真犯人の過ち(2024年編集)
~ 一月十七日、十四時三十二分。警視庁捜査一課 ~
「日下、現場に行く前に、頼みたい事がある」
「分かりました。何でも、お申し付けください」
佐久間は、日下だけに聞こえる様、二つの用事を頼んだ。
(------!)
「分かりました。でも、それなりに危険性が伴いますが?」
「責任は、私が取る。捜査二課にも、応援を頼め。とにかく、時間だけが勝負だ。急いでくれよ」
日下は、捜査記録を、思い出している。
(確か、途中までは調べていたな。一つ目は、すんなりと確認が取れる。もう一つは、捜査二課の力が無いと無理だな。だから、佐久間警部は、それを見越して、言っているんだ)
「意図は、伝わりました。何とかしてみます。では、地下に潜ります」
日下は、早々に、捜査一課を後にする。
「山さんは、一足先に、現場へ急行してくれ。初動捜査の指揮を頼むよ」
「ん?ご一緒では、ないのですか?」
「少しだけ、野暮用が出来てね。課長に話してから、追いかけるとするよ。一点だけお願いがあるのだが、出来る限り、ゆっくりと、初動捜査してくれ。その方が、結果が早くなる」
(何かあるんだろうか?…あれこれ考えても、仕方がない)
「分かりました、ではお先に」
山川は、佐久間ならば、真っ先に飛び出すと思っていただけに、意表を突かれた様子を見せるが、目先の捜査に、全力を尽くす事にした。
(…佐久間)
(…ああ、課長と屋上で話そう)
佐久間は、安藤を屋上に誘い、事の成り行きを説明する。
「日下の話では、時任芳江から、まず、119番通報が入り、豊島消防署経由で、警視庁に連絡が入ったようです」
「消防署?まだ、息があったのかな?」
「詳細は不明ですが、時任芳江が、板金塗装工場で、帳簿確認を行って、自宅に戻ったところ、時任英二が死亡していた様です」
(………)
(………)
(………)
「どう思う?」
「きな臭いです。時任英二と時任芳江の身辺を、洗い出す話をした途端、時任英二が殺されたので、ある意味、想定内というか、『ついにやったか』が、本音です」
「信じたくはないが、捜査一課の中に、裏切り者がいるのだな?」
「捜査情報が漏れている事は、事実でしょう。ただ、まだ裏切り者とは、限りません」
「何故だ?ここまで、はっきり、結果が出たのだぞ?」
「結果からすれば、そうなります。ただ、真犯人の真意は、違うのかもしれません」
(………?)
「捜査一課内で、不協和音を起こさせ、ゴタつく間に、本命の時任英二を殺した。そう思えるのです」
「それが、真犯人の真意か?」
「正確には、清水太一と時任英二。この二名が、真犯人の対象でしょう」
「何故、この二名なんだ?」
「それを説明する為には、まず、目先の事件、つまり、時任英二の捜査を継続せねばなりません。その為に、日下を地下に潜らせました。私の読みが正しければ、そんなに時間を掛けず、真相が見えてくるでしょう。まあ、『八年前、苦い経験をしたからこそ、見えた結果』でもあるのですが」
「佐久間警部の考えは、何となく分かったが、科捜研の氏原くんがいるのは、何故だね?」
「捜査に出る前に、毒物の成分を予想しようと思いましてね」
(………?)
「毒物?時任英二の死因は、毒物なのか?まだ、何の情報も得ていないが?」
佐久間は、ほくそ笑む。
「氏原、お前も、毒物だと思わないかか?」
氏原も、ほくそ笑んだ。
「ああ、十中八九な。そして、この真犯人は、当然、警察組織の動きを、予測する者だろう。どうするんだ?」
「成るように成る。課長、先にお伝えしておきますので、警視総監への根回しはお願いします」
(警視総監に?)
佐久間は、思い浮かぶ犯人像を、安藤に耳打ちする。
(------!)
「それは、本当なのか?場合によっては、今後、警視庁捜査一課の立場が、無くなるぞ」
「そうならない様に、警視総監への根回しをお願いしたい。警視庁の事件では、後にも先にも、無いかもしれません」
(………)
「確証はあるのだな?くどいが、そこだけは、はっきりと聞いておきたい」
「今のところは、半々です。ですが、時任英二の死が、それを確証に変えてくれます」
(………)
「分かった。氏原くん、君は、毒物の成分は何だと思う?」
「桐原勇作の毒物の成分と、清水夫婦の毒物の成分は、種類が違います。これが、何を意味するのか、考えてみました。科捜研の立場で、物を申すと、『実行役が違う』と言えます」
「それは、どういう意味かね?」
「二つの事件に、共通しているのは、どちらも医療従事者によるものです。ただ、手法が違います。一つは、注射針を使用した犯行で、もう一つは、食事に混ぜる犯行。つまり、同じ医療従事者でも、質が違います。桐原勇作を殺したのは、清水博美の可能性が高いと思います」
「では、清水夫婦を殺したのは、佐久間警部が申した者だと、言いたいのかね?」
「そうではありません。それを、佐久間警部が明らかにするでしょう。私が言いたいのは、清水夫婦を殺した毒物の成分ではなく、もっと雑な毒物だと、思いますよ。時間的余裕がある犯行であれば、犯人も、それなりの毒物を用意しますが、捜査が足元まで、来ているのです。確実に殺す為には、即効性の高い毒物を選ぶと思います」
(形振り構わずか)
「佐久間警部、先程の情報漏れの件だが」
「捜査情報が漏れているのは、おそらくですが、不正接続されていると考えます。日下が、それを捜査二課に伝えて、一時的に、捜査一課のサーバーを隔離しますので、その間に、決着をつけようと思います。身内を疑い、信頼出来る人間のみで、捜査するには、捜査規模を縮小するしかありませんが、縮小する事は、真犯人に筒抜けとなるので、かえって危険です。捜査規模は変えずに、時任英二の死に驚き、狼狽える振りをしましょう」
「短期決戦で臨むのだな?」
「はい。時任英二が死んだ今、真犯人の底が見えました。私の見立てでは、あと一つ壁を越えられれば、真犯人に辿り着く事が出来ます。真犯人は、過ちを犯しました。警察組織の先回りをして、関係者を殺しすぎたんです。関係者を殺せば殺すほど、自分の足元に、捜査が及ぶ事を想定出来なかった。それが、真犯人の甘さであり、致命的な弱点です」
「殺しすぎたか。この者は、時任英二と清水喜一を殺す為に、他の人間をも巻き込んだのかね?」
(………)
「どうでしょうか。そうであれば、壮大な殺人計画と言わざるを得ませんが、結果的にそうなったのだと、思います。真犯人は、この二名によって、人生を狂わされた者。つまり、他の被害者は、どちらかと言えば、この二名が関わって、殺害をしているのですから、直接、手は下していない。つまり、殺人容疑ではなく、殺人教唆でしょう」
(…なるほど、だから、先に、根回しをして欲しいと、頼んだのか)
「分かった。根回しの方は、直ぐにしよう。現場は、任せるぞ」
「承知しました。全力を尽くします」




