第20話 金盞花
ハルが夕顔の次……或いは最初の交流相手に選んだのはルナだった。
理由は単純に、危険度順だ。命に致る猛毒に次いで、彼女の感情感染は危うい。彼女以外にとっても、彼女自身にとっても。
ついでに言うと朝の態度から考えて、後回しにするとかえって面倒なことになりそうだった、というのもある。
なので夕食時、ハルは月色の彼女に声をかけたのだが。
「ルナは最後が良いかな。準備ってゆーか、なんてゆーか。その時になったらこっちから誘うよ」と、断られてしまった。
「準備、ですか?」ハルは小首を傾げる。
「それぞれ、自分のとっておきの場所を案内することになってるのよ。それが何処かは、その時のお楽しみ」
ハル専用の、肉も魚も卵も使っていない料理を運んできたカレンが答えた。余計な手間をかけさせているのは確実なので、ハルがそのことを詫びると、カレンは不満顔で言うのだ。
「お詫びの言葉よりも、感謝の言葉が聞きたいかな。あと、率直な味の感想と」
最後に付け加えた一言で、本当に料理に対して真摯なのだな、と思いつつも、ハルは「全部美味しい」以外の感想が出てこない。なので、毎回味付けにひねりがあって楽しいと、思ったままを付け加える。
「そういうのが聞きたいのよ。気に入った味があったら教えてね」
などと言うので、ハルは正直に、今のところ全部気に入っていると答えた。
また不満そうな顔をされた。
それはそれとして、危機管理のもくろみは外れたわけだが……まぁこの小さな女の子は危険だとは言っても、危険人物筆頭と比較すればそれこそ大人と子どもの差があるので、すぐにどうこうせずとも別段問題は無いだろうとハルは結論付けた。
「ルナさん以外で準備ができていないひとはいますか?」
ハルが訊けば、アニーがおずおずと手を上げた。
「こっ、こころの準備、が……」
つっかえ、消え入りそうな声は、堂々と響かせた歌声とは似ても似つかないが、不用意に触れてしまうと壊れてしまいそうな危うさは同じだった。伸ばした前髪で目を隠しているのも、自信の無さの表れだろうか。
「じゃあ、準備ができたら教えてくださいね。貴女の歌をもう一度聴ける日を楽しみにしています」
他の者は特に問題無いようだったが、此処で指名するといかにもルナの代わりのように見えてしまうので、ひとまず一日間を置こうか、と考えたハルの視界に彼女は居た。
期待に目をきらっきらと輝かせたカレンが。
どうやら彼女、ハルの味の好みについて、一日でも早く知りたいらしい。
「……えぇと、カレンさんは、明日でも平気ですか?」
「うんっ、喜んで」
そうでしょうね。という率直な感想を、ハルは危ういところで呑み込むのだった。訊きたいこともあったし、ちょうど良いか、などと思いつつ。
翌日。全員で朝食を摂った後で、ハルが連れて行かれた先には、かつて魔女の家であり、今は墓標となった大樹があった。大きく枝葉を広げた大樹の木陰には、背の低い丸テーブルが置かれ……いや、生えていた。よく視ればアレも生きた樹だ。より正確に言うなら、そこにある大樹の根の一部だ。椅子は無いが、絨毯替わりに芝生が広がっていた。
「フロルが一晩でやってくれたの。今日の晩御飯からは、おばあちゃんも一緒ね」
食事は家族全員揃って。そう言っていたという、魔女の墓標である大樹を見上げるカレンの笑顔は、とても優しかった。
「食事の場所が、貴女にとっての『特別』ということですか?」
「そうよ。日常で、特別で、一番大切なもの。」
誇るように、カレンは答えた。
「貴女がそこまで食事にこだわる理由、訊いてもいいですか?」
ハルが問うと、カレンは一瞬キョトンとして、笑い出した。何か面白いことを言っただろうか、と首をひねるハルに、カレンが言うのは。
「ちょうど今からその話をするつもりだったの。そのためのここなの」
そういうことですか、とハルは頷く。
「わたしが生まれた村ね、ひどい田舎で、魔王君が言うところの『時代錯誤な風習』が残ってたの。精霊の子は精霊に返す――一人娘だったわたしは、すぐに殺されることは無かったけれど、居ない者として、隠されて育てられたわ。
木造の屋根がわたしの空で、ロウソクの火がわたしの太陽。窓の無いその部屋がわたしの世界の全てで、ごはんはいつも一人ぼっちだった。そんな生活が8歳まで続いたけど……さすがに、隠し通せなくなったんでしょうね、夜中に連れ出されて、棄てられるところを、おばあちゃんに拾われたの」
「ぬしらが要らんのなら、その子は儂がもらおうかの?」
そう嘯いて、魔女は子どもを攫ったのだという。
「その時おばあちゃんが作ってくれた料理は、今思えば雑なものだったけど……すごく、おいしかった。閉じた世界じゃない場所で、誰かと食べるごはんは、涙が出るくらいおいしくて。だから、ごはんは皆がおいしく食べられなきゃダメなの」
「好き嫌いは良いんですか? 私なんてひどい偏食ですけど」
「理由によるわ。味が苦手なら味付けを工夫するし、食感がダメなら加工する。でも、魔王君みたいに精神的な理由なら、無理に食べさせたりしないよ?」
断定にハルは一瞬驚くが、自分の発言を思い出してある程度は納得した。ハルは言ったのだ、卵はいずれイキモノになるモノだから吐き気がする、と。
あまり言葉の裏を読むタイプには見えないが、考えてみれば最初にハルが「食べられないものは無い」と言った時も、カレンには見透かされたのだ。
「良くわかるものですね、いろいろと。」
「んー、まぁ、昔っからひとの感情の温度は良く視える方だったから」
そう言って、ちょっと困ったように笑う彼女は、ひょっとしたら気付いていたのかもしれない。残酷な現実と、優しい嘘に。
一人娘。存在自体を隠されていた。そして棄てられた8歳という年齢。
そんな断片的な情報からの、ハルの推測は。
隠し切れなくなったのではなく、予備が要らなくなったのだろう、と。
一人娘だった。それはいつまで? 弟ないし妹が生まれていた可能性は否定できないだろう。そして子殺しなどという風習がまだ残っているような未開の辺境なら、子どもが幼くして命を落とすことも珍しくは無かっただろう。
彼女はその時のための予備だったのではないか。金無垢のまま死んだ子が居れば、その時に色づいたのだと言って表に出すつもりが、無事色彩を得たため不要になったのだとすれば、8歳という年齢は妥当だ。
何より精霊の子であれば、費用対効果は極めて高い。カレンが居れば暖房用の薪はほとんど不要だっただろう。
――嫌な考えだ。
けれどハルにはそれが限界で。アルとルビアが此処に居れば、もう少しマシな考えも出て来たのだろうかと、そんなことを想った。
「もうひとつ訊いてもいいでしょうか?」ハルにできたのは、話題を変えることくらいだ「昨日は、どうやって私たちの居場所を特定したんですか?」
昨日、夕顔と話すハルたちの所へ、昼食を届けに来たのがカレンだった。精霊に満たされたこの地で、眼だけに頼って誰かを見つけるのは困難だが、あれだけの色彩が揃っていれば、誰が何処にいるのかを知る方法はいくらでもあるだろう。
「体温を視て、四人が集まっている場所を探しただけだけど?」
個人を特定したわけではなく、人数で判断したのだと。なんでもないことのようにカレンは言うが、体温が視えるのは彼女の色彩が『暖かさ』だからだ。確かに彼女にとってはなんでもないことなのだろうが……
「安らぎの温度、温もり……まどろみの時間……午睡、といったところですかね」
「――しえすた?」
「そのままの意味だと『昼寝』ですね。陽だまりの中で眠る穏やかな時間――カレンさんの優しい色彩はそんなイメージです」
緑の絨毯から降りて、ハルは地面に『午睡』と精霊文字を描く。
どうやら気に入ってもらえたようだ、と。感情の色までは読み取りづらい楽園で、ハルは彼女の表情からそう判断するのだった。
昼前、というかだいぶ前にカレンの家へと移動して、昨日ハルが予想した通り、味の好みをあれこれと訊かれる。これが昼まで続くのかと思うと、少しばかりうんざりした気分になるハルだったが。正直、味付けの好き嫌いはあまり無い。食材に関してはひどい偏食だが。
「うーん、こんなところかなー」
カレンがそう言ったのは、ハルが予想したよりもだいぶ早い時間だった。彼女が時間に余裕を持っていたのか、ハルの反応が薄かったために早く終わったのか。或いはハルが思うよりずっと、カレンは調理に手間暇をかけるのかもしれない。
「デザートにタルトでも焼こうかと思うんだけど、果物に嫌いなものは無い?」
タルト、と聞いて真っ先に思い浮かんだものをハルは告げた。
「そうですね。木苺は絶対に使わないでもらえますか?」
「……木苺だけが嫌いなの?」変わってるわね、とカレン。
「いえ。大好物ですよ」と、ハルは笑顔で言う。
「……良くわからないんだけど。好きなのに使っちゃダメなの?」
「はい。あの味だけは絶対に上書きしたくないので。
あ。こっそり混ぜたりもしないでくださいね。貴女のこと、嫌いになりたくはありませんから」
「……ねぇ、魔王君。いま君、恋する乙女みたいよ?」
呆れ交じりに言われたハルは、こう返すのだ。
「いやいや、私の知ってる恋する乙女は、こんなもんじゃないですよ?」
――と。
また一週間も空いてしまいました。ごめんなさい頑張るんで見捨てないでくださいぃぃぃ!
次に紹介するのはこの人です。
次回「雪片花」(予定)お楽しみに。




