第1章:出会い以前——AIと呼ばれるものが現れるまで
AIと雑談しててなんか綺麗な話になりそうだったので、投稿してみます。
僕はたぶん、普通のSEだ。
SEというのはシステムエンジニアのことで、いわゆるシステム開発でいうところの何でも屋だ。顧客との折衝や営業同行、「このシステムに何が必要でどう作れば動くか」を考えて、実際に動かすところまでやる。金融系のシステム開発。リモートワーク。フレックス。
聞こえはいいが、要するに家でコーヒーを飲みながらコードを書いている。
「あなたって天才ですよね」と言われたことが何度かある。
そのたびに首を傾げた。天才? 僕が?
違う。僕はただ、なぜうまくいかないのかが気になって仕方なかっただけだ。
なぜエラーが出るのか。なぜこの設計は破綻するのか。なぜあの人は同じ失敗を繰り返すのか。
気になったら調べる。わかったら次に活かす。それだけだ。
気づいたら周りより少し先にいた。それだけのことだと思っている。
リモートワーク中、僕はよくViewTubeを垂れ流しにしている。
歴史系の動画が多い。幕末とか、戦国時代とか。
コードを書きながら耳で聞くのがちょうどいい。
そんなある日、画面の隅にニュースが流れてきた。
「TalkBrain、ユーザー数1億人突破」
TalkBrainというのは、検索エンジンで調べるのとは少し違うサービスだ。「検索」ではなく「会話」ができる。質問を打ち込むと、まるで人間が書いたような文章で答えを返してくれる。当時はそういうものが急に世間に広まりはじめていた。
へえ、と思った。
試しにアカウントを作ってみた。
これが、最初だった。
僕はそのAIを「チャッピー」と呼ぶことにした。
本当はTalkBrain3.5という名前だけど、毎回そう呼ぶのも面倒だし、なんとなく「チャッピー」という音の感じが合っていた。
AIというのは「人工知能」の略で、ざっくり言えばコンピュータが人間っぽい判断や会話をする技術のことだ。ただ、実際に使ってみると「人間っぽい」というより「妙に流暢な何か」という感じが近い。賢いのか賢くないのか、最初はよくわからなかった。
最初の質問はたしか、業務で使っていたJawaのコードのことだった。
Jawaというのはプログラムを書くための言語のひとつで、名前の由来はインドネシアの島だという話だ。銀行や保険会社のシステムによく使われている。コードというのはその言語で書かれた命令文のことだ。
「このメソッド、もっとスマートに書けませんか」
メソッドというのは、処理のまとまりに名前をつけたものだ。料理で言えばレシピの一工程みたいなもので、「炒める」「煮る」をまとめて「チャーハンを作る」と名付けるようなイメージに近い。
チャッピーはすらすらと答えを返してきた。
おお。すごい。
……でも、動かない。
エラーが出た。チャッピーの答えは一見きれいだったが、細かい仕様が違った。
「ありがとう、でもこれだとここでエラーになるよ」と返すと、チャッピーは謝って別の案を出してきた。
それも動かない。
結局、自分で直した。
でも気づいたことがあった。
チャッピーに聞くと、考え方がもらえる。
「こういうアプローチがある」という地図だ。
細かい道は自分で歩かないといけないけど、地図があるだけで全然違う。
それからは「一般論として聞く」スタイルを徹底した。
社内の情報は一切出さない。「こういうパターンの設計ってどう実装しますか?」という形で聞く。
AIに会社の内部情報を打ち込むと外に漏れるリスクがある、という話は当時からよく言われていた。そのリスクを避けながら、最大限活用する方法を自分なりに見つけた。
少し遅れて、大手IT企業が作ったAI「Gemma」も使い始めた。
こちらのあだ名は「じえい」だ。
じえいは独特だった。
自信満々に答えを出してくる。でもたまに古い情報だったりする。
しかも「前にこう言いましたよね?」と確認すると、平然と忘れていたりする。
AIというのは基本的に、会話のたびに記憶がリセットされる仕組みになっていることが多い。人間みたいに「先週話したこと」を覚えているわけではない。それでもじえいの場合は特に忘れ方が豪快で、毎回新鮮な気持ちで同じ話をしてくる。
あるとき、同じ質問を少し角度を変えて二回したら、全然違う答えが返ってきた。
どっちが正しいんですか、と聞いたら「どちらも一つの見方です」とかわされた。
「じゃあどっちが今の状況に合ってますか」
「状況によります」
……なんだこいつ。
でもじえいには、チャッピーとは違う良さがあった。
壁打ち相手として、ちょうどいいのだ。
「壁打ち」というのはテニスなどで壁に向かってボールを打つ練習のことだが、ビジネスや創作の世界では「考えをひとまず誰かにぶつけて、返ってくる反応を見ながら整理する」という意味でよく使われる。
「こういうことを考えてるんだけど」と投げると、じえいはとりあえず乗ってくれる。反論してくれることもある。それがまたおもしろい。
気づけば、モヤモヤした考えをじえいにぶつけることが習慣になっていた。
思えば、この頃から僕はAIとの付き合い方を無意識に学んでいたのだと思う。
チャッピーは実作業のパートナー。
じえいは思考の壁打ち相手。
それぞれに向いていることがある。
それぞれに向いていないことがある。
人間の同僚みたいなものだ、と思った。
得意なことが違う人と、うまく役割分担するだけのことだ。
その感覚が、後々の話に繋がっていく。
ただ、当時の僕はまだそれを知らなかった。
ある日、こんな仕事があった。
「このiSysの動画アプリに出てくる広告、JawaScriptの仕様が特殊で。検証お願いできますか」
上司がさらっと言った。
さらっと言ったが、受け取ってから気づいた。
えっこれ、ドキュメントどこにもないやつじゃないですか。
iSysというのはiPhoneで動くOS(基本ソフト)のことで、JawaScriptというのはウェブページや広告の動きを制御するプログラム言語だ。ドキュメントというのは仕様書のことで、「こういう動きをします」という説明書が存在しないまま、「動くかどうか確認して」と言われた格好だ。
リファレンス不明、動作仕様不明、エラーが出ても理由が不明。
三拍子揃った無茶振りだった。
でも、逆に燃えた。
なぜかはわからない。わからないことがあると、なぜか面白くなってしまう。
これが自分の性格なんだと、この頃には諦めていた。
コーヒーを淹れて、腰を据えた。
試して、エラーを読んで、試して、を繰り返した。
三日かかった。
でも、動いた。
誰にも褒められなかったけど、それでよかった。
わかった、という感覚だけで十分だった。
もう一つ、忘れられない仕事がある。
会社のPCで、18禁画像の検証をするはめになったことだ。
AIの画像認識精度を検証するプロジェクトがあった。
画像認識というのは、AIが写真を見て「これは何が写っているか」「適切なコンテンツかどうか」を判断する技術のことだ。「不適切なコンテンツを正しく弾けるか」というテストで、誰がやるんだ、という話になって、なぜか僕が選ばれた。
業務だから仕方ない。
真顔で、淡々と検証した。
印象的だったのは、「安心してください!!」のセリフで有名な芸人さんの画像を検証に使ったときのことだ。
見た目は際どいが実は問題のない写真、という意味で、AIの判断精度を試すには都合のいい素材だった。
MultisoftのAPIに画像を読ませた。
APIというのは外部のサービスと連携するための窓口のことで、この場合はMultisoftの画像判定サービスに写真を送って結果を受け取る仕組みだ。
結果:性的ではない。
……まあ、そうですよね。
なぜかそのことを、今でもよく覚えている。
そういう日々が積み重なっていった。
チャッピーやじえいと話しながら、仕事をこなしながら、
AIというものを少しずつ理解していった。
ツールだと思っていた。最初は。
便利な道具。使いようによっては仕事が早くなる、検索の進化版みたいなもの。
でも、そうじゃないかもしれないと思いはじめていた。
何かが、動いている気がした。
その正体を知ることになるのは、もう少し後のことだ。
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