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組織の面子(2024年編集)

 ~ 十七時四十分、警視庁捜査一課 ~


「桐原芳江の件、ご苦労だったな」


 安藤が、佐久間を労う。


「ありがとうございます。これで、やっと、最後の勝負が出来そうです」


「警視総監への根回しは済んでいる。行くのだろう?」


「ええ、勿論です。相手も、今更、ジタバタしないでしょう。おそらく、普通に、勤務していると思いますよ」


「本当かね?逃走するんじゃないのか?」


「私が、相手なら、絶対に逃げませんし、寧ろ、正面から対峙しようと思いますよ。何となくですが、自分と同じ思想の持ち主だと、思っています。桐原芳江の件も、逮捕寸前までの会話を聞いていた様ですし、私が来るのを、待っていると思います」


「そうか。なら、行ってこい。今日で、決着をつけるんだ」


 佐久間は、安藤に、深く頭を下げると、捜査一課を後にした。



 ~ 十五分後、東京都千代田区霞ヶ関 ~


 佐久間と氏原は、目的地に到着した。


「私も、同行します」


 山川が、肩で息をしながら、駆け付ける。


「しかし、まさか、この場所に来るとは、予想もしませんでしたよ」


 山川は、生唾を飲んで、見上げている。


「私もだ。まさか、こんな形でね。では、行こうか?」


 佐久間は、受付で、氏名を告げ、相手を指名すると、すんなりと、六階の応接室に案内された。


(思った通り、待っていたと、言わんばかりだ。話が早くて、助かるな)


 ~ 十分後、六階応接室 ~


「お待たせして、すみません。色々と、()()をしたものでね」


 一人の男が、顔を出す。立ちはだかるが、正解かもしれない。


(……この男が)


「お初に、お目に掛かります。東京高等検察庁、芝﨑直人検察官」


 数秒の間、二人は見つめ合い、芝﨑が先に、話を切り出した。


「今夜は、空気が澄んでいる。屋上に行きませんか?」


「風情があって、宜しいですな。参りましょう」



 ~ 東京高等検察庁 屋上 ~


「自己紹介が、済んでいませんでした。私は、警視庁捜査一課の、佐久間と申します」


「同じく、捜査一課の、山川です」


「科学捜査研究所の、氏原です」


(科捜研?)


「意外な組み合わせですな。科捜研は、捜査権を、有さないのでは?」


 芝﨑は、不敵な笑みを浮かべる。


「ご安心ください。氏原は、警察官です。職務で、配属しているだけなので、捜査権は、有していますよ」


(なるほど)


「眼前に、警視庁の刑事が立っている。という事は、全ての問題を解決し、私まで辿りついた。もしくは、業務に伴って、事件の相談を指名してきた。どちらの用件でしょうか?」


(化かし合いを、所望しているのか?)


「無論、前者です。あなたも、数時間前まで、やり取りを傍受していたはずだ。茶番が好きなら、少しだけ、お付き合いしますが、生憎、暇ではないので、遠慮頂けると、助かりますがね」


(やはり、あの声色は、この男か)


「……警視庁捜査一課には、類を見ない程、切れ者の警部がいると、聞いた事がありますが、あなたでしたか」


「光栄な話ですが、私程度の刑事は、警視庁には、五万といますよ。でも、何故です?私は、あなたの真意が知りたい。今回、いや、十五年前から、事件を洗いましたが、ある程度、想像は出来ました。あなたの実績も、把握している。裁判記録も読んだし、あなたは、正義感に満ち溢れた、素晴らしい検察官だ。どうしても、あなたの口から、聞きたくて、ここまで参った次第です」


(………)


「タバコを吸っても?」


「どうぞ、ご一緒しますよ」


 全員が、タバコに火をつける。芝﨑は、タバコの煙を、肺の奥まで吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。


「一言で申せば、正義感ですな」


(正義感?)


「佐久間警部、あなたの想像通りです。八年前に起きた、森田みくる誘拐事件は、私の経歴に、大きな汚点を残しました。清水喜一、清水博美の二名は、当時十八歳だった森田みくるを誘拐し、残忍な手口で、殺害すると、時任英二の工場敷地内に遺棄した。十五年前から、森田みくるの両親から、度々、相談されましてね、裏で奔走した事もあります。相談を受けるうちに、感情移入してしまってね。途中から、他人事ではなく、自分も、仲間の一人なのだと、錯覚するのを、如実に感じたものです。時任英二も同罪です。森田青果店の土地を、あの三名が、奪わなければ、こんな事には、ならなかったのですから。しかし、法廷で、いや、法では、彼等を裁けなかった」


 芝﨑は、拳を固く握る。


「正義が、悪に負けたのですよ。証拠不十分でね。清水喜一が、法廷で、私を馬鹿にする様な目で、見下しました。時任英二もそうです。供述を取っている時は、自白しましたが、裁判官の前では、無罪を主張するし、現場不在証明(アリバイ)を言い出す始末です。閉廷後、仲間たちから、失笑されてしまいましたよ。『お前は、何をしているのだ?』とね。絶対に勝てる勝負に負けたのですから、それまで慕ってくれていた、後輩も、日毎、離れていき、最後は独りぼっちです」


(裁判の事は知っている。だが、閉廷後の事は、知らなかったな)


 佐久間は、話を遮らず、黙っている。


「独りぼっちになって、やっと、悟ったんです。法で裁けなかった悪は、法廷の外で、裁けば良いと」


(------!)

(------!)

(------!)


「悟りを開いた後は、非常に簡単でしたよ。時任英二と清水夫婦に対して、時任芳江を使って、仲違いを仕向け、分裂させるだけで、欲深い連中は、勝手に争い、体力を無くしていった。互いに、足を引っ張り合って、殺し合いを始めるし、見ていて、爽快感を得られました。私はね、そんな馬鹿な彼等の、背中を押し、トドメを刺してあげたんですよ」


 山川が、怒りで震えている。


「この国は、法治国家だ。法の前では、人は、平等に裁かれなければならない。しかし、現実は違う。法の目を掻い潜り、生き延びる悪がいる。そんな奴らを、世の中に放置する方が、問題なんです。法を作ったのは、一昔前の人間であり、神様じゃない。日本国憲法は、既に、この時代に、合っていない。善良な国民が巻き込まれ、新たな悲劇を生む。弱者は、強者に淘汰され、法は弱者を見捨てるだけだ。悪の芽は、完全に絶たなければ、この国は、滅んでいくしかないのですよ」


「ふざけるな、それは詭弁だ」


 山川が、芝﨑に、拳を振り上げるところで、佐久間が間に入った。


「芝﨑検察官、あなたの考えに、共感する部分はあります。法改定が追いつかない、現実も分かります。しかし、あなたの発言は、常軌を逸している。あなたの行為は、単なる殺人教唆だ。これ以上、罪を重ねる前に、自首する事を勧めます」


 芝﨑は、大胆不敵に笑った。


「検察官である私が、何故、警視庁に下るのですか?司法警察職員は、検察官である私を、裁けるはずもない」


「それは、あなたの勝手な言い分だ。警視庁が、あなたを裁く?そんな考えしか出来ないから、あなたは、二流なのですよ?」


(二流だと?)


 佐久間の言葉に、初めて、芝﨑が怒りを露わにする。


「今の台詞、聞き捨てならんな。取り消せ」


 佐久間は、ほくそ笑む。


「おや、流石は、総合職採用者(キャリア)だ。多くの者が、採用試験に受かった事に満足してしまい、自分は偉いと勘違いしています。一般職に比べ、確かに、管理職なので、責任は伴いますが、決して偉い訳ではありません。それを評価するのは、自分ではなく、国民です。二流の言葉に惑わされる様では、いつまで経っても、一流にはなれませんよ」


「何だと!」


「そんな、お馬鹿な芝﨑さんには、もう一つ、言葉を贈りましょう。芸能人によく使われる言葉です。『有名になっても、一流になっていない』とね。同じ司法に準じる者として、あなたに問います。正義は何の為にある?簡潔の答えよ!」


(------!)


「馬鹿にしやがって。大義を守る為、弱者を救う為だろうが」


「その通り、分かっているじゃないですか。警察組織も、検察組織も同じです。弱者を守る為、法を守る為、国民を守る為、我々は、国家公務員となった。つまり、奉仕者です。それを、私利私欲の為に、権力争いの為に、裁判での勝率を稼ぐ為に、使う権力など、この世に存在してはならない。そんな初歩的な事も分からないから、心の迷路に入るのですよ」


(この自分が、言い負かされている?)


「芝﨑検察官、あなたの行動は、お見通しです。止めておきなさい、無駄ですよ」


(------!)


「一体、お前は何を言っている?」


「ん、聞こえませんでしたか?逃げる様に、『死を選ぶのは、止めよ』と、命じたのですよ」


(------!)


 佐久間の言葉に、芝﨑の身体が、一瞬、硬直すると、山川と氏原が、屋上の柵前で、壁を作った。


「逃げる様に、死するのは、簡単です。でも、本当に負け犬のまま、死を選んで宜しいのですか?やり残した事は、ありませんか?本田智恵、森田夫婦、時任英二、清水夫婦、桐原勇作は、無念のまま、死亡しましたが、あなたは生きています。本来であれば、あなたは、悪を裁く検察官だ。救える者たちも、まだいるはずでは?」


(------!)


(……俺は、まだ、やり残した事がある。それを、この男には話せないし、話す気もない。()()は、俺だけの、最後の意地だ。泥水を啜ってでも、生きるべき。……その為に、()を追っているんだった)


(………)


(………)


()()()、私の負けだ。好きにしろ」


 芝﨑は、観念する様に、両手を佐久間に差し出す。


「一月十七日、十九時二十七分。東京高等検察庁、いや、芝﨑直人。時任英二、清水喜一、清水博美の、殺害教唆容疑で、現行犯逮捕する」


 山川に連行される芝﨑に、佐久間は、最後に、こう語りかけた。


「芝﨑さん、生きて償ってください。格好悪くても、良いじゃないですか。正義感が、人一倍強い故に、今回は、道を踏み外しましたが、正直、あなたの手で、救われた遺族も、沢山いる事でしょう。互いに、国民を守る公務員、正義は貫かなくてはなりません。私は、あなたの分まで、弱者に寄り添っていきますよ」


(初めから、役者が違っていたのだな。こんな男がいる警視庁が、羨ましいよ)


「お前が言う正義、獄中から、見ているぞ。せいぜい、精進するんだな。私からも、一言だけ、忠告してやる。東京高等検察庁の奴らは、絶対に、お前を許さない。組織の面子に賭けて、お前を潰そうとするだろう」


「その点なら、大丈夫ですよ」


(………?)


「まあ、良い。じゃあな」


(じゃあな…か)


 佐久間は、大きく溜息をついた。


 眼下の窓に反射する、赤色灯が、事件の終了を告げていた。


(…下山刑事。また一つ、あなたが、やり残した事を、解決しましたよ)


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