37話 ブレる剣士とブレない天使
村から十分離れたところで荷馬車をゆっくり走らせて北へ。
御者はミサキに交代。
道中、マリちゃん以外会話する者はいなかった。
マリちゃんはいつも通り「お腹が減った」と呟いては干し肉を取り出して食べる。
心を失っていたほうがこの世界ではもしかしたら幸せなのかもしれない。
マリちゃんの膝の上で僕はそんな事を考えていた。
優しくて柔らかで温かくて。
うん、もうずっとこのままでいいかも知れない。
恐れも怒りもどこかへ霧散していた。
村人に当たって発散していた。
魔剣は忌むべきもの。
村人の考えと僕の危惧する事。
それは一致している。
荷馬車の乗員は皆顔を伏せがちだった。
それぞれが村で起こった事、魔剣の事を考えているはず。
マリちゃん以外。
「おい、止めてくれ」
不意にミルミルが荷台を叩いて声をあげた。
荷馬車が止まると彼女は飛び降りる。
まさか。
「こいつを返す」
ミルミルが投げた小袋は荷台の上で金貨をぶちまけた。
いつかミサキが2人を雇った時の代金。
「雇い賃のおつりだ。
それでマリーの世話を頼む」
「アンタ、まさか一人で行くつもり?」
御者席からミサキがいぶかしむ声をあげる。
「おう。
ダルマの言う通り、俺がいつお前らを斬るかわからねえ。
俺が魔剣を手懐けるまでバイバイだ。
まあ、もう一生会う事もないと思うがな」
やっぱりだ。
らしくもない作り笑いを浮かべて。
同じく馬車を降りようとするマリちゃんを荷台へ押し返す。
僕は膝の上から落とされた。
「マリー、
コイツらと一緒に行け。
きっと途中で放り出すような奴らじゃないから安心しな。」
ミルミルは言い聞かせるように一言ずつゆっくり言葉を重ねる。
マリちゃんは何を言ってるかわからない、といった風に小さな頭を傾けた。
僕は少女の側に立って見上げる。
「あー、マリちゃん。
ミルミルはね、危険な剣を手にしたから僕達を斬るかもしれないんだ。
だからこれからは一人で旅をするんだよ」
同じく言い聞かせるように話す僕をマリちゃんが持ち上げる。
「ダルマちゃんはわからず屋さんです」
僕を上下に振ってシェイクする。
やばい、やばいって!
またリバースしちゃうよぉ。
「ミルミルちゃんは大丈夫です。
そして私はいつも一緒です。
…あ」
マリちゃんは何かに気付いて僕を荷台に下ろす。
噴射一秒前で口の中が酸っぱい。
「ミルミルちゃん、
忘れ物です」
そういってマリちゃんが両手で掲げたモノ。
それは。
シーワン村で暴れた二振りの魔剣。
「あっ、バカが!」
「ちょっと待った、待ったぁ!」
「マリちゃーんっ!」
「きゃあっっ」
マリちゃんが魔剣を手にした時の驚き方は四者四様だった(獅子族含む)。
ミルミルの動きは一番迅速で発声と同時に荷台に上がってマリちゃんを抱きしめる寸前だった。
「はい、
忘れ物ですよ」
「おっ、お…
おう…」
ひどく狼狽してミルミルが素直に差し出されたものを受け取った。
マリちゃんは魔剣を振り回して暴れる事も無く白目を剥く事も無く、いつもの無表情で死んだ魚の目だ。
「お前、
大丈夫か、何ともないのか」
シーワンの魔剣二振りを荷台にブッ挿して立てると、ミルミルは少女の小さな身体を揺する。
「??
今日はみんな変ですよ」
変なのはあなたですよ、我が主!
「おい魔剣の爺さん、
今のはどういう事か教えてくれ!?」
僕はミルミルの背中の忌むべきモノに問う。
「我との契約者は我より弱い魔剣の影響無し」
それはミルミルが他の魔剣を持ち歩いてた時点で察した。
「そっちじゃなくてマリちゃんの方だよ!」
「契約者は操金術士と協力して我の支配から抜け出した。
その影響」
本当かよ、都合良すぎるんじゃね?
僕が懐疑的なのに対して。
魔剣の言葉を受けてミルミルが笑う。
「ははっ
じゃあ俺に何かあってもマリーが何とか出来るんじゃねーか!
いざとなれば魔剣と魔剣で叩きあえばいい」
「マリちゃんに魔剣を持たせんなやー!
ボケミルミルー!」
「なんでだよ、
悪くない案だろが」
「なんかマリちゃんが穢れそうでダメ―」
「私が穢れる、
ってどういうことですか?」
僕を抱き上げてミルミルとの会話に割って入るマリちゃん。
ちなみに今は僕もマリちゃんも全身汚れて穢れきっている。
「ミサキのように心が真っ黒になって、
性悪になるってことだよ」
「うっさいイヌ!
お前だけには言われたくないわ!!
それよりみんな早く座りなさい。
馬車を出すわよ」
「いや、俺は…」
「ミルミルも座る!
倒れても知らないから」
ミサキは容赦なく馬車を走らせる。
それぐらいで倒れるミルミルではなかった。
ただ馬車を降りる機会を逃して、バツが悪そうにしゃがむ。
そして先に座ったマリちゃんの肩を抱き寄せて。
「すまねぇな、マリー」
そう呟いた。
こんなに大事に想っているマリちゃんを置いて去ろうと決めたんだ。
彼女なりに考え抜いた末の答えだったのだろう。
マリちゃんは再び小首を傾げた。
炎を見ていると落ち着く。
その習性はヒトとサルだけらしい。
それと元ヒトである獅子族も。
陽が落ちて野宿することになって。
微妙な空気の中、皆で泊まる用意をして。
川で汚れを落として服を着替えて。
シラバ城国で大量に買った非常食をほぼ食べ尽くして。
ミサキはカバンにナマモノを入れたくない。
他のモノに臭いや血や汁が付くのがイヤだと言う。
実際にカバンの中がどうなっているかは本人は見た事ない。
カバンを開けると空っぽのその底しか見えないからしょうがない。
だから食べ物は干物やお菓子ばかりになる。
狩りをする時間も元気も誰も持ちあわせて無かった。
ミサキから「イヌなんだから狩りを覚えろ」という言葉を浴びせられて。
それで皆で火を囲んで落ちついてきたところで。
ミサキが立ち上がってミルミルを責め始めた。
「大体、私達だけでモーリエを送るなんて出来るわけないでしょう!
助けといて途中で放っていくなんて無責任極まりないわっ」
「でもミサキさん、
私のコミューンもここから一日のところですし
もう大丈夫…」
「モーリエは黙っていて!
もしもう一度捕まってスケベ男共にいいようにされたら、
心を壊してしまうわよっっ
というか生きていられる保証もないでしょうよ!!」
「心…」
食後のデザートのお菓子を食べていたマリちゃんが珍しく反応する。
それよりモーリエが捕まったらミサキ自身も捕まる、という考えはどこかに飛んで行ったらしい。
僕を膝に乗せるマリちゃんから見て右にミサキ、左にミルミル。
焚き火を挟んだ向かいにモーリエ。
マリちゃんはぶかぶか萌え袖シャツを着ている。
これって男物だよね。
誰のシャツだよ。
他の者の服はいつも通りで割愛。
マリちゃんは淡緑の髪を下ろしていた。
ポニーテールもカワイイけど下ろしてもカワイイ。
他の者の髪は、うん、いつも通り。
「そう言うがな、魔剣の問題はどうすんだよ。
もしかしたら今日俺がお前らを襲うかもってみんな思ってるんだろ」
「あ、うっ……
それは…」
「それに魔剣を持ってると知ったあの村人の反応を見ただろ。
お前らとはモーリエを送ったら別れるからいい。
でもこの先あんな事になってマリーまで悪く言われたら
俺はガマンできねえ」
「……」
ミサキが顔を背けながら静かに腰を下ろす。
「怒りで我を忘れて
誰かれ構わず斬ってしまうかもしれねえ。
それこそヤン・クオンの思う壺じゃねえか」
「それだけはガマンしなさいよ…」
「俺はな、
お前らならマリーを託していいと思ったんだよ」
「いや、だから!
そうしたら誰が私達を守るのよっっ」
「行く所に困ってるなら、
みんなで私のコミューンに住めばいいじゃない!
里のみんなは良い人たちばかりだからレイズさんも受け入れてくれる。
全員私の里で住めばいいのよ!」
「あのさー」
「魔剣に関わりたい人間なんていねぇんだよ!
俺だって魔剣持ちのヤンジ―ガから逃げてたのに。
今になって考えればなぁ。
砦で狂ったボスが逃げ出した時に、
監禁されてた女たちを連れて逃げればよかったって後悔してんだよ!!」
「あ・の・さあああああ!」
話が堂々巡りアンド平行線になりそうなので大声で介入する。
何故かマリちゃんが頭をヨシヨシしてくれる。
ところで「レイズさん」って誰だっけ?
あ、ミルドレイズことミルミルか。
「お前らさぁ。
各々言いたいことはわかった。
でも一番大事なことを忘れていないか?」
「なによ、それ?」
「なんだよ、イヌ」
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