第21話・幾野恵美
「あなたたちの知っている幾野恵美さんのこと、犯人候補との関係。それを知っている限り全部話してちょうだい」
彼女の目は、貴史にも向いていた。
今ここには、幾野を違う視点で知る人物が三人もいるのだ。
それならば、何かヒントが見つかるだろうかと、貴史は口を開く。
「俺の知っている恵美ちゃんのことなんて、もう既にみんなが知っていることだろうけど、確認のためにも話しますよ」
貴史は一つ一つ、彼女の顔を思い出しながら続ける。
「幾野恵美ちゃん。磐舟村の出身で、国内屈指の国立大学を卒業したあと、磐舟村の活性化のためにじいちゃん……いや、村長の助言役の一人としても、一線で活躍していたって聞いている。そして本職は、市立第一学校高等部の社会科の先生。それに加えて、大学で専門的な講義も開いている若い女性研究者……だった。村長は恵美ちゃんを頼りにしていたし、俺もよく恵美ちゃんから村長への頼みごとを聞いていた。関係は良かったと思う」
貴史の知る限り、幾野と村長の関係は明るかった。
しかし、その過程で何か問題が発生していても、貴史は現状何も知らない。
それを聞いて、松塚議員は小さく頷く。彼にとってもやはり既知の事柄だったはずだ。
幾野の略歴を知っている武藤だったが、どうやら村長の助言役だったことまでは知らなかったらしい。
「幾野先生、随分忙しそうにしてると思っとったけど、そんな事までしとったんか」
驚嘆する武藤を見て、松塚議員も話だした。
「彼女はあの若さ明るさだけでなく、類まれなる努力の天才だった。私も発言力と経済力でこの村の発展に貢献してきたつもりだが、彼女の方が、磐舟村の適切な再開発に貢献していたといっても過言ではない。今回の七夕祭においても、彼女の助言は我々を驚かせるのに十分な内容であった。七夕祭の企画を描いたのは森氏だったが、それを適切に取り纏めたのは彼女だ。あとで森氏に企画書を見せてもらうといい……彼女の功績がひと目で分かる筈だ」
厳しい目つきと言動からは、想像できない賞賛の嵐だった。
彼の言葉を聞いて、宮野刑事は飲んでいたお茶から口を離す。
「貴方たちの話を聞いていると、幾野さんは完璧超人に聴こえてくるわね」
彼女の声には感心の色があった。
そして武藤も頷く。
「完璧超人とまでは言わへんけど、才色兼備って言う言葉がピッタリ似合う人やったわ」
「それでも凄いわよ」
肩をすくめる宮野刑事。
しかし、先程まで幾野を褒めちぎっていた松塚議員が、少し苦い顔をした。
「確かに彼女は優秀だった。優秀であったが、それでも一つトラブルがあったことを思い出した」
「……何もトラブルは抱えていないって、さっき言ってなかったかしら?」
「抱えてはいなかった。抱えてはいなかったし、彼女が気にしている様子も無かったので忘れていたが、一週間前の打ち合わせの際に、長尾市長と口論をしていたことを思い出した」
それを聞いて、宮野刑事は薄く笑って「へぇ」と呟く。
こういう悪いことを聞いて、舌なめずりするのは、彼女の悪い癖だと貴史は思う。
だからといって口にはしないが、彼女がいやらしく笑ったということは、いいヒントを貰ったと感じているからだろう。
これまでにも、何度かこういった表情が見られたから間違い無いだろうと、貴史はあたりをつけていた。
「口論の内容はなんだったんだ?」
「地域開発に対する価値観の違いだ。彼女らの方針を考えれば、すぐにわかることだった。ようするに、過激な政策を打ち出す長尾氏と、穏健的な幾野氏では、七夕祭の方針一つをとっても対立する側面があったのだ」
眉をひそめてそう語る松塚議員。
打ち合わせで起きた口論が、よほど険悪であったことがうかがい知れる。
「これは、市長に話を聞くときに、改めて聞いたほうが良さそうね」
宮野刑事が、メモ帳に書き込みながら頷いた。
貴史が武藤を見てみると、彼はこれ以上知らないと首を振る。
「幾野先生については、これ以上教えられることはあらへんわ。それになんや……もう一人犠牲者がおんねやろ?」
彼は、確かめるように訊ねてきた。
その通りだ。犠牲者は幾野だけではない。寺が第一の犠牲者だった。
武藤から得られる情報は望み薄だが、今は情報収集の段階だ。聞くに越したことはない。
聞くに越したことは無いが、宮野刑事は既に最初の事情聴取で松塚議員から話を聞いている。
あえて、もう一度確認する必要は無いと考えているのではないだろうか。
だとしたら、宮野刑事がわざわざ武藤に聞かせないかもしれない。
そう懸念した貴史は、彼女が何か言い出す前に「一つだけ」と前置きしてから訊ねた。
「七夕祭の主要関係者たちが集まったのは、七夕祭の企画が初めてなのか? 七夕祭を巡るいざこざが、殺人事件にまで発展しんじゃないかって考えているんだが、問題の発生源は、何も今年の七夕祭に始まったとは限らないだろう?」
去年や一昨年にも、同様の機会があったのなら、今回の計画性の高い殺人事件にも説明がつく。
「なるほど、前年の禍根を引きずっている可能性があると言うのか。だが、それは無い。去年や一昨年は、もっと出資者が少なくても運営出来ていたから、青山氏や旭氏は打ち合わせにまで口を出さ無かった。それに当の寺氏は他の仕事が手一杯で、七夕祭に人員を割く余裕がなかったから不参加だった」
寺がいなかったという事は、貴史の推理は外れだったという事になる。
空振りした溜息を吐いた貴史だったが、松塚議員は言葉を続けていた。
「しかし……去年は長尾氏が、天野村長と森氏を相手取って、何か口論をしていた」
「へぇ……一応、それについても聞いておいたほうが良さそうね。でかした貴史くん! それでこそ連れてきた甲斐があるってものよ」
いいことを聞いたと、宮野刑事は笑って貴史の背中を叩く。
この人は、人の諍いを楽しむ悪癖でもあるのでは無いだろうか。
「いや……間違いなくあるな」
貴史は苦笑いしながら、宮野刑事に聞こえない程度にぼやいた。
次の話からは、宮野や松塚につけていた刑事や議員のような役職は省いて聞くことにしました。
これまでの話の部分でも、随時修正していく予定です。すいません




