水曜昼休みのふたり
水曜昼休みのふたり ―――進め!波乱の昼休み⁈―――
「・・・・・・」
水曜日の昼休み。昼ごはんも食べないで図書室に直行してきたっていうのに、俺はひとりきり。
「三井?」
ぼんやりと頬杖をついていた俺に声がかけられて顔をあげると、我がバレー部唯一の女子マネージャーである佐伯が首を傾げて俺を見ていた。
「あ、佐伯」
「やっぱり三井だ。なに、じゃんけんで負けたの?」
佐伯は5冊ばかりの文庫本を抱えて、返却と貸出の手続きをしてくれと俺の前に立った。
「俺が負けるわけないだろ。ホームルームが長引くのが嫌で引き受けたんだ」
「三井らしいね」
佐伯は静かな図書館で少しばかりの注目を集めるくらい笑った。直後に自分の笑い声に気づいて肩をすくめてみせる姿が滝田ほどではないが学年の男の人気を集めている理由だろう。男子バレー部内でも唯一の女子マネージャーというだけあって、部員の中で佐伯を狙っている男だって少なくない。当の佐伯はすっきりとした好感の持てる容姿とさっぱりとした男っぽい性格で、数多の告白をさらりとかわしていて浮いた話が全くない。
「ねえ、それよりさ、三井って、滝田さんと付き合ってるってほんと?」
「うん、ほんと」
返却処理と貸出手続きを行って佐伯に本を手渡す。
「へー」
聞いてきた割に興味なさげな佐伯は、本を手にして“じゃあ、また部活でね”なんていってさっさと図書館から出ていった・・・。
「きゃっ!」
「あんっ!」
次に見た佐伯は図書館のドアの前で尻もちをついて貸し出したばかりの本は床に散らばり、スカートなんて、かなりきわどい具合にめくれている。
「ごめんね、大丈夫?」
さすがの運動神経の良さでいち早く立ち上がった佐伯は、ドアの向こうの誰かに手を差し出した。
「はい、先輩こそ、大丈夫ですか?」
佐伯に答えた声は、玲のものだった。
「玲?」
俺は思わず立ち上がってドアまで行くと、佐伯にスカートを払ってもらっている玲がいた。
「あ、そう・・・三井先輩」
“宗ちゃん”と呼びかけた玲は目の前の佐伯を見て、俺の呼び方を改めた。
「三井の知り合い?」
「あ、うん。図書委員で同じ時間の当番の子だよ」
「遅れてすみません」
「それより、先に佐伯に謝ったら?」
「あ、あの、申し訳ございません!」
俺に言われて、玲は慌てて佐伯に向かって90度でお辞儀をしたが、タイミング悪く佐伯が拾った本を持って立ち上がったところで、玲は佐伯の持っていた本に思いきりおでこをぶつけて、そのはずみで佐伯の手から再び本を叩き落とすこととなった。
「あ、あの・・・」
慌ててしゃがんで本を拾う玲を見て、佐伯は笑い出した。
「ごめんごめん、ありがとう。私は大丈夫。あなたは大丈夫?」
「あ、はい。えっと、大丈夫です」
玲は本を佐伯に差し出す。
「すっごく可愛い。水曜日の昼休みの当番?」
「はい。そうです」
「じゃあ、毎週来ようかな。私、佐伯和海。和むに海で和海」
「素敵な名前ですね!私は神崎玲です」
「よろしくね、玲ちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします」
俺は目の前で繰り広げられる佐伯と玲の自己紹介に、複雑なものを感じていた。これは本来、俺が禁じなければ体育館でみるはずだった光景だ。先輩マネージャーと後輩マネージャーとして出会うはずだった佐伯と玲は、いまなぜか図書館で出会った。
「三井にいじめられたらすぐに言ってね。私が懲らしめちゃうから」
「三井先輩と仲よしなんですね」
「バレー部の選手とマネージャーなの」
「そうなんですか。楽しそう」
玲がこの瞬間瞳に宿した羨ましげな輝きを、俺は見逃さなかった。
「あ、そろそろいかないと。次、音楽で3号棟まで移動なの。じゃあ、またね」
「はい。ありがとうございます」
佐伯は手を振って図書館から出ていった。
「ご飯食べてたら遅くなっちゃって・・・」
「・・・・・・」
俺は昼飯よりも玲をとったけど、玲は俺よりも昼飯をとった。
「素敵な先輩だね」
「そう?部活中とかすごい怖いよ。キャプテンよりも怒らせたくない相手だよ」
本当は、佐伯はすごくいいマネージャーだって思ってるよ。でもね、こうでも言わないと、玲に後悔が募るから。俺の反対を押し切ってでもバレー部マネージャーにならなかった後悔が募るから、あえて佐伯に怖い先輩になってもらう。佐伯、ごめん。
「そうなんだ・・・」
玲はほんの少し苦い顔をして、貸し出しカウンターの奥に座った。
「って言うかさ、玲。水曜の昼は一緒にここでお昼食べない?」
「図書館は飲食禁止だよ」
「でも、奥の司書室でなら食べれるだろ。どうせ俺たち以外誰も来ないし」
図書館は基本的に飲食物持ち込み禁止だけど、貸し出しカウンター奥の、図書委員と司書しか入れない司書室では食べてもいいことになっている。
「そっか。じゃあ、来週からそうしよっか」
「うん」
「あ、せっかくだから、毎週水曜日は私が宗ちゃんの分もお弁当作ってきてもいい?」
「いいけど、焦げてない卵焼きにして」
「頑張る」
そういって、玲はにっこり笑った。
もう、毎日が水曜だったらいい。