第20話・七夕祭の関係者
対面に座る松塚議員と武藤、二人への質問。
幾野との面識はあるはずだ。
いつだったかと、記憶を遡る松塚議員に対し、武藤はすぐに答えてくれた。
「一昨日……三日の退勤の時に挨拶したんが最後や」
行方不明になった前日。
「ということは、行方不明になる前の日までは、通常通り出勤していたということね」
「そうや」
短く肯定する武藤に、宮野刑事の質問が続く。
「その時の彼女に、何か変わったことはあったかしら?」
「うーん。特に変わったところ……か。幾野先生は、相変わらず忙しそうにしてたくらいで、命狙われてるって言う感じは無かったなぁ」
顎に手をあてがい思案する武藤。
その表情に、期待していた大きな反応はない。
良くも悪くも普段通りだったということだ。
「……それじゃあ、幾野さんが殺されたのは全くの予想外だったってことね」
「そりゃそうや、行方不明って言うだけで信じられんへんかったのに、殺されたなんて聞かされて……さっきまで職員一同気が動転してたところや」
武藤は勘弁してくれと言わんばかりの口調で溜息をつく。
その様子に、宮野刑事は短く礼をして、武藤の隣に座る松塚議員に顔を向ける。
「松塚さんが、幾野さんに会ったのはいつが最後ですか?」
改めて問われた松塚議員は、なにやら困った顔をして呟く。
「どこから話したものだろうか……」
何を考えているのか、貴史には察することが出来ない。
「短く、簡潔に……話してくれると助かるわ」
眼鏡越しに見える鋭い瞳を一度伏せてから、松塚議員はゆっくりと話しだした。
「彼女と最後に会ったのは、一週間前だったはずだ。その日は七夕祭の主要関係者が全員参加する最後の打ち合わせだった。そこに彼女もいた。彼女にはよく世話になっていたので近況の報告で談笑もしたが、武藤の言ったように、彼女に不審に感じるところは無かった。少なくとも私には、彼女がトラブルを抱え込んでいると言った風には見えなかったわけだ。何か、まだ気になる事があるか?」
宮野刑事が武藤に後から聞いた質問も含めて、彼は一通り答え、最後に話の主導を宮野刑事に返した。
「そうねぇ。主要関係者が集まっていたって言うけれど、詳しく教えてくれないかしら?」
「……刑事さんは七夕祭の関係者の中に、この事件の犯人がいると睨んでいるのか。なるほどそれなら、私も同席させた理由に納得がいく。構わない、私の知識が役に立つのなら、いくらでも話そう」
松塚議員は、出されていたお茶を一口飲んで、名前を上げてゆく。
「磐舟村の村長である天野氏に、神社の神主、実行委員長の森君がいたことは言わないでもわかるだろう。他には、殺されてしまった寺氏と幾野君も同席していた。そうだな……もう三人、欠かせない人物がいる。磐舟村で旅館を経営している旭氏と、村の商店通りの会長を担っている青山氏、隣町の市長の長尾氏だ。ここに私も含めた九人が、七夕祭の主要関係者といるだろう」
九人。そこから殺された二人と被害者の神主を引いて六人……か。
貴史は頭を抱えそうになる。
七夕祭の関係者が怪しいということで、宮野刑事と貴史は、松塚や森や村長を犯人と推測して事件の流れを構築していた。
だが、そこに新たに三人加わる。
松塚議員の言った旭と、青山についてはよく知っていた。
旭玄徳は、恋人である旭あかりの父親で『お金の動く行事には奴がいる』と言われる程に、商売に対する才覚を持つ男である。温厚な言葉と表情で、相手の懐に難なく潜り込む様は、商売敵達から恐れられている程であった。
青山連太郎は、昨晩夕食をとった青山食堂の本来の持ち主である。しかし、寂れかけている商店街の会長でもあった彼は、食堂の経営を娘たちに任せていた。
旭と青山は、どちらも地域のスポンサーとして企画に参加しているのだろう。
大方の予想はつく。
宮野刑事には、あとで貴史が説明すればいいだろう。
しかし、最後の一人がわからなかった。
「隣町の市長……? どうしてそんな人が磐舟村の七夕祭なんかに?」
隣町の市長の顔なんて、平凡な生活を送っている貴史にはあまりにも縁が無い。
貴史が疑問を発すると、宮野刑事が溜息をついて「あの人もいるのか」と呪うようにつぶやいていた。
「彼女については私が説明するわ」
「……彼女?」
宮野刑事が頭を抱えて言った言葉に、貴史が引っかかる。
それも含めて宮野刑事は答えてくれた。
「市長の事よ。長尾華代市長。七十代なのにまだ市長の座に居座り続けているような災いのような女性よ」
そう話している間にも、彼女の表情は関わりたくないと訴えていた。
「長尾氏をそのように呼ぶのは、あまりにも礼儀がないだろう。ましてやここはプライベートな空間ではないのだぞ」
彼女の言葉に、松塚議員は表情をさらに険しくして諌める。
しかし、宮野刑事は悪びれずに言い返す。
「アレを災いと呼ばずになんて言うのよ……はぁ、全くその言い方じゃあ、まるで私が悪いみたいじゃないのよ。誤解されたくないから一気に言うわ」
彼女は言葉を途切れさせずに、二本の指を立てる。
「長尾市長を知っている人が、彼女に下す評価は二つ『天才』と『天災』。彼女が市長の座についたのは、今からもう二八年前。それから彼女はずっと市長を続けているわ。彼女はあの街の都市化をたった一代で成し遂げて、大都市圏に劣らない街に育て上げた天才。それは間違いない。だけど、彼女はその裏で、様々な人の世界を握りつぶしたの。都市化に付いてこられない弱者を追い出し土地を奪い、根付いていた地場産業を外来資本で押しつぶした。そんな天災の権化のような老獪なのよ……だから、彼女の改革で得をした人は『天才』と呼び、犠牲になった人は『天災』と呼んでいるの」
そこまで聞いた貴史は、宮野刑事が頭を抱えている理由が分かった気がした。
「そんな人が、七夕祭の主要関係者の中に混ざっている。それは、ただ協力しているだけじゃない」
聞いた限りでは、長尾市長はかなり過激で革新的な思考の持ち主のようである。
そんな彼女が、伝統という保守的な祭り事に、協力するだけというのは考えられない。
「何か裏がある――君はそう考えているのか?」
思案する貴史を、松塚議員の鋭い視線が射抜いていた。
彼は、貴史の驚く反応を見て言葉を続ける。
「そんなことは当たり前だろう。ただ祭に金を出すなんて、市長だけでなく誰もしない。もちろん私も、ただ手を貸しているわけではない。対等な関係だ」
「じゃあ、長尾市長が本当は何を目的に、七夕祭に参加しているのかを知っているのか?」
「それについて私は関知していない。まして探ろうとも思わん。知りたいのなら、彼女らに挨拶をして協力を取り付けた、森氏本人に聞くべきだろう」
ソファの背に深く背を預け、市長に関する追求はこれ以上受け付けないと口を閉ざす。
松塚議員の話を聞いて、貴史は市長だけでなく、やはり全員を疑ってかからなければならないと、再認識した。
誰も彼もが、純粋な協力関係ではない。
勿論貴史も利害の一切取り払った協力関係なんて無いと考えてはいるが、その腹の内に隠している利益が、今回の殺人事件に関わっている可能性がある。
これも、聞き出さなければならない。
しかし、松塚議員が口を閉ざし、武藤が緊張した空気に溜息をついたのを見て、貴史は当初の目的を思い出した。
そして、宮野刑事が再び問う。
「あなたたちの知っている幾野恵美さんのこと、犯人候補との関係。それを知っている限り全部話してちょうだい」




