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黒の女神  作者: 紗月
空の章
21/179

Ⅲ.己の立つ場所 20

20.



アエラは扉を静かに閉めるとため息をついた。

補佐役のイサラに呼び出されいくつかの用事と苦言を呈されたばかりだ。

先日もクルスへの取り次ぎのことで注意されたのだが、また失態を重ねてしまったらしい。

らしい、というのは話が「もっと落ち着いて行動しなさい」という一般的な注意に留まったからだ。

国王の賓客にも位置するセリナの侍女が、頼りないのを心配しているのである。

(多分、昨日廊下で人とぶつかった件が耳に入ったんだわ。)

「どうして、わたしってばこうもっとスマートに振る舞えないのかしら。」

イサラは言うまでもないが、総じて侍女と呼ばれる者は冷静かつよく気が利く。

すぐにわたわたと慌ててしまう自分とは大違いだ。

「自ら願い出た役目だもの。もっとセリナ様のお役に立てるように頑張らなきゃ。」

やる気が空回りする、ということには気づかず、アエラは決意も新たに背筋を伸ばした。

手元にある手紙を見てさらにひとつ頷く。

マリン家から届いたアエラ宛の手紙は、先程イサラから渡された物。行儀見習いから専属侍女へと変わったことを知らせる手紙を出していたのでその返事が届いたのだ。

(きっとすごく喜んでいるに違いないわ。)

自然と緩む表情を隠そうともせず、アエラはその手紙を胸に押し抱いた。











王の執務室隣の応接室に2人の男がいた。

部屋には、万が一にも会話が外へ聞こえないように結界が張られている。

ソファの真ん中に座っているジオはちらりと下座にいる男に目をやる。

「それで、報告とは?」

聞かれた青年は、黙礼してから口を開いた。

「先般、ラトル郊外の廃屋が焼失した件については、既にお聞き及びかと思いますが……そのことに関して新しい情報が上がっています。」

一度言葉を句切り、青年―ロンハール卿は王に視線を向ける。

王都より東の町・ラトル。

その郊外にある住民不在の空き家に、このところ頻回な人の出入りが見られていた。

不穏な動きありということで調査対象となっており、第2騎士隊の指揮下で中央警備隊がその任務に当たっていたのだが、先日その屋敷は全焼してしまっている。

「ご存じの通り、警備隊が調べに入る前夜の火事です。放火の疑いが強く、何者かがこちらの動きを察して証拠隠滅を図ったものと思われます。」

ジオは無言で頷く。

「その後の調べで、建物の持ち主は数年前に他界しており、親類筋も今回の件との関わりは見つかりませんでした。たまたま、廃屋が利用されただけと考えて良いでしょう。そして、焼け跡から王都の地図とエントの紋章と思われるものが発見されました。」

「エントの紋章?」

眉をひそめたジオの言葉を受けて、ロンハール卿は瞳を細めた。

「これが見つかった紙片です。」

透明な袋に入れられた端の焼けこげた紙を机の上に置く。

「よく目にする……ひとつ目を持つ古老樹を本の表紙に描いた絵……智慧の書を表す紋章。」

「賢者ノアのしるしだな。」

卿の説明の後を継いで、口元を隠したままジオは難しい顔をして告げる。

深く頷いてロンハール卿は、補足するように口を開いた。

「はい。正確に言えば、これはその標を魔法陣の中に描いたもの。“エンヴァーリアン”と呼ばれる新興勢力が好んで使う紋章だとか。」

「エンヴァーリアンだと?」

ぐっと眉間にしわを寄せて訊く。

「彼らは、ノア=エンヴィリオの熱狂的信者たち。ここ数ヶ月の間に急速に勢いを付けてきています。騎士隊の動きを察知したのが、彼ら自身の力なら侮れませんし、動向には注意が必要です。」

どんな手を使って情報が伝わったかは不明だが、王宮の騎士団が後れをとったことは認めざるを得ない。

ジオは組んだ手を解きソファに背を預けると、ロンハール卿を見やった。

「“エンヴァーリアン”か。それは女神の敵なんだな?」

「えぇ、残念ながら。彼らは頑なにノアの予言は本物だと信じています。女神が災いを起こす前に排斥すべきだと。」

「なるほど。予言を頑なに信じている者たちか、やはりそういう輩も存在するのだろうな。」

ノアの予言は有名だ。

ただでさえこの国の民なら一度は耳にしたことがあるだろう言葉だが、セリナの登場以降人の口に上る回数は爆発的に増加している。

大部分の者は、その予言に不安を感じながらも頭から本気で信じているわけではない。

それでもできるなら関わり合いにはなりたくないだろうし、何事もなく過ぎ去ることを望んでいる。

「概ね、議会や諸侯たちは女神に好意的のようですがね。」

ロンハール卿の言葉に、はっとジオは短く笑った。

「好意的か。」

それは善意ではなく、利用価値があると思っているからだ。

「いずれにせよ、何か企んでいる連中が動いているのは間違いなさそうだ。引き続き調査を怠るな。」

「御意。それからもう1つ。最近、街の方で少々気になる存在があるのです。」

ジオは警戒したように表情を厳しくし、無言で先を促す。

「部下を見張らせていますが、まだ正体が掴めません。」

「“エンヴァーリアン”以外にも、不穏な動きをする者がいると?」

目を眇めたジオに卿は頷き、それに、と言葉を継ぐ。

「北庭の神殿に紛れ込んだ者がいると聞きました。」

「先日クルスと共に、結界を強化してきたところだ。」

「巫女姫が来られるとのこと。何か仕掛けられたとすれば、穏やかではないと。」

「そうだな。しかし、異常は何もなかった。まぁ、これより先、巫女姫の祭礼が終わるまでは、無用の侵入は許さない。」

ふと息を吐いて、ジオはソファにもたれた。

「元々、とりあえずの人避けに張った軽易な結界だ。ある程度魔力を持つ者なら越えるのはそう難しくない。ひとまず、庭の件はクルスに任せている。」

「そうですか、異常がないのならば良いのです。ただ……こちらで把握している者たちに大きな魔力は感じられませんでしたので、あるいは第3の存在かもしれません。」

眉を寄せたジオに、深々とロンハール卿は頭を下げた。

「何かわかればすぐに報告しろ。」

「承知いたしました。」











「標?」

リュートが手にした紙を眺めて、セリナはへぇと呟く。

紙の正体は、神殿が謁見を申し込んだ時に付けて来たセリナ宛の書簡だ。

リュートに代読してもらったが、実のない挨拶口上ばかりだったので、早々に切り上げ、それより興味を引かれたモノに話を変えた。

それが紙の上中央にエンボス加工された紋章だった。

レタリングされた文字と周りを囲む環。葉っぱが連なるその環は、セリナの知っている月桂冠のサークレットに似ていた。

「これが? 神殿の?」

「はい。」

「へぇ、綺麗ね。おもしろい。あ、じゃあ、廊下のタペストリー。あれはこの国の紋章?」

リュートが小さく笑って応える。

「代々王家に伝わる由緒正しい紋章です。」

立ち上がる獅子の絵は、城のあちこちで見かけるが、今まで気にしたこともなかった。

「まさか、リュートも紋章を持っているの?」

「エリティス家はもちろんですが、騎士団でも各隊にその章が。いずれも所属を表す大切な物です。」

「騎士団にも?」

セリナはリュートに視線を移す。

「我々“ラヴァリエ”は高潔なる白百合。他にも近衛騎士隊は通称“メビウスロザード”と呼ばれ、薔薇と剣の意匠を身に纏います。第2騎士隊“フェアノワール”は黒き白鳥を、といった具合です。」

「わぁ、覚えるだけでも大変そう。」

「まだマーラドルフ女史からは教わっていないのですか?」

何気ないリュートの言葉に、セリナは大きなため息をついた。

「うわ。そのうち叩き込まれたりするのかな、そういうのも。」

がっくりと肩を落とすセリナに、リュートが心中察したように苦笑した。

「騎士団の団章なら、西の棟にお越しの際にいくらでもご紹介できますよ。」

おや、と思いながら、好奇心を浮かべた瞳でセリナは顔を上げた。

「リュートが教えてくれるの?」

西側は武官の部屋がある。馬小屋や訓練場などがあるのも西だ。

以前、ティリアがそのうち一緒に訓練場へ見学に行ってみましょうと誘ってくれてはいたが、まだ機会がなくそちらへ行ったことはなかった。

当然、リュートがたくさんの人がいる場所を案内するというこんな話題を出したのも初めてだ。

「えぇ、セリナ様がお望みならば。」

その答えに、セリナは思わず笑いをもらす。

「それなら楽しく覚えられそうだわ。」

セリナの台詞に面食らったようにリュートが言葉に詰まった。

「きっとよ、リュート。約束ね。」

セリナは何気なく小指を立てて右手を差し出す。

「?」

不思議そうな顔をしたリュートに「あ。」と呟く。

「こちらではしないのかな? いいや、リュートも右手出して。」

「は、はい。」

リュートは預かっていた紙を落とさないように左手に持ち変えた後で、言われるまま右手をセリナの前に出す。

「あちらではね、約束する時にこうするの。」

言ってセリナは自分の小指をリュートの小指に絡めた。

武人らしく剣を持つリュートの手は大きく固かった。

「セ、セリナ様!?」

慌てて手を引こうとするリュートの手を左手で押しとどめる。

そのまま繋いだ右手を顔の前に持ち上げて、にっこり笑って見せた。

「約束。」

目を白黒させていたリュートだったが、ようやく表情を和らげた。

「……はい、お約束します。」

リュートの言葉に満足げに頷いて、セリナは指を解く。

「ふふ。」

約束の言葉が思いのほか嬉しくて、いつになくはしゃいだ様子を見せてしまうが、リュートも何も言わず頬を緩めた。

「うーん、それにしても、巫女姫様ってどんな人なんだろう。リュートは知ってる?」

セリナはリュートの手から読めない書簡を受け取ると、それをかざす。

「いえ、私も遠目から見かけたことがある程度なので、ご本人を詳しくは知らないのです。大神殿の巫女姫ともなれば、あまり神殿の外へ出ることもありませんし。ただ、魔力が高くあらゆる精霊と会話ができると聞いています。また、とても清廉で美しい人だと。確かに、巫女姫として神殿をまとめ上げられるというのは、その才に加え人望も必要でしょうから……セリナ様?」

むぅっと唸ったセリナに、リュートは言葉を切った。

(なんか絵に描いたように完璧な人っぽい? 緊張する。)

「18日って、もう明後日だね。」

「神殿からの一行はもうこちらに向かっているはずです。予定では、到着は18日の昼頃。それから、巫女姫と謁見があり、北の神殿へ場所を移し祭礼を行うとなっています。」

頷いただけで声を出さないセリナ。

リュートが何気なく言葉を継ぐ。

「当日は側近くに控えておりますので、何かあればいつでもお呼び下さい。構えることなくそのままのセリナ様でお会いになればよいと思いますよ。」

はっとしたように視線を上げると、リュートが優しい表情を浮かべていた。

不安や緊張を見透かされていたようで、頬が熱くなる。

「う、うん。ありがとう。」

よし、と小さく声に出し、1人でうんうんと頷くセリナに、リュートが気づかれないように笑みをこぼしていた。


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