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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第51話 ウィルムハルトの献花祭

 紫水晶の月になった。冬は本番、寒さも増して、移動が億劫だろうから春まで精霊術教室は休みとなった。病人や怪我人が出た時だけ、緋衣草サリィに付き添って治癒術の指導をするくらいで、基本的にハルは家で本を読んで過ごしている。

 緋衣草の治療に立ち会うのはハルだけではなく、彼女が助手として選んだ滄翡翠、勉強熱心な蒼緋衣に加え、存外付き合いの良い緑翡翠とアルも、助手に徹するよう命じた神父様が余計なことをしないよう、毎回見張り役として同行していた。


 そして、安息日には。


「真冬に寒々しいな、オイ」


 不入いらずの森のいつもの泉。ハルが顔だけ出して浮かんでいるのを見てアルが言う。


「あらゆる精霊に満たされた此処は、暑さ寒さとは無縁ですけど」

「知ってるけど。気分の問題」アルは肩を竦めた。

「私のこれも気分の問題ですよ。どうにも、週に一回は洗い流さないとすっきりしなくて」

 くすんだ金色を落とした髪を、一房つまんでアルに見せる。


「ならもう充分だろ。見てるこっちが寒い」

 火色のアルが寒いなどということはないだろうが、これも気分の問題か。


「……あれ? 今日紅蓮は?」

「ウチで暖房してる」

 との表現に、ハルはクスリと笑う。確かに、火の精獣が居れば快適だろう。

「もう家族にはなじみました?」

 問いかけつつ、ハルは乾いた布で軽く体を拭ってから服を着る。濡れたままでも此処でならすぐに乾くが……これもまた、気分の問題だ。


「毎晩、誰が抱いて寝るか勝負してる。昨日はサイコロの出目だったな」

「人気者ですね」

「人気者なんだ」


 苦笑ひとつで一息入れて、向かい合わせに座ったハルに問うのは。

「そーいやさ、前に寒さが平気だ、って言ってたけど、それってやっぱお前の色が関係あんの?」


「うーん……たぶんそうなんだと思う、としか。実例が自分だけなので確信は持てないんですが、以前言った精獣が無意識下の望みに応えるという話、あれが私の場合だと精霊総てに当てはまるようなんですよね。此処以外の場所でも、此処とあまり変わらないと言うか……凍える程の寒さや、ゆだるような暑さというのは、感じたことが無いです」

「……なぁ、実は精霊に愛されてるのって、お前の方じゃね?」

 などと、精霊に愛され、生まれついての色彩を持つ精霊の子が言う。


「言葉ひとつで命まで投げ出すような愛は、重たすぎてとても受け止めきれないんですが。押しつぶされてしまいますよ」

 心からの渋面に、アルが「そりゃそうだ」と笑った。


「あぁ、そうだ。私もちょっと訊きたいことがあったんですよ。なんか最近、村の空気が浮ついてませんか?」

 浮かれているというか、何というか。祭りの前の興奮にも似た空気をハルは感じていたが、紫水晶の月に祭りなど……


「ん? あぁ、もうすぐ献花祭けんかさいだからだろ?」


 ――あった。


 ハルは深々とため息をついた。

「そういう流行はしっかり入ってきてるんですか」


「流行? あー、そういや、ルビアたちがこの村に来てからだって聞いたような……」

「彼女のしわざですか……それは、なんというか、すごく納得です」


 女の子が、自分の名前の花をかたどった飾り物を、意中の男の子にプレゼントする、というのが献花祭の最近流行している様式だ。なんでも王都では義理花、友花なるものまで交換され始めているとか。


「本来の意味はそんな軽々しいものでは無いんですがねぇ」

「そーなん?」

「元々は献花奉石けんかほうせきと言いまして。花を献じ、石を奉る――自分の全てを相手に捧げるという、求婚や婚姻の儀式なんですよ。簡単に自分を配って回る最近の風潮はどうにも好きになれません」

「最近の風潮って、オイ13歳」

 アルには呆れた目を向けられたが、ハルの意見は変わらない。


「懐古趣味かもしれませんが、気分の……いえ、好みの問題です。自分に見立てた花をささげるのなら、相応の覚悟があって欲しいと思うんです」

 肩を竦めて言うのに、アルは眉根を寄せた。

「……なんかあったのか?」


「おや、鋭いですね。前に住んでいた街で、私はたくさんの花を貰いましてね。その後どうなったのかは、前に話した通りです」


 じぶんささげた女性ひとたちは、誰一人としてハルを守ろうとはしなかった。いや、守らないというのはまだマシで、積極的に彼を害そうとした者がほとんどだ。だから今でも、ハルは『献花』という言葉に失笑を禁じ得ない。

 それは何の冗談だ、と。


「悪い……」うつむき、唇を噛むアルに、

「別にアルは何も悪くないですよ?」

 ハルはいつも通りに笑って告げる。


「――だったらっ! ……だったら、そんな顔で笑うなよ」


「……どこかおかしいですか?」ぐにぐにと頬を揉みながら問うのに、

「どこも。完璧な、何の違和感も無い――作り笑いだよ」

 吐き捨てるように、オレには泣いてるみたいに見える、などと言われて。ハルはただただ、疑問のみを感じていた。


「考えすぎじゃないですかね?」

 泣きたいような気持ちは、心の中の何処を探しても見つからなくて、ハルは言う。どれほど考えてみても、この世界はそういうものだ、としか思えない。


 自分はどうしようもなく怪物で、人間ひとには成れないのだ、と。




 そんなやり取りがあってから約十日。献花祭当日も、ハルは自宅で本を読んで過ごしていた。教会前の広場では篝火が焚かれ、ちょっとした料理や振る舞い酒などが出されるのだとアルから聞いたが、どれもハルには興味が無いものだったからだ。むしろその日が献花祭だということすら忘れていたくらいである。


 篝火の前で、女性が意中の人を探し、そこから少し離れて花飾りを贈る……という流れもアルは説明していたが、それは既に、ハルの記憶には無い。


 家の扉がノックされたのは、そろそろ陽も落ちようかという頃だった。一言、二言、交わされる言葉はハルの部屋まではっきりと届きはしなかったが、続けて父に呼ばれた名は間違いようのないものだった。


 栞を挟んで本を閉じ、玄関に向かうと、見知った、けれどこの場では初めて見る顔が其処には在った。寒さのためかほんのり赤く染まった頬、いつもより丁寧に編み込まれた感のある蒼穹そら色の髪、もはや見慣れたとも言える姿と、さして大きく違っているわけではないのに……何故だろう。

「蒼緋衣?」

 目が合って、少し恥ずかしそうに、けれどまっすぐに自分だけを見て微笑むその姿が、まるで見知らぬ誰かに見えて、一瞬と呼ぶには少し長い時間、ハルは彼女を見つめていた。


 ――こんなふうに笑うひとだっただろうか。


 暖かな、それでいて、不用意に触れてしまえば火傷を負いそうな熱を秘めた微笑みは、アルが作り笑いと呼ぶような綺麗なだけの笑顔などよりも、ずっと魅力的な表情だった。


「……少しだけ、付き合ってもらえませんか?」

 表情を引き締め、そう訊いた蒼緋衣に、

「何の用でしょう?」ハルは当たり前に理由を訊いて……ふと、困っている様子の彼女に気付く。アルならば、まず最初に返答をしたのだろうなと思って、付け加えた「――まぁ、いいですけど。外、ですか?」

 外套を持ってにこにこしている父を見れば、そこは一目瞭然だ。


「良いんですか……!?」

 自分で誘っておきながら、まさか、という反応にはハルも呆れるしかない。


「驚く様なことですか?」

「いえ……はい、やっぱりびっくりです。ウィル君にとって、私はアル君のおまけでしかないと思っていたので」


 すぐに答えを返せなかったのは、それがその通りでもあったからだろう。ハルにとって世界は、家族シディと、友人アルと、それ以外とで構成されるものであり、未だ、アルだけが特別であることに変わりはない。


「……アルならこう言うんじゃないですかね――こんな自己主張の強いおまけがあってたまるか。」

「言いそう……!」

 たまらず笑い声を漏らす蒼緋衣との会話は、しかしアルがおらずとも不快なものでは無かった。いや、もっとはっきり、楽しいとすら感じていた。


「いってらっしゃい、ウィル」

「いってきます、父さん」


 挨拶を交わし、家を出て。蒼緋衣が向かう先は。


「――教会に用があるんですか?」

「いえ、そういうことでは無いんですが、逆に向かうと村の外じゃないですか。さすがに私とウィル君では危なくありません?」

 実はハルさえ居れば人間以外の何者も脅威にはなり得ないのだが、それはそれこそ家族と友人しか知らないことである。

 言葉数少なに隣を歩く少女の存在は、意外と、と言うべきか、違和感なく其処に在った。アルも含めての三人という状況は多くなっているものの、未だハルにとって二人と言えば自分のとアル、もしくは自分と父の組み合わせ以外にありえないとすら思える。思える、の、だが。


 寒さのせいか、いつもより少し近い距離に在る彼女の存在を、その熱量を、ハルは煩わしいとは思えずにいた。そう思った方が、楽なのに。


 自分の手が摑めるものなど、何も無いと知っているのに。


 アルの手ですら、いつかは離さなければならないと知っているのに。


 それでも、この距離を、温度を、居心地が良いと想ってしまった。


 教会の篝火が見えてきた辺りで、蒼緋衣は足を止める。


「ウィルムハルト=オブシディアン=エキザカム=ブラウニング君」

 ハルは以前、彼女のことをフルネームで呼んでいたが、彼女の方からフルネームで呼ばれるのは、これが初めてかもしれない。

「これを、受け取ってもらえませんか?」

 差し出されるのは、彼女自身。蒼い色彩いろの、緋衣草を模った飾りのついた、金属製の栞だった。


 献花、という言葉が意識に上った瞬間、ハルの世界からは熱が喪われた。

 めて、えて、めていく感覚。


 ハルは差し出された花を受け取ることなく、いつも通りに微笑んだ。

装身具アクセサリが欲しいのなら、もっと別のモノにした方が良いですよ?」

 装飾品としての価値しか無い。それがハルの自己評価であった。無駄に美人と言われた顔以外に、多少の知識はあるものの、それを与えてしまえば、残るのは……と、胸に手を当て自身を示し、

「コレは今でこそ綺麗に見えるかもしれませんが、著しく経年劣化するので、買い値には見合わないですよ」

 何より無彩色の怪物は、ただ其処に在るだけで世界を敵に回す。買い値は人間一人の一生と、買い手本人の命だろう。それに見合う価値が自分にあるなどと、ハルはうぬぼれてはいなかった。


「ウィル君……?」戸惑うばかりの蒼緋衣に、

「用がそれだけなら、私は帰りますね」それだけ告げて、きびすを返す。


 普段いつもと変わらぬ、笑顔のままで。

 蒼の緋衣草サルビアは、受け取ること無く。


「待っ……!」反射的に、だろう。蒼緋衣がハルの手を摑んでいた「装身具アクセサリとか、そんなこと考えてません! 私は……私は、貴方のことが、ウィル君のことが好きなんです!」

 ごまかしの無い、まっすぐな告白に、けれどハルの笑顔は崩れない。

「貴女は。いったい、どの程度の覚悟で言っているのでしょう。

 悪いことは言わないので、やめておいた方が良いですよ?」


 命を懸ける覚悟など、あるはずが無いから。

 そんな覚悟、するべきではないから。


 今度こそ立ち去ろうと足を上げた、そのタイミングで。摑まれた手がぐっと引かれた。

 バランスを崩し、倒れそうになるハルの肩を、蒼緋衣のもう一方の手が支え、眼前に、目を閉じた彼女の顔が……


 ハルの唇に、柔らかく、熱く、僅かに濡れたナニカが、触れた。

某チョコレートの日の解説を入れようかと思ったのですが、そんな空気じゃないので自重します。

この後はアル君視点とルビアちゃん視点で今回の補完をしようと思ってます。どっちが先かは未定です。

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