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ルキュシリア神の寵愛。

「シオン君! 今度こそあいつ倒したから! 待ってて! すぐに治してあげる! 『治癒呪文ヒール』!」


 身体の中で、何かが組み上がり形となり、手のひらから放たれる感覚。もう何度目かの、魔法を使う奇妙な感覚。両手から放たれた光は、貫かれたシオン君の胸を包む。


 どう見てもこれは……いや、これ以上考えたくない。この世界には魔法があるんだ。私の元いた世界には存在しなかった奇跡が、確かに存在しているんだ。不可能なんて、ない。そうでしょう、シオン君?


 やがて私が放った光は、シオン君の傷口を塞ぎ、怪我をしていたのかわからない程に綺麗な肌に治してみせた。ほらね。私ってばチートなんだから。これくらいどうって事ないわ。褒めていいんだよシオン君?


「……ふぅ、これで大丈夫よね。さすが私! もう平気ですよね、シオン君」


 傷が癒えたシオン君に語りかける。違うの。心配だから語りかけているわけじゃなくて、ね? だってほら、シオン君もすぐに目を覚まして……。


「……シオン、君……?」


 シオン君? もう怪我は治ったんですよ? もう大丈夫なんですよ? どうして寝たままなんですか? あ、もしかして私を驚かせようとしています? もう、意外とお茶目なところもあるんですね。それはそれで可愛いので私的にはアリですけど!


「も、もうシオン君、そういう冗談は駄目ですよ? 死んだフリしてたってこうして簡単にわかっちゃうん……」


 触れるのが、怖い。

 呼吸しているかを確認すれば、脈拍を測れば、生きている事を確かめられる。けど、もし……。


 いや、あまりに酷い怪我だったので意識を無くしているだけですよね? だからすぐに目を覚まさないだけですよね?


 恐る恐る、手を、シオン君の口元に運ぶ……。


「……シオン君……シオン君っ!!」


 息をしていない。

 すぐにシオン君の胸に手を当てる。心臓の鼓動が、確認できない。


「そんなっ……だって、怪我はもうっ……」


 落ち着いて。冷静になって。怪我が治っているのなら、まだ間に合う。きっと、いや、絶対に。


 すぐにシオン君の額を抑え、顎を上げて鼻をつまむ。息を大きく吸ってから、少しだけ空いた口に自分の唇を重ね被せ、ゆっくりと息を吹き込む。吹き込み終えたら一度唇を離し、再び息を吸ってもう一度口をつけ、再度吹き込む。

 二度目の人口呼吸を終えたらすぐに離れ、今度はシオン君の胸元に両手を当てる。腕を張ったまま垂直に力を込め、リズムを数えながら心臓に圧を入れていく。いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち……。うろ覚えだけど、心肺蘇生の手順はこれで良かったはず。


 暫く心臓マッサージを続けて、もう一度人口呼吸。シオン君とキスしちゃったよとか普段なら面白おかしく茶化すところだけど、そんな考えは頭の隅に追いやる。ホントそれどころじゃないし。


 人口呼吸と心臓マッサージを二巡したところで、再びシオン君の呼吸と脈拍を確認する。お願いだから……っ。


 まだきっと足りないんだ。そうに違いない。自分にそう言い聞かせて心肺蘇生を再開する。息を吹き込んで。もう一度。それから心臓マッサージを。お願い。お願いだから……っ。




「……どうして……」


 視界が滲む。やめてよ。泣く必要なんてないでしょ。違うでしょ。ほら、そろそろ動き出すに決まってるんだから。そうでしょ? だから起きて。起きてよシオン君。シオン君……。


「……シオン君……シオン君っ! シオン君!!」


 こんな、こんな事って! 冗談でしょ!? こんなに簡単に人が死んじゃうわけないでしょ!? 怪我ならもう治っているのよ!? こんなのおかしい! 間違ってる! あっていいわけない! こんなの、こんなっ……。


「『治癒呪文ヒール』! 『治癒呪文ヒール』! 『治癒呪文ヒール』! 『治癒呪文ヒール』!」


 そうだ、きっと回復が上手くいってなかったんだ。私の魔法は凄いんだから治らないわけがない。そう思い至って連続して治癒呪文をかける。両手から放たれる優しい光は、何度もシオン君を包む。けど、その行為も虚しく、シオン君に変化はない。


「……『治癒呪文ヒール』……うっ……っ……」


 無意味な行為。そんな事ないと自分に言い聞かせ続けるも、やがて魔法の光は自然と止まっていた。心の中を占めるのは、虚しさと、憤りと、哀しさと、絶望と……色んな想い、感情が混ざり合ってぐちゃぐちゃになっている。




 私は、無力だ。




「何がチートよ……何が神様の権能よ!? こんなっ、大切な人一人救えないで! そんなのいいから! いらないわよ! 助けてよ! 誰かシオン君をっ……お願い……お願いだからっ……」


 どんなに凄い力があったって、シオン君を助けられなかったら意味ないじゃない! こんな、こんな私を見捨てずに助けてくれて、構ってくれて、優しくしてくれて……なのに、どうしてシオン君が死ななくちゃいけないの!? そんなの間違ってる! こんなに、私は、こんなにシオン君の事がっ……。


「死なないでシオン君……お願い……」








 ーーーー。








 身体の奥底から、魔力が湧き上がってくる。この世界に来てから感じられるようになった不思議な感覚が、今までにない量で溢れて来ている。

 膨大な量の魔力が、術式を組み上げ始める。その術式は……魔力だけでは、足りない。


「……冥に溶けし御霊よ、天啓と寵愛の光を道導とし現世の器に還れ。黎明、混濁、因果、輪廻、魂魄、まかるがえして理砕け……」


 頭の中に自然と浮かんでくる言葉を紡ぐ。

 紡がれた言葉のひとつひとつが、術式をより確かなものに構築していく。






「……『蘇生呪文レイズ』……」






 世界が、光に包まれる。


 視界が、白く染め上げられていく。


 その輝きが収束し、シオン君の身体に収まっていく。


 そして、






「……ん……う……え……エリス……?」




 ーーシオン君が、息を吹き返した。

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