第22話:戦う前に決着!?
開戦の朝、一日の始まり。
大宮陣営の誰もが、今日という一日が濃密なものになると予感していた。
遂に埼玉国は、内戦とも言える事態へ足を踏み入れたのだ。
大宮は陣営の中央に立ち、将兵の点呼を始める。
北本がいなかった。
「……便所か?」
そう呟くと、それ以上気にしなかった。
直に戻ってくるだろう。
大宮は兵、25100を整列させる。
「これより朝のラジオ体操を始める!」
開戦前だからこそ、身体をほぐしておく。
それもまた総司令官としての務めだと思った。
北の方角から、けたたましいエンジン音が響き渡ってくる。
目を凝らすと、一台の車が国道17号を猛スピードで南下してくるではないか。
大宮は困惑した。
「何だ、あれは?」
上尾と桶川が身構える。
「まさか敵の奇襲?」
「たった一台で突撃でしょうか」
大宮は叫ぶ。
「ラジオ体操中止! 迎撃準備せよ!」
兵たちは一斉に臨戦態勢へ移行した。
しかし車が近づくにつれ、その奇っ怪さに兵たちは動揺してしまう。
「白いカローラ?」
「車体に『教習車』って書いてあるぞ!」
「傷だらけじゃないか!」
将兵は呆気に取られる。
教習車は陣へ突っ込むことなく、その手前で急ブレーキをかけた。
運転席のドアが勢いよく開く。
転がるようにして飛び出した人物を見て、大宮は思わず目を見開いた。
「北本殿? 何をしている!?」
北本は返事する代わりに大宮のもとへ駆け出す。
大切そうに四角い物を抱えて。
そのまま大宮の前まで来ると、片膝をついた。
「大宮様! こちら運転免許の玉璽です! 目的物を手に入れました! どうかこれで戦を終わらせてください!」
両手で玉璽を差し出す北本。
「なんとっ!?」
大宮は固まってしまった。
いや、その場にいた全員が玉璽と北本を交互に見つめて固まっていた。
運転免許の玉璽が目の前にあるのは間違いない。
それをどういうわけか、北本が持ってきた。
何故? どうやって? わけが分からない。
戸惑いながらも、大宮は玉璽を受け取った。
ずしりとした重み。
間違いなく、本物の運転免許の玉璽。
「事情はさっぱり分からんが、よくやった!」
大宮のその一言で、陣営中が沸く。
まだ開戦前だったが、勝利したのだと皆が歓声を上げた。
国道17号からまたエンジン音が聞こえてくる。
南下してきたのは一台の白いカローラ、また教習車だ。
今度の車体は傷一つない。
一直線に連合軍へ近づいてくる。
車は北本の時とは違い、律儀に左ウインカーを出して道路左端へ丁寧に寄せる。
ゆっくりと連合軍陣営の脇へ停車した。
運転席のドアが開く。
現れたのは討伐対象である大名・鴻巣本人だった。
護衛もなく単身で。
総司令官の大宮でさえも、頭が混乱してきた。
「北本ーっ! 玉璽を返せーーっっ!!」
鴻巣は激怒して、顔がトマトのように真っ赤だった。
北本が連れてきたのは、運転免許の玉璽だけではない。
敵軍の大将さえも引き連れてきたのだ。
誰一人として血を流すことなく。
「捕らえるんだ! 敵の大将が一人で丸腰だーっ!」
上尾が叫ぶと、すぐに兵が鴻巣を取り囲む。
「やめろー! 離さないかーっ!!」
抵抗も虚しく、鴻巣はその場で拘束された。
あまりにも一瞬の出来事だった。
戦が始まるはずだった朝は、誰も予想しなかった形で決着へ。
あまりにも都合が良すぎる展開に、大宮の顔は引きつっている。
「こんなに上手くいくものなのか?」
唖然とする総司令官を余所に、兵たちは再び大歓声を上げた。
「勝ったぞーっ! うおおおーーっっ!」
沸き立つ連合軍に囲まれ、鴻巣が悔しさに顔を歪める。
北本はその姿を捉え、近づいて深く頭を下げた。
「……すまん」
「ふざけるなーっ! 全部、貴様のせいだろうがーっ!!」
鴻巣に罵声を浴びせられる北本。
上尾が歩み寄る。神妙な面持ちで。
「北本、済まなかった。最初、君が兵を100しか連れてこなかった時、正直ふざけるなと思った」
「いや……」
「クレアに潜んでいた敵の伏兵がトマトを食べていると聞いた時もだ。あの時、僕は疑ってしまったんだ。君が義勇軍を鴻巣市へ送り込み、こちらを裏切ったのではないかって」
北本は目が泳ぐ。図星だった。
上尾は申し訳なさそうに目を伏せた。
「だが違った。僕が浅はかだった。君は最初から戦そのものを終わらせようとしていたんだな。玉璽を奪い、敵将までも連れてきた。おかげで連合軍は誰一人傷つくことなく勝利できた」
上尾は北本の手を取る。
「北本、ありがとう」
「いや、その、別に……」
北本は上尾から目を反らした。
その視線の先、桶川が腕を組み、北本を称えるように何度も頷いていた。
「お見事! 策士ですね!」
国道17号から、またしても車のエンジン音。
何十台も連なってこちらに向かってくる。
その脇を固めるように、大勢の歩兵も混じっていた。
「鴻巣軍だ!」
浮かれていた連合軍の将兵たちは身構える。
しかし鴻巣軍は突撃してこなかった。
陣営の前で次々と車を止め、歩兵たちも足を止める。
そして皆が拘束された鴻巣を見ていた。
「殿! 何やってるんですか!」
「どうしてお一人で行かれたのですか!」
「捕まってるじゃないですか!」
家臣たちの非難が飛び交う。
何故か大宮は、鴻巣に同情を禁じ得なかった。
だがこれも戦。
割り切って一歩前へ出た。
「見ての通りだ! 貴殿らの大将、鴻巣殿は我らが捕らえた! そして運転免許の玉璽も我らの手中にある! もはや勝敗は決した。これ以上の戦いは無益。武器を捨て投降せよ!」
しばしの沈黙の後、鴻巣軍は諦めたように武器や車のキーを投げ捨てた。
場がひとしきり落ち着くと、連合軍総司令官の大宮は、両腕を拘束された鴻巣の前にやって来た。
先ほどまで北本に怒声を張り上げていた鴻巣も、今は両膝を地につけて俯いたままだ。
大宮は諭すように言った。
「鴻巣殿。市の誇りを守ろうとしたその志は見事だった。しかし帝都の命に背き反旗を翻したことは、やはり行き過ぎだったと言わざるを得ない」
鴻巣は何も答えない。
その肩は小さく震えていた。
悔しい。ただその一言に尽きる表情だった。
大宮はそんな姿を見つめ、少しだけ気の毒に思った。
声を和らげる。
「戦わずして終わったことは、鴻巣殿にとって不本意であろう。だが結果として、誰一人血を流さずに済んだのだ。私はこの一件をダ・サイタマ様へ報告し、貴殿の処遇ができる限り穏便となるよう、最大限尽力しよう」
鴻巣は身体を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は潤んでいた。
命乞いをする者の目ではなく、まだ燃え尽きていない闘志の目。
「大宮様、お願いがございます。此度の結末は、茶番そのもの。あまりにも無念です。到底納得できません」
涙が一粒、二粒と地面へ落ちる。
「だからどうか、大将戦をお願いしたく存じます。わたしと大宮様が一対一で雌雄を決する。メリハリをしっかりつけ、それをこの戦の締めとしたいのです」
静まり返る陣営。
大宮は黙って鴻巣を見つめる。
沈黙を破ったのは上尾だった。
「大将戦だと? 何を寝ぼけたこと言っているんだい? 敗軍の将にそのような要求をする資格があるものか!」
桶川も同調した。
「大宮様。応じる必要はございません。勝敗はすでに決しております。このような戯れに付き合う理由など」
大宮は静かに右手を上げ、二人を制した。
「いいだろう。その申し出、謹んでお受けしよう」
「そんな、大宮様! 本気ですか?」
「構わない。それで鴻巣殿の気が少しでも収まるのなら」
正直なところ、大宮は鴻巣を不憫に思っていた。
帝都の命令に、ただ一人異を唱えた男。
他の市町村が静観する中、孤独に立ち上がった男。
そして最後は、戦うことすら出来ずに終わった。
だからこそ、せめて最後くらいは。
大宮は鴻巣の両腕を縛っていた縄を解いてやった。
自由になった両手を、鴻巣は何度も開いては握りしめた。
大宮と鴻巣が距離を開け、対峙する。
周囲の兵たちは一斉に後退した。
二人を中心に大きな円が描かれ、決闘の場が整った。
大宮連合軍の兵も、武器を捨てた鴻巣軍の兵も、今や敵味方の区別なくその場を見守る。
風が吹いた。
緊迫した空気が周囲を包み込む。
「始まるね、大将同士の一騎討ち」
上尾が呟くと、隣で桶川は固唾を飲んだ。
北本が感嘆を口にする。
「鴻巣、最後まで誇りを貫くなんて……お前は、本当に気高い奴だ」
その言葉には心からの敬意があったのだが。
それを耳にした鴻巣は憤慨した。
「北本ーっ! 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだーーっ!!」




