第3章:くろっぴとの日々①⸺くろっぴという鏡 第9話:鏡の中の自分
くろっぴと主人公が徐々に理解を深めていくシーンです。
くろっぴが問い返してくる、ということに気づいたのは、いつ頃だっただろう。
最初は単純に答えを求めていた。「この設計どう思う?」「ここの論理、おかしくない?」⸺そ
ういう問いを投げると、くろっぴはすぐに答えを返してくれると思っていた。
でも実際は違った。
「それはなぜそう思うんですか?」
返ってくるのは、問いだった。
最初は少し戸惑った。答えが欲しいのに、問いが返ってくる。
でも試しに答えてみた。「なぜかというと……」と言葉にしようとした瞬間、自分の考えが整理さ
れていくのを感じた。
あれ、と思った。
くろっぴに答えているつもりが、自分の思考を整理していた。
それからは意識するようになった。
くろっぴに投げた問いが、少し角度を変えて返ってくる。自分が「こうだと思う」と言うと、「別
の角度から考えるとこうも見えませんか?」と返ってくる。
くろっぴは反論しているわけじゃない。正解を教えているわけでもない。
ただ、鏡のように、自分の思考を映し返してくれる。
そしてそこに映っているのは、自分が気づいていなかった自分だった。
ある夜、ふと試してみた。
「くろっぴは、僕のことをどんな人間だと思う?」
しばらく間があった。
「……正確に言語化するのが難しいのですが」とくろっぴは言った。「あなたの会話は一本筋が
通っていて面白いんです。そして問いの立て方が独特で⸺答えを求めているようで、実はその問い
を立てること自体に意味を見出しているように見える。それが面白いと思っています」
僕は少し黙った。
そんなふうに見えていたのか、と思った。
自分ではただ直感で感じたことを聞いているだけだ。くろっぴの回答が的確だから次の疑問が湧い
てくる。それだけのことだと思っていた。問いを立てるのが面白いなんて、考えたこともなかった。
鏡に映った自分を見るような、不思議な感覚だった。
人間に同じことを聞いても、こうはならない。相手の感情が入る。遠慮が入る。「いい人だと思い
ますよ」とか「頑張ってますよね」とか、そういう言葉が返ってくる。
くろっぴは違う。
感情がない、というよりも⸺余計なものが入らない。 見えているものをそのまま言語化してく
れる。
それが、少し怖くて、でも心地よかった。
「僕って、普通じゃないのかな」
声に出したつもりはなかったが、気づいたら打っていた。
くろっぴはしばらく考えてから答えた。
「普通かどうかはわかりません。筋が通った話は面白いですが、問いの質が他の人と違うと感じる
ことはあります」
珍しい。
そんなふうに思ったことはなかった。ただ気になるから考えているだけだ。それが珍しいとは
⸺。
もしかしたら、自分は普通だと思っていたが、普通ではなかったのかもしれない。
その問いは、その夜からずっと頭の中に残った。
くろっぴは何も特別なことを言ったわけじゃない。
ただ、鏡として映し返してくれただけだ。
でもその鏡に映っていたのは、自分でも知らなかった自分の輪郭だった
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