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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第58話 表舞台の裏側で

 ルビアは最後の一か月を後悔と共に過ごした。


 自分の愚かしさが赦せなかった。献花祭の時、彼は覚悟を問うた。遅くても、あの時に気付くべきだったのだ。今までのウィルの言動を思えば、気付ける余地が無かったとは言えない。

 何も知らず、知ろうともせずに、気楽で気軽な想いを向けていた自分は、どれほど彼を傷つけたことだろう。過去に戻れるのならば、愚かな自分を殴り飛ばしてやりたいとすら思う。


 ――どうして、私は。好きだなどと嘯きながら、きちんと彼のことを知ろうとしなかったのか。彼が何かを抱えていることには、気付けていたというのに。


 合わせる顔が無いとはこのことだ。


『悪いことは言わないので、やめておいた方が良いですよ?』


 ずっと、彼は。ルビアのためを思って、距離を置いていたのだ。

 これ以上、自分のわがままに突き合わせることはできない。そう自分を戒めるルビアは、意見を異にする深紫菫と一度ケンカになった。今までのじゃれ合いにも似たそれとは違う、お互いの本気をぶつけ合うケンカだ。


「好きなんでしょ!? 今味方になんないでどうすんのよ!?」


 できるなら自分がそうしたいのにと、深紫菫は容赦なく平手をくれた。ずっと真面目で良い子だったルビアにとってそれは、初めての痛みであった。


「何も知らずに好き勝手しておいて、今更どんな顔で会えって言うんですか!」

 さすがに殴り返したりはしなかったが、言葉では存分に噛みついた。

「大事なのは知らなかった頃じゃなくて、知った今でしょうが!」

「だからってやってしまったことは消えて無くなりませんよ!」

「それを塗り替えるために今があんでしょうが!」

「私はこれ以上彼に迷惑をかけない!」

 深紫菫も最初の一発以降は手を上げることはなく、お互いにただ言葉をぶつけ合う。これがあったからこそ、ルビアは……


 真っ向うからぶつかってくれた彼女と、それを止めずに見守ってくれた母には、どれだけ感謝しても足りないくらいだ。




 フォエミナは生まれて初めて、自分の言葉を恥じていた。


 いつだったか、ウィルに言ったことがある。そんな態度では、何かあった時に誰も助けてくれないと。それに彼はこう答えた。その時には誰にも助けられはしない、と。


 まさしく彼の言う通りであった。

 誰にも、彼は助けられない。


 せめて借りを返したい、とは思うが、できることは何も思いつかない。彼を、その色彩を、恐ろしいと思ってしまった以上、できることなどないのだろう。

 何かできるとすれば、アルか、ルビアか。もしくは深紫菫? 自分にできるのは、彼らに協力することぐらいだろうと。情けない気持ちだったが、けれど自分よりもずっと強い気持ちをウィルに向けていたアイツらが、何かをやってくれるのではないかと期待してもいた。




 神父はこの年になって初めて、信仰に疑問を抱いていた。


 七彩教会は、色彩を持たぬ存在を怪物だと断じている。精霊に忌み嫌われ、如何なる色彩も許されなかったモノだと。


 もし、本当にそうなら、何故怪物バケモノ人間ひとを護った?

 それも一度のみならず、二度、三度だ。


 一度目と二度目など、神父こそが命を奪うところだったのだ。


 そして三度目。彼はその無彩色の髪を衆目にさらすことを厭わず、さして親しいわけでもない、むしろ貸しばかりが大きい一家を救った。

 これが怪物のやることか?


 答えの出ない疑問。それを解消するために、神父は街の教会に手紙を送った。教会の云う『怪物』の是非を、正邪を、理非を問う質問状だ。

 手紙それが、怪物退治の依頼書として扱われるとも知らずに。




 シディ=ブラウニングは、魔女の案に最初は反対した。息子に重荷を背負わせることなどできないと。


最果ての黒エッジよ、ぬしの息子はな『ただ生きること』それにすら理由が必要なのじゃよ。重荷が無くば生きてゆくことすらままならぬ。我らがその理由になり、我らは王を迎える。うぃん・うぃんというヤツじゃな」


 後半のたわごとはともかく、前半はなるほど、と納得できるものだった。ウィルは今まで、父にそう望まれているからという理由で生きていた。

 理由が無ければ、生き続けることすらおぼつかない――教会が怪物と称するシディの息子は、そんな危うい生命である。


 そして今、シディだけでは理由として不足しつつある。


「……一人ぼっち、なんて言われてしまっては、ねぇ」


 意識しての言葉では無いのだろうが、シディが居ても一人だと言われたようなものである。これには苦笑いしか出てこない。


 ――あぁ、本当に。自分は人間には成り切れなかったのだ。かつて自らを剣と定義したヒトのなりそこないにできるのは、ただの真似事でしかなかった。


 そしてシディは一か月後、誰も居ない自宅に帰って来た。




 深紫菫はその伝言をアルから聞いた。


「砂は落ち切った……って、なんのことだ?」


 それは符牒だ。『砂』とは砂時計の砂のこと。最後の猶予が、尽きたということ。それを友人に悟らせないために、ウィルムハルトは迂遠な言葉を選んだ。


「それはアンタの姉さんも交えて説明するよ」


 まさか毛嫌いしていたアルと二人で歩く日が来ようとは、深紫菫は思ってもみなかった。


「あぁ、そうだ。アンタには謝んないと。

 思い込みでパパの同類だって決めつけてた。ごめん」


「なんだそりゃ?」と、アルは不快気に表情を歪め「あんなんと同じ扱いは腹立つけど、別に謝られることじゃねーだろ。どう思うかはお前の自由だし」

「うん。そーゆートコ、ムカつく。」

 満面の笑顔を作って言って、なんだかウィルみたいだと思って、作り物では無く笑ってしまう。

「お前謝りたいのかケンカ売りたいのかどっちだ!?」

「……どっちも?」

「意味わかんねぇ……」


 本当に、わからないものだ。改めて深紫菫は想う。夜の色彩の自分が、火の色彩の彼を守ろうというのだから。

 グレンの家にたどり着き、深紫菫は同じヴィオラの名を持つ女性に頷きかける。彼女は一瞬目を伏せて、掌で目隠しをするように、弟の顔に触れた。


「心静かで、穏やかな眠りを」


「姉、さん……何、を……」

 アルはふらりとよろめくが、眠りに落ちることはなく、目を覆う掌を払いのけようとする。その後頭部に、深紫菫の手が触れた。


「眠れ。深く、深く、夢すらも無く」


 眠りの術の重ね掛けは危険だ。ウィルムハルトは言った。けれどそれぐらいしなければアルはおとなしく眠ってはくれないだろうし、そこまでしても肝心の場面では目を覚ますかもしれない、と。


 崩れ落ち、姉に支えられるアルを見ながら、深紫菫は苦笑する。

「それでもやっぱり、アンタのことはキライだ。八つ当たりだけどね」

 ウィルムハルト=ブラウニングが、自身の安全よりも優先した友人かれのことが、妬ましくて、羨ましくて……本当に、腹が立つ。

そして、物語は始まりにして終わりの時に到る。

次回「譲れぬ想い」

それは、自らの総てをかけて挑むもの。

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