第18話 自覚した想い
「来月にある再誕祭ですが、これが正しくどういうものかご存知でしょうか? では、ジェイド=ヴィオラ=テミさん」教師役のウィルにそう問われ、
「えぇと、16歳になった成人を祝うお祭り、だよね……?」
ジェイはやや自信なさげにそう答えた。それを受けて、ウィルがあたりを見回すように顔を巡らせて「他には?」と、首を傾げて問いを重ねた。
数秒間、返答が無いのを待って、
「では、教会の神父様から詳細を教えてもらいましょう」
言って、ウィルが壇上を譲る。
野外ではなく教会の中で今日の授業が行われると聞いて、不思議そうな顔をしていた者達の顔に納得の色がうかがえる。教会は神の教えを説く場だと言って、精霊術の講義に使うのを拒んだのが、他でもないその神父なのだ……と、いうことはルビアも今日初めて知ったことだが。
「正しくは、再誕祭、ではなく、再誕式、と言う」
薬草の緑の銘を持つ中年の神父、ジェイド=セージ=セリンボンが、重々しい口調で言った。
「人は誰しもが金無垢に生まれつき、長じて精霊の祝福を得、今一度生まれる。この再度の誕生を認め、祝い、刻銘式で定められた銘を皆に知らしめる儀式を指して、七彩教会は再誕式と呼称している」
誰しもが。その言いように、ルビアは表情を険しくする。
――ウィル君は、そんなふうには言わなかった。
恐る恐る窺い見た『誰しも』から外れた赤髪の少年は、しかし傷ついたような様子はなく、皮肉気に唇を歪めていて、ルビアは少しだけ安堵する。
「ならば『再誕祭』と呼ばれるのは何故か。それは食糧事情によるもので、物資の豊富な都市部では芽吹きの季節である春に行われる再誕式だが、農村部では祝いのための食料が最も豊かな時期である実りの秋に行われる。収穫祭と統合されたため、再誕祭という言葉が広まったということだ」
訳知り顔で語る、緑と呼ぶには薄汚れた色の髪をした神父を、無意識の内にルビアは睨み付けていた。
「――この後は、余興の話をするのだったな。此処は自由に使って良いので、終わったら知らせに来なさい」
ルビアの視線に気づいた神父が、そそくさと礼拝堂を後にする。
その逃げるような態度が、更にルビアの神経を逆撫でした。
今日、再誕祭での余興の許可を取りに行く時に、ルビアはウィルに頼まれたことを訊いたのだ。
「再誕祭と再誕式の違いについて、神父様から皆に説明しますか?」と。
問われた神父は目を泳がせて「君は理解しているのか?」と、問い返してきた。
それに答えてルビアは、教師役は自分では無いと言う。
神父は重ねて言った。
「では、教師役の彼が正しく理解できているか確認したいので、連れて来なさい」
――何を言っているのだろう、このヒトは。
それがルビアの正直な感想だったが、とりあえず口に出しては当たり障りのないことを言う。
「授業で彼に質問すれば、それで良いのではないですか?」
「それでは駄目だ」即答だった「あの色彩で教師役など務めるのならば、総てを完璧に理解していなくてはならない。これは、そう、彼に教師が務まるかどうかの試験だと考えなさい」
とってつけたよう、とは、こういうのを言うのだろう。思い出すのは、以前アルが言っていた、ハルが知らないことは神父も知らないだろう、という言葉。あれはまさに正鵠を射ていた、ということなのだろう。呆れてものも言えないルビアは、対応を存外辛辣なところのあるウィルに全て任せることにした。
――のだが。
ウィルは特に何を言うでもなく、ただ問われるままを語った。
即ち、先ほどあの神父が語ったのとほぼ同じ内容を。違ったのは冒頭の金無垢の件くらいのもので、つまりあの中年神父は、受け売りの知識を得意満面で披露したということだ。
あからさまに見下している、未だ自分の色を持たないウィルに、教えてもらったそれを。
ルビアにとって、これが初めてのことだった。大人を……いいや、他人を軽蔑するというのは。
――あんなヒトに……!
「んで、ルビア? 余興って……」
隣の長椅子から身を乗り出して訊きかけた緑髪のジェイドが、中途半端なところで言葉を途切れさせる。代わりに、というわけでもないのだろうが、前の椅子に座っていたアルが振り返って首をひねった。
「――? ルビア、なんか機嫌悪い?」
どうやら顔に出ていたらしい、そう気づかされたルビアは、とりあえずは笑ってみた。苦笑、と呼ばれる笑みではあったが。
「だって、あのヒトのあの態度は、」
「サルビア=アメシスト=バラスンさん」
口調そのものは穏やかに、けれど言いかけた言葉を封じる絶妙のタイミングで名を呼んだウィルは、立てた人差し指を軽く自分の唇に触れさせた。
何が言いたいのかはわかったが、全く理解はできなかった。
「ウィル君は……ウィル君は良いんですか? あのヒトは、あからさまに貴方を見下しています……!」
ので、彼が伏せておきたいであろう事実に――知識で劣っているクセに――だけは触れずに、ルビアはそう問いかける。これにウィルは肩を竦めて応じた。
「良いも悪いも、あれが普通の反応だと思いますけれど?」くすんだ金の髪を一房撮んで、軽く振って見せて「この色を見れば、普通の人は忌避しますし、下に見ますよ」
「そんなのっ、ウィル君にはどうしようもないじゃないですかっ!」
意図せずに、少し強い口調になってしまったことを、言ってしまってからルビアは後悔したが、言われたウィルはというと、
いつものように、微笑んで。
「えぇ。どうしようもなく、私の魂は劣っています」
とても綺麗なその笑顔で、そんな言葉を口にした。
「そんなのっ……!」
彼の微笑みに、ルビアは気付いてしまう。少しは仲良くなったつもりでいたけれど、自分に向けられる表情は、依然作り笑いだけなのだと。気付いて、泣きそうになって、唇を噛んだ。
「どうして貴女がそんなに怒っているんですか?」
「そんなのっ!」ウィルに訊かれて間を置かずに叫んだ。ものの、続く言葉が出てこない「そん、なの……あ、れ? なんで、でしょう?」
当たり前のことだ、と思っていた。けれど、何故それが当たり前なのかと改めて訊かれると……何故、自分は、ウィルムハルト=ブラウニングが正しく評価されないことがこうも我慢ならないのか。
「あれ? えっ? ウソ、これって、そういう……」うずくまって、両手で顔を覆う。とてもではないが、今ウィルの顔は見られない。
「どうしました?」
穏やかな、本当に何もわかっていない様子のウィルの声。つい先日は腹立たしく思った察しの悪さが、今のルビアにはありがたかった。こんな想いの伝え方は、いくらなんでも間抜け過ぎる。ルビアが憧れた大恋愛は、少なくともこんな始まり方はしない。
「なんでもないです! なんでもない、ので、暫く、そっとしておいてください……」
前の椅子の背もたれに隠れてしまうくらい小さくなったルビアを、アルは怪訝そうに、ジェディは面白くないといった様子で見ていた。
「えっと……じゃあ、アル。進行を任せても良いですか?」
少し困った様子でウィルが言い、指名されたアルは「オレ?」と、不思議そうに問い返す。ウィルは小さくため息をつき、肩を竦めるように続けた。
「付き合うとは言いましたけど、率先してやるつもりはありませんよ?」
「――ま、いーけど」
アルはまず、再誕祭の主役である新成人、サリィとヴィオラの二人を先に帰らせてから、残りの子どもたちに向けて説明を始める。再誕祭の余興として、ウィルとルビアが主役で『シグルヴェインの龍退治』を演るのに、もう少し人手が要ると。
「アイツが主役かよ……」ジェディが不満げにこぼすが、
「シグルヴェインなら、他に居ないだろ?」
アルに即座に返されて沈黙する。これに関して異論を挟める者はいないだろう。
「……で? 人手はどんだけ要るんだよ、脚本担当」
冗談めかしたアルの問いに、ウィルは少し思案する時間を置いて答えた。
「そうですね……舞台を組む手伝いに数名、十翼の魔龍の絵、もしくは映像投影ができる光の精霊術が得意な人、それに声を当てる人、あとはナレーター、といったところでしょうか」
真っ先に金無垢の少年、アンバーが一緒にやりたいと名乗り出る。仕方ない、とフォエミナがアンバーとともに舞台作りをやってくれることになった。フォエミナはナレーターも担当するそうだ。
「ま、子守り以外にも多少は、ね」
絵が得意だとジェディが名乗り出たのは意外だったが、魔龍の声に立候補した人物が意外過ぎて、かすんでしまうことになる。
「えっと、普段の自分と全然違う役、やってみたい……」
おどおどと目を泳がせたりなどしながらそう言ったのは、ジェイド=ヴィオラ=テミであった。
あれ? なんかコレ、恋愛小説みたいじゃないですか? 恋愛タグつけるべき?
あと、HPが小回復しそうな銘の神父様がついに登場。三人目のジェイドですが、今後「神父」以外の呼ばれ方をする可能性は極めて低いでしょう。
再誕式=成人式。刻銘式=洗礼。って感じですね。さぁ、献花祭は何でしょう?
次は練習風景を挟んで再誕祭本番、でしょうか。今までの例を考えるに、練習だけで一話使うかもしれません。




