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黒の女神  作者: 紗月
空の章
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XI.扉向こうの雨 84

84.



翌朝早く、警備隊の屯所を抜け出たセリナたちは、裏通りに用意されていた小型の馬車まで案内された。

馬に乗れないセリナとアエラを乗せ、御者台にはサイモンが座る。

その周りを、騎乗した3人の騎士が囲んでいた。

薄暗い朝もやの中。

ラグルゼを囲む塀に造られた門をくぐり、街道を逸れて南へと向かう。

「……。」

道が悪いのか、馬車が悪いのか、ひどくガタガタと揺れる。

前に座るアエラの顔色も、心なしか悪いようだ。

(こっちが、普通なんだよね。きっと。)

改めて、これまでの旅路がどれだけ配慮されていたものかを思い知る。

周囲のもやが晴れてくると、林の影が見えた。その影が、木々と認識できる距離まで近づき入り口が姿を現した頃、急に馬車が止まった。

「きゃ。」

衝撃で前方へと投げ出されたセリナは、アエラとぶつかる。

「だ、大丈夫ですか。セリナ様!」

受け止めようと伸ばされたアエラの腕に掴まりながら、なんとか頷いて席へと戻る。

「申し訳ありません。怪我などされていませんか?!」

すぐに声がかけられ、馬車の扉が開けられた。

声の主は、御者のサイモンだ。

「セリナ様。」

外にいたパトリックに促され、セリナとアエラは馬車から降りる。

「2人とも平気よ。どうかしたの?」

「急に、車輪が動かなくなったようです。」

側に来たレイクは馬から降りて、状況を告げる。

ラスティは騎乗したまま周囲に目をやっていた。

馬車の下を覗き込んでいたサイモンが、立ち上がる。

「……石を跳ね上げたようです。車輪に挟まってしまっています。」

「すぐに直せそうか?」

レイクの問いに、サイモンは目を伏せる。

「いえ、ここで直すのは少し難しいかもしれません。ずいぶん強く食い込んでいるので。」

ちらりと馬車に目を向けてから、レイクはセリナの前に膝をつく。

「申し訳ありません。お聞きのとおり、この先、この馬車を使用することはできなくなりました。」

「そんな……。」

レイクと馬車を交互に見て、セリナは突然の話に困惑する。

「そんなに修理が難しい? 我々も手伝うことくらい……。」

不服そうな表情でパトリックが告げ、馬車の下を覗き込む。

「…………。」

「パトリック、どう? 直せそう?」

不安げに問うセリナに、立ち上がったパトリックは自分の首を押さえる。

「いえ、どうやら……サイモン殿の言うとおり難しいですね。確かに、使えそうにありません。」

「ディア様と侍女は、馬には乗れないと聞いています。馬車が使えない今、この先どうするかを検討しなければなりません。」

レイクの言葉に、セリナは森を眺めて途方に暮れる。

「どうするか、って。」

「計画を変更するか、中止するか、ということです。」

馬を降りたパトリックが、言いながらセリナの隣に立つ。

「中止って、引き返すってこと?」

「そうですね。」

「中止……ここまで来て。」

思わずセリナは愕然とした声を出した。

「代わりの馬車を用意するにしても、街に戻らなくてはいけません。そこから再出発となれば、時間的に厳しい行程です。人目を避けるなら、なおさら慎重さが求められます。今日、再び動くのは難しいでしょう。」

一度言葉を切って、レイクはさらに続ける。

「今日は天候も不安定のようですし、一時延期も視野に入れて計画変更についてご相談を。」

ラスティとパトリックは顔を見合わせる。

「延期……と仰るが我々にはあまり時間がない。」

「どうされますか、セリナ様。」

「……。」

隣でアエラが心配そうに眉を寄せた。

厚い雲に覆われた空は、日の出の時間になっても太陽の姿を隠したままだ。

「今日、再び動けないということは、早くても1日伸ばすことになります。視察の滞在中には戻れますが、ギリギリですね……。向こうの状況を考えるとリスクが増えます。」

イサラが巧く立ち回っているだろうが、もう1日伸ばすとなると視察の間中抜けていることになる。

そうなれば、塔から抜け出したことがばれる可能性が高くなる。

もちろん、ここに潜んでいることがラグルゼの警備隊員にばれる可能性も、だ。

「万全の体勢でないなら、一度引くことも選択肢の1つです。」

言いながらラスティはセリナに目を向けた。

「中止なんて……せっかくここまで来たのに。こんなチャンス、もう二度とないかもしれないのに。」

(1日伸ばす、とは言ってくれているけれど。きっとここで引き返したら、今回碑石に行くことはできなくなる。)

塔へ帰るための魔法陣も、準備があるはずだ。

いたずらに日を変えることが、多大な迷惑をかけることは明らかだ。

(どうしよう。)

見つめてくる仲間たちの視線に、決定権を預けられたことを知る。

計画を強行するリスクと、延期するリスク。

中止にかかる安全性とリターンの放棄。

考えつく選択を思い巡らせて、セリナは握った両手に力を込めた。

「このまま、先に進むことは……可能?」

セリナの台詞に、パトリックたちはレイクに顔を向ける。

「先に進むということでしたら、ディア様と侍女のお2人にも騎乗して移動していただかなければならないでしょう。」

「え? 馬にですか!?」

驚いたようにアエラが声を上げる。

「えぇ。」

答えたレイクに、ラスティが補足する。

「セリナ様とアエラには、我々の馬に同乗してもらうことになります。」

連れて来ている馬の頭数は限られているし、そもそもセリナもアエラも1人では馬に乗れないのだから当然と言えば当然の話だ。

それ以上の発言を控えてアエラは小さく頷いた。

硬い表情のままセリナは、ラヴァリエの2人を見つめる。

「……。」

「セリナ様がそう決めたのなら、我々は従いますよ。」

パトリックの言葉に、セリナは頷く。

それを見ていたレイクは、心得たというふうにサイモンに指示を出した。

「馬車の馬を、サイモンが使え。ディア様たちは、ガーディナーの馬へ。止まったついでです。皆、ここで食事を摂っておきましょう。その間に、馬車を脇に寄せておきます。」

てきぱきとした動きで、レイクは馬車に積んでいた荷物を下ろすと、ラスティに渡す。

ラスティは中に入っていた軽食と飲み物を、それぞれに分けて行く。

車輪が動かなくなった片側を、レイクとパトリックが持ち上げつつ、サイモンが馬車を茂みへと移動させる。

馬の綱を解くと、サイモンは慣れた手つきで、御者台の下から取り出した馬具を手に、準備を進めた。

周囲に気を配りながら、ラスティはパトリックに近づく。

「石が嵌るとは、とんだ災難だな。」

「あぁ、いや。それが……。」

言葉を交わしているところに、セリナがやって来た。

「こんなことになるのなら、もっと早く、乗馬を習っておけば良かったわ。」

悔しそうにセリナが呟く。

「その方が機動力も上がるよね?」

まぁ、それはそうですね、とラスティが困ったように応じる。

「とにかく、この先は乗せてもらうことになるけど、2人ともよろしくね。」

「お任せください。」

「お気になさらず。」

パトリックとラスティの返事を聞いて、セリナの隣に並んだアエラも頭を下げた。

「食事を摂ったら、すぐに出発ですから。アエラ、セリナ様を頼む。」

「はい!」

ラスティに促されて、2人は急いで手にしている食事を摂る。

「ナクシリア殿、ライズ殿。」

呼ばれて騎士たちが、振り返る。

「このような事態になり、申し訳ありません。」

一行の側に寄ったレイクが、謝罪を口にする。

「石が嵌るのは、レイク様たちの責任ではありません。」

応じたラスティを横目に、パトリックはサイモンに視線を向けた。

「馬の準備は?」

「問題ありません。いつでも出発できます。」

「今のところ、周囲に異常はないようですが、計画の変更に伴い、より一層警戒して案内に当たります。女性方の準備ができたら、出発しましょう。」

「はい。」

頷くパトリックに、ラスティも目を伏せる。

女神に引き返す意思がない現状では、彼らは前に進むしかない。


目に警戒の色を走らせ、騎士たちは何気なくセリナの周囲を固めるようにばらけた。


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