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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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閑話 バラスンの親子

 その日はウィルの父であるシディを迎えることになっていた。何でも斬れる剣を持っているとのことで、借り受けることができれば精石の加工難易度がぐっと下がることになる。のだが……

 お気に入りの服を着て、いつもにも増して丁寧に髪を編み込んでいる娘の姿には、なんとも微妙な気持ちになる。大人が仕事の話をしている間、子ども同士で遊んでいなさい、ということになるのを期待してのことだろうが、愛娘のそういう態度が、なんとも面白くない。

 ――そんな想いが顔に出ていたのだろう。


「あまり余計なことを言うものではないですよ、あなた。またルビアに『貴方は私の敵ですか?』などと訊かれてしまいますよ?」呆れ顔の妻にたしなめられてしまった。


「母様……その話は……」

 恥ずかし気に顔を伏せる娘は実に愛らしい。


「良いではないですか。さすがは私の娘、と感心したほどですよ」

 ねぇ、あなた。と言って妻は悪戯な眼差しを向けて来る。母になってもこういった稚気をなくさないのがレンの魅力の一つだ。他の魅力も列挙すると日が暮れてしまうので、涙を呑んで諦める。

「僕たちが家を出た時の話だね」


「何かあるのですか?」

 小首を傾げる、というしぐさを僕の娘以上に可憐に行える者がいるだろうか?

 ほれぼれとしていた僕に代わって、レンがルビアに答える。


「私も同じことを言ったのですよ。望まぬ縁談……の、ようなものが持ち込まれた時に、家族に向けて」

「うんうん、あの時はさすがはレンとしか思わなかったけれど……今、ちょっとレンの家族に同情してるよ」

 あはは、と乾いた笑いとともに苦笑する。いや、愛する娘からのあのセリフはキツイ。お願いだから許してくれ、何でもするから、と言ったレンの父の気持ちが今になって良くわかる。

 この『何でも』は本当に何でもで、対外的には死んだということにして送り出してくれた義父には頭が下が……ん? ひょっとして、僕もいずれは……


 浮かびそうになった嫌な考えを、頭を振って追い払っていると、家の扉がノックされた。レンが迎え入れたのは、予想通りと言うか予定通りと言うか、ブラウニングの父子だ。

 輝くような娘の笑顔も、時と場合で複雑な思いを呼び起こすことを僕は初めて知った。できれば一生知りたくなかったことではあったが。


 改めて紹介しますね、と言ったウィルが父を僕とレンに紹介し、


「では、私はこれで」

 と、あっさり帰ろうとして、娘の笑顔を曇らせる。この男は……


「あぁ、待ちなさい。精石加工前に、もう少し訊いておきたいことがある」

 僕のこの言葉に、驚いた顔を見せたのは妻と娘だけだった。言われた本人とその父は、にこにこ笑ったままで、まるで感情が読めない。

「何でしょうか?」

 小首を傾げるウィルは、これが本当に男の子なのだろうかと思う程……いや、何でもない。何も思っていない。僕の娘が一番に決まっている。


「その話は作業場でした方が良いだろう」奥を示せば、

「私も入って良いんですか?」

 否定的な言葉ではない、ということは乗り気なのだろうと判断する。ウチの蔵書に興味を示したことからも、知的好奇心は旺盛のようだし。

 それにしても本当に感情が読めない。これで娘より年下だというのだから、いったいどんな生き方をしてきたのだろうか。いや、今重要なのはそこではない。重要なのは……


「――君はルビアのどこが不満なんだ?」

 開口一番。作業部屋に二人を通し、扉を閉めるなり言ったそれだ。


 彼にとっては唐突であろう質問に、ウィルは二度ほど頷いて、

「……なるほどなるほど、嘘は言っていませんね。場所を移した後の方が良い訊きたいこと、ですか。というか、『娘はやらんぞ』ではなかったのですか?」

 質問で返してきた。褒められたものではない態度はお互い様なので、素直にこちらから答えることにする。


「勿論、娘は誰にもやらないけれど、あんな可愛い娘を前にして、一切興味が無いような態度を取られるのは気に入らない」


 無茶苦茶なことを言っている自覚は……まぁ、少しはあった。けれどこれに対してウィルは、クスクスと笑い声を漏らして返す。

「わがままと言うか、正直と言うか……でも、逆ですよ」

「逆?」

「不満は私あるのではなく、私あるものでしょう。赤ん坊のベイビィウィル、なんて呼んだ人もいましたけど、私は何の役にも立たないんですから」


「君は……」

 言葉を失う、とはこのことだろう。この少年……少年? は、自分自身を見限ってしまっている。それはあまりにひどい侮辱だ。バカにしている。


 ――彼に恋をした、ルビアのことを。


「君はっ……!」

 声を荒げかけた僕を、一回、二回、手を打つ音が遮る。

 見れば作業部屋に入って来たレンの背後で扉が閉まるところだった。


「そこまでにしておきなさい、イオン。その先はあの娘が言うべきことで、聴くべきことです。子どものケンカに親が出るものではないですよ」

「いや、レン。ケンカって……」呆れたように言えば、

「あぁ、ケンカは違いますね。女の子にとっては、真剣勝負ですから」

 妻はとても綺麗に微笑んだのだった。後から聞いたところによると、僕が余計なことをしないか妻子そろって心配し、結果妻が止めに来たとのことだった。信用が無い、とむくれる僕に、「信用させてくれないあなたが悪いのではないですか?」と、微笑んだ妻は本当に怖かった。


「助かりました」と、レンに笑顔を向けて言うウィルに、

「別に貴方を助けてわけではありませんよ」さすがに思うところがあるのだろう、妻は僅かに顔をしかめて返す。


「まぁ、それはそうなんでしょうけど。でもあそこで止めてくれなかったら、たぶん言ってたと思うんですよね――煩わしいので、今後一切関わらないようにしますね、って」

 それは。あまりに決定的な拒絶だ。

「――それを言わずに済んで助かった?」

「はい」

「……それは、何故?」

「煩わしかったのは、あくまでアイオライトさんですから」

 にっこりと、笑みを深めてウィルが言う。実はこの子、結構良い性格をしているのかもしれない。妻もそう思ったのか、深いため息とともにかぶりを振る。


「あの娘もまた大変な相手を……いえ、だからこそ、ですか。もし本当に助かったと思うのなら、いつかあの娘とちゃんと向き合って欲しいものですね」

 と言うレンに、ウィルは微笑みを、微笑みだけを返す。「本当に……」とレンがため息を吐くが、その意図するところが僕には良くわからない。


「さ、イオンの話は終わりですね。ルビアがお茶の用意をしていますよ」

 そう言ってウィルを――ウィルだけを促すレン。


「え、ちょ、レン? 僕の分は……?」

 情けなく手を伸ばす僕に、レンは良い笑顔で答えた。

「悪いですね、イオン。我が家のティーポット、三人用なんです」

「いやいやいやいや! いつも三人で使ってるだけで、もっと入るよね!?」

「そうですね。四人分までは美味しく淹れられるでしょう。シディさんの分は此処にお持ちすれば良いでしょうか?」

「あ、いえ、お構いなく」と、シディは遠慮するが、

「いえいえ、お客様にお茶もお出ししないわけにはまいりませんので」

「あ、あのー、レン?」

「貴方の分はありません。余計なことをした罰です」

 あ。これ本気で怒ってるときの笑顔かおだ。そう気づいてしまった僕にできるのは、「……はい。」と頷くことだけだった。


 二人が作業部屋を出て行って、父親だけが残される。扉の方を見遣るシディの笑顔に、少し苦いものが混じっている気がして、どうかしたのかと問えば、

「あぁ、いえ。お二人のやり取りを見ていて、亡くなった妻のことを思い出してしまいまして」黒髪の元騎士は、懐かしむように目を細めた「私も良く、妻には叱られたものです。あまり育ちが良くなかったもので、多々あった常識的ではない部分を、妻が矯正してくれたんです」


「育ちが良くない、ですか? あまりそうは見えませんが」

「だとしたら、それは妻のおかげですね。彼女は……っと、やめておきましょう。この話を始めると日が暮れてしまいます」

 貴方は僕か。

「今日はやることがありますが、今度呑みましょう。嫁自慢では負けませんよ」

「いやいや。さすがに私の妻には勝てないでしょう」

「いやいやいや。さっきのレンを見てまだそんなことが言えますか」

「いやいやいやいや」

「いやいやいやいやいや」

 笑顔で暫し睨み合い、


『決着は酒の席で』

 同時にその結論に至る。とりあえず今日は魔石の加工だ。


 早速剣を――あればなるべく小型のものを――借りようと思ったのだが、なんでも剣自体は何ら特別なものではないらしく、シディが使うからこそ異常とも言える斬れ味を発揮するのだそうだ。

 では彼に刻印を任せてはどうか、ということで練習用の石――宝石でも精石でもないただの石ころ――に精霊文字を刻んでもらったのだが……なんというか、その、とても個性的な文字だった。


 次に考えたのは彼に剣を握ってもらって、それを僕が動かすというやり方だが……これは絵面的にアレだし、何よりやりにくかったので却下。

 それではどうしたものか、と首をひねる僕に、「ようは私の『魔剣』を貴方も使いたい、ということですよね?」これを使っては? とシディが差し出したのは、鎖に繋がった掌サイズの短剣だった。鎖の長さは伸びきっていないのではっきりとはわからないが、大人の身長の数倍程度はありそうだった。短剣の方は背に三本、棘のような出っ張りがある、奇妙な形状をしていた。


「本来は登攀とうはん用のものです。私が鎖を握っていれば私の武器として認識できるので、岩肌などに突き立てて使います」

 なるほど、背中の棘は抜け落ち防止のかえし・・・ということか。と、そこまで考えて、力が抜けた。

「いや、こんなのがあるなら先に出してくださいよ……」

 そうぼやけば、「訊かれなかったので」とシディはしれっと答える。なるほど、常識がないというのはこういうところか、と妙に納得してしまった。


 そこから先は驚く程効率が上がり……いや、まぁ、最初の一つは斬れ味が良すぎて真っ二つにしてしまったり、使ったのが石ころではなく精石だったのでちょっと涙目になったりもしたが、その後は何の問題も無かった。

 まるでペンで文字を書いているよう……いや、一切引っかかりがないので、それ以上に容易に刻印ができ、今までの加工の苦労は何だったのかと思う程だった。当然、品質もこれまでの比ではないものが仕上がった。これ一つでさっきダメにした石を複数個買っておつりがくるくらいである。売値でも純利益でもなく、普段作成して販売している石との差額でそれくらいの価値があると言えば、どれ程のものができたのかがわかるだろう。


 それから暫く――あくまで主観的には――すると、レンが夕食・・ができたと呼びに来た。


 ……始めたのはお茶の時間には早すぎるくらいだったのだが。今回は巧くやれるかどうかの確認だけのつもりだったのだが、どうもあまりに簡単に良いものができるので、夢中になり過ぎたようだ。


 シディがいつの間にお茶を飲んだのかも僕は知らない。ルビアとウィルはと言えば、お茶を楽しんだ後はチェスで遊んでいたらしい。閉ざされた目でどうやってだろう、あぁ、駒毎に異なる精石を一緒に置いて視えるようにしたのか、などと思ったがそれは正解ではなく、なんと彼は暗譜で指したらしい。どんな13歳だ。


 夕食のメニューは例のシチューで、久しぶりとはいえ僕を若干げんなりさせるのだった。

閑話(本編より長い)

……あ、あるぇー?

オトンがやたら出張ったのでタイトルが変わりました。

こういう愛情が暴走してるキャラって書いてて楽しいです……って、ゆーてウチの子たちほとんどそうなんじゃないかって気がしてきました。一人称で書いたから際立っただけかも。


次はちょっとバトル有です。クラスチェンジ後って試し斬りってゆーか試し撃ちってゆーか、したくなりますよね。まぁ、そんな気楽な感じではないかもですが。

次回「ひととして」お楽しみに。

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