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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第50話 精霊の瞳

 ルビアが誕生日を祝ってくれるらしい。家に帰ったアルが家族にそう報告すると、何故か歓声を上げられた。

「え、何、二人っきりで?」と母が詰め寄り、

「そうか、お前もそんな歳か……」父は感慨深げに呟いて、


「――いや、ハルと三人で、だけど?」アルが首をひねれば、


「そうよねー」何故か姉に呆れた視線を向けられた。

「そんな歳じゃなかったかー」と呟く父からも同様に。


「え、なに?」

「いや、うん。良いんだけどね。いつまでも三人、ってわけにもいかないよ?」


 姉に言われてアルが思ったのは、ハルの色彩ひみつのことだ。前に住んでいた街では、それが知られたせいで怪物として追い立てられたと言うが……

「んー……? ルビアならだいじょぶなんじゃね?」

 驚きはしても揺るがない。それがアルの予想だった。なんなら教室の連中もそうなんじゃないかと思っている。


 ハルの事情など知らない姉が言った、いつまでも三人ではいられないという言葉の意味を、アルが正しく理解するのは……もう少し、先の話だ。




 次の日。ルビアと深紫菫が仲良くケンカしたり、サリィが滄翡翠をからかったり、緑翡翠が素直では無いことを言ってフォエミナに叱られたりと、簡単に言えばいつも通りの授業を終えて、三人でルビアの家に移動する。深紫菫と緑翡翠がワリと凄い顔で睨んでいたが、それに気づいたのはアルだけだった。

 ……いや、この二人なら、気付いていて無反応というのも充分にあり得る。二人のことがだいぶわかるようになってきたアルだが、逆に読み切れない部分も多々ある。そのあたりは、自分より頭の良い二人だから、ということで諦めてはいるが。訊けば普通に答えてくれるだろうし。


 冬の寒空の下を行く三人の内、紅蓮を抱いて暖を取っているのはルビアだ。アルは色彩的に寒さなど問題としないし、ハルも寒いのは好きだからと、途中でルビアが交代しようとしたのを辞していた。一瞬視線を投げられたアルは、ハルのも色彩的なものだろうか、と想像している。


 とっておきを用意する、と言っていたハルだが、特に何かを持っているようには見えない。さして大きくないもの、ということなのだろうが……と、アルが思考を巡らす間に目的地に着いた。

 アルが此処へ来るのは二度目だ。アルの家には毎月ハルが泊まりに来ているし、ルビアも隔月では来る。父親がごねるので毎月は諦めたそうだが、それでも泊まって行かない月にも夕食の準備はしに来ていた。アルの両親が帰ってきている冬の間はそれもなくなるかと思えばむしろ逆で、毎月泊まって行ってもらうことが確定している。姉の恩人であるハル用の料理は、ルビアが一番手慣れているからと、アルの両親から頼んだ結果だ。


 ルビアが二つ返事で承諾したのは言うまでも無い。


 紅蓮を連れてお茶とお菓子を用意しに行って、戻って来たルビアはなんとも微妙な表情だった。

「――どしたー?」

 ハルは駆け寄って来た紅蓮を抱き上げてテーブルに乗せているので、ルビアにはアルが問いかけた。


「……いえ。お茶に関しては、アル君の家のキッチンの方が使い慣れて来てる私がいます」

「あー。」それは確かに微妙な表情にもなるだろう。

「家ではお茶は母様の担当ですから。料理は私も手伝うんですが……」


 紅茶の準備をした回数は、アルの家での方が多いらしい。アルが自前の紅茶を淹れる時もルビアに頼んでいたせいもあって、そういうことになっていた。


 胡桃のタルトは、ルビアの予想通りとてもアルの口に合ったが、これまた彼女の予想通り、ハルは木苺を使ったものの方が好みらしい。


「来月のウィル君の誕生日にはそちらを用意しますね」

 当然のように言ったルビアに、ハルは一瞬だけ言葉に詰まった。

「……ありがとう、ございます?」

 出て来た言葉に、ルビアは楽し気に笑って問い返す。クスクスと、ハルによく似た笑い声だった。

「なんで半疑問形なんですか?」

「いえ、予想外のことを言われたので」


 アルとルビアは顔を見合わせる。その発言こそが予想外、と。


「予想外ですかね?」ルビアが小首を傾げ、

「むしろ予想通りだよなぁ」アルは苦笑する。

「ですよね?」うんうん、と頷くルビア。


「そうでしょうか?」未だに納得していない様子のハルに、

「そうでしょうとも」胸を張ってルビアは答えたのだった。


「それで、ウィル君のとっておきというのは?」

 お茶を終え、ルビアがハルに訊いた。これに対し、きっと驚きますよ、と珍しく得意げな表情などして見せて、ハルが取り出したのは不思議な輝きを持つ、小指の爪ほどの大きさの石だった。


「えっ……これ、まさか……」

 ルビアは何か心当たりがあったらしく、言葉を失うレベルの驚き方をしているが、アルにほどれほどのものなのかわからない。ただ、見る角度によって変化するその石の色彩に、何故か見覚えがあるような気がしているだけだ。


「あぁ、蒼緋衣にはわかったようですね。お父さんの職業柄、見たことがありましたか?」

 気負いも無く言うハルに、ルビアの笑いが乾いていく。

「いえ……私の想像通りだとしたら、一介の刻印師の職分をどう考えても超えていると思うんですが……」

「そんなすげぇもんなのか、コレ?」

 アルがなんとなく指でつついて訊くと、ルビアが腕を引っ張ってやめさせた。こわごわと、小さな宝石らしきものを見て、言うのは。

「私の目にはコレ、『精霊の瞳』に見えるんですが……」


 さすがにアルも言葉を失う。ルビアの見立て通りなら、それは……


「あぁ。見たことは無くても、知ってはいたんですね」


 正解です、などと気楽に言って平然と笑うハルに、アルは叫んだ。


「――国宝じゃねーか!!」


 それは。国家が国家として認められる証の宝玉だ。


「いや、そこまで大したものじゃなですよ、コレは。『精霊の瞳』という名が独り歩きしているようですが、国宝玉の方は『精霊の瞳玉どうぎょく』というのが正しい名称でして。『ぎょく』に至らないコレは、いくつか機能の欠けた劣化版です。さすがに個人で瞳玉どうぎょくは持っていませんって」


 国宝ではなかったらしいその石を、指先でトントンと叩きながらハルは言う。動きに反応したのか、石そのものに反応したのか、鼻先を近づけようとした紅蓮を、ルビアが慌てて抱き上げる。

 アルはほっと胸をなでおろした。食べられでもしたらシャレにならない。


「だからってそんな雑に扱えるもんなのか……?」

「――? 精石の一種ですから、頑丈ですよ? 普通の金属の刃物なんかじゃあ傷もつきませんし、ハンマーで叩いても割れません」

「いや強度の話はしてねーよ」

 即座にツッコミを入れたアルに、ハルはきょとんと首を傾げた。


「あの、ウィル君? それ、お高いんでしょう?」

 動揺のあまりか、ちょっと言葉遣いがおかしなことになっているルビアの問いに、ハルは納得、と頷いた。

「あぁ、価値の話でしたか。適正価格で売れれば、そこそこの街にそこそこの家が建つくらい、ですかね?」


 ハルの事情を知らないルビアの目は点になっていたが、事情が無ければこんな片田舎に似つかわしくないという意味では、バラスン一家も実は大差ない。


「……ちなみに、前回の治療の経費と比べて?」

「アレの七割くらいでしょうか」


「――はいっ!?」

 ルビアの声が裏返った。恥ずかしそうに慌てて口を押えるが、無理もない反応だとアルは思う。


「そんなんどこで手に入れたんだよ……」

「昔父さんが、護衛依頼の報酬で」


「シディさん誰護ったの!? 貴族? 王族?」

「普通に商人ですよ。なんでも他の護衛が裏切った中、父さんだけが裏切らなかったので、一番価値のある商品をくれたんだとか」

「あー……なんか、らしいな。

 で、そいつに欠けてる機能って?」


「それは……あぁ、表現を間違えましたね。欠けている方がほとんどで、コレにあるのは映像と音声をありのままに記録して、再生することだけです。記録は一度限りで上書きはできませんが、改変や偽装は不可能です。まぁ、だからこそ真実を写す瞳――精霊の瞳と名付けられているのですが」


「ふーん。で、そこに入ってるのを見せてくれるわけか」

「そういうことです。ちょっとスゴイですよ?」

 ハルがここまで言うのなら期待できそうだ。と、記録された映像とやらを楽しみにするアルに反して、


「いえ……現時点で相当スゴイんですが……」

 ルビアは未だ呆然と呟くのだった。


 壁に立てかけたテーブルにシーツをかけて、そこに映像を投影する。真っ白に塗られた平らな壁があれば一番とのことだが、そんなものはこの村の何処を探しても無いので代用だ。


 そこに記録されていたのは、世界的にも有名だというとある劇団の演目だった。

 それを観て、アルは納得できたことがひとつあった。前に、この場所で、旅芸人になるのはどうだと言った時、即座にハルが否定した理由だ。


 なるほど、こんなものを知っていれば、気軽に演劇で食っていくなどとは言えないだろう。


 映し出されたそれは、先に聞いていなければ演劇ではなく、過去実際にあった事件の記録だと思ったに違いない。それほどまでの現実感――では、あったのだが。


 記録された映像が終わり、ルビアと視線を交わしたアルは、彼女も同じ考えだと理解する。


「確かにスゴかった――けどさ。」

「正直、演技力だけならウィル君も同レベルだと思います」

「あと声だけなら滄翡翠もな」

 アルが付け加えると、ルビアが「確かに」と笑った。

「でもそれを言うなら、美術の緑翡翠も匹敵するんじゃないですか?」


 今度はアルが「確かに」を言う番だった。


「私は、演じることには慣れてますから」


 綺麗に、とても綺麗に笑うハルを見て、アルは思い出す。『精霊の瞳玉』と区別するために『精霊の小瞳しょうどう』と呼ばれるその宝石の色彩が何に似ていたのかを。


 あらゆる色彩を閉じ込めたかのようなそれは、まるで。

 不入いらずの森で見た、ハルの髪の色のようだった。

国宝(ビデオカメラ)いや、あっちにはもうちょい機能ついてますが。えっと……テレビ電話とか?

次からはついに、プロローグから名前だけは出ていた献花祭エピソードに突入します。

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