25話 だましだまされ
「しかし素人の刺し方だな。
殺るなら根元まで刺してトドメをさせっつーの」
ミルミルが階段の上で、身体を支えるように壁に手を付いて見下ろしている。
マリちゃんとモーリエ以外の者が階段に集まっていた。
部屋の2人はまだ歩く元気は無いのかも。
「刺されてからしばらく生きて苦しみながら死んだな。
出血死ってとこだな」
「アタシ、アタシジャナイヨォォォ!」
「うわああああああああっっっ!!」
「…魔剣、
魔剣を持ったあなたが犯人じゃないですか!?」
突然カロンがミルミルを険しい顔で問う。
「おいおい、可愛い顔してひでえなあ。
俺はついさっき目ぇ覚めたばかりだぜ」
「じゃあ意識が無い間に魔剣がやったんじゃないですか!?
魔剣ならこんなヒドイ事だって簡単に出来るはず!」
泣き顔のカロンがミルミルに詰め寄ってヒートアップしてくる。
チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン!
「はいはーい」
ミサキが呼び鈴用の小さなハンドベルを鳴らす。
彫刻が施された高価そうなハンドベル、あれも実家からくすねたのかね。
「みんなー落ち着いて。
水でも飲んで一旦落ち着こう。
ね、ね!」
ミサキがハンドベルをしまい、代わりにカバンから水の入った瓶を取り出して一人一本ずつ手渡していく。
「ルシアにはリルジットが飲ましてあげて。
この水、カロンが今朝汲んで来てくれたんだよね」
「ううん、夜中に」
「そう。
その時は変わった様子はなかった?」
「ううん、何も。
みんなも、アイリーンも寝ていたわ」
ミサキはカロンの話を聞きながら瓶の水を飲み干すと空いた瓶を外に投げた。
アイリーンもミルミルも水を飲み干すと瓶を外に投げる。
ルシアもアイリーンを真似て水を飲む。
考えてみれば、カロンは昨日の昼から飲まず食わずじゃないのかな。
水を飲み干すとまた遺体にすがり付き泣きじゃくる。
「とにかく一旦みんな部屋に戻りましょう」
「…アイリーンノ身体、ドウスル?
コノママジャ、カワイソウ…」
「死体を動かすのは無理じゃねえか。
そこのルシア?ってのがひっついて離れねえぜ」
「ソレニ!
コノナカニ犯人イル
ダレモ信ジラレナイッッ!」
ここからはミサキの仕事だ。
僕は僕の出来る事をやらなくちゃいけない。
正直ここまでの事態は想定してなかった。
身体の震えが止まらない。
それでも動かなければならない。
マリちゃんと無事にここから出る為に。
犯人の意図が見えない。
全員を殺すつもりなら昨晩簡単に出来たはず。
戦闘経験者の2人が起きれないその時に。
僕は階段を一気に駆け降り、アイリーンの遺体を飛び越えて地上に降りた。
そして振り返る。
遺体の下に広がる血溜まりがイヤでも目に入る。
「カロン!
地下室を調べたいんだ。
来てほしい」
「なんで私が…!?」
「ダルマがアイリーンを殺した犯人を見つけたのかも!
あなたが一番地下室に詳しいから!」
「でも…」
「早く行って!」
ミサキの凛とした言葉に渋々階段を降りるカロン。
ここで「殺人犯を探す」という名目を立てれば動かないワケにはいけない。
僕はただカロンを呼んだだけでそこまでは考えていなかった。
やるな、成金娘。
アイリーンのまだ新しい血の跡が筋となって地下室への階段へと伸びている。
僕とカロンはそれを追って歩く。
「な、何か見つけたの?」
「地下室の方で何かが動いた気がしたんだ」
「じゃ、じゃあ私より強い人の方が…」
「大丈夫。
何かあればすぐ逃げればいいし。
それに僕は大男との戦闘で生き残ったんだぞ」
マリちゃんの肩にしがみ付いていただけだけど。
僕の言葉に安心したのかはわからないが、カロンが大人しく僕の後に続く。
階段の壁には幾つも血の手形とシミが付いていた。
背中に剣が刺さったままのアイリーンが苦労して階段を登った跡だった。
彼女は僕達に助けを求めて途中で力尽きた。
…いや違う、それだけじゃない。
彼女はきっと僕達に危険を知らせる為に必死でこの階段を昇ったのだ。
血の筋は階段を降りたところで右に曲がっている。
そこは確かパサの保管庫。
僕は四足で駆け降りていく。
保管庫の扉は全開だった。
中の様子は暗くて見えない。
「カロン、明かりを付けられる?」
「えっと、確か…」
部屋に入ってすぐ脇に光の魔使石の入ったランタンがあった。
カロンがそれに魔力を注ぎ込み明かりを灯す。
そこは白い部屋だった。
白い羽毛のような花がうずたかく部屋のほとんどを占領していた。
机が一つありそこには銀の管と缶が複雑に絡み合った装置が置かれている。
扉の脇には十程の麻袋が積まれていた。
そして濃厚な甘い蜜の香りが淀んでいる。
「僕は初めて見るけどあれがパサ、
この麻袋の中にパサル―。
この机の装置がパサをパサル―に変える精製器やね」
「そうね…多分」
机の脇、部屋の中央の血溜まりで遺体から続く赤黒い筋は途切れていた。
「ここでアイリーンは背中を刺されたんだ…」
「うん…」
血溜まりの側に不自然な所がひとつ。
熱の魔使石と焼け焦げた床。
魔使石はきっとヒーターに使われていたモノ。
その周りに焦げた布や木片が散らばる。
「彼女はここで火をつけようとした?
熱の魔使石で?」
「熱の魔使石は火打石としても使えるの。
パサってね、
燃やして出た煙を吸ってもハイになれるんだ。
アイリーンはもしかしてここで楽しんでいたのかも」
「違うね。
彼女はそんな事はしない」
「どうしてダルマさんがそんな事言えるの?
彼女はストリッパーよ。
そういう遊びだってやってても変じゃないよ!」
「1日一緒にいてわかったよ。
彼女は清くて正しくて強い人間だって。
言葉使いや職業なんて関係ない。
それは君たちのほうがよくわかってるんやないかな」
「……」
「彼女は僕達が間違ってパサを口にしないよう燃やして失くそうとした。
それかパサを嫌っていた。
ストリッパーで裏の世界を見てきたからこそ。
中毒者をこれまでいっぱい見てきたのかもね」
「…じゃあどうして殺されたの?」
「それより昨日ここはカギが閉ってるって言ってなかったっけ?
アイリーンが開けたのカナ?」
僕は話題を変える。
焦げた木片の中にアイリーンの小さな魂を見つけた。
今にも消え入りそうに灯っている。
「え?
昨日は確かに閉っていたよ」
「じゃあ誰かがカギを持っているって事やね」
「…」
「それより今日の服はさらにボーイッシュやね。」
さらに話題を変える。
今日のカロンもワイシャツに黒いズボン、黒いネクタイも付けている。
腰のベルトからはラチェットまで下げていた。
茶色の革靴の底は炭で黒く汚れている。
「胸になんか巻いてるー?」
カロンはズボンの中からセピア色のハンティング帽子を取り出して被る。
「そうなの。
胸に布を巻いて膨らみを抑えているの。
こうしてたら男みたいでしょー」
「うんうん、男の子みたいー」
「ふふふ。
もしかしてダルマさん、
この部屋のニオイに酔っちゃった?」
「かもかもー。
ふふふー
パサって初めてだからーぁ」
ウソです。
話題をコロコロ変えているのを誤魔化すには酔ったフリが都合がいいから。
「なんで男の子になっちゃったのー?」
「ふふふ、
あははははははっ
だって今日の朝、貴族どもと取り引きをする予定だから。
私も商品だと思われたら困るでしょ」
瞬間、僕の頭は真っ白になった。
な・ん・だ・っ・て?
僕は走り出す。
砦の二階へ向けて。
アイリーンの魂の欠片をパサの山へ蹴り飛ばすのを忘れなかった。
「あっ、こら!」
カロンの声が追いかけてくるのを無視。
僕の役目はカロンをみんなから離して引きとめておく事。
その間にミサキがみんなに状況を説明。
戻ってきたカロンをみんなで騙して縛り上げて。
城国の兵に賊の首謀者として引き渡す。
その程度の単純な計画だった。
賊はいなくなったし、カロンは僕達に協力的だったから油断した。
アイリーンを殺害した上に、自分以外の女性達を売り渡そうと考えていたなんて。
彼女の方がずっと上手だった。
あの容姿と芝居にみんな騙されていた。
地上に駆け上がり砦へ向かう。
2階へ上る階段にアイリーンの遺体が横たわる。
ルシアは彼女にすがり付いて泣いたままだ。
「ルシア、ルシア!
今すぐここから逃げろっっ!!」
何度怒鳴っても軽く噛みついてもルシアは泣いてばかりで僕の話を聞いてくれない。
ごめん、アイリーン。
僕達はキミを丁寧に埋葬する事が出来ないかもしれない。
一番守りたかったルシアさえ助けられないかもしれない。
もし昨晩、ミサキだけじゃなくてみんなに事実を伝えられていたら。
キミが死ぬことを回避できたかもしれない。
それをしなかったのは、マリちゃんを安静に寝かせたいと思った僕のエゴだ。
涙で視界がにじむ。
バカヤロウがっ!
こんな時に泣き虫で弱虫な自分が出てくるなんて。
「クソやろうがっっ!」
自分に叱責すると僕は2階へ駆け上がる。
部屋に飛び込むとその光景に僕はうろたえた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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