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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第28話 ただしさの在処

 猟師などの、多少なりと武器の扱いに心得のある者は、村の外周部に住む。獣などが襲って来た時、それに対処できるようにだ。

 そして村の西側に住む猟師と言えば、フォエミナの父である。ハルは知らないのか、それとも知った上でこの態度なのか、問いかけることをアルは――自分らしくないと思いながらも――躊躇ちゅうちょした。自らを怪物と呼ぶ友人の、ひとそのものに失望しているような、感情の色の抜け落ちた声を思い出したからだ。


「とりあえず話を訊きに向かう。ハルは……」

「付き合いますよ。アルだけだと、話を訊き終える前に時間が尽きそうですし」

 冗談めかすように肩を竦める様子は、気を遣っているようにも思えた。


「オマエね……いや、否定はできねぇケドも……」

 ため息交じりに応じ、アルはハルと共にフォエミナの家へと向かう。それほど時間があるわけではないが、話を訊く程度の時間はあるだろう、というのが紅蓮の位置から判断したアルの予測だ。


 紅蓮に追われた水色熊が、大きく村を迂回している間に、最短距離で目的地に向かう。ノックに応じて出て来たのは、娘のフォエミナだった。


「珍しい客だね。何の用だい?」

 眉をひそめるフォエミナに、応じてアルが言う。

「用があるのは親父さんにだ」


 はぁ、とフォエミナがため息をつく。

「最近落ち着きが無いとは思ってたけど……ウチのヘタレ親父、またなんかやらかしたのかい?」


「二度手間を避けたいので、本人を呼んでもらえますか?」

 ハルが言い、フォエミナが父を呼びに行く。少しでも時間を稼ぐためか、ハルはアルと共に家に上がると、扉に鍵をかけた。


 ほどなくしてフォエミナが連れて来たのは、彼女の父とは思えない、けれどヘタレ親父という言に相応しい風体の男だった。娘に良く似た緑の髪で、なるほど森で活動することの多い猟師には向いていそうな色彩ではあった。


「さて。時間も無いので単刀直入に訊きましょう。水色熊の子どもを殺して逃げたのは貴方ですね」

 ハルの言葉には語尾に疑問符が無く、『訊く』という言葉と裏腹に断定の色が強い。それに対し、目を泳がせる相手の態度が、言葉よりも雄弁に返答をしていた。「アンタ……」と、呆れたように呟いたのは娘のフォエミナだ。


「何でそんなことした!」叩きつけるようなアルの問いに、

「め、めったに無くとも、人を襲うこともある害獣だ、小さいうちに処理するのは当然だろう!」返す答えは情けなく声が震えていたものの、筋は充分に通っているようにアルには思えた。


 乱暴なノックの音がしたのはその時だ。ヘタレ親父がヘタレた悲鳴を漏らし、ハルがフォエミナに避難を促した。裏から逃げた方が良いですよ、と。


「アンタはどうすんだい?」

 フォエミナが問い、二度目の攻撃ノックの音がする。


「私は、アルの選択を見届けます」

 ハルが答えて、三度目。


「なら、アタシも親父のことを見届けるよ。こんなでもたった一人の父親だから」

 全身を使っているだろう四度目の物理攻撃ノックで、扉が大きく軋む音がした。


「ではせめて隣の部屋へ。アルの邪魔になるといけないですから」

 促されたフォエミナが玄関からは見えない場所へ退避したところで、とうとう扉が吹き飛んだ。水色熊の姿が見えたためか、最初の体当たりの時よりもずっと大きな悲鳴が上がった。


 ごうっ、と獣が一声吠えた。おそらく威嚇であろう、フォエミナの父を震え上がらせたその荒々しい咆哮は、ハルに事情を聞いていたせいだろうか、アルの耳にはいているように聞こえた。


「……どうしようもなく、か。」いつかハルが言っていた言葉が、アルの脳裏をよぎる「なるほど、オレはどうしようもなく人間だ」


 ――ここに至っては、人間の立場にしか立てない。


 剣を抜き、構えたアルに応えるように、水色熊が突進する。凄まじい勢いで、一撃で仕留められなければ、その爪は仇に届くだろう。ハルがそうであっても良いと言った通りに。

 屋内であるため不用意に火を使うことはできず、その点ではアルにとって不利な状況と言えた。単純な剣技だけで、熊の分厚い筋肉を両断することは、少なくとも現時点でのアルには不可能だ。


 ――ならばどうするか。


 アルの知る限り、剣の最高峰は『切っ先の黒エッジ』と呼ばれるシディ=ブラウニングだ。ならば、やることは単純だ。


赤火刃ファイア・エッジ


 あかまとわせた剣で、両断する。


 身を躱しつつ、斬る、というよりも突進を刃で迎え撃つような形だ。普通の剣でそんなことをすれば、大きなダメージを与えられても、体重差で弾き飛ばされることだろう。

 けれどアルが作り出したあかの刃は、僅かな抵抗だけを両手に伝えて、たやすくその大型の獣を上下二つに断ち割った。火が焼き焦がしているので、血が勢いよく噴き出すようなことはなく、倒れ伏した獣の死体から、じわりと滲み出た程度だ。

 肉が焼け焦げるにおいに、鉄錆のそれが混じる。


 アルが振り抜いた剣から、しぶいた赤は血……ではなく。


 融けた剣身、超高温の鉄が、木造の床に飛び散り、火を灯す。


「ちょ――!」アルは慌てたが、友人ハルは冷静だった。

「紅蓮、貴方のごはんですよ」


 てってってっ、と、本来のサイズに戻った紅蓮が外から駆けて来て、広がりつつあった火を食い尽くす。大きな焦げ跡こそ残ったものの、全焼には至らなかった。


 ほっ、と息をついたのは、アルとフォエミナ、それに彼女の父だ。


 ハルは……


「さて。さっきは最後まで訊けませんでしたが。水色熊――いいえ、水の色彩を持つ生物を殺す危険性を、貴方は正しく理解していたのでしょうか?」


 いっそにこやかとさえ言える表情と声で問いかけた。不入いらずの森での態度を知らなければ、アルでも気付けなかっただろう――これで本当に怒っている、などとは。


「――な、なんのことだ?」

 アルはこの呑気な親父を今度こそ殴り倒したくなったが。


「水は知恵の色彩いろであると当時に、情の色彩でもあります。故にその色彩を持つ生物を殺せば、遺された家族は命と引き換えにしてでも仇を討とうとする。手負いの獣よりも、飢えた獣よりも、ずっとずっと厄介な存在になる、ということを知っていましたか?」と、そこでハルは、何故かフォエミナに目を……いや、目は閉じているが、顔を向けた「彼女の姿が見えていたら、貴方ではなく、娘である彼女を殺そうとしていたかもしれません。良くも悪くも、感情のイキモノですから」


 ハルがフォエミナを逃がそうとした理由を、アルはここに至ってようやく知った。正当な敵討ちとして、ハルが容認できるのは、水色熊の仔を殺した本人のみだった、ということだろう。


 ――知人フォエミナだから護ろうとした、というのは、こいつに限っては無いだろう。本当に、コイツは、どこまでも正しい。


「貴方がやったことは、ひととして一分の理はあったのでしょう。けれど、そのことを誰にも報告しなかったのは何故でしょう」


 フォエミナの父を断罪する、その言葉の意味に気付いて、アルはその小男に摑みかかった。なるほど、最初の行動だけは、人間ひととしては正しかったのかもしれない。けれど、その後は? 口をつぐんでいる時点で、最初の子熊殺しの正当性すら無くなる。ひととして、やむなく命を奪ったのであれば、成体が現れたとしても、皆の協力を仰げば良いのだ。それができていないということは、同胞のために手を汚したのでは無く……


 ――良くわからないまま、いたずらに命を奪い、引き起こした事態の大きさに怯えて逃げた、ということ。


「……っテメェ!」

 同情に値する獣を、軽蔑に値する人間を護って殺したと知ったアルは、固めた拳を振り上げる。あまりの怒りに握りしめた拳が震えるが……それを叩きつけた先は、人体では無く背後の壁だった。


 へなへなと崩れ落ちるしょぼくれた男が、更にアルの苛立ちをかきたてる。


「殴らないんですね」ハルに問われ、

「殴れねぇだろ」と、視線で水色熊の遺体を示し「コイツを殺したのは、どう言い訳したところでオレなんだ、代わりに怒る権利なんてぇよ」


 苦い、苦すぎる笑いと共に、ゆっくりと拳を解く様に、あぁ、と。ハルが感極まったような吐息を漏らす。


「アルはいつでもただしい。どれだけ迷っても、どれだけ悩んでも、最終的にはただしい決断ができるヒトだ。だから……私が致命的に間違えたなら、きっと私のことも殺してくれるのでしょう。君の存在は、私の救いです」

 ハルは微笑む。いつものように、どこまでも綺麗に。


「何、言って……」


「お願い、ですよ。もしいつか、私が本当の怪物に成り果てたのなら……アル、貴方が私を殺しに来てくださいね」


 その笑顔は。語弊を恐れずに言うのであれば、生涯の伴侶と出逢った少女のような、ただ幸せだけをたたえたもので。


 これに対し、口をパクパクさせるだけで、何も言えないアルに、声をかけたのはフォエミナだ。


「ありがとうね、アル。あんなザマでも、アタシの父親だから。助けてくれたこと、感謝するよ」

 肩に手を置き、立ち位置を換え……フォエミナは、自身の父を殴り飛ばした。

「ヘタレてひとさまに迷惑かけてんじゃないよ、クソ親父!」

 平手ではなく、拳であったあたり、実にフォエミナらしい。ここから先は、とりあえずは家族の問題だろう。


 この事件をきっかけに。フォエミナの協力も得て、今までのように子どもたちに対してだけではなく、大人に対してもハルの講習会が開かれることとなった。内容は言うまでも無く、精霊の影響を強く受けた獣について、だ。


 もし、この時。くすんだ金髪の少年ハルが大人たちにものを教えることの危うさに、誰かが気付けていたならば――結末は、また違った形だったのだろうか。

「ただしさ」を、アルはハルに視て、ハルはアルにこそ視ました。真に正しいのがどちらかは……さすがに、此処で語るべきことでは無いですね。

ちなみに赤火刃の日本語での読みは「せっかじん」です。

次はまだ未定です。一章の最初の山場を迎える前に、まだやっておかないといけないことがあるのですが……講習会(大人向け)のエピソードになるかもです。

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