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黒の女神  作者: 紗月
空の章
32/179

Ⅳ.標されたもの 31

31.



「いや~、助かったわ。ありがとうね。買い付けた肥料の重量がなかなか厄介でねぇ。」

「いえ、私たちも帰るところでしたから。」

花籠を両手で抱えたセリナは笑顔で嘘を吐いた。

それはそれで問題だが、その後ろで尊敬の表情を見せているアエラもそこそこ問題である。

重そうですね、良かったら手伝いましょうか?と声をかけたセリナは、数秒後には花籠を抱えていた。

すっかり花売りになりきった2人は、辺りを気にしながらも広場を横切ると東門をくぐる。門の下には、衛兵が立っていて人の出入りをチェックしていた。

「よぉ、グレイシア。見慣れない顔連れてるじゃないか。」

(!!)

心臓が飛び跳ねた。

いっそ走り去りたい衝動に駆られるが、それでは怪しすぎる。

「はは、いいだろう? 今日は娘の代わりに、優しい娘さんが2人も手伝いに来てくれてるのさ。」

(え?)

無意識に花篭で顔を隠していたセリナだったが、感じた違和に目の前の女性の背中を見た。

「新入りかい? 娘さんは?」

「元気でやってるよ、今日は店番さね。そうだ、せっかく声をかけてくれたんだ。何か買うかね。」

「いや、今日はいいよ。仕事中だ。」

「たまには彼女に花でも贈ってやりなよ。」

「あぁ、そうだな。また今度な。」

「まったく、どうだか。」

笑いながら早く行けというように手を振って門番は花売りから視線をはずした。

人波に視線を向けた門番に、じゃぁねと声をかけてグレイシアはセリナたちを見た。

「じゃ、行くさね。」

「はい。」

こうして門を通り堀にかかった橋を越える。

外門では、出て行く人間に頓着していないのか、あっさり通過できた。

門からしばらく歩いたところで、グレイシアは歩みを止めた。

「さてと、店はすぐそこなんだ。ここまででいいよ。ありがとうね、お嬢さんたち。」

「い、いえ。……お店まで持って行きますよ。」

「気を遣うこたぁないよ。」

セリナの申し出にグレイシアはにやりと笑う。

「どこかへ出かけるつもりなんだろう?」

「え……。」

完全に不意をつかれた質問に、言葉と態度は正直に答えた。

「ははん、やっぱりね。んま、王宮出入りにも年季の入ったこのグレイシアさね。何も隠すことじゃないよ。」

「……。」

何を言い出すんだろうとセリナは息を詰めた。

背後からアエラの緊張が伝わってくる。

「あんたたち、見ない顔だ。新人メイドだろう? 安心しな、告げ口なんて野暮なマネはしないから。若いうちはね、そうやって羽目をはずすことも必要なんだよ。」

そう言って、にかっと太陽みたいに笑う。

「閉じ込められてるわけじゃなくとも、飛び出したくなる時もあるだろう。だから協力してやることにしてるのさ。今までも、何度かお嬢さんたちみたいな子に会ったことがあるからね。」

セリナは、さっきの違和感がなんだったのか理解した。

(会ったばかりなのに、まるで前から知り合いだったみたいに紹介したからだ。門番に悟られないようにするために。)

「逃げ出そうって顔じゃないからね、行きたいところがあるんだろう? 恋人ってところかね。さぁ、行きな。時間は待っちゃくれないんだから。」

敢えて肯定も否定もせず、セリナは頭を下げた。

「ありがとうございました。」

「礼は、次に会った時に花の一輪でも買ってくれればそれで十分。気をつけてね。」

セリナはもう一度頭を下げた。

花籠をグレイシアに返すと、アエラも同じように会釈をした。

「よっと。」

2人の抱えていた花籠を棹の両端にかけると軽々と持ち、グレイシアは通りの奥に消えていった。

(そうだよ、本当に1人で持ちきれないほど重いわけない。)

そう気づいて、セリナはもう一度心の中で礼を述べた。



「ここは東の大通りです。中央通りと平行に走っていますから、このまま南へ行きましょう。」

アエラの言葉で歩き出す。

両側にお店の建ち並ぶ通りは路地も人も多く、この先はアエラの案内が頼りだ。

「徒歩での往復は時間的にも距離的にも無理だから、途中で馬車に乗るって言ってたわよね。」

「はい。えぇと、えぇと。決めたルートは、少し行ったところの停留所から乗合馬車に……。」

「アエラ、足下! 段差気をつけて!」

「え? は…うきゃあ!」

考えながら歩いていたアエラは、セリナの注意も空しく段差に足を取られバランスを崩した。

やっぱりまたやった、という思いが一瞬だけセリナの頭をよぎる。

2段の階段を下まで踏み外したアエラは、石畳に座り込んで力無く笑った。

「す、すみません。わたし、ほんとに注意力不足で。」

「大丈夫? 立てる?」

「はい、これくらいなんとも。」

立ち上がったアエラの膝からは血が出ていた。

「ケガしてるじゃない、大変!」

手当と言ってもなんの道具もない。焦るセリナに、柔らかい声がかけられた。

「おやおや、大変だこと。どれ、見せてごらん。」

どっしりとした女性が、徐にアエラに近づく。

「軽い擦り傷だね。捻った感じはないかい?」

「はい、平気です。」

「アンタ、ちょっと来とくれ。」

女性がそう声をかけると、ヒゲを生やした男が馬車を引いて寄ってきた。

馬車に積まれた荷物の中から水と小さな箱を取り出すと、手早くアエラの手当を始めた。

「これでよし。歩けるかい?」

「はい、ありがとうございました。」

アエラが恐縮したように頭を下げた。

「ありがとうございます。」

感心しながら見ていたセリナも礼を述べる。

「アエラ、歩きにくくない? 手を貸そうか?」

「そ、そんなとんでもない。」

アエラに手を出しながらも、セリナはその場を立ち去ろうと足を出す。

「ちょっとお待ち。これからどこかに行くつもりかい?」

女性に尋ねられ、セリナは僅かに逡巡してから正直に答えた。

「はい、シスリゼ教会に。」

「シスリゼ?」

セリナの答えに女性は少し首を傾げた。

彼女の反応に不安を感じながら言葉を続ける。

「町の南にある……。」

「そんな教会あるのかい?」

セリナにではなく、隣に立つ男を見上げて問う。

「……町の外れに。海の神の教会だ。」

「へぇ、知らなかったよ。」

(有名じゃない教会、なんだ。)

態度から推察して、不思議な気分になった。

「外れまでは行かないが、私たちも南に行くんだ。良かった乗って行く?」

「え!?」

「その子も足を怪我してるし、歩かすのは忍びないよ。アンタも、いいだろう?」

「あぁ、乗ってくといい。」

「こうして会ったのも何かの縁。遠慮せず、さっさとおいで。」

そうして女はにっこりと笑う。

願ってもない話に、セリナとアエラは目を丸くして顔を見合わせた。

「なあに、話し相手になってくれってことさ。ほら、ぐずぐずしない!」

快活に促されて、セリナもアエラも馬車の荷台へと上がる。荷台にはいくつもの箱や布生地、型紙などが載せられていた。

前の御者台に女性も乗り込み、最後に男が座ると馬が歩き出す。

(な、なんかすごい勢いで事態が転がってく。まさにケガの功名だわ。)

アエラを横目で確認して、セリナは状況を振り返る。

(実はアエラって、スゴイ才能の持ち主かも。)

果たして、その真相は闇の中である。







「あたしの名前は、ファファ。こっちは夫のダン。町で小さな仕立屋を営んでるんだ。あんたたちも、なかなかいい服着てるじゃないか。」

嬉しそうにファファは自己紹介をした。

「私はセ……あ。」

途中で本名を名乗っていいのか不安になって、中途半端に言葉が切れた。

「わたしはアエラです。」

ごまかそうとアエラが畳みかけるように名前を告げた。

「ふんふん、セアちゃんとアエラちゃんね。」

ファファの誤解に便乗してセリナはにこりと頷いた。

「2人はなんだって、シスリゼ?の教会に?」

ただの好奇心だろうが、ファファがいきなり核心に触れてセリナは狼狽した。アエラを見るが、彼女もポンポン嘘が飛び出てくる性格ではない。

「シスリゼは海の神シーリナを祀ってる。海の神の加護を受けたいなんて、海を渡る気か?」

「いえ、そういうわけでは。」

ダンの質問にセリナは正直に答える。ここで嘘をついても困るだけである。

「君らみたいな若い娘が行きたいなんて珍しいな。用があるのは漁師か船乗りかその家族くらいだ。」

話の流れがあやしくなってきて、セリナは体に力が入る。

言葉を継いだのはファファだった。

「そうねぇ、2人とも港町の娘には見えないし、誰か知り合いが船旅にでも出るのかい?」

セリナとアエラは顔を見合わせて、小さく頷きあった。

「え、えぇ。父が。」

アエラの選択にセリナも口裏を合わせる。

「そう、父親が。」

「なんだい、あんたら姉妹かい? 似てないねぇ。」

その言葉にアエラがギョッとした顔をする。

―――「滅相もない、そんな畏れ多い!」

アエラの言葉を遮って、セリアは言い直す。

「いえ! アエラの! 父親が、です。」

「あら、そう。」

実際、アエラの口から出たのは「めっそ」という不可解な単語だけだった。続きを飲み込んだアエラは、妙な顔のまま動きを止める。

「私は、いわば付き添いです。」

あははと乾いた笑いで会話を流す。

「船旅か……珍しいね。アッシリア大陸にでも?」

話は中心人物たるアエラに向けられる。弾かれたように動きを取り戻してアエラは応じた。

「と、とんでもないです。えぇと、あの、リチア島へ。」

「リチア? ははは、なんだ、すぐ近くじゃないか。悲壮な顔してるからてっきり今生の別れにでもなるのかと思ったよ。」

ファファとアエラの会話にセリナは心の中で「?」を飛ばす。地名を言われてもぴんとこないので、アエラに任せるしかない。

ただ、アエラが思いつきの嘘をなんとか形にしようとしているということはわかった。

「えと、悲喜こもごもいろいろありまして、父がリチア島へ行くことになったので、旅の無事を祈ろうとですね。」

「そうかい、感心な娘さんだねぇ。あんた出身は?」

「グラトラです。」

「ははぁ、割と南部だね。心配することないさ、リチアも国内。ちゃんと防壁に守られてる。」

ファファに続いてダンも肯定の言葉をかける。

「リチアならあの辺の船乗りにとっちゃ庭の中。リジャルからなら何日もかからない安全な航路だ。」

「はい。」

彼らのやりとりで、セリナは大まかに事情を把握する。ティリアと何度か見た地図を思い描くが、地名の場所までは出てこない。

(この国の南に海があったわね。)

位置関係はわからないが、大陸も島も町もここより南にあるのだろう。

「心配する気持ちもわかるけどね。」

そう言ってファファはアエラの頭を撫でた。

「大丈夫。そういう想いってのは、ちゃんと相手に届くもんだよ。」

「はい。」

気恥ずかしいのか、バツが悪いのかアエラは曖昧に笑った。

「グラトラねぇ。南部の方には、シーリナの教会は多いのかしら?」

「いえ、私の住んでいた町にはなかったと思います。知らないだけかもしれませんが。」

「私もこの町に長いこと住んでるけど、シスリゼ教会は知らなかったしね。グラトラっていうと……。」

そうして世間話に花が咲く。

(会話に支障がないってことは、グラトラという町がアエラの出身地って話は本当なんだ。)

御者台に座っているダンに目を向けて、セリナは口を開く。

「シーリナ……海の神を祀っている教会って珍しいんですか?」

ちらとセリナを見てから、ダンは答えた。

「あぁ、珍しいだろうな。水の神を祀ってるところなら国中どこでもあるが、シーリナとなると海に近い南方の港町にあるくらいだろう。まぁ、ここは王都だから、いろんな教会が建ってるのは不思議なことじゃない。」

人懐こい笑みを浮かべながら馬を御する。

「あんたは、どこから? あっちの子と同じグラトラか?」

「いえ……。きっと、名前も聞いたことないと思いますよ。」

小さく笑って、セリナは付け加えた。

「すごく田舎なんです。」

「そうかい。」

セリナの言葉に感じるところがあったのか、ダンはそれ以上追及しなかった。

「シーリナの教会を訪ねるのは、船乗りって言ってましたけど。航海者は、あまりいないんですか?」

閉じかけた会話の端を掴んでセリナは口を開いた。

「さぁ、ここらじゃ聞かないが、海辺じゃどうかなぁ。まー、思うにわざわざこの国を出てまで、大陸を渡ろうなんてのは奇特な人間だろうな。」

「え?」

揶揄するように笑われて、セリナは思わず聞き返した。

「あぁ、いや。もちろん危険な大海に自ら出て行く連中はいるがね。」

前を見たままダンは言葉を続ける。

「リチア島くらいなら船で渡るのも日常茶飯事だが、海に乗り出す航海者は命を張った輩だな。だから、シーリナがあまり一般的じゃないってことに繋がる。」

(海外旅行とか、この世界にはあまりないんだろうな。)

それはセリナにもなんとなくわかった。

国全体が魔法壁で覆われているくらいだ。そう簡単に国外へ出て行くことはないのだろう。

(閉鎖的とは違う……安全性とか概念の問題。国境を越えることが一般的じゃないだけ。)

「安全だとしてもおれはこの国を離れたいとは思わないけどな。」

「そう、なんですか?」

ずいぶんと好意的な言葉にセリナは問い返す。

「あんたはそうじゃないのかい?」

「え? えと……。」

逆に聞き返されて言葉に詰まる。

ははっとダンが明るく笑った。

「この国にはあの王様がいるから。」

思いがけない台詞に目を丸くした。

「見たことあるかい? この国の国王陛下様を。」


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