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転生犬語 ~杖と剣の物語~  作者: 館主ひろぷぅ
1章 義姉妹の誓い
27/50

27話 僕は武器を持たない女と戦う

「ぶっちゃけると。

 今朝みんなが飲んだ水な。

 あれは全部アイリーンの魔法のかかった水やねん」

「な!?」

「つまりお前が夜中に苦労して運んだ水は誰も飲んでないねん」


「あー、俺はちょっと飲んだぞ。

 痛み止めにな」


 ガリガリと魔剣を引きずる音。

 黒い革の上下と白いシャツを着たミルミルが寄ってくる。

 白いシャツが血で汚れているのは多分自分のではない。


 ここからは一番遠い、城壁の外に止まっていた馬車がガラガラと動き出した。

 地上では貴族や人夫達が慌てだす。


「ひぃーっ!

 上で魔剣を持った女が暴れてやがるぅぅ!

 おっかねえおっかねえっっ」


 女を連れ出すつもりがミルミルに追い出された賊まで加わり、下は大混乱。


「じゃあ、みんなが倒れてたのは中毒じゃなくて…」

「うん。

 カロンを騙す為の芝居。

 一番驚いたのはマリちゃんが芝居じゃなくて、

 普通に寝てた事やけど」

「あいつは横になれば、どこでもすぐに寝られる」

「それからこっちでお前が貴族と話をしている間に裏からこっそり逃げて。

 ほら見えるやろ、馬車の上のみんなが」


 みんなと言ったが荷台で横になっているのか姿は見えない。

 御者を務めるミサキだけが見えた。


 アイツ、結構なんでも出来るんだな。

 ほんのちょっとだけ見直してやる。


「え?え?

 だからどういう事ー!?」


 カロンが般若の面のように顔を歪ませながら半泣きになっている。


「俺もよくわからんが。

 つまりこの可愛いコが悪いヤツなんだな」

「うん、そう。

 騙す側ってのは自分も騙されている、って考えないから混乱してるけどね。

 ってかなんでお前も逃げてないんだよ、ミルミル」

「マリーがなぁ。

 立って歩くのがやっとの身体でダルマを助けるってさ。

 言う事きかねえから、俺が代わりに連れて帰るって約束したんだよ」


 そう言うミルミルも昨日に比べ声量が小さくて無理してるんだとわかる。

 まあミルミルはともかく。

 マリちゃんの優しさに感涙しそうになる。


「旦那―、旦那ぁ―!

 パサル―の倉庫から火がーっ」


 地下室から勢いよく煙が上がる。

 人夫達がワラワラと地下室から這い出してくる。

 幸い風が煙を砦の反対の方向へと流してくれていた。


 カロンが足でもみ消したつもりの、アイリーンの死をかけた焚火の火種。

 その彼女の魂の欠片はキッチリ仕事をしてくれた。 


「えーいっ!

 人夫共、地下は諦めて逃げる女を追いかけろっっ。

 おい、小僧っっ! 

 と、その仲間!!

 この損害の落とし前はキッチリ払ってもらうぞっっ」

「待って!

 悪いのは私じゃないっ!

 全部コイツらの仕業よっっ」


 指をさされても地上から2階を見上げてる貴族共に僕らは見えへんよ。

 と思っていたら。

 取り乱すカロンの横からミルミルが2階から顔を出す。

 魔剣の切っ先を貴族に向けて。


「チッ、お前らが悪党貴族か。

 クソ冴えねえ顔してんなぁ。

 お前らが拉致った女達がテメエらの悪事をキッチリ潰してやったぜ。

 女だからって舐めんじゃねーぞ!」


 正確には拉致された女性たちと協力して、だから嘘ではない。


「なっ、きっキサマッ!

 どうやってその魔剣を手なずけた!?

 それをどうするつもりだっ!!」

「お前らこそ。

 悪さをしないように封印されていた大量の魔剣を掘り起こして、

 何を企んでんだよ」

「ふん、下賤の者が知る必要などないっ!」


 落ち着かない陰気な貴族と、威厳を保つイケメン貴族。


「ああ、そうかい。

 じゃあ行くぞ、ダルマ」


 魔剣のシャッターを下ろすと背中に収めたミルミルが2階奥へと歩き出す。

 ミルミルの後に続こうとすると。


 ガシンッ!


 目の前をマチェットの切っ先が阻む。


「私も連れて行きなさい!

 さもないとそのブサイクな顔を斬り落すわよっ」


 あの可愛い顔が今は見る影も無く怒りと絶望で歪んでいる。


「お前も相当ブサイクになったぞ。

 大体こんなムチャな取引が成功すると思ってたのかよ。

 色々可哀想なヤツだな」

「うるさいうるさいウルサイッ!

 お前らが現れなければ、

 ダナンを殺さなければ全ては上手くいってたハズだった!」

「…ミルミルー、どうする?」

「俺はずっと寝てたからよくわかんねーよ。

 お前にまかす」


 疲れているから早くしてくれ、と一言添えるとミルミルは腕を組んで近くの壁に寄り掛かった。


 僕とカロンはにらみ合ったまま目を離さない。


「なあ、一つだけわからないから教えてくれ。

 閉ざされたパサル―の倉庫になぜアイリーンが入れた?

 カギは本当はずっと開いていたのか?」

「まだあの女の話をするの?…しょうがないわね」


 カロンの面倒くさそうな態度に不愉快になったが表情には出さなかった。


「おの女はねぇ、途中で私の計画に気が付いたみたい。

 夜中に私を捕まえてこう言ったの。

 『クソパサル―なんかあるからダメなんだ。

  全て燃やせばお前は正気に戻る』って。

 笑い出しそうになるのを誤魔化す為にウソ泣きしたら、

 あのストリッパーのバカ女は私を抱きしめて言ったわ。

 『カロンを信じる』って」


 カロンは本当に心の底から楽しそうに大口を開けて笑い出した。


「あの倉庫のカギを私が開けて強力するフリをしてやったの。

 火をおこす作業に熱中するあの女の背中を刺すのは簡単だったわ」

「少しでもあのアイリーンって死んだ女が、

 そこの女を疑っていたらあんなにキレイに背中の真ん中に刺せんよな」


 ミルミルが呟いた。


「私が少しでも疑われないようリルジットのナイフを使ってね。

 でも初めて人を刺して気が動転していたのは失敗だったわ。

 ちゃんと扉とカギを閉めて置けば。

 朝にはみんなにパサル―を飲ませて取り引きもスムーズに出来たかもしれないのに」


 カロンはずっとヘラヘラと笑っている。


「ミルミル」

「なんだ?」

「僕は取り引きを失敗させたからアイリーンの無念を晴らせたと思った。

 だからコイツを放っておいて逃げるつもりだった」

「そうか」

「でもな…」


 僕の身体中の毛が総毛立ち、しっぽが天を指す。

 四足で身体を低くして立ち、攻撃の態勢を取った。

 怒りで身体が熱くなり、そして震える。


「そのヘラヘラ笑うのを止めろぉぉぉっっカロォォォン!!

 僕はテメーを絶っっ対ゆるせねぇぇぇぇぇぇっっっ」

「このチビイヌがっ!

 お前に何が出来るというの!?」


 怒りに震える僕をカロンは簡単に踏んづけてマチェットを持ち上げる。


「私も魔剣持ちと戦うほどバカじゃないわ。

 何も保護をしてくれって言うんじゃないの。

 ここから出られたらあなたたちの前から消えるわ。

 そしたらこのイヌを殺さないでいてあげる」

「くそぉぉぉぉっっ、放せやあああああああっっ!!」


 僕はカロンの靴の下で泣いて暴れる。

 こんな時でさえ僕は何もできないのか。


「いや、俺はこのイヌがどうなろうと知ったこっちゃねえ」

「へっ、いいの!?」


 泣きっ面に蜂、ここで見捨てられるとか。

 本当に涙が出そうになる。


 くそぅ、ミルミル。

 死んだらお前に憑りついて剣が振れないほど胸を大きくしてやるっ!


「助けるためにここにいるんでしょう!?

 矛盾してるわ!」

「そうなんだよなぁー!

 俺がよくてもマリーがなぁ」

「そうでしょう!

 じゃあ私を助けなさい」

「わかったわかった、

 お前と戦わずに助ければいいんだな」


 ミルミルの返答にカッと顔に熱が集まった!


「おいミルミル、キサマなにを勝手に……」


 ミルミルがいつのまにかカロンの横に立っていた。

 手にした魔剣を再び背中へ収める。


 同時に目の前に大量の血とマチェットを掴んだ右手が落ちてきた。

 同時に僕の怒りの熱も冷める。


「へ?

 んぎゃああああああああっっっ!!」

「俺は武器を持たない女とは戦わない主義だからな。

 これで俺に殺される事は無い」


 カロンが痛みで無様に踊り狂い、僕の身体は自由になった。


「後は勝手にしろ、ダルマ」

「サンキュー、ミルミル!

 うりゃああああああああああっっっ!!」


 僕は前足の爪をめいっぱい伸ばして飛び上がる。


 最初に狙ったのは胸。

 巻いた布が全てちぎれるまで切り裂いた。


「ひぎゃあっっ!」


 暴れるカロンの肩に乗るとさらに飛び上がる。

 次は顔。


 左の頬に全力で爪を食い込ませると一気におでこまで引き裂いた。


「アイリーン以上に苦しめえっ!!

 この毒婦がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

「ぎひいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!」


 カロンの身体がぐらりと傾く。

 2階の端から落ちようとしていた。


 このままでは僕も一緒に下に落ちていくじゃねえかああああ!


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」


 カロンの身体が落ちていく。


「お前、やるじゃねえか。

 今の殺気は俺でもブルっちまったぜ」


 ミルミルが床の端に立って僕の首根っこを掴んでくれた。


 前足から血が滴り落ちる。

 ヒトの肉を引き裂いた感触が残っていて吐きそうだった。


 下を見る。

 右手首と顔を地に染めたカロンが、地面に大の字になって伸びていた。


「死んだかな」

「草地の上みたいだから頭から落ちてなきゃ生きてると思うぜ。

 残念だったな」

「いや、ヤツには生きて地獄を見て欲しい。

 今度はカロンが商品になる番やで」


 胸を抑えていた布がちぎれて、ここからでも胸に膨らみが戻ったのがわかる。


「お前は時々難しい事を言うな」


 いやいや、簡単な話ですやん。


「魔剣の女だ、まだあんなところにいやがった!

 お前ら何をやってる?

 早くヤツを仕留めに行けっ」

「しかし旦那!

 魔剣相手なんて…」

「地下に潜ってる奴と合流して全員で一斉に取り囲め!

 行けっ!!」


 イケメン貴族が馬車から身を乗り出して吠える。

 賊の生き残りや人夫が各々武器を手に渋々と言った感じで2階にあがっていく。


「今の俺の体力じゃ、ザコでもあの数はキツイ。

 逃げるぞ」


 ミルミルは僕をぶら下げたまま、昨晩寝泊りした部屋へと引き返す。


 そこには背中を切り裂かれた賊が数体転がっていた。


「あー、下への階段は全部塞がれたな」


 四方から階段を昇る無数の足音が響いてくる。


 ミルミルの言葉は落ち着いて聞こえるが、息が荒い。

 昨日からの疲れがまだ響いている。


「3階へ上がるか?」

「上がっても追い詰められるだけだ。

 斬れても数人が限度だな、こりゃ。

 身体中が痛くてダルい」

「我はそれでもかまわぬ」


 魔剣ヤン・クオンが無機質で低い声を発する。


「うるせえ、黙ってろ」


 そこへ。


 チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン…


 微かな鐘の音。

 あれは。


「ハンドベルの音!

 ミサキが近くにいる」

「俺には聞こえねえな。

 てか心臓の音がうるさくてなんも聞こえやしねえ。

 どっちだ」

「んー。

 あっち、北の方」


 ミルミルは重そうに足を引き摺って駆け出す。


 北端の部屋は3階も屋根も壁も殆ど崩れて無くなっていた。

 部屋に点在する瓦礫。

 そこは砦の中で一番城壁に近く、その向こうにミサキの乗った粗末な馬車が止まっていた。


「おいミルミル」

「なんだ」

「僕を放り投げてくれ。

 そしたらマリちゃんが多分受け止めてくれる」

「ほー。

 じゃあその次はどうする」

「知らん。

 僕が助かるだけだ」

「このクソイヌがあああぁぁぁぁ!」

「ぐえええええっっ!!」


 ミルミルが僕の首根っこを掴んだまま大手を振って走り出す。

 砦の端まで到達すると馬車に向かってジャンプした。

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


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