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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第41話 仲良くなったのは

「いつまでも玄関先で話していないで、上がってもらいませんか? ……なんて、私が言うのはおかしいかもしれませんけど、せっかくのお茶が冷めてしまいます」


 急かすような言いようがぶしつけだとはわかっていたが、それでもルビアがこう言わずにはいられなかったのは、選んだ茶葉も理由の一つだ。ディルジエラ茶は繊細で、抽出時間が長すぎたり、冷めてしまうと渋みが強くなりすぎる。せっかくのセカンドフラッシュ、マスカテルフレーバーを台無しにしてしまっては勿体ない。

 保温に関しては紅蓮に頼んだので問題無いかもしれないが、間を置き過ぎては香りの方はとんでしまうだろう。抽出時間に関しては、ティーポットを二つ用意して対応している。茶葉はもう浸かっていない状態だ。


「あぁ、そうですね。お茶に関してはルビアちゃんに全て任せる約束でした。お礼だというのに、一番良い状態から劣化させてしまっては申し訳ない。さぁさ、お二人ともどうぞ食卓の方へ」

 ルビアにとっては幸いなことに、家長であるジャスパーが即座に同意して、ウィルたちを促してくれた。


 以前この家に泊めてもらった時に夕食を摂ったテーブルの中央には、ティー・コージーをかぶせられたティーポットと火の精獣である紅蓮、ルビアが今朝焼いてきた切り分ける前の木苺のタルトが乗っており、カップなどの食器類はヴィオラの手によってそれぞれの椅子の前に配置済みである。


 その様子を見たウィルは二度ほど瞬きをしたものの、何を言うでもなくジャスパーに促された席へ、その父のシディは一瞬の停滞もなく息子の隣に座った。

 ジャスパー、その子どもたちもそれぞれが自分の席に着き、最後に残ったのはフリージアであった。


「……え、ちょっと待って、なんで皆テーブルに仔犬が乗ってるのにスルー……? え? これ、お母さんがおかしいの?」

「そうよね、それが普通の反応よね」

 うんうん、と頷いているのは、同じ反応を示した娘のヴィオラだ。


「仔犬の姿をした火の精獣ですから。お茶の保温をしてくれてたんですよね」

 正しく察したウィルが手を伸ばし、ティー・コージーから突き出している紅蓮の頭をひと撫でした。ぼう、と嬉しそうに赤い仔犬が鳴く。


「精獣だから普通の動物みたく毛が抜けたりする心配もないし、虫がついてたりもしない。むしろアリとか羽虫なんかは怖がって寄って来なくなるんだってさ」

 先ほどルビアから説明を受けたアルが補足する。


 ティー・コージーをどかし、ルビアは全員分のお茶を注いで回る。多めに淹れたので、何人かはおかわりもできそうだ。今日の趣旨的に、優先権はブラウニング親子だろうか。


「じゃあ紅蓮君、またお願いしますね」

 少し中身が残ったティーポットと一緒に、再度アルの侍獣にはティー・コージーの中に入ってもらう。もぞもぞ動いて顔だけ出した仔犬の頭を、ルビアは軽く撫でてやった。


「タルトを切り分けますので、皆さんは先に紅茶をどうぞ?」

 勧めると、アルは首をひねった。

「……そっち先にした方が良かったんじゃね?」

「猫舌なんで、私。こうやってお茶請けの準備をしてる間に、程よく冷めるという計算です」

 得意げに言ってウインクをひとつ。何故かアルには呆れた顔をされた。これはこれで斬新な反応だったので、ルビアは笑みを返してナイフを振るう。七等分……は、さすがに難しすぎたので、八等分だ。残った分はウィルに持って帰ってもらえば良いだろう。


 紅茶を口にしたウィルが、切り分けるのを待って、であろうタイミングで言う。

「すごく美味しいです。これ、以前お邪魔した時に出してもらったのですか?」

「さすがですね。時期的にオータムナルも考えたんですが、グレンさんちからは『一番良いのを頼む』とのことでしたので、セカンドフラッシュを用意しました」

 ひとつ目のタルトを彼の皿に乗せてルビアは微笑む。


「でも、前のより」比較の言葉が出た瞬間、タルトを取り分ける手が止まり「ほんの少しですけど、こちらの方が美味しい気がします」次の言葉で、握っていたナイフとフォークを放り出していた。


「本当ですか!?」ルビアが両手を胸の前で組んでウィルに詰め寄る背後では、


「――うおっ、あっぶねっ!」飛んできたナイフを危ういところでアルが、フォークの方は「………………」無言、ノールック、右手にはティーカップを持ったままのシディが悠々と受け止めていた。軽くかぶりを振りながら席を立ったヴィオラが二人からそれらを受け取り、タルトの取り分けを引き継ぐ。「え? え? なにこれ、なんで当たり前のように進行してるの?」アルのツッコミ気質はどうやら母親譲りらしい。ジャスパーは何を言うでもなくにこにこ笑っている「まぁまぁ、母さん。ルビアちゃんのアレは病気みたいなものなんで」聴きようによっては失礼な言葉でヴィオラが締めたが、当然、ルビアは聞いてもいない。


「――あー……つまり、前回はお母さんが?」

 ルビアの反応から、ウィルは見事に正鵠を射てみせた。

「はい。まだまだ母様には及びません。今回は紅蓮君のおかげですね。高火力なだけでなく、沸騰の瞬間までわかる完璧な温度管理……」ルビアはティー・コージーの下の紅蓮を引っ張り出して頬を寄せた「ねぇ紅蓮君、ウチの子になりません?」


 その冗談に、紅蓮はじたばた暴れて、寄せられたルビアの頬を前足でぐいぃ、と押した。さして力が込められていたわけでも無かったが、ルビアは逆らわずに顔をのけぞらせる。押しつぶされた頬など人前――特にウィルの前ではさらせない。

「むぅ。やっぱりダメですか。じゃあアル君と一緒の時は手伝ってくださいね」

 ティー・コージーを少しだけ持ち上げると、紅蓮はもぞもぞとその中に入って行った。ちゃんと冗談だとわかっている様子だ。実に賢い。


「……本当、仲良くなったものですね」

 ウィルが浮かべた笑顔は、いつも通りにも見えたが、いつもよりも穏やかなものであるように、ルビアには思えた。

「はい。さっきお湯を沸かしている時、ちょっと遊んでおやつをあげたので」


「は? おやつ? いやいや、コイツ火ぃ以外に何食うんだよ」

 アルに訊かれたルビアは、言葉で答える代わりに『回答』をエプロンのポケットから取り出して、指で弾いて投げ渡した。首をぐるりと動かして『おやつ』を目で追う紅蓮は実に小動物的だ。


 危なげなく受け止めたアルは「――石……?」右掌のそれに首をひねっている。


「メレ石です。父様の職業柄、我が家には売る程ありますから」

 宝石や精石を加工する際の、いわゆる『削りかす』であるそれは、小さすぎるため宝石としての価値は皆無と言って良い。


「いや、それ実際に売り物なのでは……?」

 苦笑の雰囲気を滲ませたウィルが言った。表情そのものはいつもの完璧な微笑だが、なんとなく、ルビアはそんなふうに思う。


 彼の言う通り、価値が無いのは『宝石として』だけで、精霊術の触媒としての商品価値は充分にある。けれど。

「ちゃんと父様の許可を得て持ってきましたよ? 火の精獣と仲良くなるための必要経費だ、って言ったら二つ返事でした」

 シディの協力で石自体そのものの加工技術は格段に上がっているが、もう一歩進んで宝飾品としての細工も施すなら、火の精獣の力は喉から手が出るほど欲しいものだ。


「なるほど、貴女には商人の才能もあるようだ」

 クスクスと、ウィルが女の子のように笑った。


 褒められた――の、だろう。きっと――ルビアはウィルににっこりと微笑み返し、アルに向き直って言う。

「そんなわけでアル君、今度紅蓮君貸してくれません?」

「――はぁ?」

「父様の仕事を手伝ってほしいんです。ちゃんと報酬は支払いますよ」

「あー……ハル、相場ってどんくらい?」

「ちょっ! ひどいですね、ちゃんと適正価格を払いますよ」

「商人の才能がある、って言われたヤツの言い値が信用できるか」

「うっ……」


 そんなやりとりに、あはははは、と声を上げて笑ったのは、なんとウィルムハルトその人であった。意外過ぎてルビアは固まってしまう。


「ホント、仲良くなりましたよね、二人。さっきの紅蓮の話ですけど、そもそもアルが絶対的に仲間だと思っている相手でもなければ、あんなふうに気安く触れ合えるものではないですよ」

「……そう、なのかな……?」アルは良くわからないと首をひねり、

「そこはウィル君も含めて『三人』って言って欲しいところです」ルビアは異議あり、と頬を膨らませた。


「あー、三人とも、充分仲良く見えるから安心して良いよ」

 苦笑と共に言ったヴィオラに、保護者達が揃って頷いたのだった。


 その後のお茶会では紅茶だけでなく木苺のタルトも大好評だったが、ウィルの「これなら何度でも食べたい」が最もルビアを喜ばせたことは言うまでもない。

ルビアちゃんのダージリン(この世界的にはディルジエラ)の淹れ方講座でした!

読者が退屈しなかったか正直心配な私が作者です。ども。

紅蓮君の存在を除けばだいたいウチでやってる紅茶の淹れ方まんまです。約二分半、という表現は雰囲気が壊れるので避けました。この話書いてて、ウチにも紅蓮君が欲しいと切実に思いました。寒い日にはカイロにもなって、重量ゼロの優れものです。でも個人的には猫派です。

次はも一度授業回を挟もうかと思ってます。

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