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色彩の無い怪物は  作者: 深山 希
第一章 元色と熾紅
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閑話 魔女の従者、魔女の弟子

 その男の存在は、現実に滲み出た悪夢のようであったという。


 かつてはいくつか存在していた、純色の民の集落、その全てを――唯一の例外を除いた全てを――滅ぼしたのがその男、当代の黒曜の剣オブシディアン・ソードだ。

 その例外というのは他でもない、私の敬愛する師にして養い親――年齢的に祖母と呼んでいるが――偉大なる遠見の魔女パノプテスによって作られ、楽園ユートピアと名付けられた私たちの集落のことだ。


 他集落での戦闘には当然、黒曜機関オブシディアン・オーダーのおそらく全員が参加していたのだろうが、我らの同胞に討たれた者や、命を奪う行為に耐えられず魂に変調をきたした者、逃亡を図ってかつての味方に殺された者なども居たらしく、最初から最後まで残ったのは、機関の最高位、ソードの称号を与えられたその男だけだったのだそうだ。

 結果、その男が斬った人数は、他の黒曜の全てを合計したよりも多いものとなった。それだけの人数を斬っても、猶折れぬ剣――不壊ふえつるぎと呼ばれる所以ゆえんだ。


 我ら純色の民からは魔剣、奴ら濁色どもには聖剣と、冠は異なるようだが。

 それ以外にも、笑う死神だとか、殺意無き殺戮者だとか言われているそうだが、これらはどうにも意味不明だ。当時を知る者はすでに祖母しか遺っておらず、その祖母はあまり過去を語りたがらない。黒曜に関して知っている者も、はたして何人いることか。


 そんな不倶戴天の敵が、目の前で祖母と談笑している。にこにこと笑いながら、息子に友達ができただとか、一緒に遊びに行っただとか、仲の良い女の子もできたようだ、だとか。


 ――まったくもって、反吐が出そうな話だ。


 ちらり、と隣に立つ異形の少年を見上げる。

「シグ、アレ・・はいつもああなのですか?」


 この『商談』に今回初めて同行を許された私とは違い、一度目から祖母の護衛役として付き従っている彼に問えば、私がアレ・・と呼んだ黒曜の剣から視線を外すことなく頷いた。


 かたきを見るように――『ように』ではなく実際その通りなのだが――睨み付ける私に、ソレ・・はしかし、笑顔を崩すことすらなく一瞥を寄越した。


「ところで遠見の魔女パノプテス、今日は見ない顔がいるようですが?」

 すぐに視線を祖母に戻して、どうでもよさそうに尋ねる。

「あぁ、そろそろ顔合わせくらいは、と思うてな。儂の弟子を連れて来た」

「何のために?」

「無論、儂がぽっくり逝った時のためじゃよ。もう老い先短い身じゃでな、王を迎える日まで生きていられるかわからん。もしもの時、顔合わせすら済んでおらぬでは、ぬしは会話もできまい?」

 冗談めかして縁起でもないことを言う祖母の言葉が、あながち冗談でもないと知っている私としては、胸が締め付けられる思いだ。必要なことと理解はできても、簡単に納得できるものではない。

「そうですねぇ。人見知りが激しいですものねぇ、私」


「おばあ様、なんですか、この道化者は」

 とぼけた物言いに、我慢できずに口を開いていた。


「ひかえぬか、このバカ者! まだ発言を許可しておらぬ!」

「ですが! 仲間たちをさんざん殺して回った人殺しが、まるでまっとうな人の親のような顔をしているなど、到底容認できるものではありません! その血にまみれた手で、幸せを摑む権利があるとでも……」


「嬢!」


 言葉の途中で、シグに唐突に腕を引かれた。その分厚い胸板に倒れ込む私の視界を、黒い何かがかすめて過ぎて、切断された髪が一房宙に舞った。背後で倒れたのは樹、だろうか。少なくともそれは、枝程度の音では無かった。

「シグ……?」

 普段は気弱と言っていいほどである異形の友人が、私をかばうように左手で抱いて、油断なく右手の鉤爪を構えている。左腕の三割増しくらいに肥大した右腕と、その先端に生えた猛禽を思わせる鉤爪、左側頭部から背後に向けて伸びる二本の角と、うっすらと青みがかった肌は、濁色どもが『鬼人』などと呼ぶ者の特徴だ。普通の人間に数倍する身体能力を有するが、生まれて来るのは我ら純色の民以上に稀で、ユートピアに保護できたのも、彼一人だけしかいない。

 能力と相反するような性格の彼が、こうも敵意を露わにしていることで、ようやく私は、自分が攻撃されたのだと気づく。

 怯えを隠そうとして、おそらく失敗しているだろう視線を向ける、その先で。


 死神が、笑う。

 あぁ、なるほど、死神というモノがもしも存在するのならば、それはきっとこんな顔で笑うのだろう。狂気に歪むでも、喜悦に崩れるでもなく、ただただ自然に、いっそ綺麗な程に。


 笑う死神。今になってようやく、私はその名の意味を知った。


「ねぇ、遠見の魔女パノプテス。貴方の弟子は何をしたり顔で、当たり前のことを言っているのでしょうか。私の手が血にまみれている? 私に幸せになる権利が無い?」死神が失笑を漏らす「何を今更。太陽は西からは昇らないですし、空は落ちてきたりなんてしませんよ?」

 自明の理だと、その男は祖母に向かって言った。

 商談場所であるこの魔境で合流してから、ずっと祖母に向けてだけ言葉を発していることに、私はようやく気付く。黒曜の剣にとって、私は取るに足らない存在なのだと。きっとそいつは、きゃんきゃんとうるさい子犬程度にしか思っていないのだろう。


 笑う死神が、更に言葉を重ねる。 

「私の意思など、最初から何処にも在りはしない。ただ、妻の遺志があるだけだ。

 鬼人の従者はともかく、弟子は取り直した方が良いのではありませんか? 魔女の弟子が愚者だなど、笑い話にもなりませんよ」

 あまりにもその通り過ぎて、私には返す言葉もなかったが。


「ぬし……今、殺すつもりであったか?」

 祖母が左目だけでぎょろりと睨む。

「まさか! 私が本気で殺すつもりだったなら、まだ生きているわけがないでしょう。私の距離で、私を止められるとでも考えているのなら、なるほど、貴方は耄碌している」

 あまりの言いぐさに声を上げそうになった私は「黙って聴いておれ」祖母に杖で殴られ、強引に沈黙させられた。


「そうさな、今のは儂の言い方が悪かった。ぬし、この子が死んでも構わないと思うてはおらなんだか?」

「あぁ、そういう意味でしたか。いや、隙だらけだったので、つい」

 肩を竦めて死神が言う。正直、ぞっとした。「つい」で私は殺されそうになったのだ。いや、シグがいなければ実際に殺されていただろう。この死神に隙を見せた、それだけの理由で、だ。

「私に敵意を向けるのは構わない。私は貴女方にとって敵以外の何者でもないのだから。けれど敵意を向けておきながら、無警戒というのはいただけない。敵の前でよそ見など、殺してくれて言っているようなものでしょう。だから、望み通り殺してあげようかと」


 笑顔のままで、そいつが言う。

 そうか。これが、過去最凶とうたわれる黒曜の剣。殺意無き殺戮者、とは良く言ったものだ。敵だという事実がありさえすれば、談笑しながら相手の心臓を貫ける――その心のありようは、私たちよりもよほど怪物じみていいる。


 敵意にも、殺意にも、立ち向かえるつもりでいた。けれど私は……恐ろしい、と思ってしまった。一切の悪意なく、致命の一撃を放てるこの男のことを、心から。


「あまりウチの可愛い弟子を虐めるでないよ、最果ての黒エッジ。八つ当たりはそのくらいにしておくがええ」

「……八つ当たり、ですか」

「おうともさ。感情に不慣れなぬしには難しいかも知れぬが、ぬしは今、確かに苛立っておるよ。

 それから嬢、子ども相手に大人げないことを言うものではないよ」

 子ども? と、私が反問すれば、祖母はため息をついて答えた。

「こやつはな、ずっと自らを『死』そのものと定義して生きて来た。総ての終わり、この世の果て――即ち、最果ての黒、とな。人間らしい感情を得たのは嫁を娶ってからよ。『ひと』として生きた時は、嬢の方がまだしも長い」


「見透かしたようなことを。だから貴女は苦手なんです」

 苦々しい顔で最果ての黒が言うのに、

「ま、大抵の者にとってはそうであろうな。このは少々視え過ぎるでな」ほっ、と遠見の魔女は笑った「我らが王を頂くのは、そう遠い話ではないやも知れぬな」

「縁起でもないことを。それは魔女の予言ですか?」

 笑う死神が顔を更に歪めて問えば、我らが主は笑って答えた。

「いやいや、儂は遠見の魔女、予言ではなく、予見じゃよ」

閑話(短いとは言っていない)

基本的に、一人称で語られるパートを「閑話」としています。たいていは演出上の都合であり、今回に関しては魔女の弟子の名前がまだ出てこないからです。決まってはいるのですが、まだ語るべき時ではない、ってことで。

まだ語る予定ではなかった情報がいろいろと出て来てはいますが。


空が落ちる、という表現はれっきとした外国の慣用句です。念のため。


さてさて次回は、プロローグから単語だけは出ていた「再誕祭」について、です。

タイトルはまだ未定。

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