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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第二章 無彩色の楽園と蒼紅の旅路
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第3話 悪食

 ユートピア。無彩色……いや、彼女たちの言いように従うなら、純色、となるのか。その純色の民の隠れ里のようなものだという場所に付けられた名前を聞いたハルは、少々判断に迷うことになる。

 何処にも無い場所ユートピアとは、ウィットに富んでいると言うべきか、それとも皮肉な名前だと言うべきか。黒いユーモアを感じてしまうのは、自分の性格が歪んでいるからだろうか、などと考えたハルは、そういった歪みとは無縁と思われる別れた友人たちのことを想った。


 アルに関しては、正直な話、一切心配などしてはいなかった。眠らせて、あの場に立ち会わせなかったことに関しては、きっと怒るだろうが、それでもアルが歪むことなどは無いと確信している。

 少しばかり心配なのはルビアのことだが……彼女も頭の良い子だし、何よりアルが居るのだから大丈夫だろう、とハルは楽観視していた。


 二人が自分を追って村を出ているなどとは、夢にも思わずに。


 ハルたちの旅路は、基本的には順調だった。絶影が居て、戦力も過剰な程に揃っているのだから、当然と言えば当然だが。この『戦力』にはハルも含まれる。父の仇かもしれない相手であれば、ハルとて魔法の行使にためらいは無い。

 残念ながら今のところ、その機会に恵まれてはいないが。


 未だ名も知らぬ魔女の弟子の失望が視えていたものの、それは特に問題ではない。どちらかと言うと、過度な期待をされていたことの方が、ハルにとっては問題だった。評価が適正なものに戻ってなにより、とすら思っている。


 失望していても感情的に振る舞うことの――最初の一回を除いては――無い彼女には好感が持てた。


 ――私に好意を持たれても、彼女には不快なだけでしょうけど。


 などと、呑気に構えていられたのは、最初の食事の時までだった。


 食べられる野草や茸の類が、ハルの眼には見えていたが、誰も採取をしようとしないので、食料の準備はあるのだろうと、確認もせずに思い込んでしまって……彼女の『食事』に、言葉と顔色を失うこととなる。


「――今、何を食ったっ……!」


 詰め寄るだけで、摑みかからなかった自分を称賛したい気分だった。


 深呼吸をするように、軽く腕を広げて。吸収した、彼女が言うところの『世界に満ちる力』と云うモノは。


 舞い散る黒を見るまでも無く、ハルの眼には明らかなそれは――精霊、と、呼ばれるもので。気軽に、食料替わりにできるようなものでは断じて無かった。けれど。ひとつだけ、わかったことがある。


「……なるほど、そういうことですか」


 意識して、作り笑いをハルは浮かべた。そうしなければ、嫌悪感に顔を歪めてしまうことが確実だったからだ。


 なるほど、『魔女』とは良く言ったものだ。


 あの老婆は、精霊をただの力だと歪めて伝えたのだ。おそらく……いや、間違いなく、弟子が魔法を躊躇なく使えるように。ちからとしては劣化するが、そもそも『魔法』というものがそれ自体で過剰な威力を誇るので問題は無かったのだろう。威力が100から80に劣化したところで、10もあれば充分にヒトは殺せるのだから。

 魔女の色彩が濁っていたのは、老いではなく『嘘』が原因であったか。


 ともあれ。


 ――食わない、わけにはいきません、よね。


 でなければ、彼女が魔法を使えなくなる、などという可能性すらあり得る。

 ハルは彼女を真似て、深呼吸をするように、精霊を……


 瞬く、記憶は、病魔に死を命じた時のもの。

 あの時、ハルは、精霊の死骸を見て、何を想ったのか。


 ……何を、思い出しかけたのか。


 次に浮かぶのは、まだ愚かだった頃、無彩色を見られて、そして……殺された、記憶。


 そう。あの時、ウィルムハルトは確かに、死んだ……はずだった。

 致命傷を負ったウィルムハルトは、死にたくない、と、そう強く想い……精霊を、喰った。


 自分を殴りつけて来た男ごと。何度か遊んでもらったこともある、気の良いおじさんを、魂ごと、喰ったのだ。一人の人間が、黒い雪に変わって散り逝く様を、今ならはっきりと思い出すことができた。


 そして、喰らったことで、理解した。精霊とは、ヒトの魂の欠片のことを指すのだと。人間の魂に精霊が宿っているのでは無く、ひとが死に、魂がいくつもの要素に分かれてできたモノを、ひとは精霊と呼んでいるのだと――丸ごと魂を喰ったウィルムハルトには理解できた。できてしまった。


 生きていたモノを、一切食べられなくなったのは、その時からだ。


 濁った汚らしい音が、他でもない自分の口から漏れていることに、ようやく理解が追いついた。体を折り、額を地べたにこすりつけて、空えずきを繰り返す。何かを胃に入れたわけではないので、吐くものなど何も無いのだが、腹の中で生命ひとが暴れまわるような錯覚に、吐き気だけがいつまでも収まらない。


 ひどい共食いだ。

 そして、ひどい欺瞞ぎまんだ。


 ヒト喰いの記憶に蓋をして、忘れたふりで生きて来た。人喰い龍とは、あまりに相応しいたとえではないか、と。ハルはえずきながら口許に笑みを刻んだ。


 ――あぁ、やはり私は、退治されるべき怪物だった。


 自分をひとだと言ってくれた友人に、ハルは心の中で詫びた。




 以降、食事はハルにとって拷問にも等しいものとなった。野草の類を採取しようにも、生のまま食べられるようなものは少なく、強行軍を続ける二人にわがままを言うこともできないので、その拷問に耐えているのだが……

「本当、無実の罪でも白状するので、勘弁してもらえませんかねぇ……」

 思わず漏らした呟きを、鬼人の少年に聞かれてしまい、ハルは慌ててごまかすのだった。


 魔女の弟子が絶影と共に姿を消したのは、それから三日後、ハルが眠っている間のことだった。


「あー……起きちゃったかー」

 容姿に似合わぬ幼い声の鬼人が、普通サイズの左手で気まずそうに頬をかく。


「なにかあったんですか?」と、ハルが小首を傾げるのに、

「嬢は知られたくなかっただろうけど」と前置きしてから「陛下の食事を買いに出てるよ」肩を竦めてそう言った。


「――なんでまた?」

「なんでって……ああも毎日苦し気にえずかれたら、そりゃあ」

「でも彼女は私のことが嫌いでしょう? 死ぬわけではないんですから、放っておいても良かったのに。意外と優しいんですね」

「それ、嬢には絶対言わないでね」

「照れ屋さんなんですか?」


 訊くと、鬼人は「えー」と呆れた声を出し、

「……あー、もうそれでいーや」

 諦めたようにそう言った。


 ハルとしても特に追及するつもりはないので、それで良いと言うのなら、それで良しと思っておくことにした。


「ところでシグルヴェインさん」

「シグでいいのに。なに?」

 呼称を強要しない彼にも、ハルは好感を持った。


「その名前は魔女が?」

 良い名前ですね、と思ったままに告げて、皮肉と取られかねない言葉だったと気づく。けれどシグルヴェインは素直な性格だったらしく、誇らしげに笑った。


「うん、そうだね。ユートピアのみんなはほとんどそう」

「ほとんど、ということは例外もいると?」

「嬢がそうだよ。サルビア、っていう、白でも銀でも無い花の名前で、本人が嫌ってるから呼ばないであげて」


 その名前は、意外ではあったけれど。


「サルビアの花には白もありますけど?」

「えっ、ウソ!?」

「まぁ、緋色が有名ですからねぇ。けど、本人が嫌っているならその名前では呼ばないことにします。私も、その名前で呼びたくないですし」


 サルビアの名は、今ではハルにとっても特別なものである。彼女がそう呼ばれたくないというのであれば、ハルに否やは無い。

 嬢、と呼ぶのもいささかためらわれはするが、サルビアよりはマシだ。大事な友達と、同じ名前で呼ぶよりは、ずっと良い。


 魔女の弟子が用意してくれた食料の、その大半が干し肉だった時には笑顔が引きつりそうになったものの、どうにか維持してハルは言った。

「ありがとうございます。意外と優しいんですね」

 ついうっかり、シグルヴェインには止められた言葉を。


「意外、ですか」

 明らかに気分を害した態度で問い返されたが、言ってしまったことはしょうがない。ので、ハルは思っていることをそのまま続ける。


「はい。嫌いな相手のことなど、放っておくタイプだと思ってました」

「正直な話、今は放っておけば良かったと思っていますよ」


 ハル自身の失言が原因で、魔女の弟子との関係は悪化の一途を辿るのであった。

どうしてもやっておかないといけない内容だとはいえ、酷い話が続きました。二人のヒーロー(片方は女の子)が居ないと救いが無いですね。

次はそっちの二人に視点を移そうと思います。イロイロあった後なので、さすがにほのぼのとまではいきませんが、こっちサイドよりは遥かに明るい話になるはず。


次回「もう一度彼に会うために」


二人は、友達を見捨てない。

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