第三話 異世界から来た運び屋の猫
「細かいひずみだねぇ」
空間に浮かぶ擦り傷のような小さいひずみの群れを眺め、ダンビュライトが呟いた。この任務を一緒に担当するベニトアイトは、それに頷いて応える。
「ああ、それに数が多い。そのうち綻びが連動して、巨大化するだろうな」
「そう思うよねぇ、ベニト。何かちょっと、ひずみ同士が近づいて来てる気もするし」
「ま、今のうちなら余裕だろ。始めるぜ、ダンビ」
彼らは北極星の加護を受けた宝石たち、シンボシラピス。人の形に姿を変えた彼らの役目は、空間に生じるひずみを修復することだ。総勢四人いる宝石たちは、各々一人だけでも任務を遂行可能だが、大抵は非常時に備えて二人一組で行動している。ひずみの規模や様子によっては、四人がそれぞれの得意分野をメインに受け持って対処することもあった。
因みにひずみの修復以外にも、各宝石独自の能力を細々と持っていたりもする。
「よし、これで終わりだな」
順調に作業は進み、ベニトアイトが最後の一つに手をかざした時。
彼は薄く開いたひずみの口の奥、すなわち異次元の向こうの何かと目が合った。
「!?」
ベニトアイトが思わず動きを止めると、ひずみは急激に広がってサッカーボール程度の穴となる。そこから何かがもの凄い勢いで飛び出し、ベニトアイトの頬に風を当てた。
「ベニト!!」
ダンビュライトが叫んだ瞬間、ベニトアイトは咄嗟に渾身の力を込めてひずみを修復する。ぽっかり開いた穴は瞬時に塞がれ、跡形もなく消え去った。
「大丈夫!?」
ベニトアイトが怪我をしたと思ったのか、駆け寄ったダンビュライトは即座に彼へ治癒能力をかける。
「大丈夫だ、問題ない。ありがとうな、お陰で疲れが取れたぜ」
「良かったぁ。今の、何だったんだろうねぇ」
「あいつに聞いたら分かるんじゃないか?」
そう言って視線を移すベニトアイトに倣い、ダンビュライトが顔を向けると。
「吾輩はフォロスキャットである。名前はイーリス。お前さんたちは何者か」
そこには一匹の喋る猫がいた。
全身のほとんどが薄茶色の毛で、尻尾と足の先だけが白い毛となっている。
「わあ。あの猫、喋ったよぉ」
「俺はシンボシラピスのベニトアイトだ。イーリス、あんたは時空を移動できる種族なのかい?」
物珍しそうなダンビュライトの横で、ベニトアイトが猫から敵意を感じないことに安堵しつつ尋ねた。
「ふむ、心星の宝石か。吾輩は瞬間移動も可能な運び屋ではあるが、時空移動というのはやったことがない。今は流しをしていたところだ」
イーリスによれば彼は、フレアースという地球に似た惑星に暮らす『運び屋』の種族らしい。自ら移動し運び仕事を探す『流し』の最中、突然歪んだ時空に吸い込まれたのだという。
つまりこれは誰の意思でもなく、完全な自然現象のようである。
「そうだったのか。すまない、俺がひずみを塞いじまったから帰る方法が……」
「ベニトのせいじゃないよぉ」
「うむ、ピンクの彼の言う通りだ。吾輩がお前さんだったとしてもそうしている」
「あ、僕はダンビュライトって言うんだぁ。宜しくねぇ」
「ダンビだな、承知した」
そんな会話をしていると、不意に空から声が降ってきた。
《世界は果てしなく存在しているが、移動は容易ではない。フォロスキャットよ、ひとまずはシンボシラピスの拠点に居てはどうか》
北極星である。
何食わぬ顔で話し始めるのは、いつものことだ。何と言っても、宇宙の先から見守ってくれているのだから。
そんな訳で、異世界の住人フォロスキャットのイーリスは、しばらくシンボシベースに留まることとなった。
「おきゃーりぃ。ええタイミングだがや」
「ベニトもダンビも、お帰りなさい。丁度、クッキーが焼けたところですよ」
ベニトアイトたちが拠点であるシンボシベースに踏み入れると、別の任務に出ていたマリアライトとシリマナイトが既に戻っている。
「ただいま。そっちは早かったんだな」
「二人とも、ただいまぁ。今日はお客さんを連れてきたよぉ」
ダンビュライトの言葉に、マリアライトたちの視線が帰還した彼らの足元に移った。
「おやおや、これは可愛らしいお客様ですね」
シリマナイトがそう言って猫の前に膝をつけば、ダンビュライトは満面の笑みを浮かべる。
「この子はねぇ、喋るんだよぉ。凄いよねぇ」
「何言っとる。そんな事あらすか」
クッキーを一枚つまみながら、マリアライトが呆れたようにダンビュライトを見た。そんなやり取りを眺めていたイーリスは、満を持して声を上げる。
「吾輩は運び屋のフォロスキャットである。名前はイーリス。しばし世話になるが、宜しく頼む」
「……ほう。不思議なエネルギーの猫だと思ったら、そういうことですか」
「マジかや……」
イーリスの名乗りに不敵に微笑むシリマナイトと、喋る猫を凝視するマリアライト。
「ところで、お前さん。吾輩にもその美味そうなクッキーを分けてくれんか?」
「あ、僕も欲しいなぁ」
「じゃあ俺は、茶を淹れてくるぜ」
そうして四人のシンボシラピスに、新たな縁が加わったのだった。




