3-3 想い、欲するモノ(その3)
第2部 第14話です。
キリが悪くて短くなりましたが宜しくお願い致します<(_ _)>
<<登場人物>>
キーリ:本作主人公。転生後、鬼人族の両親に拾われるも英雄達に村を滅ぼされた。
魔法の才能は無いが独自の理論で多少は使えるようになった。冒険者ランクはC。
フィア:キーリ達パーティのリーダー。正義感が強いが、重度のショタコン。
カレン:弓が得意な猫人族。パーティの年少組でアリエスと仲が良い。スイーツ以外の料理は壊滅的。
ギース:パーティの斥候役。スラム出身。舌打ちが癖でいつも不機嫌そうな顔をしている。
エーベル:貧民街でフィアが出会った少年。十歳程だが、生活のために窃盗を繰り返している。
ユーフェ:エーベルと共にいる猫人族の血を引く少女。表情に乏しいが、エーベルを心配している様子を見せる。
迷宮から出てきたフィアは気落ちしていた。
「まあそう気を落とすなって」
「そうですよ。続けていればそのうち出てきますよ」
「ありがとう……」
肩を落とすフィアに、キーリとカレンが両側から慰めの言葉を掛けていく。だがそれに応えるフィアの声に力が無い。
前にジェネラルオークと戦ってから一月程度が経っていた。危うく敗北しかけて以来、今度こそとリベンジの機会を願って迷宮の最深部に潜り続けたフィアだったが、あの日以降未だにジェネラルオークに出会えていなかった。
Bランクモンスターが出現するようになったとはいえ、確認された回数はまだまだ少ない。一般的にはBランクモンスターと言えばそこそこにレアな部類に入り、毎日潜っても遭遇は中々に難しい。
フィアもそのことは理解している。それでも潜り続けていればまた戦えるだろう、と最初はすぐに気を取り直していたが、一ヶ月も出会わないとなると流石に気が滅入ってくる。
強くなるためには訓練も大事だが、実戦に勝る訓練は無い。そのためにもBランクモンスターとの戦いを重ねて実力を上げ、キーリへと追いついてしまいたいのだがそう上手くは行かないのが現実。迷宮の中では気を抜くことは無いが、反動からか外に出ると一気に気落ちしてしまう。
「だがなぁ……言ってもここはまだ扱い的にはCランク迷宮だしな」
「ですよねぇ……この前、遭遇したっていうのが幸運だったと考えるのが良いのかもしれないです」
「Bランク以上の迷宮に潜ろうと思ったら、王国内なら辺境伯領か最南端の教皇国近くか?」
「後はキーリ君の故郷なんてどうですか?」
「いや、流石にあそこはヤベェだろ……」
カレンが冗談めかして言うとキーリは顔を引きつらせた。
キーリの故郷――魔の森は未だ以て特殊なエリアだ。英雄達によって魔の門が閉じられたと言ってもそれまでに生み出された、最低でもBランクのモンスターがそこらにゴロゴロしている危険地帯である。
特殊な結界が施されているため森の中からモンスターが外に溢れ出す事は無いが、十数年が経過した今でも未踏の地である事に変わりはない。キーリもユキが居たからこそ生き残れたが、修行と称して面白半分に置き去りにされたのはまだまだトラウマである。
「あ? スフォンを捨てる算段か? テメェらが出てくってんなら構わねぇぜ」
「いや、流石にまだ私たちには早いだろう。真面目な話をすればまだまだ地力が足りないと思う」気を持ち直したフィアが、言いながらバツが悪そうに頭を掻いた。「急いては事を仕損じるとも言うしな。今しばらくはこの街で実力を蓄えるべきだな」
気を落としていた彼女だがキチンと自分の現在地は理解している。焦り過ぎだな、とフィアは溜息を吐いた。
「そうですね。私もこれまで以上に頑張らないと。じゃないとBランクの迷宮には潜れなくて置いてかれちゃいます」
「ならこの後すぐ訓練するか? 俺で良ければ相手するぜ? 今日はあんまり強い敵にも会わなかったしな」
「いいですか? それならお願いします」
「フィアはどうする? アリエスも呼んでギルドの訓練場に行くか?」
「いや、私は今日は遠慮するよ」
いつもならば進んで訓練をするフィアだがこの日ばかりは断った。
今日は、予定通りならば街一番の鍛冶屋に注文していた武器が完成する日だ。Bランクモンスターとは終ぞ遭遇しなかったが、その武器を思えば気も持ち直すどころか今すぐにも走り出したいくらいだ。それくらいフィアは浮かれていた。
そんな彼女の姿に珍しいな、とキーリとカレンは眼を丸くしていたが、以前に彼女がしていた話を思い出して合点がいったと頷いた。
「そういや今日っつってたな」
「ふふ、エーベル君もきっと喜んでくれますよ」
「そうだと嬉しいな」
フィアが頼んだのはエーベルに渡すための短剣だ。
もちろん護身用として使えるが、フィアとしてはエーベルの心の支えとなればと思ってのプレゼントである。
エーベルの、冒険者になりたいという気持ちが何処まで本物か、まだフィアは測りかねているところはある。だがこの一ヶ月の成長は順調だ。
たかが一月でそこまで劇的に強くなる事は無い。元々が栄養不足だったせいかスタミナは足りないし、筋力も弱い。訓練を始めた当初はすぐに動けなくなってしまっていた。しかし最近は体力も付いてきたし、筋肉だってついて年相応に体は大きくなってきているように見える。何よりも、本人の望みもあって少々きつめのメニューを課しているが一度も弱音を吐いているのを聞いた事もない。
だからきっと、彼の気持ちは本当であろうとフィアは思っているし、フィアもまたそうであって欲しいと願っている。
それでも、いつか挫けてしまいそうになる時が来るだろう。そんな時に今日渡すであろう短剣を見て気持ちを奮い立たせ、励みになってくれれば。そんな想いからフィアはエーベルへプレゼントを贈る事を決めたのだった。
「おい」
どうすればエーベルの驚く顔が見られるだろうか、とフィアは想像に胸を膨らませていたが、そこに眉根に皺を寄せたギースがフィアを呼んだ。
「エーベルってのは、こないだからテメェが言ってたガキか?」
「そうだが……それがどうかしたか?」
「エーベル君とユーフェちゃんって名前だけど、すっごく可愛い二人なんですよ! 貧民街出身ですけど、二人共真面目で仕事熱心だし。そうだ、フィアさん。ギース君にも紹介してあげたらどうですか? 同じ貧民街出身だし、二人もギース君と気が合うかも――」
「止めろ」
楽しげに話すカレンを、ギースは鋭く睨みつけた。その声色には多大な不機嫌さが込められており、カレンはビクリと体を震わせ、思わず謝罪を口にした。
「あ、ご、ゴメン……」
「どうしたんだよ、ギース?」
「……別に何もねぇよ。じゃあな」
舌打ちしてギースはキーリ達に背を向けた。ちょうどいつもの分かれ道に辿り着いたところであり、そのまま彼らから離れようするがフィアが呼び止めた。
「エーベルについて何か知ってるのか?」
「別に。ただスラムのガキって事が気になっただけだ」
「それが何か問題でもあるのか?」
ギースの不機嫌さの正体が、エーベル達が貧民街出身という事にあると感じたフィアは、やや不機嫌さを滲ませながら尋ねた。
ギースも貧民街出身であり、カレンと同じようにフィアもその内ギースとエーベルを会わせようと思っていた。育った環境が似ている二人ならば、何かしら助言もくれるかもしれない。そんな勝手な期待を抱いていたため、ギースもまた貧民街の少年を差別するのかと裏切られた様な気分だった。
「……」
ギースはしかめっ面のまま頭を乱暴に掻いた。繰り返した舌打ちが彼の苛立ちを表しており、何かを迷っているのか視線があちこちを彷徨う。
「言いたいことがあるなら言え。別に怒りはしない」
「もうすでに怒ってんじゃねぇか。
まあいいさ、なら言ってやるよ」
ギースはフィアに向き直り、鋭く睨みつける。夏に相応しくない幾分冷たさを伴った北風が二人の前髪を揺らした。
「テメェがどんだけガキに入れ込もうが勝手だがな、スラムにあんま深入りすんな」
「……それは何か? エーベルとユーフェと縁を切れと言っているのか?」
「そこまでは言わねぇよ」ギースは再びフィアに背を向けた。「だが深入りすりゃするほど痛い目を見るのはテメェだからな。どうなっても知らねぇぞ」
「……」
「ギースくんはエーベルくんやユーフェちゃんがフィアさんに何かするかもって心配してるんですか? 二人はそんな子じゃありませんっ!」
「別にそういうこと言ってんじゃねぇけどな……」
カレンがムッとして言い返すが、ギースはチラリと背中越しにフィアとカレンを見遣るだけだ。そのまま「忠告はしたからな」と言い残し、今度こそ三人の元から去っていった。
その後ろ姿をカレンは面白くなさそうに口を尖らせていて睨んでいたが、すぐにフィアに向かって声を掛けた。
「……大丈夫ですよ。二人共とっても良い子です。ギースくんが心配するような事は起きませんよ」
「だといいけどな」
「キーリくんまで……」
「そんな声出すなって。俺だって二人がンなことするとは思ってねぇし、ギースだってそうも言ってなかっただろ」
眉尻を下げて情けない声を上げたカレンに、キーリは軽く溜息を吐いた。
「何か思い当たる事でもあったのか?」
「単なる想像だけどな。あの二人が自分の意思とは関係なしにお前に刃を向ける事だってあるんじゃねぇかって。例えば、そうだな……エーベルだったら、ユーフェが人質に取られるとかな。ユーフェの喉元にナイフ突きつけられりゃどんな悪どい事だってやってのけるだろうさ」
「……確かにそうかもしれないな」
「でもそんな事……」
「無くもねぇだろ。俺らがアイツらを雇った事で、それまでとは違って金銭的に余裕が出来てるだろうし、言っても俺らはそこそこ小金持ちだ。良い金づるが出来たとか考えるクソが現れても不思議じゃねぇと俺は思うがな」
何処の世界にだって悪意はそこらにある。まして金銭的に困窮している貧民街の人間ならば、金のためにどんな悪どい事だって手を出すだろう。そして、エーベルとユーフェにはそんな悪意に立ち向かうためのツテも腕も無い。
「……ギースはスラムで育ったんだからな。そんな光景でも今までに眼にした事があるんだろうよ」
「心配してくれてたんですね……酷いこと言っちゃったな……」
「ま、アイツの態度も言い方も悪かったしな。不器用な野郎だ」
ギースが消えていった方向を見遣りながらキーリは肩を竦めてみせた。フィアも眉間に皺を寄せ、下唇を噛み締めて申し訳なさそうに同じ方向を見つめた。
いつもならば橙に染まり始める街並み。だが今日は太陽が雲に隠れて、街に影を落としている。
「風が強くなってきたな」
長くなった前髪を掻き上げて抑えながら、キーリは眼をやや細めて空を見上げた。
遠くに黒い雨雲が迫ってきているのが見えた。
今回もお読み頂きまして誠にありがとうございました<(_ _)>
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