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戦利品。そして、

「……ん……う……え……エリス……?」


 目が覚めると、目の前にエリスの顔があった。その顔は涙に濡れ、酷い有り様だ。


 気を失っていたのか。まだ意識は朦朧としているが、どうにか身体を起こす。

 何故気絶していたのか。直前の記憶を思い出す事にする。確か、見た事のない魔物に襲われて、エリスが倒したと思ったらまだ生きていて、爪がエリスに伸びて、それを……。


 ……そうだ。シオンは確か、その魔物に胸を貫かれて、そして……。


 急いで自分の胸元を確認する。革製の鎧に穴が空いてはいたが、肌には異常は見られない。どうやら治っているようだ。あれは間違いなく致命傷だったと思うのだが、エリスはそんな傷まで治癒できてしまうのか。つくづく破格な存在だ。


「治してくれたのか。ありがとうなエリ……」


 消えている傷跡を確認したシオンがエリスに改めて向いて感謝を述べた時、エリスがいきなりシオンに抱きついた。


「ちょっ!?」


「シオン君っ……良かった……ホントに良かった……」


 突然の行動に戸惑うが、エリスの安堵の声とは裏腹に震えている身体に気付き、本気で心配していた事を知る。死んでいてもおかしくない、というか、生きているのが不思議なくらいの致命傷だったのだから当然か。


「大丈夫。もう大丈夫だ。お前が治してくれたんだろ? ならそんなに心配する事ないだろ」


 シオンの胸に顔を埋めたまま泣き噦るエリスの頭を撫でてやりながら宥める。そこまで心配する事もないだろうに。


「違う……違うの……治しても、シオン君起きなくて、息もしてなくて、心臓も動いてなくてっ……もう、駄目かと思って……」


 エリスは震えた声のまま、しどろもどろにそう応えた。要領を得ないが、よく聞いてみると……本当に死んでいたのか、オレ?


「ちょっと待てよ。そんなわけないだろ? だってオレこうして生きてるぜ? アンデットになったわけでもないし……ないよな?」


 身体の調子はどこも……いや、未だに少し頭がぼーっとしている気がするが、悪くは感じられない。死体に邪悪な魔力が宿り魔物化するとされているアンデット系の魔物になっているとは思えない。勿論そうなってしまった時の変化は詳しくは知らないが、殆どのアンデットは知性を無くしている。こうして思考できているのだからアンデット化したとは思えない、と思う。


「シオン君を、どうしても助けたいって思ってたら……頭の中に、呪文が浮かんできて、今までの魔法よりもなんだか凄い魔法使ったら、起きてくれたの」


「……死者を蘇らせる魔法なんか聞いた事ないぞ」


 エリスの言葉を信じるなら、やはりシオンはエリスの魔法によって助けられたようだ。しかし、それが事実だとしたら、エリスはとんでもない事をやってのけたのではなかろうか。

 そしてエリスの言葉の中に違和感を覚える。呪文を唱えたのか? 信仰魔術や光属性魔術を使う時、詠唱等を全て短縮していたエリスが?


 そこまで考えて、エリスの能力鑑定の詳細を思い出す。神聖魔術。恐らくは信仰魔術の上位互換の魔術と考察していたエリスの魔術技能。もしかしたら、それなのか?


「……つくづく思うが、ぶっ飛んでるなお前」


「えへへ、シオン君を助けられるなら、チートスペック万々歳ですよ」


「……そうかよ」


 こちらに顔を向けたエリスはまだ涙が残っているが、いつもの冗談を交えた調子で笑顔を浮かべた。恥ずかしげもなくそんな事言いやがって。シオンは思わずエリスから目を背ける。というか、近い。いつまでくっ付いているんだ。


「ほら、もう離れろよ」


「はーい……れれ?」


 言われてシオンから離れ立ち上がろうとしたエリスだが、身体がふらつき倒れそうになってしまう。


「おい、大丈夫かよ?」


 シオンも咄嗟に立ち上がりエリスを支える。改めて見たエリスの表情には、疲労の色が浮かんでいた。


「あ、あれ? どうしたんですかね? 急に疲れが……安心しちゃって緊張が解けたからですかね?」


「……魔力切れだ」


 魔力感知能力でエリスの身体を簡単に探る。その身体にはあまり魔力が感じられなかった。魔力切れを起こしてしまったら、まともに歩く事もできなくなってしまう。蘇生の魔法はそれほど多くの魔力を必要としたという事だろう。


「ちょっと休んでろ。歩けるくらいには回復してくれよ頼むから」


「えっと、回復できなかったらどうしましょ?」


「あー……仕方ないし、背負って連れてくよ」


「わ、やった。それでお願いします」


 何が嬉しいのか、話を聞いて顔を綻ばせるエリス。こいつ、いっその事置いてってやろうか。


「とりあえずドロップアイテムでも探るか。あいつが殺した魔狼の分も回収できればいいんだが……」


 エリスを適当な木陰に座らせ、鞄を持ちナイフを取り出す。件の奇怪な魔物の遺体を探すとすぐに見つかった。記憶にある胴体の十字状に抉れた傷以外にも、頭部が完全に無くなっている。ずいぶんと派手にやったものだ。


 とりあえず胸元にできた傷口から刃を進め、魔石を抉り出す。おお、でかいな。こんな大きさの魔石は初めて見た。それに宿している魔力も相当なものだ。これは間違いなく高く売れるぞ。

 麻袋に魔石を仕舞いながら、他に目ぼしい物はないか魔物の死骸を見回す。そうだな……この爪、使えるかもしれない。


 今度は魔物の指に刃を入れる。短剣を弾く程に硬かった皮膚だったが、今はすんなりと裂く事ができた。魔物の身体は魔力を元に構成されている。その特性は死後急速に失われてしまう。恐らくこの魔物の皮膚の硬度も自らの魔力を元にした能力だったのだろう。

 指から切り離すことができた魔物の黒い爪は、その硬度が衰えている様子はなかった。持ち帰る価値は充分にありそうだ。


「うへぇ、その爪も持ち帰るんですか? 何だか良いイメージないんですけど」


 その様子を見ていたエリスが苦い顔をしている。一度シオンの命を奪った魔物の武器なのだ。そう感じてしまうのも無理はない。


「気持ちはわかるが、せっかく希少価値がありそうなドロップアイテムなんだ。放ったらかしにするのは勿体無いぜ」


「それもそうですけど……冒険者って逞しいなぁ〜」


 出てきたエリスの感想に苦笑する。似たような事をこの森に入ってすぐにエリスに対して感じたのを思い出した。そうだ。逞しくないと冒険者なんてやってられない。その点エリスも充分冒険者してるよ。


「さて、後は魔狼だな」




 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 結果として、魔狼からは四匹分の毛皮が取れた。奇怪な魔物に殺された魔物の死体も漁ったのだが、そのうち一匹は損傷が酷かったので毛皮を断念したのだ。それでも魔石は問題無く入手でき、魔石は六匹分。これだけでも充分な収穫だ。


 そこに奇怪な魔物の巨大な魔石と黒い爪と……過程はどうあれ、結果は大成功だ。


「よし、取れるもん取ったし帰るとするか」


 入手したドロップアイテムを全て詰め込んだ鞄は、これ以上余裕がない程膨れている。その鞄を背負う、前に。


「で、そっちはどうだ? 動けそうか?」


 聞いてみた丁度その時、エリスは木を支えに立ち上がろうとしている所だった。が、足は未だにふらついている。


「うーん、すいません、まだちょっと……」


「まあいいさ。ほれ、鞄はお前が背負ってくれ」


 鞄をエリスに背負わせ、そのエリスを背に招く。言っていた通り、シオンがエリスを背負って帰るしかなさそうだ。


「そ、それでは失礼しまーす」


 エリスは嬉しそうにしていた当初とは違い、少し遠慮がちに背に身体を預けた。しっかり掴まったのを確認し、足を支えて立ち上がる。鞄も背負っている分結構重いが、歩く分には問題なさそうだ。


「お、重くないですか?」


「これくらいならどうって事ねえさ。気にすんな」


「そうですか……でしたらお礼と言っては何ですが、おんぶしてる間、女の子の身体の柔らかさをじっくり堪能して下さいな」


「……降りるかやっぱ」


「やーん! 意地悪言わないで下さいよ〜」


 人ができるだけ意識しないように努めていた事を本人が言うか。というか女性として恥ずかしくないのか。ああ、もうっ! 言われたら背中の柔らかな二つの感触が気になって……




「おい、そこなニンゲン」




 エリスを背負って歩き出そうとした時、背後からこちらに呼び掛ける声がした。驚いて振り返りながらエリスを降ろす。突然地面に叩きつけられたエリスは小さな悲鳴を上げたが、悪いが今は構っている場合ではない。腰の短剣に手をかけ声の主を探す。


 ……竜、か?


 振り返った先にいたのは、木々の合間から首を伸ばし頭をこちらに近付ける魔物だった。異様に長い首と尾。二足歩行のようだが、その容姿は黒い鱗に覆われ、蜥蜴を連想とさせる爬虫類的なもの。その背には体格に見合わない、あまり大きくない翼が一対。全体的な体格は細身だが、その体長は先程の奇怪な魔物の倍はあろうか。前方に向かって生えた歪な二本の角に、頭は蜥蜴等のような爬虫類的なものよりも人や肉食獣を思わせる、平らな形をしている。

 そして、目。暗い森の中で爛々と輝きを放つ不気味な双眼が、じっとりとこちらを凝視している。


「ど、ドラゴン?」


 エリスも現れた存在に気付き呟く。その姿を見た感想はシオンと同じ印象のようだが、竜と呼ぶには何かが違う。今までに本物の竜を目にした事はないので根拠はないが、シオンはどうしてもそう思わずにはいられなかった。


 竜……ドラゴンとはその生態が魔物とは異なる存在らしい。一応、魔力を生命の源とする事から便宜上魔物として扱われているが、その起源は異なり、ひとつの種族として独立している。強靭な肉体と生命力は、他のどの生物にも比較にならない程で、生態系の頂点に君臨しているとさえ言われている程だ。


 だが、目の前のこの存在は……本当に聞き及んでいた竜なのだろうか? その姿は確かに話に聞く竜の姿と一致しているが、まるで姿を模しているだけのような違和感がある。


 何よりも、不気味過ぎる。これほど巨大な体格であるにも関わらず、音もなくここまでシオン達に近付いて来るとは。というか、感知能力がこの竜に対して全く働かない。こうして目の前にいるにも関わらず、これ程の巨体であるにも関わらず、存在感があまりにも希薄過ぎるのだ。感知能力には多少自信があったのだが、この竜は目を閉じてしまったらもう何処に居るのか全くわからなくなってしまいそうな程だ。


 竜とはその存在感だけであたりの生物を威圧してしまうという話を聞いた事があるが、この竜はむしろその真逆だ。その異様な特徴が、この存在を竜だと断言する事を憚ってしまっている原因なのだろうか?


「……言葉は通じるのか。何の用だ?」


 先程の声の主がこの竜のような魔物だとすると、意思疎通が可能な生き物なのだろう。今の所、あちらが襲ってくる様子はない。しかし、もし戦闘になってしまえば危険過ぎる。こいつが伝承通りの竜だとしたら、シオンの実力ではまず歯が立たない。頼みのエリスも現在魔力切れで戦うどころではない。間違いなく一方的に惨殺されてしまう。しかし意思疎通ができるなら、戦わずにどうにかできるかもしれない。


「先程、ここでルキュシリアの気配がしたのだ。其方等に心当たりはありや?」


 首をさらに伸ばし頭だけをこちらに近付ける竜は、そんな事を聞いてきた。ルキュシリア……七柱の主神のひとつ、ルキュシリア神様の事か?


「……いいや、何を言ってるのかさっぱりだ」


 その竜の問いに対して、シオンは誤魔化す事にした。

 恐らくこいつが言っている気配というのは、エリスの事だ。エリスの持つルキュシリア神の権能という謎のスキル。聞いた事のない神聖魔術。そして、先程使った常識外れの蘇生魔法。こいつが感じたというルキュシリア神様の気配というのは、その時の魔法の事なのだろう。その事を素直に話せば、エリスに何をしてくるのかわからない。もし敵意を向けられたら……。


 だが、そうなるとこの竜は、ルキュシリア神様の気配を知っているという事になる。どういう事だろう。神々がこの地に降り立ったという伝承はまさしく神話の時代。そんな神々の気配を知っているこいつは何者なのだ?


「左様か……ならば用はない」


 警戒をしながら考えを巡らせるシオンに対して、その竜は興味を無くしたかのようにあっさりと顔を引っ込め、踵を返し森の奥に歩き始めてしまった。






「我が目覚めた理由が聞けると思うたが……その機会は何処……『爪』が減っている。増やすか……来たる聖戦の為……嗚呼……神よ……」






 よくわからない事を呟きながら、竜は二人の目の前から消えて行ってしまった。残された二人は戦闘にならなかった事に安堵しながらも、どこか腑に落ちない気持ちを抱える事になった。

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