第十一話『冬休み』①
お久しぶりです。
遅くなってすみません。
完結までもう少し、更新頻度あげていきます。
めくるめく季節は変わり、急激に冷え込んだ。秋はどこへ行ったのか、気づけば冬らしい気候へと変わっていた。
北風が肌にチクチクと刺さるくらいの寒さになって、あっという間に冬休みを迎えていた。
もちろん冬休みだからと部活がないわけではない。祝日は休みだったけど、その次のクリスマスイブとクリスマス当日は普通に部活がある。
とはいえクリスマス翌日の二十六日までしか部活はないし、年明けは良心的なことに六日から。仕事納めまできっちり入ってる部活もあるのを考えると、ほんとに良心的だと思う。
部活用のジャージを着てても寒くないようにとしっかりインナーを着て、準備を整えて学校へと向かう。
外に出ると、他のお宅の扉にクリスマスリースが飾ってあったり、前に小さなツリーがおいてあったりして、そういえば今日がクリスマスイブだったと思いだした。
散々祝日の次の日、クリスマスイブに部活がある、なんて考えていながら、今日がそのクリスマスイブだってことは忘れていた。今の私にはそういったイベントを楽しむ相手がいないから、仕方ないのかもしれないけど。
生徒たちに、メリークリスマスくらいは言おうかな。それは明日でもいいかな。
おそらくいつもどおり早めに来るであろう碧のために、早めに学校に行く。部活のある先生が数名見えたけれど、まだどこも生徒は来ていない。
あと一時間後くらいには、この静かなグラウンドも賑やかになっているだろう。
とりあえず荷物の整理だけして、先生用の更衣室で部活用のジャージに着替えた。
格技場の鍵を持って、碧が来る前に開けておいてやろうと、職員室から格技場までの途中にある渡り廊下を歩いていたときだった。
「坂本先生ー!」
私を呼ぶ声が聞こえて足を止めた。碧かと思ったけれど、それはよく聞き慣れた女子の声だった。
そちらを向けば、恵美を連れたのぞみが、満面の笑みで駆け寄ってきた。恵美も穏やかに笑いながら、のぞみのあとを追いかける。
部活、ではないよね。私は部活やってなかったし、それに二人とも私服だし。
「どうかしましたか?」
冬休みとはいえ私服はどうなのか、という目で見れば、のぞみはその視線に気づいて自分の服を見る。それからごまかすように笑った。
のぞみも恵美も、どこか遊びに行くんだなって雰囲気をにおわすような服を着ていた。特にのぞみなんか、その服遊びに行くとき用だよねっていうのがわかるから、今から二人で遊びに行くんだと微笑ましくなった。
恵美はちらっとのぞみを見てから、私のほうを見てニコッと笑う。
「今から遊びに行くんですけど、その前に先生いるかなーと思って遊びに来たんです」
まだ部活が始まってないことを知ってて、だろう。ゆっくり話せるねとのぞみと笑い合う恵美の笑顔は幸せそうで、私もつられて微笑んだ。
それと同時にチクッと胸が痛むけど、それは自業自得なんだから。
「二人で遊びに行くなんて、仲良いですね」
嬉しくてそう声をかけると、恵美とのぞみは顔を合わせてぷっと噴き出す。
「わたしらが先生に会うために早く集まっただけで、あとから光と桜子とも合流するんだよ。みんなでクリスマス会するの」
それは羨ましい、という言葉は飲み込んで、「そうなんですね」と笑いかけた。
クリスマス会、そういえばそんなことしたっけな。喫茶店に行ってただ話すだけなんだけど。喫茶店のあとはウインドウショッピング行って、カラオケで暇を潰して、イルミネーションを見てクリスマスを楽しんだ。
それに、恵美も参加するんだ。大人数が好きな桜子とかが誘ったのかな。
「楽しんでくださいね」
話を切り上げようとすると、恵美がのぞみの腕を肘でつつく。それでのぞみがはっとしたようにポケットをあさった。
どうしたのだろうと首を傾げていると、のぞみはジュース缶を私に差し出した。
「差し入れ。渡していいのかわかんないから、他の先生には内緒ね」
「部活、お疲れ様です。私たちからのほんのお礼だと思ってください」
差し入れなんて生徒からもらうわけにも、と思ったけれど、恵美の一言で断るのも気が引けた。もらえず断れずでおどおどしてたら、のぞみが私の手に缶を当ててギュッと握らせた。
まだ温かい、ブラックコーヒーだ。今の時期にはもってこいで、とてもありがたい。
「すみません、ありがとうございます」
しぶしぶ受け取ると、のぞみと恵美は満足そうに笑った。
「そういえば、剣道部は他のと比べて予定が少なめだよね。野球部なんか、学校に登校できない期間以外は全部あるって」
「のぞみちゃん、よく知ってるね」
「まあ、わたしも大翔から聞いただけなんだけど。それで冬休みの予定表みたらほんといっぱいでさ」
びっくりしちゃった、とくすくすと笑うのぞみに、大変そうとつられる恵美。
なんか、うん、楽しそうでよかった。そんなふうに笑ってくれてよかった。それを恵美に伝えようと思うと、ありがとうしか、出てこないや。
ワイワイと楽しそうに話しているのを聞きながら、そんなことを考える。
そのときふいに、パタパタと駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた。
「坂本先生、おはようございます。坂月さんに、六木さんもいたんだ」
声をかけてきたのは碧だった。職員室による前にこちらに駆け寄ってきてくれたらしい。
のぞみと恵美を、一体何をしにという目で見ていた碧だったが、私の手のコーヒーを見て納得したような表情を浮かべた。
もしかして、私がブラックコーヒーが好きだって話、みんな覚えてる感じなのかな。それはちょっと、恥ずかしい。
「長谷川くん、ちょうどよかったです。鍵、開けようと思って持ってたので」
ほら、と鍵を見せれば、碧はよかったと笑みを浮かべる。それから、私の手から鍵を受け取った。
「それじゃ、そろそろわたしたちは行くね」
「部活頑張ってください! 長谷川くんも」
のぞみと恵美はひらひらと手を振って、正門のほうに歩いていった。それを手を振って見送ってから、格技場のほうへと向かう。
碧は私がのぞみたちから視線をそらしたのを察して、隣に並んで歩き始めた。
「クリスマスも部活とか、先生も大変ですね」
碧は鍵を開けながら、そんなことを言う。
私は別に、今は一人暮らしだし、今年は実家に帰るということもない。今年というか、この世界ではと言えばいいのか。
私の実家にはまだ中学生ののぞみがいるのだから、帰るのはむしろ迷惑だ。それに今この時期の両親は元気なのを知ってるし、多分もとの世界でも、元気だと思うし。
就職してからは、どちらかというと私のほうが不健康だった。睡眠不足だったし、ロクに食事もとれなかった。
両親からの心配のメールもちょくちょくあって、年末年始は少し顔を出しただけ。親戚に文句を言われたけど、仕事がと言ったら逆に心配された。弱音を吐けなくて、泣きながら大丈夫としか言わなかったっけ。それに、近くに住んでいるんだからいつでも会えるなんて言って。
……どこが大丈夫だ、バカ。恵美ですら助けてと言えたんだ。私も戻ったら、少しくらい助けを求めても、いいよね。
ああでもまず、戻れるのかな。死んでたら、そのまま成仏、とかだよね。それなら、最後に両親の顔を見たのが、あの年末年始の少しの時間になっちゃうな。もっと、話しておけばよかった。
私はそんなことを考えて、ふるふると首を横に振った。
「……暇なので、それほどでも。むしろみなさんのほうが、友達とクリスマスパーティだのなんだのしたいだろうに、勉強も大変なのに、休みにも学校に来て偉いですよね」
「んー、代わりに勉強しないから、偉いとは言えないかもしれないですけどね」
「勉強はしてください」
思わずびしっと突っ込むと、碧はけたけたと楽しそうに笑った。
鍵を開けて格技場に入る。祝日をはさんだだけなのに、格技場の中は乾燥しきった空気が流れていた。
電気をつけて、碧に着替えに行くように促そうとすると、振り返りざまに碧になにかを押し付けられた。
反射的にそれを受け取る。形のあるわずかにやわらかいものに、私は視線を落としてそれを見る。
「それ、クリスマスプレゼントです。といっても、おまけでついてきたものなんですけど」
碧がくれたのはテディベアだった。茶色の毛並みの小さくて可愛らしいもの。
「え、いや、これはさすがにもらえませんし、」
押し返そうとするけれど、その頃には一歩後ろに下がっている。
「姉へのプレゼントのときについてきたんです。姉はそういうのたくさん持ってるので、あげます」
じゃあ、とさっさと格技場を出て着替えに行ってしまう。追いかけようにも行き先は男子更衣室だし、追いかけるわけにもいかない。
仕方なく受け取ることにして、一度職員室に戻ってテディベアを鞄の中にしまった。缶コーヒーは、せっかくあったかいものを持ってきてくれたわけだし、と思い、今のうちに飲むことにした。量も少なめのものだし。
ぐいっと飲み干して、空き缶を机の上においておく。ふう、と一息ついてから、職員室を出た。
職員室を出る直前、鏡に映った自分に目が止まった。前は低いところで一つ結びをしていた長い髪が、今では前よりも高い位置で結ばれている。
ポニーテールなんて、何年ぶりだろう。部活のときはこうして結んでいたけど、気づかないうちに高いところに結んでいる。
ひょいっと横を向くと、ゆらりと髪が揺れる。
なんとなく、頑張ろうと思えた。まだ時間はあるのだから、もっと私は進める。前へ、高いところへ、進める。
職員室を出て格技場へ向かう。格技場にはもうすでに着替えた碧がいて、もうすでに自主練を始めていた。
碧は私に気づいてニコッと笑いかけると、またすぐに自主練に戻っていった。
少しして他の生徒も続々と登校してきて、練習が始まった。相変わらず私は見てるだけで、教えるにも教えられないけど。
部活は午前中のうちには終わって、そのあとはさっさと家に帰った。空き缶を捨てて、テディベアを本棚に飾る。
座らせる形で、本棚の上の空いているところに飾っておく。食べて寝るだけの部屋に、なんか一つ、花が添えられたような感じ。無機質だった部屋に、小さいながらも彩がついた感じ。
……碧にちょっと、感謝。




