01話 トローカ村にて
やあ、僕の名はダルマ。
今、僕は草むらの中を全力疾走している。
洗練された小さな体と4本の足で。
なぜかって?
ラビタかイワモグラか何でもいいから狩らないと御飯抜きになるからだ。
ここは北ソリドニアの北西の小さなコミューン、トローカ。
砦で助けたモーリエ・カナイの故郷。
トローカの里の柵の外には花畑と畑と草むらが広がる緑豊かな平地。
「ハァハァハァハァ……」
ラビタの一匹を追う。
コイツはウサギに似た大きな鼻を持つ小動物で機敏。
しかしスピードと機動性はこちらの方が上だ。
なんせ僕の身体はラビタ3匹分で出来ているからな!
よし、追いついた!
「どりゃあああああああっっ!」
獲物の白い背中に飛びつく!
しかし。
白い光に阻まれて後方へ吹き飛ばされるぅぅぅっ!!
「いててててっ」
「あー、ダルマさんがころんだー!」
「あははは、
またしっぱいだー!」
柵のところで見学していたトローカの里の子供たちに笑われる。
くっ、屈辱だ!
これで、この数日の滞在中に何度目の失敗だろう……。
「う、うるせーっ」
「あーあ、
なにやってんだよ!
これは今日も飯抜きだなっ、がはははっ!!」
側で木刀の素振りをしていた ”ミルドレイズ” ミルミルに大笑される。
「とっとと狩りで体力付けて戦い方を覚えろ!
でなきゃ番犬としてマリーを守れないだろうがっ」
「でもなー。
向こうはバリアの魔法を出してくるんやで、ズルイやん。
こっちは魔力を持ってないのにー」
「うるせー、弱音を吐くな。
天女降臨演舞の剣は1から9まで体力、
10でやっと剣技なんだよ!」
いや、僕はダサい名前の剣士ちゃうし。
よっこらしょ、っと。
仰向けでひっくり返っていた身体を起こす。
と、低い声が響く。
「汝、小さき獣より己が身を知れ。
汝の剣技は児戯に等しい」
ミルミルの背負う魔剣 ヤン・クオンの声だ。
「だーっうるせー、魔剣のオッサン!」
「無駄の多い剣は忘れよ。
俊敏に無駄なく多様に振れ」
「こうか!?」
ヒュヒュッと風を巻き上げて木刀が回る。
「否」
「じゃあ、こうか!」
「否!」
「あー、
英雄のお姉ちゃんがまた剣とおしゃべりしてるー」
「英雄なのに怒られてるー」
「変なのー」
英雄のお姉ちゃん、ミルミルは子供に笑われた。
そうなのだ。
モーリエを無事に送り届けた僕達は、里に「英雄」として迎え入れてくれた。
人の良さそうなモーリエの両親達と感動の再会の後に、里の皆が帰還を祝うお祭りを開催してくれた。
ミルミルは魔剣を持っている事を理由に早々に里を去ろうとしたけれど。
それでも僕たちを暖かく受け入れてくれた。
9家族50人ほどのコミューンは温厚で良い人達ばかりだった。
「あーあ、
今日もまたボウズなのー?
成長の無いバカイヌねー」
いつのまにか子供たちの後ろにグリーンのドレス姿が立ってた。
「バカイヌじゃねえ、獅子族だ!
ミサキは僕の出した課題は終わったのか」
「ふん、あの程度の問題なんて楽勝よ!
あとで採点しといてね」
「へいへーい」
トボトボと僕は里の方へと歩く。
「アンタさー」
「なんだよミサキ。
今日はお前のイヤミに付き合う元気はないねん」
「なによソレ!
それじゃあ私がいつもイヤミ言ってるイヤな女みたいじゃない」
「じ~っ」
「じ~っ」
返答する代わりにミサキを見つめる。
目は口ほどにナントカ。
黒目が見えないほどの細目だけどね。
と、子供たちも真似をして振り返って見つめる。
「なによ、アンタたち!
そういう目で人を見る悪い子は……コチョコチョの刑!」
ミサキは子供たちとじゃれ合いながら。
「アンタは頭は良いんだからさ、
もうちょっと頭使って狩りをしろっての!
あ、脇腹はやめて、やっ、そこはダメなのっ」
初めてミサキの色っぽい声を聞いたが、お得感は無い。
「頭突きでもしろってか?」
「アホなの?」
「ヒントくれ、ヒント」
ミサキが手を止めたので、今度は子供たちだけで突きあって遊んでる。
そのうち鬼ごっこみたいになった。
「ヒントもなにも……。
戦い方が直線すぎるのよ。
ミルミルがヤンジーガを倒した時の事を覚えてる?」
そういえば。
初めてバリアの魔法を見たあの時か。
ミルミルは魔法の届かない脇から剣を入れて攻撃してたっけ。
「思い出した。
そうか、真正面からいかなくても。
フェイントかけるのもアリやな」
「ま、そういうこと」
「サンキューな。
明日色々ためしてみるー」
ズルズルガサガサ。
何かが何かを引きずって歩いてくる。
「ただいまー」
草むらから赤茶と泥に染まった虚ろ目天使が現れた!
我が天使、我が主!!
「マリースちゃんだー」
「マリースちゃん、ちょーキタナーイ」
「お腹が減りました」
子供たちの声には反応せずマイペースに腰のポーチに手を……伸ばさない。
ミルミルがすっ飛んできた。
「お前はポーチの干し肉全部無くなるまでどこで遊んでやがった!?
どこもケガはないだろうな、おい」
マリちゃんの全身に手を滑らせて確認する。
僕もマリちゃんの元へ走る。
「マリちゃん、おかえりー。
大丈夫なんー?」
「ただいまです。
サイガーです」
金の杖を使って引っ張ってきたモノを見せてくれる。
マリちゃんより大きな体長の獣の死骸。
「サイガーってお前、湿地まで行ってきたのかよ!
何かあったらどうするんだよ、バカヤローッ」
そう言いながら抱きしめて頬ずりするミルミル。
自分も泥だらけになるのを構わずに。
「お前は過保護過ぎんねん、ミルミル。
マリちゃんは強くなって金の量も増えたから、
軍隊でも来ない限り『何か』なんて起こらないよー」
「てめぇ、身体半分血に染めて帰って来たら心配になるだろうがよ!」
まぁ、確かにそりゃそうだ。
「ダルマ、お前今度はコイツに何を指示したんだ?」
知り合って一か月程になるが、未だにミルミルにマジな目で睨まれると寒気が走る。
さすが暴れん坊剣士。
殺しを知ってる者の目。
「な、何って”特訓”しか指示してないよ!
マリちゃん、
どうして湿地まで行ったの?」
「獲物が無いとダルマちゃんがご飯抜きになります。
飼い主だから面倒みないとダメなんです」
無表情な顔でそう答える我が主に感涙する。
僕は少女の足首にすがりついた。
泥で汚れるのも構わずに。
っていうかそれって今日も狩りに失敗するって前提だよね。
信用ノッシングだよね、泣けてくるね。
明日こそは、明日こそ成功してみせる!
そう、僕たちはこのトローカの里でダラダラ過ごしているワケではない。
次なる旅に向けて各々『課題』や『特訓』を課している。
ミルミルは剣の特訓 (魔剣のツッコミ付き)。
掛け算割り算が出来るミサキには鶴亀算や損益算、割引算など商売で使えそうな簡単なモノを僕が教えている。
あと平面の面積の出し方や一次方程式など。
読み書きが出来る人が超少ないこの世界では、これでも結構チートレベルだと思う。
本物の商人がどのくらい出来るのか知らないけれど。
中卒即ひきニートの僕にはこれ以上は教えられないし。
マリちゃんには僕が読み書きと ”秘密の特訓” を教えている。
「みんなー、もう夕飯の時間だよー。
日も暮れてきたから帰りなさーい!」
カナイ家から、この地方では一般的な中華っぽい服でモーリエが出てきた。
もうそんな時間か。
遠くの山の稜線に沈む夕日が涙目に沁みる。
「あらあらマリーさん、今日は一段と派手に汚れてますねー。
皆さんも食事前にちゃんと身体を洗ってくださいねー」
そう言って元来た道を戻るモーリエ=カナイを先頭に各々家路に就く。
僕らはご厄介になっているカナイ家に向かうわけだが。
この里の光景はまだ慣れない。
まさかトローカの里では全ての里の建物が藁や草で出来た竪穴式住居だったとは!
ここに到着した初日に試しにミルミルに壁(というか屋根?)を殴ってもらったが、強固な魔法に守られ藁一本すら落ちなかった。
モーリエの家族には「家を壊さないで!」と怒られたが。
夕食にて。
テーブルは無く、食器を床に直置きで車座になって食事をする。
竪穴の中は厚みのある絨毯敷き。
その下に熱を発する魔使石を敷いて冬は床暖房になるらしい。
外の見た目と比べ中はなかなかの快適空間である。
無表情で黙々と食事をするマリさんを慈しむ目で見つめるモーリエの両親とおじいちゃんとおばあちゃん。
「本当によく食べるわねぇ…」
「なーに、
子供は泣くのと食うのが仕事だからな」
と、ご両親。
「なんだか孫ができたようじゃねえ」
とおばあちゃん。
「私もマリちゃんみたいにカワイイ子を産みたいなー」
とおばあちゃん、ってワケあるかーい。
そう言ったモーリエはあのハリガネのような体がウソだったように膨らみを帯びて元気になった。
腰まで伸びるウェーブのかかった髪の、恐怖で白くなった部分の面積が日々減少している。
家族の髪がグレイに薄茶のグラデーションがかかっているのが普通の状態のようなので元々色素が薄いようだ。
「その前にアンタはゆっくり養生しなきゃ。
ダンナ探しはそれからやりなさい」
「モーリエに嫁はまだ早い!
いや、外は危ないからもう家から一歩も出さないぞ!」
「またお父ちゃんはそんな事言って…」
娘を持つ家庭によくある夫婦漫才の途中にモーリエは茶碗を置いて、静かに部屋を出て行った。
最近モーリエがまた少食になった気がする。
そんな事より自分の食事だ。
「ご飯抜き」を申し渡されても結局マリちゃんが僕に食事を与えてくれる。
正面のミサキと隣のミルミルから白い目で見られながら。
そう、我が主は心の広い天使。
「ごちそうさまでした」
常に姿勢正しく正座をしているマリさんが無表情で頭を下げる。
それが終わるとモーリエのおじいちゃんおばあちゃんの後ろを回ってミサトの背後へとトコトコと足を運ぶ。
問題発生。
「またマリーちゃん…
ちょっとまだ私、食事中だから…
あ、ダメッ…」
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