24 暖炉の前で
大きな雨粒が窓ガラスを叩いた。
昼間はぽかぽかとした陽気だったのに、日暮れを追いかけるように雨雲が空に広がり、気がつけば大粒の雨が降りはじめている。ヒュウヒュウと風を切るような音と、激しく窓を打つ雨音は、室内の熱を攻撃しているように思える。
「うー、寒い。昼間はあんなにあったかかったのによー」
急激な冷え込みを追いやろうと、暖炉の前に座り込んだシュウが薪を足す。大きく膨らんだ炎に手をかざし、湯船であたたまった身体を冷やすまいとする。一本、二本と薪を足したが、窓を打つ雨の冷たさのほうが強いようだ。窓側からの冷気が床を這ってシュウに近づいている。
「このガラス窓、日なたぼっこにはいーけど、こういう夜は最悪だよなー」
床から天井まである大きなガラス窓から降り注ぐ陽の光は昼寝に最適なのに、夜の激しい雨音と冷気も容赦なく室内に届けている。
「鎧戸を作るべきだったな」
カツン、カツンと松葉杖の音が近づく。風呂で身体をあたためたアキラが、シュウの隣に腰を下ろした。窓からの冷気で冷えた床も、重ねられたレッド・ベアの毛皮のおかげであたたかくやわらかい。
アキラを振り返ったシュウは、ぽたりぽたりと落ちる水滴に眉をひそめた。
「髪乾かせよ。風邪引くぞー」
「だからここに来たんだ」
「直火で乾かす前に、拭けつってんの」
シュウは自分の髪を拭いていた布をアキラの頭に被せた。それを使って拭く手つきはガシガシと乱暴だ。長くて細い銀髪をぞんざいに扱う様子は、髪の美醜に執着のないシュウでも心配になるほどだ。
「もうちょっと丁寧に扱ったらどーよ。枝毛になっても知らねーぞ」
「切る口実ができて丁度良いかもな……冬の間は切らないから睨むな」
アキラにとって長い髪は首回りの防寒具でもあるらしい。そういえば寒くなってからは髪を結んでいる姿を見ていなかった。
「春になっても絶対に切るんじゃねぇぞ」
「おー、コウメイ、風呂早いなー」
「ちゃんとあたたまったのか?」
隣に腰を下ろしたコウメイは、アキラの手から布を奪い取り銀髪を丁寧に拭いてゆく。
「アキ、温風。風力強めで」
コウメイの声に合わせて、暖炉の熱をまとった風が銀髪を煽る。
温風は隣のシュウにも吹き付けたが、窓からの冷気で冷えかかっている身体には心地よく感じられた。
「さすが、便利家電。温風ヒーターみてーであったけー」
「やっぱり窓側は冷えるな」
薄布のカーテン一枚では、冬の冷気も夜の雨音も遮ってくれない。
「鎧戸、今からでも作るべきじゃねーの?」
「しかし、わざわざドワーフ族を呼び寄せるのもな……」
彼らの出張費用は高い、鎧戸一枚のために掛けられる費用を軽く越えてしまう。
「サイズ測って、ハリハルタの大工に作ってもらおうぜ。取り付けだけなら俺らで何とかなるだろ」
「ついでにカーテンも発注したい。さすがに布が薄すぎる」
「冬用に交換すること考えなかったもんなー」
厚手のカーテンならもう少し冷気を遮断してくれただろうにと、シュウははじめての冬支度の失敗を悔しがる。
「自分家での冬越しははじめてだからな、仕方ない」
「今年の失敗を来年に活かせばいいんだよ。よし、乾いた」
アキラの髪を乾かし終えたコウメイは、暖炉に薪を追加してから各寝室のドアを開けにゆき、台所から小さな鍋とカップを手に戻ってきた。
「ホットミルクか」
「いいねー、あったまるー」
暖炉の炎で温められた牛乳は、ほんの少しだけ蜂蜜の甘みがした。
冬の嵐に負けないようにと、二本、三本と薪が足され、建物全体があたためられてゆく。
「この分だと明日は雨だな」
「雪じゃねーの?」
「この辺りは降らないってマイルズさんが言ってたぜ」
雪は降らないが冷え込みは厳しい。
夜の雨は大地を凍らせる。朝方の冷え込みはいっそう厳しいものになりそうだ。
パチパチと薪の爆ぜる音を聞いていると、自然と瞼が重くなってくる。
コウメイは二人の手からカップを取り上げ、寝室へと促した。
「朝飯は赤芋のポタージュとローストビーフの切れ端のサンドイッチだ。寝坊せずに起きて来いよ」
野菜のまろやかなスープはアキラに、肉たっぷりのサンドイッチはシュウに早起きを決意させる。
「……おやすみ」
「おやすみー」
「おう、おやすみ」
24日間、朝からお付き合いくださいましてありがとうございました。
今年の投稿はこれが最後となります。
ご長寿11章の連載は、2月を予定しています。
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