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第21話 平和神の平和な結界解除式

水色髪の少年は心底暇そうであった。


仮想世界の空はどこまでも澄み渡り、雲ひとつない蒼が広がっている。だがその青は、どこか薄い。現実の空気の匂いも、風の湿度もない。完璧に再現されているはずなのに、どこか決定的な何かが欠けている。

だからこそ、ここが“作られた世界”だと分かる。


少年はその人工的な青空を仰ぎ、欠伸を噛み殺した。


彼の名は平和神である。


神々の中でも戦闘を好まず、均衡と調整を担う存在。だがそれは決して“弱い”という意味ではない。争いを終わらせる力を持つ者は、同時に争いを始めさせない力も持つ。

つまり彼は、戦う必要がないだけで、戦えないわけではない。


今回は天空神を殺す名目で襲われたので僕らは仮想世界で閉じ込められている。あの馬鹿は結界を破り、自ら戦いに行ったみたいだ。


「僕はここで静かにしていようかな」


襲撃の瞬間、世界は歪んだ。

現実の空間を切り取るように、神々一人一人が別々の仮想世界へと隔離された。

高度な分断型封印術式。対象の性質を解析し、最も“穏やかに閉じ込められる空間”を生成する。


平和神の空間が静かなのは当然だ。

彼は戦闘を望まない。

だからこそ、彼の世界は静寂で満たされている。


そんな事を考えつつ仮想世界の結界の了解を書き換えていた。結界の了解とは発動者の結界を解析し、書き換える事である。


通常、結界は外側から破る。

だが平和神は違う。


彼は“壊さない”。


結界の術式構造を読み取り、根幹となる魔力回路を辿り、ほんの一文字――ほんの一概念を書き換える。

破壊ではなく、改竄。

衝突ではなく、上書き。


それが彼のやり方だった。


彼の指先が空間に触れるたび、見えない紋様が淡く浮かび上がる。幾何学的な術式配列。発動者の癖。力の癖。それらを丁寧に分解し、組み直す。


なんだかんだ働いてくれている平和神はいい方だとおもう。


彼自身は面倒くさそうにしているが、実際は誰よりも冷静に状況を把握している。

天空神のように真正面から突破することもできる。

だがそれをしない。


必要がないからだ。


「平和神!あんたら今どこ?」


突然、思考に割り込む声。

天空神からのテレパシーだ。


余裕で無事らしい。まぁそれもそうか。何せあの神の転生体だからな。


空間を歪めるほどの衝撃波が遠くで響いた気がした。

仮想世界の壁にヒビが入る。

物理的破壊で次元境界を揺らすなど、常識外れにも程がある。


天空神は何も知らない。

自分が転生体という秘密以上の何かを。


平和神は薄く目を細めた。


転生体。

それだけでは説明がつかない。


あの神(天空神)の力は、構造が違う。

深層に、別の層が重なっている。

それは“神格”というより、“記憶された存在”に近い。


だが本人は気づいていない。

いや、気づかされていないのか。


そんな平和神の元にドドドドドドドドという音を立てながら何かが近ずいて来るようだ。平和神が目を細めるとそれは多重結界をぶち壊しながら走ってくる天空神であった。


本来なら、仮想世界は完全隔離。

外界と遮断された独立空間。


それを、真正面から破壊して侵入してくる。


多重結界が連鎖的に砕け散る。

術式が悲鳴を上げる。

空間の層が波紋のように歪む。


力任せ。


理論無視。


だが成立している。


これは彼女だからできることだ。普通は解除すら難しい結界だ。


「うおっなにやってるんっすか?天空神さん」


平和神は思わず声を上げた。

書き換え作業中だった術式が吹き飛び、整えていた配列が乱れる。


天空神は息一つ乱さず、満遍の笑みで答えた!


「良かったーみんないないから見つけられないかと」


本気でそう思っていた顔だ。


平和神は一瞬、言葉を失う。


「いや本当だったら見つかるはずないんすよ僕ら仮想世界に閉じ込められてるんすから。」


常識の説明をするのが虚しくなる。

だが説明しなければならない。


天空神は目を丸くし、とても驚いていた。


「ええ!?じゃあ他の神たちは?」


驚き方が素直すぎる。


「神一人一人に仮想世界が提供され、閉じ込められてるんっすよ」


分断型封印。

対象ごとに最適化された精神安定型空間。

暴れれば暴れるほど、空間は強固になる設計。


本来なら。


「へー大地神はバケモンなのね」


あんたも相当やばいっすよ。


その言葉は喉元まで出かかったが、平和神は飲み込んだ。


代わりに周囲を見回す。


崩れた多重結界の断面。

術式の裂け目。

天空神が通った痕跡は、まるで台風の通り道だ。


状況は最悪ではない。

だが想定外だ。


仮想世界は内側から壊す構造ではない。

それを物理的衝撃でこじ開けるなど、設計思想そのものを無視している。


平和神は小さくため息をついた。


天空神は何も知らない。


自分の中に眠るものも。

この封印の本質も。

そして――この戦いが単なる襲撃ではないことも。


だが今はそれを言う必要はない。


「とりあえず、あんまり暴れないでもらっていいっすか。僕が静かに書き換えて出る予定だったんで」


天空神はきょとんとした顔で周囲を見渡す。


壊れた結界の残骸が、淡く光って消えていく。

仮想世界は再構築を始めている。

侵入者を排除するために。


平和神は再び指先を空間にかざした。


破壊ではなく、調整。


暴力ではなく、上書き。


彼は争わない神だ。


だが必要ならば――


この仮想世界ごと、静かに塗り替えることもできる。


そしてその隣で、何も知らないまま笑っている天空神を横目に、平和神はほんのわずかだけ目を細めた。


嵐の中心は、いつだって無自覚だ。


だからこそ、厄介なのだ。


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