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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第49話 最も古く、最も無垢な

 教会の礼拝堂には暖炉は無い。ありのままの自然と向き合うことが神との対話の第一歩なのだ……などと、問題の神父は言っていたが、それなら家など建てずに天然のままの洞窟ででも寝起きすれば良いのでは? などと思うルビアは、神父嫌いが高じて教会にまで猜疑的になっているのだろうか。

 ともあれそういう事情で、場所を借りはしたものの、寒さに関しては外よりはマシ、といった程度のものである……はずだったのだが。室内は暖炉などなくても充分に暖かかったりするのである。二列並んだ長椅子の間、此処のちょうど中央あたりで丸まっている、赤い仔犬のおかげで。


「皆さんは、紅蓮がどうして部屋を暖めてくれるのかわかりますか?」


 教壇を下り、毛玉状態の紅蓮を抱き上げてウィルは訊いた。


「どうして、って……?」

 質問の意味も意図もわからない、と首をひねって。その紅蓮の主が言った。

 言葉を返したのはアルだったが、他の皆も同様に首を傾げている。今日はこの間言っていた、祈りの話をするのではなかったのか、と。


「紅蓮が単純に火としてのみ在るのなら、こうも私たちにとって快適な温度にはならない、ということですよ。すぐ隣に座っていれば熱いくらいでしょうし、逆に四隅のあたりだと寒いくらいなのが普通だと思いませんか?」


「言われてみれば……」

 と、最近は真面目に授業を聴くようになっている緑翡翠が呟き、

「アル君が命令してるんじゃなかったの?」

 もう一人の翡翠ジェイドであるところの、滄翡翠が自身の予測を問いかける。が、先のアルの反応からわかる――少なくともルビアには――ように、それに対する返答は否定だ。そこまで気が回っていなかった、というよりは、言うまでも無く紅蓮がやってくれていた、といったところか。


「明確な命令も無く、室内の温度を快適なものにまで上げる――それは皆が無意識下で望んでいることに紅蓮が応えた結果です」


 ここまで聴いたルビアはピンと来た。

「なるほど、それが祈りの話に繋がるわけですね」

 そういうことです。とウィルがルビアに視線を向けて頷く。


「うん。二人だけでわかってないで説明よろしく」

 フォエミナが若干めんどくさそうに言った。ウィルは肩を竦める。


「精霊は人間ひとの想いに反応する――それは精霊術の基本でもあるのですが……では、精霊が反応する『想い』とはどこまでの範囲が含まれるのか。はっきりと言葉にされた想いだけなのか、強い想いであれば胸の内に在るだけで充分なのか、それとも明確な形すら無い漠然とした想いまでも含まれるのか」


 教室内がざわつく。皆口々に自分の予想――最初の二つのどちらか――を呟き、近くの者と相談したりしているが、自信を持ってこれだ、と言えるには至らない様子だ。


「蒼緋衣は、もうわかったようですね」

 クス、と悪戯っぽい笑いを漏らし、先生が言う。


「――全部。ですよね。でないと最初に言った紅蓮君の話と矛盾しますから。精霊が『反応』するのは強弱関係無く、ヒトの想い全て。けれど『精霊術』という形で発動させるには一定以上の明確で強い意志が必要……といったところですか?」


「完璧です」

 ウィルにそう褒められて、ルビアは微笑で応える。あまりだらしない表情にならないように、細心の注意を払いつつ。


「紅蓮はこう見えて力のある精獣なので、皆の漠然とした願いを酌んで室内を適温に保っています。自らの意思を持たない精霊では、こうはいきません。

 そこで、先程蒼緋衣が気付いたように、祈りの話になるわけですね。『想い』ではなく『願い』でもない『祈り』――それは皆さんが普段使っている精霊術、そのひとつ前の段階です。術としての色彩が与えられる前の、真に無垢なるちから。明確な色彩を持たないため、方向性が定まらず、決して効果が大きいわけではありませんが……これこそが、世界最古の精霊術です」


「そんな記録が残っているんですか?」

 自分は知らない、とルビアが問えば、

「いえ。私も記録として見たことは無いですが。か弱くも純粋なこのちから色彩いろを付けたものが現在の精霊術であることは、眼に視えて明らかですから。『祈り』に明確なちからがあると気づいた誰かが、それを発展させたのでしょう」


 言ってしまえば、それは彼の推論にすぎなかったのだが。

 それでも、その結論を疑う者は、この教室には一人も居なかった。


「当然、色づいたちからの方が効果は大きいですが、『祈り』には高い汎用性があります。魂の色彩的に扱えない類のちからでも、『祈り』という形であれば発現できる。

 どんな状況であっても、何もできないひとなんて居ないんです」


「それってなんか素敵!」歓声を上げたのはマーガレットで。

 他の女の子たちも口々に同意している。男の子たちも口には出さないだけで、意見はそう変わらない様子だ。確かに浪漫のある話でもあるが……


 ルビアは皆で祈った時のことを想った。そこまでしなければならない程の状況だったのかと、今更な恐怖と。そこまでのものを積み重ねて、再び奇蹟に手を届かせた、何もできないと自称する少年への畏怖を。

 ウィルムハルト=ブラウニングは、本当にあらゆる手を尽くして二つの生命いのちを護ったのだ。称賛されないなんて間違っている。ルビアをはじめ、此処に居る誰もがそう思ったことだろうが、ウィルは精霊術教室全員の手柄にしてしまった。


 あまり目立ちたくないのだ、とウィルは言った。たとえそれが肯定的なものであっても、自分の髪色で目立つとろくなことにならないと言われてしまっては、皆彼の要望を受け入れざるを得なかった。


「ところでウィルムハルト先生」

「――はい、なんでしょうか、深紫菫」

 大仰な呼び方をされてもウィルはよどみなく答えたが、ほんの一瞬笑顔が固まったのをルビアは見逃さなかった。


 最初にこの呼び方をされた時、ウィルは「省略して良いですよ」と言ったのだが、その言い回しは失敗だった。「だったらあたしは省略せずに呼びたい」と深紫菫に反論させる余地を残してしまったのだから。恩人の名前を省略したくないと深紫菫は言ったが、ルビアにはそれだけでは無いとわかった。


 彼女はきっと、自分だけの特別な呼び方が欲しかったのだ。


 ルビアが、特別な呼ばれ方を望んだのと同じように。


「ウィルムハルト先生には、おなかの子の性別がわかんの?」


「――あっ。」

 今度の硬直は一瞬程度では無く、ルビアやアル以外の者も視認できただろう。急に固まったウィルの顔を、肩に前足をかけた紅蓮がぺちぺち叩いている。それでウィルの硬直が解けたようなので、なかなか良い仕事をしたと言える。

「えっ、と……先に、知りたく、なかった……ですか?」

 怯えるように、窺うように、深紫菫を見遣るウィル。


 ――それ、美人がやるのは反則だと思います。


 にやけそうを通り越して悶えそうになるルビアだが、男女問わず赤くなっている者が多いので、決して少数派では無い。


「あー、いや。そーゆんじゃ無くて。当たり前に弟、ってゆーから、ウィルムハルト先生にはわかってんのかな、って。ちょっと気になっただけ」

 深紫菫は僅かに頬を染めながらも、割合落ち着いた口調で返し……ルビアを見て、ふっと勝ち誇ったように笑った。


 やっぱり敵! と内心絶叫するルビアだ。


「それなら良かった。はい、想像通り、私の眼には胎児の性別が視えました」


「視えるんだ……」驚いた、というよりもむしろ呆れたような口調だった。その気持ちはルビアにも良くわかる。いったいどんな眼をしているのか。




 授業の後はいつも通りウィル、アル、ルビアの三人で集まる。今回は三人だけで、加わろうとするものとばかり思っていた深紫菫もさっさと帰ってしまい、ルビアとしては逆に拍子抜けしたものだ。

 次の授業内容について簡単に話し合い……ふと思いついて、ルビアは訊いた。


「そういえばウィル君とアル君の誕生日っていつでしたっけ?」


「明日」「――はぁ!?」

 あんまりなアルの返答こたえに、ルビアはあまり上品とは言えない声を上げてしまう。母に知られたら叱られそうだ。それにしても……


「明日って!? なんでもっと早く教えてくれないんですか!」

「いや教えてどーすんだよ? パーティーとかやってんの、ルビアんちくらいだからな?」

「あ。」と、納得しそうになって「いやそれでもプレゼントのお返しくらいはしたいですから!」慌てて言い添える。

「いーよ、そんなたいしたモンやったわけじゃねーし」

 アルはそう言うが、早咲きのサルビア一輪と、二人が見せてくれた即興劇は、他がかすむレベルでルビアの琴線に触れている。返礼をしないなど、彼女には考えられないことだった。


 ここまで急なのがウィルでなくてまだ良かった、などと他人ひとには聞かせられない、若干ひどいことを、思っ、て……


「……えっ、と…………ウィル君の、誕生日って……?」

 まさか、もうとっくに過ぎている、などということは……と、こわごわ問いかけるのに、

「私は来月、紫水晶の……あぁ、貴女の石名せきめいの月ですね、サルビア=アメシスト=バラスンさん」

 ほっと胸をなでおろす。


「なんだか久しぶりですね、フルネームで呼ばれるのも」

「――戻しますか?」冗談だとわかる口調で言われたので、

「お断りします」ルビアはウィル譲りのとても良い笑顔で答えたのだった。


「でもアル君主体でパーティーをしないなら、ウチでまたお茶会でもしましょうか。プレゼントが大したものじゃないと言うのなら、それがお返し、ということでどうでしょう。

 平日なので成人したアル君のお姉さんも誘えませんけれど、たまには子どもだけ、というのも良いんじゃないでしょうか。胡桃のタルトを焼きますよ。好きでしょう?」

「え。なんで知ってんの?」アルが驚く理由こそルビアにはわからない。

「ピクニックの時ですよ。胡桃のパンが一番気に入ってるみたいでしたから。だからウィル君には木苺のタルトを出しました」

「良く見てるんですねぇ」

 感心したようにウィルに言われて、ルビアは誇るように微笑んだ。


「二人は特別です」


「じゃあ明日は授業の後、三人でルビアんち?」アルが言い、

「ですね」ルビアが頷く。

「え。三人って、私もですか?」

 三人目がとぼけたことを言うので、ルビアはため息で応じた。


「アル君のお祝いに、ウィル君が来ないとか、あります?」

「――無いですね」

「でしょう?」

 ぼう、足下で紅蓮までもが鳴いた。


「では私も、とっておきを用意しましょう」


 とっておき? と、声を揃えるルビアとアルに、ウィルは。


「まだ内緒です」

 人差し指の先を唇に触れさせて、片目を閉じた。


 ――だからそれも、美人がやるのは反則だと思います。

なんか長くなりました。次はアル君バースデイ。

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