も……」
そしてエリスの話を聞いた感想を述べるフラムさん。まあ、実際ほぼ手遅れだった事は言う必要はない。
「じゃあ、教えてくれるんですか!?」
「そうしてあげたいのだけど……誰かに信仰魔術を教えた事なんて今までにありませんし……何より、私にも仕事がありますので教える時間が……」
「あ、授業料なら払います! どれくらいの金額にするかはお任せしますので!」
「教える事自体は苦労しないと思うっすよ。こいつ、色々と凄いっすから」
フラムさんの懸念を、二人で解消しようと試みる。仕事の時間というのが冒険に出る予定の分だとするなら、それを授業料として受け取れたら悪くはないのではなかろうか。もっとも、Bクラスの冒険者である彼女の一度の冒険で手に入る収入と同程度の授業料を払うとなると、今度はこちらが苦しいかもしれないが。
それに、教鞭を振るうにしてもエリスほど楽な生徒もいないだろう。
「凄い、とは……具体的には……?」
「こいつ、この前教えてもらった『聖光矢』と『断罪十字』ならもう使いこなしてるっすよ」
「……それは……確かに凄いですね」
普通、魔術ひとつを会得するには、これほどの短期間では不可能だろう。それをエリスは、おそらく神様の権能という見た事のないスキルから来る高い魔術適性でどうにかしてしまっている。破格の才能を持っているのだ。
「……授業料を払うと言いましたが、失礼ですが……貴女は冒険者になったばかりでしたよね? お金に余裕があるとは思えないのですが……」
「や〜、昨日倒した魔物のドロップアイテムがなんか凄かったみたいで。お金なら結構あるんですよ」
「その魔物のせいで酷い目に遭ったんだけどな」
あの魔物から取れた魔石の金額は、Bクラス冒険者が相手をしなければならない程強力な魔物から取れるドロップアイテムに近い額だった。
というか、実際それくらい強い魔物だったはずだ。何せ普通の刃物を全く受け付けない程の硬質な肌、人の身体を革製とはいえ鎧の上から易々と貫いてしまう爪。単にエリスのほうが規格外だっただけで、あの魔物はかなり危険な存在だっただろう。
そんな訳で、エリスの懐は駆け出しとは思えない程に潤っている。とはいえ、彼女のランクであるCクラスの冒険者としてはもしかしたら普通の所持金なのかもしれないが。
「そうですか……わかりました。そういう事でしたら……一日銀貨一枚で教えましょう……如何ですか?」
「はい! 宜しくお願いします!」
ようやく了承を得られ、勢い良くお辞儀するエリス。一度の授業で銀貨一枚……少々高い気もするが、フラムさんの本来の仕事を返上して受けさせてもらう立場上、仕方ないか。
それにおそらくだが、エリスはそう何度もフラムさんから教わり続ける事もないはずだ。呪文の名称と詳細を聞いただけで使えてしまう程才能があるのだ。きっと教えてもらう内容もすぐに尽きるだろう。
「さて、話は決まったな。早速今日から頼んでも大丈夫なんすか?」
「ええ、私は構いません……宜しいですか、エリスさん?」
「はい! もちろんです!」
これから二人は早速授業開始か。なら、シオンは……
「じゃ、その間にオレは武器を新調しに行ってくるか」
「え? シオン君一人で行っちゃうんですか?」
「当たり前だろ。オレは信仰魔術を習うつもりはないしな。お前が習ってる間、ここで待ち惚けしてろってのか?」
「えー! お買い物一緒に行きたいですよ〜!」
「はいはい、行くのは鍛冶屋だけだよ。授業が終わってから付き合ってやるから」
別行動しようとするシオンに駄々をこねるエリス。そんな二人の様子に、フラムが小さく笑みを零した。
「フフッ……仲が良いのですね」
「そりゃもう! 私とシオン君は運命の赤い糸で結ばれているんですよ!」
「へいへい、じゃ、適当に頑張れよ」
「わーん、シオン君が冷たーい。いってらっしゃ〜い」
軽口を叩きながら見送るエリス。武器の新調に関しては、少しでも早く行っておきたかった。何せ、魔物のドロップアイテムを加工して作って貰う武器なのだから、どれくらいの時間がかかるのかわからないのだから。




