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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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第21話 もっと意外な才能

 ハルの精霊術教室は、今日からはまた教会の外で行われる。精霊術の実技もあるから、と言っていたが、それは建前で、本音はあの神父と距離を取りたいからだろうとアルは思っている。

 そんなアルたちの先生は、いつもと逆の方角からやって来た。

 ハルは普段と全く変わらない様子だったが、傍らのもう一人は頬をほんのりと赤く染めて、時折ちらちらと斜め前を歩くハルを上目遣いに見上げている。


「なんでアイツとルビアが一緒に……」

 歯ぎしりが聞こえてきそうな口調でジェディが言う。以前であれば、直接本人に食って掛かっていたであろうから、これでもマシになった方である。


「借りた本でも返してたんじゃねーの?」

 アルはやれやれと肩を竦めた。指輪の一件以降、暫くはまともに口もきいていなかったが、最近は普通に会話する程度にはなっている。以前のような距離感に戻ることは二度と無いだろうが。


 その日の授業内容は簡単な火の攻撃術だった。今までもっぱら理論や日常生活で用いる術ばかりだったので、なんだか唐突な気がしてアルが問うと、ハルは苦笑とともに答えた。


「護身用の術の一つくらいは、早めに教えておくべきだったと気づきまして。私の場合、いつも父さんが護ってくれているので、今日刻印石を視るまで思い至れませんでした」


「へぇ。ハルでもそういうことあるんだな」

「君は私を何だと思っているんですか。ま、そういうわけなのでアル、見本をお願いします。基礎中の基礎、赤火ファイアレッドで」


 言われてアルは瞬きを一つ、二つ。自分の顔を指さして問う。

「オレがやっていいの?」


「えぇ。最近は真面目に授業を聴いてくれているようですし、火事を起こしたりはしないと思うので。先に完成形を見てもらうことにしましょう」

「――完成形?」そう問い返したのは、いつも見本をやっているジェイだ。

「はい。到達点、と言っても良いかもしれません。こと火の扱いに関しては、人間ひとが到れる最高の頂に居るのがアルです。そんなのと比べられるのは嫌かもしれませんが、その次は貴方にもやって見せてもらっても良いでしょうか、ジェイド=ヴィオラ=テミさん?」


 小首を傾げて尋ねられ、ジェイはこくこくと頷く。火でアルに敵わないことなど最初からわかっていることだから、と。その弱々しい態度に、アルは眉をひそめただけだったが、

「いやいや、アンタの色で普通に火も扱えるって、ワリとフツーに凄いことだからね?」黙っていられなかったらしいフォエミナが、青髪の小心者の肩をばしばしと乱暴に叩いて言った。


「フォエミナさんの言う通りですね。最初に頼んだ時にも言いましたが、真面目に学べばできることが全て普通にできるということは、充分誇って良いことだと、私も思いますよ」

 綺麗な笑顔で言うそれが、ハルの心からの言葉であることが、今のアルには理解できた。最初は見え透いたお世辞だと思っていたが、コイツは、思ってもいないことは絶対に言わない。

 最初はハルがひいきをしていると思っていた者たち――実際言っていた者もいる――も、毎回問題なく見本を見せるジェイに対し、他の者は術の種類によって得手不得手があるのを理解すると、何も言えなくなっていった。そのことでジェイから礼を言われたことがあったが、ハルはただ、いつものように微笑んで言ったのだ「ただ単に、貴方が正当に評価されるようになっただけですよ」と。


 アルが見せた『赤火』の術は、以前のように無駄に燃え盛ることなく、ハルが投じた小枝だけを的確に燃やし尽くして消えた。自分が揮うちからが、ずっと鋭くシャープになっていることにアル自身驚きを覚える。なるほど、理論というのもバカにはできない、と。


 続くジェイはアルのように銘だけで術を発動することはできなかったが、水の色でありながらちゃんと火の攻撃術を放てていた。威力が充分なのは、アルの目から見れば明らかだったが、ハルが的として投げた小枝を外して虚空に消えて行ったのはご愛敬か。

 それでも、野の獣を追い払う程度であれば、アレで充分だ。


 ハル曰く、火というのは剣とならんで攻撃の象徴であるから、簡単なものであれば大抵の人間は扱えるとのことで、実際この精霊術教室でこれができなかったのは、金無垢のアンバーと金無垢ですらないハルを除けば、二人だけだった。

 一人はアルの姉のヴィオラで、もう一人はなんと、赤髪のサリィであった。


 火の色なのに、と誰かが笑った。それはとても嫌な笑い方で、サリィと仲の良いルビアは、声が聞こえた方をキッと睨んで、当のサリィに宥められたりしていた。

 そして、


「――ハル?」


「まさかとは思いましたが」

 ため息とともに吐き出したハルが、ほんの一瞬だが、顔をしかめていたようにアルの目には見えた。今はもう、いつもの笑顔なので、見間違いだったのかもしれないが……


「勘違いしている方が居るようなので言っておくと、火の色を持っていて攻撃の術を扱えない人というのは少なからず居ますよ? 火は温もりの象徴でもありますから、穏やかな性格の方であれば、自身の色彩いろを誰かを傷つけるちからとしては使えないのですよ。どちらかと言えば、男性より女性に多い傾向のようですね。

 あぁ、同じ女性でも、先程嗤った方であれば、どんな色をしていようと問題なく扱えるので安心してくださいね」

 笑顔でさらりと毒を吐く。いや、きっとコイツは皮肉を言ったつもりすらなく、事実を述べただけなのだろうが、オマエは優しくない、という意味の言葉を投げつけられた女は良い面の皮だ。

 これにはアルだけでなく、腹を立てていたルビアも吹き出してしまっていた。




 授業の後は芝居の話だ。なんとハルはもうシナリオを完成させていて――やはり今朝のアレは本の返却だった――物語が刻まれた薄い木の板を皆に見せた。


 この辺りで簡易インクとして使われている『夜の実』と呼ばれる植物のことを知らないのだろうかとジェイが聞けば、それはすぐに劣化するのでシディが精霊術で文字を刻んだとの答えが返る。


「オマエ元騎士になにさせてんの!?」

 思わず大きな声が出た。言ったのはアルだが、他の全員も思いは同じ様子だ。


「簡単、便利で良いじゃないですか」

 当のハルはけろりとしているが、何かが間違っている気がする一同だった。


 ともあれ全員で――まだ文字がちゃんと読めないアンバーを除いた全員で――物語を読み終えて、不満顔だったのはジェディくらいだった。


「さすがハル」「心配はしてなかったけど、凄いねぇ」「すごく面白い、と思う」「……こんなん、文句のつけようがぇよ」ジェディの不満顔は文句が言えないことが原因だったようで、ルビアはおそらく先に読んだのだろう、無言でうんうんと頷いていた。


「では、アンバーさんのために軽く読み合わせでもしますか」

 最年少のアンバーまで「さん」と呼ぶハルに、待ったをかけたのはジェディだ。


「オレだって、なんもしてねぇわけじゃねぇんだぜ?」

 言って取り出したのは、両掌を並べたくらいの大きさの木の板だ。厚みはハルが持ってきたものの数倍は分厚いが……描かれているものは、まるで見劣りのしないものだった。


「こりゃあ……」「へぇ、ちゃんと見るのは初めてだけど、自慢するだけはあるな」「カッコイイ!」「本当、素敵です。荒々しさの中に、神々しさもあって、信仰の対象になっていたと言われても頷けます」

 ほぅ、とため息すら漏らしたルビアに、ジェディは得意満面だ。


 けれど誰もその態度をとがめたりはしない。いや、できない。

 これだけのものを見せられては……


 描かれていたのは、十翼の魔龍だ。三対、六枚の翼を広げ、二対、四枚の翼は体を隠すように閉じられている。十翼の魔龍の絵はアルも何枚か見たことがあるが、これほどバランス良く十枚全ての翼を描いたものは初めて見る。劣化が早い上に、滲み易い簡易インクの黒一色で描かれていてこれなのだ、ちゃんとした道具を使えばどれほどのものが仕上げられるのか。


「凄い……」

 最後に口を開いたのは、それまで黙っていた――目が見えないためにわからないものと思われていたハルだった。


「――見えんの?」とのアルの問いに、

「キャンバスもインクも植物由来なので、少しばかり視づらくはありますが、そんなもの問題にならない出来栄えですよ……この躍動感、今にも動き出しそうだ」ハルはルビアと同じようなため息を零す。


 ずっとハルを目の敵にしていたジェディは、なんだか居心地が悪そうだ。


「ジェイド=ヴィオラ=タルボさん。今度画材を用意するので、同じ絵を描いてもらうことはできませんか?」

 まさかコイツに詰め寄られることがあるとは思いもしなかったのだろ。ジェディはのけぞるようにしながら慌てた様子で返す。

「わ、わかったよ! オマエには借りもあるしな……」


「――存外、律儀なのですね」至近距離で微笑みかけられて、

「うるせ」ぷい、とそっぽを向くジェディだった。


 その後、アンバーのために、ざっと脚本の読み合わせをしたのだが。


 ナレーターのフォエミナはまだ慣れない様子で何度かつまり、ルビアは緊張のためか幾分硬さがあった。ハルはさすがの落ち着きぶりだったが……ジェディが持って来た絵で顔を隠したジェイが、なんとハルに匹敵する演技を見せたのである。

 普段と全く違う、低く貫禄ある声でハルと掛け合いをやっているジェイに、いつもの弱々しさはまるで感じられなかった。画材の質が悪い分、ジェディの絵の方が若干負けていたくらいだ。


「嘘ぉ」

 呟いたのはアルだったが、ほとんどの者は同じ思いだったのではないだろうか。

久しぶりに授業風景を書きましたが、思いのほか楽しかったです。魔法(この世界では精霊術ですが)とかの設定考えるの好きなんですけど、こうでもしないと大抵裏設定で終わるんですよねー。

魔龍の躍動感に関しては、FFで超有名な画家さんの「剣」という絵のイメージです。おそらく日本で一番有名な吸血鬼狩りを描いた一枚で、剣を振るう一瞬を切り取った絵です。


今回は最近影が薄いと言われていたアル君視点にしてみたんですが、完璧に両翡翠回でしたね。どちらもハル君以上に意外な才能を持ってました。

前から思ってたんですが、旅芸人エンドが一番のハッピーエンドな気がします。それを簡単に許してくれるほど、この世界は優しくはないのですが。


次はいよいよ再誕祭(予定)です。

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