その努力、付き合っている間にしてくれませんか?
美少女・ナイスバディ・秀才・運動神経抜群・社交的とこれでもかと神に愛されし幼馴染と根暗いじけ主人公で思う事。
現代恋愛小説を読んでいると不思議な主人公に出会うものだ。
性格は根暗で人付き合いが苦手。さらには髪は伸び放題で服装にも無頓着。そんな彼が学校でも評判の美少女幼馴染と付き合っている。
ここまではまぁ物語の設定として受け入れられる。
幼いころから積み重ねた関係があり、外見や社交性だけでは測れない魅力が彼女には見えていたのだろう。
ところが彼女に振られた瞬間、妹なりバイト先の美少女同僚などに主人公は美容院へ連れていかれ、服を買い、身体を鍛え、勉強にも打ち込む。
そしてイメチェンした瞬間には別の美少女たちが次々に寄ってくる。
失恋とはずいぶん性能の高いアップデート機能らしい。
この展開を見るたび、私はどうしても思ってしまう。
『その努力、付き合っている間にしてくれませんか』と……。
恋人がいる間は髪も切らず、服にも気を使わず、会話の努力もしない。
それなのに関係が終わった途端、清潔感、社交性、向上心の3点セットが一斉に解放される。まるで彼女と別れることが隠し条件になっていて、「恋人を失う」を達成したことで主人公の成長スキルがアンロックされたようである。
もちろん失恋をきっかけに人が変わることは現実にもある。
大切なものを失って初めて、自分の甘えや欠点に気づくことは珍しくない。
問題は作品の中で主人公がその点をほとんど反省しないことだ。「俺は彼女に捨てられた。だから見返してやる」と決意するばかりで「彼女がそばにいることに安心し、関係を維持する努力を怠っていた」とは考えない。
鏡を見て髪形の問題には気づくのに、自分の態度の問題だけは鏡に映らないらしい。随分と都合の良い眼のようだ。
特に幼馴染が浮気や裏切りをしたわけではなく、普通に別れを告げただけの場合この違和感はさらに大きい。
交際相手がいつまでも身なりに無頓着で他人との交流を避け、恋人が支えてくれることを当然だと思っていたなら別れを考えること自体、それほど不自然ではない。
にもかかわらず物語では幼馴染を「主人公の本当の価値を見抜けなかった女」として扱いがちだ。
しかも彼女が見ていたのはイメチェン後の完成品ではなく交際中の主人公である。
まだ発売されていない大型アップデートの内容まで評価しろと言われてもそれは無理な相談だろう。
そして主人公は髪を切る。すると前髪に隠れていた整った顔が現れ、周囲が一斉にざわめき始める。
美容院は散髪をする場所ではなく、封印された美男子を解放する神殿だったらしい。
さらに凄い作品だと、少し運動すると身体が引き締まり、勉強を始めると成績も急上昇する。今まで本気を出していなかっただけで素材はすべて一級品。
こうなると成長というより、倉庫に眠っていた高性能機を箱から出しただけに見えるし、逆に今まで主人公はどれだけ怠惰だったんだとも思う。
なんやかんやあってその後、主人公の周囲には別の美少女が集まり始める。明るいクラスメート、学校一の才女、後輩、先輩、場合によっては教師まで参戦する。
主人公が人間的に成熟した結果というより、髪を切って筋肉モリモリになったことで恋愛ゲームの攻略対象一覧が表示されたかのような勢いである。
そして元幼馴染兼元恋人は、新しくなった主人公を見て復縁を求める。そうすると主人公は人が変わったように冷たく告げる。「もう遅い」と。
読者にとっては痛快な場面なのだろうが、私には「いや、交際中にその状態を一度でも見せたか」と別の声が聞こえてくる。
また裏切られて振られた場合なら主人公が傷つき、相手を拒絶することには十分な理由がある。
ただ、それでも「外見を磨いて別の美少女にモテること」は裏切りへの回答にはなっていない。
浮気や裏切りで主人公が傷ついた場合、主人公が抱える問題は主に「恋人に騙されたショック」「人を信じられなくなったこと」「自分に何が足りなかったのかと悩むこと」「また裏切られるのではないかという恐怖」といった精神的な物である。
美容院へ行く、服装を変える、筋トレをするというのは、外見や自信を改善する行動ではあるけれど、裏切られて傷ついた心そのものを治す行動ではない。
ところが一部の作品だと、「幼馴染に裏切られる」→「髪を切って筋トレする」→「イケメンになる」→「別の美少女にモテる」→「主人公は完全復活、裏切った幼馴染は後悔」という流れで終わる。
これだと主人公が裏切りをどう受け止めたのか、人間不信をどう乗り越えたのかが描かれず「モテるようになったから心の傷も治りました」となってしまう。
恋愛の心の傷に対する処方箋がカット、カラー、プロテインでよいのだろうか。
主人公がイメチェンで自信を取り戻す過程としては理解できても、それだけで精神的な成長まで済ませたことにするのは少々乱暴ではなかろうか。
この種の物語を自然に見せるには主人公自身にも過去の関係を振り返らせればよいと思う。
「彼女の裏切りは許せない。しかし、自分も彼女が離れないことに甘えていた」「外見だけでなく、相手の気持ちを考える努力もしていなかった」と認める。
それならイメチェンは、元恋人を見返すための武器ではなく、自分の生き方を立て直す一歩になる。
復縁を断る場面も、「お前は俺の価値を見抜けなかったから」ではなく、「あのころの俺は未熟だった。今さら同じ関係には戻れない」と言わせた方がよほど成長を感じられる。
だが多くの作品では主人公に落ち度を認めさせない。主人公を完全な被害者にしておいた方が、幼馴染を後悔させる展開が気持ちよくなるからだろう。
その結果、恋愛の破綻を描いているはずなのに物語の評価基準は「最終的に何人の美少女から好かれたか」へと移っていく。
失った恋人との関係を考える話だったはずが、いつの間にかモテ人数と新ヒロイン達によるオークション形式になっている。
主人公の心の問題より、恋愛市場での競売総額が重要になっている。
私は振られた後に変わる主人公そのものが嫌いなわけではない。失敗や喪失をきっかけに成長する物語は面白い。
ただし本当に成長したと言うなら、髪形と服装だけでなく付き合っていたころの自分の甘えにも向き合ってほしい。
幼馴染兼元恋人を悪役にして、別の美少女に囲まれればすべて解決、では少し寂しい。
主人公が最初に手に入れるべきものは新しい彼女でもイケてる髪型でもない。交際中の自分にも問題がなかったかを考える、ほんの少しの反省ではないだろうか。
美容院の予約より先にそこを考えてほしい。幼馴染が可哀そうである。




