陰謀ですか?
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しばらくするとドアをノックする音がする。
「どうぞ」
泣いた所為かちょっと掠れてしまった声をドアに向けてかける。
「失礼いたしますお嬢様 お目覚めに―――」
ベットから体を起こしているボクの姿をあらためたステラは言葉を飲み込むと慌ててボクの側に走り寄ってくる。
「どうなさいましたお嬢様? 」
ポケットから出したきれいなハンカチをボクにむかって差し出してくる。この行為の意図にボクはわからずそのハンカチをみつめていた。
ボーとしているボクにステラは失礼しますと断りをいれると目元にハンカチを持って行って初めて涙を拭かれていること気づいた。
男だった時、あんまり涙なんて気にしなかったからステラの慌てようにはあまり共感できなかった。なので水で濡らしたハンカチを渡された時は正直何に使うかわからなかった。まさか腫れた目を冷やす為なんて知らなかったボクはとりあえず涙を拭くだけだった。
ステラもボクの状態を心配していたが次に寝室に現れた王宮のメイドさんと扉の前で話をしていた。
何だろうとボクは見つめていると話を終えたステラが申し訳なさそうにこちらにやってくる。
「申し訳ありませんお嬢様 殿下がこちらにお見えになっておられます」
殿下? そういえばまた後でとか言っていたような。もしかしたらヒロインの事でわざわざ来てくれたに違いない。
「お通しして」
ボクの声にドア付近に立っていたメイドさんが一礼して応接間へと消える。ボクは急いでベットから出るとそのまま応接間に出ようとするが慌てたステラがいろいろボクのはだけきっている服装を直そうとしてくれた。それでもヒロインが気がかりだったボクは肩に大きめのショールを掛けてもらい、身支度そこそこで応接間に飛び出てしまった。
応接間の大きなソファには殿下が座っていた。服装が先に会ったままということはそのまま直でここに訪れてくれたと推測できる。律儀な人だ。
「お待たせいたしました」
ボクは一礼した後ソファの方に足早に近づこうとするがそれよりも早く殿下が立ち上がるとボクの方に歩んできた。
「いやっ こちらこそ休んでいる所に申し訳ない 傷の方は? 」
「はい 治癒師の方にきれいに治していただきました」
「それはよかっ―――」
近くまできた殿下は安堵のため息をもらすが頭を上げたボクの顔を見て言葉の途中で硬直していた。そんな彼の瞳がボクの瞳をマジマジとみつめる。右手をボクの顔に持っていこうとしては降ろすという謎行動を始めたかと思うと悔しそうな声が漏れた。
「泣いていたのか……」
彼のつぶやきが耳に届く。その言葉にボクの頬が紅く染まってしまった。
「いっ いえっ これは」
(うわぁぁ~ 泣いていたのがバレたぁぁぁ はずかしい~~)
なぜばれたと恥ずかしさに身をよじる。目を真っ赤に腫らしていたらバレるに決まっているがまだ男の意識が高いボクにはわかるはずもなかった。それほど男なんて涙に無頓着なのだ。
「すまない 怖い思いをさせた」
なぜか殿下が謝ってくる。なんで殿下が謝ってくるの? 泣いていたのは個人的な理由であって殿下関係ないのに。
だがそんな事よりボクの頭はパニックになっていた。男同士で泣いていたことがバレると十中八九「おまえ何泣いているんだよ」と冷やかされるに決まっている。このやりとりはイヤと言うほど味わってきた。ボクの男のプライドが泣いていたことに気づかれたことをただ羞恥と感じていたのだ。
「なっ 泣いてなどおりません」
意地になって声を上げて否定する。冷やかされたくない羞恥でつい殿下を睨んでしまう。泣いてなんかいないから 泣いてなんて。少し考えればわかることなのだが、今のボクは女の子なのだ。自分の感性などとは状況が違う。ましてや女の子の涙の破壊力など男だったならどこまであるか想像できたであろうにこの時のボクは考えもしなかった。そんなボクの態度に呆気にとられていた殿下は目を細めてボクを見返すと。
「そうだな キミは強い人だ 泣いてなどいない」
「失礼」と瞳を閉じ軽く頭をさげた。
良い人だ。冷やかさず流してくれた。この人本当に良い人だよ。そこまで真摯な目で言い切られると逆に隠そうとした自分が恥ずかしくなってくる。
「あっ いえっ そっ それよりもユスティーヌ様のことですよね? 」
「あぁ」
ボクは一度気持ちを落ち着かせると殿下にソファへと促した。殿下が先程座っていたソファに腰を掛けるのを見届けるとその対面のソファに座った。
「それで ユスティーヌ様は? 」
「路地裏先の露店にいる所を兵士に保護させた 彼女は無事だ」
その言葉にボクは安堵した。それはもう表情が緩むぐらい目の前にいる彼に向かってとびきりの笑顔を向けるように。
「よかった」
そんなボクにフワリと優しげな瞳を殿下が向けてきていた事に気づかなかった。それほどヒロインの安否はボクにとって重要だったのだ。
「彼女もキミの事を聞いて心配していたそうだ 露天の品物に夢中になっていてキミがついてきていないことに気づかなかったそうだ」
「そうでしたか 彼女には悪いことをしてしまいました 改めてお詫びの手紙を送りたいと思います」
「そうしてくれ」
ヒロインが無事でよかった。やっぱりあれはイベントではなかったようだ。なのにボクがもたついた所為で殿下の命を危険にさらすなんて……。 もしかしたらボクの存在の所為で変なフラグが立ったのかもしれない。あまりヒロイン達に関わらない方がいいのかな。しかし、気になるのは否定できない。ボクもこの世界の事情を知るものとして、できれば影ながら力になりたい。悩みどころだ。とりあえずこの辺は棚あげにして成り行きに任せることにしよう。
ボクらの話が一段落したのを見届けたステラが煎れた紅茶をテーブルに置いていく。
「しかし 噂とは全然違うのだな」
紅茶を一飲みした殿下がソーサーにカップをおくとおもむろに口を開いた。
「何がでしょうか? 」
「いや キミは噂で聞いてたとはかなり違うのだなと思って……」
噂ねぇ。
「どんな噂でしょう?」
「えっと…… 極度の男…嫌いとか」
歯切れの悪い答えが返ってくる。レイチェルは男性恐怖症だものね。周りではそうとられていたか。兵士の人とか事あるごとにボクから姿が見えないように隠れてもらっていたからなぁ。印象が悪いったらありゃしない。しかも「とか」と言われるということはまだ悪評はありそうだ。
しかし、男嫌いというのは誤解させておこう。これなら言い寄られたりしないからな。お友達なら良いけどそれ以上はさすがにちょっと……。
「しかし こうやって話をしているにはそんな所は見られないし どうやら勘違いをされていたようだな」
黙っていたボクに悪い気にさせたと殿下が慌てて弁解してくる。まずいなぁ。殿下の口からそうでないといわれたらあっという間にこの噂が否定されかねない。
「いえ ある意味誤解ではないのです」
ボクはソファから立つと目の前のテーブル上に右手を伸ばす。
「殿下 私の手に触れてもらえますか?」
「えっ? あっ あぁ」
殿下は顔を少し赤らめるとボクと同じようにソファから立ち上がり差し出されたボクの手をソッと自分の手と被せた。
ビクリとボクの体が跳ねる。意識すると体が少し震えているのがわかる。やはり、あそこまでひどいトラウマであったから体に恐怖の記憶が残ってしまっているようだ。とはいってもあそこまで動けなくなるまでの震えではない。これならぜんぜん平気だ。もしかしたらレイチェルのその他の記憶と共にまだどこかに残っているのかもしれない。それなら、何かのきっかけで再発することも考えられる。しかし、考えても仕方がないので今は、保留だ。
「震えているな」
殿下にも伝わったようだ。ボクは何て言って良いかわからなかったので曖昧に微笑んでおいた。
「なるほど あの時妙に避けられていたのはその所為か」
多分 助けてくれた殿下から体が逃げていたときの事を思い出してくれたのであろう。聡い人は簡単に察してくれるので助かる。
「殿下のおかげで少しはマシになりました」
「私のおかげ? 」
「はい あの時は殿下をお助けいたしたい一心でした そのおかげで少し克服できたようです」
「そっ そうか」
頬を更に赤に染めた殿下の顔が見える。そういえば、二人ともテーブル越しに手を握っていたのだ。自ずと顔がかなり至近距離にある事に今頃気づいた。殿下は慌てて添えていた右手を話すとソファに座り直した。
ボクも座り直したところではたと気づく。もしかして、殿下の変な態度は手を貸した時の話の所為かも。そうだよ今更だけどボクは女の子だった。女の手を借りたなんてちょっと男としては声を大にして喜べないよね。ましてや相手は王子様だからなぁ。プライドと責任は人一倍だろう。
「申し訳ありません あの時は勝手なマネをしまして お気分を悪くなさいましたか」
「いっ いや そんな事はない」
しどろもどろになっているがきっぱり否定してくるところがさすが紳士だよね。いい男だよほんと。 気分を悪くしてしないようでホッとする。
「そうですか それはよかったです」
そうだ。この際だからお願いしちゃおう。
「それで… あの 今回の件も含めて黙っていていただけないでしょうか あまり目立つことはちょっと……」
「ふむ…… 確かにキミはここ数日で何かと渦中の人だからな これ以上何かがあると騎士団の面子に関わりそうだ」
そう、数日前に賊に襲われたばかりだ。今度は人攫いにあったなど王妃様に知れたら、前に「無能のナンタラはやめさせる」とか怖いこと言っていたことが現実になりそうだ。
「……そうだな 黙っていた方が悪い虫もつかないしな」
ボソリと殿下が何かつぶやいたようだが聞き取れなかった。
「何か?」
「いや なんでもない」
何でもないらしい。まぁ いいか。
「兵士達には口止めしておこう どのみち私も勝手に城を抜け出した事が父上にバレてはことだからな」
パチリと綺麗に片目をウインクしてくる。意外にお茶目な所にクスリと笑ってしまった。さすがイケメン、悔しいけど絵になります。
「フフッ 殿下も意外と悪い方なのですね」
「幻滅したか?」
きつい王宮暮らしに息抜きをと言う感じ、わかりますよ。同じ男として外で遊び回らないと息が詰まっちゃうものね。
「いいえ その方がらしくあると思います」
「そうか」
殿下は穏やかな瞳でボクを見据えてくる。息抜きに黙って城を抜け出したということは別にヒロインに会いに行ったわけではないのか。
「では ユスティーヌ様には偶然お会いになられたと」
「よく知っているな」
「実はあの時彼女を引きかけた馬車に私が乗っておりました」
「あぁ あの時の馬車か」
「しかし驚いたのはその後だ キミも知っているとは思うがユスティーヌ嬢のマナ保有量は王族以上ともいわれているほどの高さだ そんな令嬢が護衛も付けず一人で街を出歩いているとは思わなかった それとなく護衛しようとしたのだが なぜか思いっきり撒かれた」
はぁ? 何やってるのヒロイン。それとも殿下だと気づかなかったのかな。あの時殿下は顔を見られないようにフードを被っていたから確かに怪しいといえば怪しい出で立ちだったけど。
「その後 キミ達が路地裏に入っていくところを偶然目撃して後を追ったわけだ」
「その節は本当にありがとうございました」
「いや 気にすることはない しかし人攫いは現行犯でないと罪に問えないのはいささか不満ではあるのだが キミにただ声をかけたと言い張られては手が出せない」
「もどかしいことですね あの最後にいた男の方の素性は? 」
「奴の身元を表すモノは何もでなかったらしい」
何もないか。しかし何もないのは少しおかしい。
「殿下 一つよろしいでしょうか? 」
「なんだ? 」
「この王都に入る際 身分証明みたいなモノは発行されないのでしょうか? 」
「住んでいる者は当然だが 初めて訪れた者にも仮の身分証明書が門の所で発行される」
「では その男は見張りを交いくぐってどこからか侵入したということでしょうか」
「いや それはありえない そこまでわが騎士団が無能であるとは思いたくない」
だったらよくある話だけど。
「それでしたら検問を免れる者にまぎれていたとか」
「そんな者がいるのか? 」
「殿下のパーティに参加するため領内からやってくる貴族達の護衛は騎士団から割り当てられるのですか? 」
「いや さすがにそれは私兵でまかなっているが」
「では王都に入る際 その身元の証明を一人一人問うと」
ボクの答えに殿下は何かに思いついたようにハッと顔をあげる。
「貴族が身元を保証している者に改めて確認することなどしない ただでさえ今は人の出入りが多い時期だ 代表の者がまとめて…… でもそれでは」
殿下の表情に険しさが増していく。
「しかし ここまでくると何か作為的なモノを感じるなぁ」
殿下は顎に手を添えると思案にふける。偶然ですって偶然。聡い人は考えすぎるのがいけないところだ。
「先のキミ達への襲撃事件もあながち偶然ではないのかも」
うぇ? なぜそこに飛んだ?
「ロザリア嬢が狙われた あの人攫い共はただあそこにいたのか」
殿下が一度言葉を区切ったのでボクはつい反射的に言葉を発してしまった。
「もしかして ユスティーヌ様を狙っていたと」
そういえばあいつら「依頼の女」とかいっていたような。あれが彼女を指しているのではなかろうか。その事を殿下に告げるとコクリと強く頷かれた。
「思っていたより事は大きいようだ あの男の素性をもっと調べる必要があるな」
「さて 至急やらねばならないこともできたのでこれで失礼する キミはゆるりと休むといい」
そう言うと殿下はソファから腰をあげた。お忙しいようで。
「はい 殿下 お気をつけて」
ボクもつられて腰を上げるとついつい日本人の癖で扉まで一緒に歩くと頭を下げてお見送りした。その際一度殿下の熱い眼差しがこちらを見ていたような気がしたが気のせいであろう。
「キミは他の令嬢とは違うのだな」
その言葉の真意を聞く前に殿下は踵を返すと部屋から出ていった。あれ? 中身男だとバレたかな? 失敗はなかったはずだけどな? よくわからないがとりあえずヒロインが無事だったということで満足しよう。
後は、優秀な王子様に任せておけばオールOKに違いない。その内ヒロインも手を貸すことになるかもしれない。ボクはそれを影ながら見守っていこう。
「お嬢様 もう一度お休みになられますか? 」
ボクが扉の前で考え事にふけっていたからステラは恐る恐る声をかけてきた。さっき寝たから、さすがに目が覚めているんだよなぁ 寝起きがなっちゃんのアレだったから。
「いいえ 買ってきたケーキと紅茶の用意を ロザリアと一緒にいただきます」
「かしこまりました」
ロザリアにはちょっと心配させる態度をとってしまっていたからな。とりあえず 彼女にはお詫びをしなくちゃ。言い訳はユスティーヌ様が心配だったとかでいいかな。
ボクはそんな事を考えながら、黙々と用意をしていくメイドさん達を眺めながらロザリアとのお茶会を楽しむことにした。
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