表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

それぞれの明日(2024年編集)

 ~ 警視庁 警視総監室 ~


 佐久間は、安藤と、警視総監の布施に、事後報告をしている。


「この暴れん坊め、今回も、大変だったぞ」


「申し訳ありません。東京高等検察庁長官(髙山さん)は、何と?」


「『今回は、迷惑を掛けて済まなかった』と、一言だけあった」


「もっと、騒がれるかなと、覚悟していたのですが」


「報道機関が、この件には触れていないし、芝﨑自体、逮捕される事を想定し、お前に会う前に、辞表を出していたのが、功を奏した様だ。あれが無かったら、全国ニュースで、報じられていただろうからな」


警察組織(我々)は、記者発表を控えたし、検察組織(向こう)も、即座に火消しに奔走した結果、この程度で済んだ。それを、互いに口にしなかったのだろう。上層部の一言には、十の意味があるから、恐ろしい)


「そうですか、それは良かった」


「ただ、それは、表向きなだけだろう。検察組織は、佐久間警部(お前さん)の事をよく知らない。普通に考えてみろ?同じ公務員とは言え、一般職の刑事が、総合職採用者(キャリア)の検察官を逮捕したと、捉えられる。だから、全国中の検察官に、名前を覚えられる事になる。佐久間警部(お前さん)の経歴は、上層部しか知らない、重要機密情報(トップシークレット)だからな。今頃、検察組織(向こう)の内部では、芝﨑に関する、全ての履歴を、もみ消しているだろう」


「裁判を控えているのにですか?」


「だからだよ。一連の事件は、組織として、何も知らないし、関与していなかった。()検察官の仕業ではなく、あくまでも、個人の仕業だと、整理するしかあるまい。それが、組織を守る事に繋がるからな」


(どの世界も、一緒か。使えない者は、即座に、トカゲの尻尾を切られる)


 布施は、最後に、佐久間に注文をつける。


「まあ、事件が解決出来たのだから、今回の揉め事は、不問とする。但し、一言、釘を刺しておくぞ。検察組織とは、仲良くしないと、互いに首が絞まるから、これ以上は、御法度だ。組織同士、互いの立場を尊重し、同等の位置付けで、接していく様に」


「申し訳ありませんでした。肝に銘じます」



 ~ 芝﨑直人の逮捕から、二日後 ~


 芝﨑逮捕の報は、検察組織のみならず、警察内部でも話題となった。佐久間より、内偵捜査を依頼されていた、静岡県警察本部捜査一課は、静岡県警察本部の浜北警察署、地域課の榎田が、状況確認だけで、森田健人が、森田和子を殺害後、火を放ったと、結論付けた事について、榎田を事情聴取した結果、清水喜一に買収されて、嘘の証言をした事が発覚し、その場で、緊急逮捕となった。


 榎田は、その後の捜査で、森田夫婦以外の事件でも、度々、不祥事をもみ消した事が発覚し、裁きを受ける事になる。懲役七年八ヶ月の実刑を言い渡された榎田は、静岡県刑務所に収監となった。


 佐久間から、苦言を呈されていた、地域課長の長峰も、引責を取る形となり、同日のうちに、依願退職した。



 ~ 芝﨑直人の逮捕から、八ヶ月後 ~


「主文、以下、被告人を、無期懲役に処す」


 芝﨑は、情状酌量の、余地はあるものの、公務員としての責務を、放棄したものと見なされ、無期懲役の判決を受け、控訴しなかった為、量刑が確定し、千葉刑務所に収監される事となった。


 桐原芳江と、田所真一の裁判も終わり、それぞれが、服役している。桐原芳江の裁判は、十五年前の森田健人所有の土地を巡った、時任英二と清水夫婦の陰謀、八年前の森田みくる誘拐事件の真相、本田智恵、桐原勇作、清水夫婦、森田夫婦、時任英二の事件まで、関連性が問われる事から、数回に分けて、法廷が開かれた。


 桐原芳江には、殺人教唆罪が適用されたが、『家族を守る為の行為』であったものとして、情状酌量が認められ、無期懲役ではなく、十五年の実刑が下された。田所真一については、桐原芳江を助ける為の、行為であるものの、初犯ではあるが、己の快楽の為に犯行に及んだと、八年の実刑が下された。


 近藤太一であるが、『桐原芳江より、提供を受けた食事を、手渡しただけ』だと、無罪を主張した。八年前の事件では、清水夫婦の宴会には参加したが、犯行には加担していない、疑いもしなかったと、関与を否定した。これに対して、検察側は、桐原芳江と結託し、清水夫婦を死に至らしめた張本人である点と、隙あれば、清水喜一の金銭を搾取する、常習性を指摘し、森田みくる、本田智恵に付着した衣類から、検出されたDNAが一致した為、清水夫婦に加担したものとして、死刑を求刑し、無期懲役の実刑判決が下った。


 時任英二、清水喜一、清水博美は、被疑者死亡のまま、書類送検された。


 こうして、全ての者に対して、法の裁きが下ったのである。



 ~ 九月十三日、東京都中央区月島 ~


 森田みくるの墓前で、佐久間は、松崎金物店の店主と共に、事件の顛末を報告している。


「八年前、森田夫婦と、この世を恨んだが、やっと成仏出来るだろう」


「真犯人に辿りつけたのは、森田青果店のお陰です。そして、松崎さんの、協力なしでは、解決出来ませんでした。警察組織(我々)は、捜査する機関ですが、関係者の力を借りないと、何も出来ないのだと、改めて、思い知りました」


「そんな事は、ない。普通の刑事なら、途中で諦めるか、迷宮入りしたはずだ。十五年前の事と、八年前の事を、時系列に紐解いて、今回に結びつけるのは、あんたぐらいなもんだ。誇って良いぞ」


(………)


「ありがとうございます。…ただ、一点だけ、気に掛かる事があります」


「何だ、気になる事って?」


「森田みくると、森田夫婦の墓が別々だし、桐原勇作に至っては、納骨すら出来ていません。他に身寄りもない様だし、このままでは、無縁仏となってしまう。可哀相だと思いましてね」


「その点ならは、大丈夫だ。実はな、商店街の皆で話合って、月島のお寺で、面倒見て貰える様、手を打った。みくるちゃんだって、その方が嬉しいだろうし、森田夫婦だって、月島を愛してたからな。静岡県にある墓を、墓終いして、月島に移す手配も済んでいる」


「本当ですか?それなら、安心です。後は、桐原勇作の件なのですが…」


「十五年前、桐原芳江が、森田夫婦の元へやって来た時、奥さんから、紹介されたよ。その時、実は、三人兄弟だと、知っていたんだが、森田夫婦から、きつく口止めされていたから、刑事さんにも、言えなかった。この点は、申し訳なかったな」


「いいえ、大丈夫です。桐原芳江は、家族の為、時任英二の元へ潜り込んだ。家族の事を考え、家族構成を隠す事は、賢明な判断で、あなたも、守秘義務を果たされた」


「それを聞けて、安心した。桐原勇作の事は、芳江ちゃんから頼まれているから、大丈夫だ。『自分たちに、何かあった場合は、同じ墓に入れてくれ』とね。だから、無縁仏にはならないし、安心してくれ」


「…それは、良かった。これで、本当に解決です」


「こんな事、聞いて良いのか、分からないが」


「何でしょうか?」


「一連の事件の発端、森田青果店(西巣鴨)の土地は、どうなるんだ?風の噂で、板金塗装工場は、潰れたと聞いているが、誰も、その先が分からないんだ。関係者は、皆、死んでしまったし、買い手がつかないんじゃないのか?」


「桐原芳江の弁護士から、事情を聞いたところ、あの土地は、区に寄付する事になった様です。『元々、あの土地は、森田家のご先祖さまが、子孫の為に遺した土地であって、森田の縁の者でない自分が、手にするのもおかしい。呪われた土地と言われようと、たまたま、時任英二と清水喜一によって、汚されただけで、本来であれば、幸せになれる土地。だから、二度と、悲しみが起きない様に、児童養護施設に役立てて欲しい』と、本人から、申し出があったようです。まあ、実際、違法取得だったので、森田青果店に返還されるものですが、所有者の森田夫婦は死んでいるし、子供の森田みくるもいない。回り回って、唯一の生存者である桐原芳江が、親族なので、財産分与されましたが、権利を有する者の発言は大きく、豊島区としても、本人の意向を、慎重に判断し、寄付を受け付けたと、聞いています」


「…皮肉なものだな。十五年前、時任英二が提案した、児童養護施設が、別の形で、現実になる訳だ。行政が管理するのなら、大丈夫だろう。話は変わるが、清水って野郎が経営していた、不動産屋はどうなった?地上げ屋だったのだろう?」


「今回の事件で、色々と、悪事が発覚しましてね、認可の取り消しが決まった様です。清水夫婦の一族も、それなりに絡んでいて、それぞれが、罰を受ける事になるので、一網打尽でしょう。どちらにせよ、近藤太一が捕まって、泥沼裁判になったのですから、もう終わりです」


「いい気味だ。正直者が、馬鹿を見る世の中じゃ、余りにも悲惨だからな。最後に、一つだけ、教えてくれ。森田青果店が、事ある毎に、相談していた検察官は、どうなった?裁かれたのだから、当然、悪いとは思うけど、森田青果店にとっては、恩人だし、俺の立場からは、感謝しかないからな」


「芝﨑直人は、芯の強い男です。森田青果店を助けようと、奔走し、時任英二と清水喜一を裁こうとした。だが、当時の状況では、時任英二たちに、軍配が上がりました。逮捕はされましたが、芝﨑直人なら、模範囚となり、十五年も償えば、社会復帰出来るでしょう。そうなれば、墓参りに来るかもしれませんね」


「…そうか、十五年か。直接、会った事はないんだが、気になってな」


「何となく、分かりますよ」


「どんな男だった?」


「自分に良く似たタイプですね。思考が、一緒というか、物事の組み立てが、類似しています。今回の事件に関しては、『この男なら、このタイミングで、手を打ってくるだろう』と、予測出来たので、歯車が噛み合いました。終盤に向かう程、それを切に感じましたよ」


「そうなんだ。それなら、相当、苦労しただろう」


「正に、紙一重でしたよ。時任英二も賢かったですが、大局がそう動く様に、裏で操られていましたからね。…それに」


 佐久間は、松崎に、胸の内を語った。


「今回の事件で、人間のしがらみと言うものを、嫌と言う程、味わった気がします。十五年前の事件が、八年前の事件に繋がり、今回の事件へと発展した。普通であれば、決して交わらない運命が、時を経て、まるで、神様に導かれる様に、型にはまっていく。森田みくると同じ様に、遺棄された本田智恵が、それを物語っています。桐原芳江の同僚だった、本田智恵が、静岡県から上京し、時任英二と出会うなど、普通では、考えられません。時任英二と清水喜一は、共に、悪党で、周りに災いをもたらしましたが、最期は、どちらも、自分に近い者の手によって、粛清された。その真相を究明した時、『因果応報』の四文字が、脳裏を掠めましたよ」


「神様は見てるって事だ。しかし、刑事っていうのは、因果な商売だな」


(………)


「でも、自分には、向いています」


 佐久間は、そう一言だけ、答えると、残暑の空を見上げる。


(森田みくるは、どんな想いで、旅立ったのか。本田智恵は、どんな想いで、最期を迎えたのか。時任英二と出会わなければ、理不尽に、この世を去る事は無かっただろう。姉と弟を守りたい一心で、修羅の道を歩んだ桐原芳江。自分を犠牲にした、彼女の尽力で、事件は終わったが、本当にこの道しか無かったのだろうか?田所真一も、板金塗装工場に就職していなければ、全く違う人生を歩んでいただろう。ボタン一つ掛け違うだけで、人生とは、簡単に狂うものだと、痛感させられた事件だった。…せめて、この刹那だけは、亡くなった人たちの冥福を、心から祈ろう)


 捜査一課に戻れば、新たな事件が待っているだろう。


 今日も誰かが、自分の助けを待っている。


 まだ見ぬ明日を信じて、気持ちを切り替える佐久間であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ