第12話 「密談」
「えっと……?どこまで行くのですか?」
帰り道にアリス・センテカルドに捕まり、早数分。
俺は人気がない校舎裏まで連れてこられていた。
周りには人一人おらず、完全に二人きりの状態だ。
「ここら辺でいいでしょう。」
彼女はそう言い、俺に向き直る。
彼女はその青い瞳で俺を見据える。
その様子から真剣さが伝わってくる。
「急に呼び止めてすみません」
「……いえ。どういったご用件でしょうか?」
「話す前に、その敬語は不要です。ここ国立魔法学園では貴族も平民も関係ないのですから。」
「いや、でも……、アリス様も敬語を使っているではないですか。」
「私はどんな相手にもこういった口調なのです。貴方はそうではないでしょう?」
「しかし……いや、分かりまし……いや、分かった。だけど、さすがに呼び捨てはまずいと思うから名前はアリスさんと呼ぶから」
「ええ、それで結構です。」
貴族、それも四大貴族相手にため口はまずいと思いはしたが、アリスがその青い瞳で俺を睨んできたので彼女の言う通りにする。
「それで用件は?」
「貴方は入試の私の順位を知っていますか?」
「首席じゃないのか?」
「ええ、そうです。」
アリスが首席というのはケイヒルから聞いたからな。
それ以外にもどうでもいい事をたくさん聞いたが。
「それがどういうことか分かりますか?」
「ん?いや、よく分からないんだけど……」
「では、私が首席と聞いて何か思うことや言いたいことは?」
アリスは何を言いたいのだろうか?話を先延ばしにするだけで話の要点が見えてこない。
とりあえず、ここは無難なことを言っておくべきか。
「えっと………おめでとう?」
「………………」
「……アリスさん?」
会話の途中でアリスが黙り始める。
そっちから話を振っといて無視はないのではないだろうか。
そこから数分間、無言の時間が続いた。
話しかけようにも反応はしてくれないし。
もう、黙って帰ろうか。
そんな事を考え始めた時だった。
沈黙を貫いていたアリスが口を開いた。
「…………すみません。怒りを抑えていました。」
(怒り!?)
俺の聞き間違いでないのなら、彼女は確かに怒りと言った。
さっきのやり取りに怒る要素がどこにあるのか。
ずっと無視され続けた俺が怒るならまだしも。
「えっと……、何か気に触れた?」
「本当に頭にくる人ですね。」
「身に覚えがないんだけど………謝りたくても原因が分からないと謝りようがないから教えてくれないか?」
「………ええ、いいでしょう。」
「………………」
アリスの様子を見るに、かなり不機嫌だ。
これから話すことが今まで目の敵にされていた理由だろう。
三年間目の敵にされるより、ここで原因を解消した方がいい。
そういった意味ではついてきて正解だったかもしれない。
「貴方は実技試験で私と戦いましたよね。それは覚えていますか?」
「ああ、それは。」
「貴方はそこで何をしましたか?」
「えっ?……………君に負けた?」
「っ!?貴方が私を勝たせたのです!」
(っ!?)
彼女、アリスは怒りを露わにして俺に言ってきた。
俺は彼女の言葉に驚いた表情をしてしまう。
だが、一瞬で顔を取り繕い冷静に今の状況を分析する。
(俺が手を抜いていたことがバレた?周りの観客席の奴らも不審がっている様子はなかったし……………。とりあえず、ここで肯定するのは論外だ。分からないふりを突き通そう。)
俺は刹那の思考の結果、そう話を進めることに決めた。
「なんの事だか分からないだけど」
「………知らないふりをするつもりですか?」
「いや、するつもりもなにも本当に分からないし」
俺は全力で知らないふりをする。
ここで諦めてほしかったが、そうはうまくいかない。
「貴方は実技試験で造形魔法を使いました。それだけで驚愕に値します。私も少しはできますが、貴方のように上手くありません。」
「造形魔法………なんだそれは?」
初めて聞いた魔法名に俺は復唱してしまう。
造形魔法なんていう魔法は聞いたことないが。
下級、中級、上級魔法どれにも聞いたことがない。
それに驚愕に値するとアリスは言った。
俺は実技試験でそこまで難しい魔法を使ってない、というか魔法自体全然使ってない。
せいぜい氷剣を使ったくらいだ。
「貴方、何を言っているのですか?自分自身で造形魔法を使っていたではありませんか。」
「……何か勘違いしてない?」
「勘違い?貴方は氷剣を生み出し、それで戦っていたではありませんか」
「えっ……?氷剣?………ああ、そうだったな!すっかり忘れていたよ」
(っ!?あれって造形魔法って言うの!?ただ魔力を操っているだけなんだけど)
ただ魔力を操作して、自分が思い描いた物質を生み出しているだけ、それが俺の認識だった。
造形魔法?それは戦闘の際にはいつも、何気なくやっていることだ。
災厄になる前の訓練期間では最初に魔力の緻密な操作から入った。
これは一隻一丁で身につくことではないが、これがすべての魔法の根底となってくる。
つまり、アリスが言う造形魔法とやらは魔法師にとって基礎中の基礎。
そんな事で驚かれていたことに俺は驚きだ。
「貴方は氷剣で私の中級魔法、ヘルファイアボールを斬って防ぎましたね?」
「ああ、あの場ではそうする以外方法がなかったからな」
「すごい芸当だと驚きはしました。それは観客席に座っていた人達も同じでしょう。」
「ああ、一か八かだったけど」
「ですが、斬り防いだことにより氷剣にダメージが加わり、私との近接戦での斬り合いで氷剣が損傷。それで私の勝利となりました。これが私と貴方の実技試験での一連の流れです。」
「ああ、それの何が手を抜いて…………」
「あくまで私以外の人が見た流れです。」
「………………」
アリスが俺の言葉を遮って、言ってくる。
「………つまりなんだと?」
「貴方と直接対峙していた私にしか分からなかったでしょう。」
「何が?」
「ヘルファイアボールを凍らせたことです」
「っ!?」
「貴方は詠唱をしていた様子もありませんし、あの状況からして詠唱している暇はありません。
これらから考えて貴方は無詠唱で魔法を発動しましたね?」
「……………」
(見られていたか………。くそっ、俺の失態だ。周りに気を取られすぎて、前方への配慮が不足していた。)
俺は観客席にいた数多くの受験者に不審がられないように戦っていた。
だから、ヘルファイアボールを凍らせた時も周りにはバレないように配慮したが、対戦相手というのは盲点だった。
こういうところがあるから、組織の人達からからかわれるんだよな。
「私は思うのですが、中級魔法を一瞬で、それも無詠唱で凍らせてしまうような魔法能力を有している者が中級魔法を防いだ程度で破損を引き起こすような武器を生成するのでしょうか?」
「何が言いたいんだ?」
「つまり、氷剣が破損したのは必然的にそうなったのではなく、意図的にそうなった、そう考えられませんか?」
アリスはそう理路整然と説明する。
正直、ここまで論理的に説明されてしまうと反論できない。
事実、すべて彼女の言った通りなのだから。
(俺が力を隠していることが広まったらまずい。そうなったら、何故隠しているのか?という疑問も出て来るはずだ。そうなったら、俺はこの学園にはいられなくなる。)
俺は最悪の未来を想像し、焦り始める。
この状況を脱却できる方法を見つけるため、頭を必死に働かす。
「その様子を見るに図星のようですね」
「………………」
「心配しなくて結構です。この事は周りに吹聴はしません。貴方にもそうしなければならない事情があるのでしょう。」
「………ああ、ありがとう」
アリスにはもう隠しきれない。
この状況を脱却できる方法は見つからないし、本当かどうか定かではないが彼女が言わないというなら、ここは正直に認めることが吉だろう。
俺はここである疑問を感じる。
(怒りを感じた理由はなんなんだ?)
そう、これらの話はすべてそこから発生したものだ。
ただ実技試験での俺の行動を看破しただけだ。これが一体どう怒りと繋がるのだろうか?
そんな俺の疑問を目ざとく感じとったのか、
「ここで貴方の当初の疑問だった私が怒りを感じた理由になるのですが。」
「……ああ」
「本当の実力からすれば本来の首席は貴方です。……貴方にも事情がある、それは分かります。しかし、手を抜かれた挙句、貴方に勝たせられ私が首席になったという事実は屈辱以外の何事でもなかったです!!」
アリスはその端正な顔を歪めながら悲痛にも取れる声音で言ってきた。
ケイヒルによると彼女は冷静沈着。
常に凛としているという。
そんな彼女がこれほどまでに取り乱しているということは余程屈辱だったのだろう、惨めだったのだろう。
それに加えて、彼女は負けなしだとか。
センテカルド家令嬢としてのプライドと騎士としてのプライド。
実技試験で両方のプライドが傷ついた。
だから、俺をずっと目の敵にしていたのか。
やっと、すべてが繋がった。
(分かったのはいいが、俺にどうしろと?)
そう、彼女の思いは分かったが、俺にそんな事言われてもどうすることもできない。
今更、首席と次席を交換するなんてできないだろうし。
「そこに貴方を呼び止めた理由があります。」
「ん?俺にその事をを言いたかったから呼び止めたんじゃなくて?」
「それは前置きです。これからお願いすることは私の思いを知らなければ了承しかねるようなものなので。」
「はい?」
彼女はそう、一旦言葉を切り、改めて俺を見据える。
一体なんなのだろうか。
彼女の真剣な表情を見ると少し身構えてしまう。
そして、言い放った――――――――
「改めて、貴方に決闘を申し込みます!」
評価、ブックマークよろしくお願いします!