砂時計奪還任務 1/3
登場人物紹介
□来栖迅
BPMA特務部隊HAUNDSの捜査官。黄昏事変の生存者で、悪魔の姿を見切る「炎の瞳」の一族
□ニコラ・G・スフォルツァ
BPMA特務部隊HAUNDSの捜査官。イタリア・トスカーナ州に拠点を置くPMCの御曹司で、元フィクサー
□調月ほたる
BPMA特務部隊HAUNDSの捜査官。行方不明になった兄を追う。瘴気を浄化する「魂の器」の能力を持つ。
□一条晴臣
BPMA特務部隊HAUNDS統括指揮官。陰陽師宗家で重度のオタク。
□二条貴紀
BPMA管理部門補佐官/連絡官。二条家は一条家の分家。晴臣の右腕。恐妻家。
「よろしく頼む」
高級スーツに身を包んだ男から差し出された手を握るのを、一瞬来栖迅は躊躇した。
――マジかぁ、俺こいつと組むんだ。
内心を隠しながら差し出された手を引きつった愛想笑いで握り返す。
「よろしく、ニコ」
「ニコ?」
そう呼ばれたニコラ・G・スフォルツァはほんの少し眉をひそめた。
「あぁ、いやだったか? 愛称あった方がいいかと思って」
「いや、悪くはない……んだが。不思議だな。そう呼ばれたのは初めてじゃない気がしてね」
「なんか、いいですね。その呼び方」
そう言いながら捜査官の調月ほたるが各席にコーヒーの入ったマグカップを置いていく。
柔らかそうな栗色の髪が揺れる。きっちりと着こなしたスーツの上から見える女性らしい曲線と、ふわりとした笑顔に、迅の胸は一瞬高鳴った。
「全員揃ったかな? 始めようか」
長机の向かい側で温度を失った白い月を思わせるような銀髪の男がにこやかに頷いた。緋色のストール、真っ黒な仕立ての良い着物に晴明桔梗の家紋が浮かぶ。
彼がHAUNDSの指揮官、京都一条家の陰陽師宗家当主・一条晴臣だ。
隣に控えた細身のスーツの男が通信を拾う。
「――はい、かしこまりました。伝えます」
晴臣の腹心であり、右腕の二条貴紀は静かにスマホを置いた。
「評議会より入電です。晴臣様、灰の砂時計の奪還任務について。正式な依頼です」
モニターの光が晴臣の顔を蒼白く染めている。平面図が浮かび上がった。
「横浜港を出港する超豪華客船『ポセイドン・ネオ』――表向きは富裕層向けクルーズですが、水面下で開催されるのは世界中の裏社会のVIPが集う極秘オークションです」
「豪華客船だって!?」
「密室だな。海の上だから情報も漏れにくい。よく考えてるな」
ニコラが腕を組む。同時に、晴臣がため息をついた。
「オークションの目玉商品――『灰の砂時計』……特定の時間軸の認識を歪める、危険なシロモノだよ」
「は? S級魔道具じゃねえか! なんでそんなもんが出回ってんだよ。遺物管理部門は何してんだ!?」
「いいかい迅。事象地平教会《EHC》は君が思っている以上に大きい。魔道具の横流しなんか、よくある話さ」
晴臣はコーヒーを啜った。
よくあってほしくねぇよ、と迅はむくれたまま悪態をついた。
「境界線事象管理局《BPMA》の評議会は、これがEHCあるいはそれに連なる組織の手に渡ることを阻止する決定を下しました。このS級魔道具の回収は、我々HAUNDSが担当します」
冷静な口調で二条が言う。
「なんでそんなヤベェもんを俺らがやらなきゃなんねえんだ。そういうのはSABERの専門だろうが……」
「……いいかな、マエストロ」
ぼやく迅を横目に、静かに聞いていたニコラが軽く手を挙げた。
「この魔道具は、私たちの手に負えるようなモノなのか?」
碧眼が晴臣を捉える。
「素人の私には、どこまで危険なものかいまいち見えてこない」
「まあ……そうだね。迅が言うようにS級、かなり危険だというのは伝えておくよ。一般人は触れるだけで精神をやられる。扱えるのはごく限られた術師だけだ」
「その場で破壊することは? 危険なものを船上からここまで持ち帰る……リスクが高すぎないか」
「破壊は認められていない。評議会が決めたことだからね。僕たちに拒否権はないんだよ」
ニコラの懸念は尤もだった。だがHAUNDSはまだ駆け出しだ。拒否権などない。
「一般人が多くいる密室ですから、破壊することで二次被害の危険もあります」
「ま、何にせよ偉いさんが決めたんなら仕方ねえな」
迅が頭の後ろで手を組みながら、諦め半分に言う。ニコラは何かを察したのか、それ以上突っ込まむことはしなかった。
「オークションは深夜0時に開始します。この会場で確保を。左舷一番奥のスイートルームを拠点として確保しています。あらかじめ、補給物資と潜入用の衣装を用意させました」
「乗客の中に敵の協力者が紛れている可能性が高いね。警戒は常にした方が良さそうだ」
ニコラが呟いた。
「出港は――まだ時間があるか。どうかな、bellissima。景気付けにランチでも。奢るよ」
腕時計は十一時過ぎを指していた。ニコラが片目を瞑ってみせる。
「え、いいんですか? それじゃあ中華街に行きませんか?」
ほたるの目が輝く。
「中華だと!? 俺も連れてけ!」
迅が立ち上がり、慌ててロングコートを羽織る。
「十八時出港だからね。遅れるようなことはしないように」
晴臣は念を押すように言った。三人の足音が遠ざかっていく。
「……必ず回収する。僕も準備しなければ。貴紀、移送の手配を頼む」
「はい、晴臣様」
晴臣はモニターの先に映る砂時計を忌々しそうに見つめた。




