第19話 シグルヴェインの龍退治
その物語の全編は、実はかなりの長さがあった。英雄シグルヴェインの放浪と、龍への生贄選定の一悶着と。龍退治の後、シグルヴェインが本来生贄になるはずだった姫を娶るまでの、恋愛小説のような一面もある。
「今回は準備時間も限られていますし、この物語の主題でもある、龍に挑む場面をやろうと思っています」
余興に参加することになった七人以外が解散した教会の中、アルから進行役を引き継いだハルが言った。物語の内容に関しては、ハルでなければ説明できないので仕方がない。
あと、この場所についても、ハルはいつもの木陰に移動しようとしたのだが、長椅子の後ろの沈んだ蒼緋衣がまだ浮かび上がってこないので、簡単な説明だけは此処ですることとなったのだ。
「盛り上がりそだし、いんじゃね?」気軽にアルが同意し、
「だよな、英雄と龍がメインの話だしな」緑翡翠が追従する。
「うぅ、メイン……が、がんばる……!」滄翡翠は緊張しつつもやる気を示し、
琥珀は何も言わなかったが、キラキラと目を輝かせているので、同意と考えて問題ないだろう。
蒼緋衣が長椅子の背もたれに隠れたままなので、最後の一人となる山法師の方にハルが顔を向けると、新緑色の髪をした彼女は蒼緋衣が沈んでいるあたりに視線を投げて、
「いや、せっかく……」と、そこでハルの方に視線を戻し、「ヒロインがやれることになったのに、出番無しじゃさすがに不憫じゃない?」
今、何か言葉を呑み込むような不自然な間があったような……? と、ハルが小首を傾げると、フォエミナは何故か呆れたようなため息をついた。
「それに、今回の再誕祭の主役は二人とも女なんだ、恋愛話もしっかりあった方が喜ばれるんじゃないかい?」
そういう貴女はバトル物の方が喜びそうですが、などとハルは思う。
「で、ですよね……」
蒼緋衣が長椅子の後ろから少しだけ顔を出したが、ハルがそちらに顔を向けるとまたすぐに隠れてしまう。警戒心の強い小動物のような態度に、ハルはクスリと笑みを漏らす。
恥ずかしがっていることは視えているハルにはわかるが、その理由までは理解できない。
「演りたくないのなら、無理に」舞台に立たなくても、と続ける前に、
「いいえ演りたいです! 是非とも!」姿は見せないまま答えが返る。
ヒロインを演るのが恥ずかしい、というわけでもなさそうだ。
視れば、緑翡翠は何やら機嫌が悪そうで、ハルはただただ困惑するばかりだ。
「えぇと、それでは、龍と対峙する場面と、姫君との場面を半々くらい、でどうでしょうか? 巧くまとめようと思うと、姫君の場面の方が多少短くはなるでしょうが……」
「きゃ、脚本はウィル君の担当なので、ウィル君がそう思うのなら、それで」
何故彼女がどもっているのかはわからないが、同意が得られたことに安心する。
改めてハルは、自分が人間関係を構築するのは不得手なのだと自覚する。ずっとうわべだけの付き合いで済ませて来た弊害だ。それを改めるつもりは無いが。
「では、この先は脚本ができてから、ですかね」
ハルが解散を告げようとすると、フォエミナから待ったがかかる。
「さっき言ってた舞台を組む、っていうのは? 演壇なら、毎年式に使うのをそのまま流用してるけど?」
言われて大きさを問えば、余興として踊りなども披露されることがあったとかで、演劇に使うには充分なものだと知れる。それならば……
「上げ底分だけで足りそうですね」ぽつり、と呟くのに、
「――上げ底?」
と、首をひねって言ったのはアルだが、他の者も一様に疑問の表情だ。
「私の身長では少々見栄えがしませんから。こぶし一つ分くらいの踏み台を、舞台の端から端まで、人ひとりが通れるだけ……いえ、剣を振る場面もあるようですし、少し余裕のある幅で作ってもらいたいです」
「なるほど、それは理想的な身長差だね。背伸びすればちょうど届くくらいだ」
フォエミナが何やら含みを持たせた感じで笑うが、ハルには何のことかわからない。ヒロインを演じることになっている、蒼緋衣との身長差だということはわかるのだが。確かに、素の身長では彼女の方が僅かに高いので、そのままでは締まらないことは理解できるが……背伸びして届くとは? ハルは首を傾げるが、わかっていないのはどうやらハルの他にはアンバーだけらしく、滄翡翠は何やら顔を赤くしているし、隠れたままの蒼緋衣も同様で、アルは少々気まずそうに視線を逸らして、緑翡翠は不機嫌の度合いを深めている。
発言者はハルの様子にため息ひとつ、それから切り替えるように手を打って場を取り仕切る。
「じゃああたしとアンバー、それにアルは踏み台作り、ジェディは魔龍の絵で、ウィルは台本――ルビアはその手伝い、ってところかい? あー、台本ができるまではジェイもこっちかな?」
「いえ、私は一人でも、」
「ルビアの家に原本があったろ? 見比べながらの方がやりやすくない?」
どうにも自分の言葉は遮られることが多いな。そう思いはしても顔には出さず、言っていることは道理なのでハルはこれに首肯した。
不満顔の者も居たが、反論は上がらなかったので、それで決定となった。そもそもその人物は、ハルが関わった時点で不満顔が基本であるから、特に誰も気には留めなかった。
アルか誰かに付き合ってもらった方が良かっただろうか。本を借りに行く道すがら、無言で斜め後ろを歩いている蒼緋衣の様子に、ハルはそんなことを思った。なにやらもじもじしながら、時折上目遣いにちらちらとこちらを窺う彼女は、いかにも居心地が悪そうだ。
そうとわかっていても、自分から話題を振るようなことはしないのがハルなのだが。自分自身は何とも思わないから、何もしない。それがウィルムハルト=ブラウニングのスタンスだ。だから、
「あ、あのっ……!」
勇気を振り絞って、といった様子で蒼緋衣が話しかけて来ても「はい?」とあいづちを打つだけだ。
「えっと、その、ですね……そう、脚本! どんなお話にするんですか?」
やっと共通の話題を見つけた、とばかりに勢い込んで訊いてくる彼女に、こんな口下手だっただろうか、と疑問を覚えるも、特にそれには触れずにハルは答えた。
「詳細は本を借りてから詰めるつもりですが……まずは自ら犠牲になることを選んだ姫君との出逢い、次いで十翼の魔龍との対決、最後に姫とのキスシーンでハッピーエンド、ですかね」
「キッ……!」
蒼緋衣の悲鳴のような声に、思い直す。
「あぁ、さすがにそこは変更しますか。ハッピーエンドの記号としてわかり易くはありますが、どうしても必要と」
「必要と思います!」
また言葉尻を食われた。
「えぇと……そうですか?」
「そうです! 物語のハッピーエンドはヒーローとヒロインのキスシーン以外にありえません! それはもう、絶対に!」
先ほどまでの弱々しさは何処へ行ったのか、言葉を重ねるごとにぐいぐい詰め寄られて、ハルは最後には若干のけぞってすらいた。
「あ……」
その距離に気付いたのだろう、しおれるように小さくなる蒼緋衣。
「……何か、前にもこんなことがありませんでしたか?」
彼女を気遣って、というわけではない。口を突いた言葉は、単純に、ふと疑問を覚えただけだ。
けれど。
「あ。私の誕生日の時……」
そう言って、あえかな笑みを浮かべるのを視て、困惑したり萎縮たりしているよりも、ずっと良いと思ったことは、確かな事実だ。
「あの時は、立場が逆でしたね」
ハルが言うと、蒼緋衣は笑った。クスクスと、小鳥が囀るような声で。
その後、特に会話が弾むでもなかったが、気まずそうな様子は少しだけ緩和されたようだった。
ちょっと短めですが、キリが良いのでこれで。
嫌いじゃないけど、二人だけだと巧く会話が回らない相手っていますよね。
作り笑いしか向けられない、と嘆いていたルビアちゃんですが、初めてそうでない笑いを向けられた時には隠れていて見られませんでしたとさ。さすがは不憫さに定評があるルビアちゃんです。
ちなみにシグルヴェインという名前は龍殺しの英雄、シグルドから取りました。ジークフリードと言った方が通りは良いかもしれませんが、原語だとシグルドとなります。イスカンダルとアレキサンダーみたいなものです。
次は脚本が完成します。ハル君が一晩でやってくれました。




