86.ご一行様、到着!
お待たせしました。
やっと領主一行のポルカ訪問まで辿り着きました。
今回も窓からお邪魔することにした。異空間通路を使って書斎の隠し部屋に出るルートが最短だが、領主以外が居るかもしれない時には選べない。そんで正面玄関からも駄目。ならば窓しかあるまい? ん? 前は正面玄関から入ったじゃないか。何で駄目かって? あの時はたまたま運が良かっただけらしいんだよ。
大扉は騎兵団が守っていて、彼らが人力で開け閉めするのだ。開け閉めしている間は無防備になるので、当然のことながら開け閉めする者と警戒する者が居て、となるから少なくとも10人は居るのではと推測すれば。
そんな人数が集中して守っている扉を、気付かれずに開け閉めするのは、付与をもってしても至難の技だと思うんだよね。実験して気付かれても面倒だし。
今回も誰かが通る時に便乗してしまえばいいのだが、領主館では夕方には仕事が終わり、当番兵と領主館の居住区に住む者以外が居なくなるそうで(ニルヴァス様情報)。もちろん交代などで人が入れ替わる時、住んでる人が外出する時は開くわけだが、待つよりも窓の方が楽だし確実じゃない?
ということで屋上から壁伝いに降りて、窓の外の欄干に取り着いて。中に誰も居なかったら勝手に入るつもりで、そうでなかったならノックだなと決めて、ぐぐっと窓に顔を近付け、室内を探る。
おお居る居る。1、2、3……15人。昼間に教えられた人数ぴったりだ。数を数えながら、ノック用に上げた拳を下ろした。だって着替え中だったんだもの。そこに入って行くという行為が、恥じらい的にアウトなことぐらい解っているのだよ。だから終わるまでは待つ。視力と聴力は強化して。
え、見るよ? だって武官と文官、そして武官全員の肉付きの比較を一度にするなんて、普通はもっと親しくならないと無理じゃない? これはチャンスなのだよ諸君!!
──よしよし、ちゃんとくたびれた服に靴だね。肉付は、と……出会った頃のポルカの皆よりも少しいい程度。鶏ガラマッチョと細マッチョの中間ぐらい、といったところかな。下着であろう薄布に浮き出るあばら骨が痛々しい……ふむ。
「どうやら騎士たちは文官ほど食い詰めてはいないようですね。俸禄を多めにもらっているのか、やり繰りの仕方が違うのか。ご存じですかニルヴァス様」
「うむ。騎士は家督を継がぬ者たちがなるものゆえ、子のための貯蓄が要らぬ。その分俸禄も少ないのであるが、食事は兵舎で出され、騎士服と武具も支給されておるので金は掛からぬのだ」
「なるほど。では彼らは何に金を使うのでしょうか」
「娼館、恋人、支給では足りぬ食糧と武具、であるな」
「ほう。つまりはポルカの親である確率が高い者たちの集まりである、と」
「うむ」
疑問を口に出せば即座に答えがもらえる状況に、すっかり慣れてきた今日この頃である。
下級貴族に倣うと着る枚数が少ないのだろう。ニルヴァス様との会話の間に着替えが終わり、領主とその周りに立つ3人と体面する形で11人が整列した。いつ窓を叩こうかとタイミングを見計らっていると、領主が何かを話し出しそうな雰囲気に。
「聞き及んでいるだろうが、これより現れる娘は私の賓客ゆえ、心せよ」
……ひんきゃくって、賓客のことだろうか。いやいや、貧客って言葉があるに違いないこっちには。ね、そうですよね、ニルヴァス様。え、無い? 賓客は賓客? 何でだ領主! おいおい領主側に居る3人が強く頷いちゃっているんだが。そのうち2人とは会ったことも無いはずだぞ? 鑑定で見ても名前が付与されてないから間違いない。
「随分と信頼を得ておる」
「いや、そこまでの事はしていないハズなんですがね」
領主を拾って飯を食べさせ、部屋まで送って土産を置いて来ただけ、なのだが。いや服を脱がしたのはバレていないはずだし、治癒したのだって気付かれていない可能性が高いんだよ。他にしたことと言ったら少し話したぐらいで、その時の領主の様子では話の肝だって実際に見せないことには信じてもらえなさそうな感じだったんだが。……ホントに何がどうなってそうなった?
そう言えば昼間に会った時に、領主と話しやすくなったな~と感じたのではなかったか。ってことは昨夜のあの後から昼までの間に何かがあったのだ。その何かがなにか、すっごく知りたいぞ。
「昨夜から昼間に、何があったかご存じですか」
「領主の側近と家族が、おぬしの料理を食して驚いておったな。それと領主夫人が領主が治癒をされたことを見抜き、おぬしに会いもせぬのに信じられると言い切りおったぞ」
「う~~ん、それでも賓客にまでしますかね」
思い切りの良さそうな夫人に後押しされた所で、得体が知れないのは依然変わらないのだ。そんな女を調べもせずにいきなり賓客? ちょっと飛び越え過ぎだと思うのだが……と首を傾げているとニルヴァス様が。
「施しをして敵意の無い所を見せたのが良かったのであろう。おぬしを怒らせぬように礼儀正しくせよ、と触れを出すよう命じておったぞ」
おおう……触らぬ神になんとやらってやつだったか。
「納得です」
それに、侮られるよりは恐れられる方がいい。今のところポルカをどうこうしようという貴族には出会っていないが、居ないとも思えない。ポルカに手を出し辛くさせる理由は多ければ多い方がいいのである。私の中で、領主の好感度がまた上がったよ。
結局30分も覗きに勤しんでしまった。付与で存在を消していたのを解除して、窓に拳を近づけてコンコン、と音を鳴らす。部屋の中に居た全員の顔がこちらを向くのは予想内。この場で許可を出せるのは領主のみなので、領主に視線を固定した。頷きをもらってから、窓に手を掛ける。
──おや、鍵が開いている。
どうやら私が窓から来ることを見越して鍵を開けておいてくれたようだ。付与で開けられるとしても、こういう気遣いは嬉しい。好きなんだよ、こういうの。本とかでこういう場面があると悶えてしまう程。ふふ、口が緩むわ~~。
心も軽く窓から軽やかに書斎の床に降り立つ。トンというのが理想の音だが、出来たと思いたい。出来るだけ恰好良く登場したいよね、こういう時って。ほら衆人環視だから。
その衆人環視の中を歩み──とても真ん中を突っ切る勇気はないので部屋の端っこを移動──領主の傍まで行く。だってこれ、まずは私のお披露目をしないと「出発するよ」って流れに持って行けそうもないんだよ。だったらさっさとその儀式を済ませるしかあるまい?
「お迎えに上がりました」
「うむ。今日は世話になる」
それから皆に紹介され、ずにさっさと移動する流れに。さっきのアレで紹介も説明も終わっているということなのかもしれない。ラッキー。控えめな視線は多数、というか15人分感じるが、その中に敵意は無さそう──武人でも心理学者でもないから本当の所はわからんが──だ。
日記を読んだ感じでは領主や側近たちの言うことを素直に聞かない人も居るようだったので、人選に気を遣ったのだろう。触らぬ神になんとやら感を地味に感じますな。
「ポルカまで行く方法がいくつがございますが、どれになさいますか」
来る前に書いておいた紙を領主に差し出した。ポルカに行く手段の3択ドンだ。
①いつの間にか着いている。
②乗り物に乗って移動。
③歩いて移動。
え、短すぎる? だって口で説明した方が早そうだったんだよ。
「……①がよく解りません。いつの間にか着いている、というのはどのようにすればそうなるのでしょうか」
はいジラルデさん、ナイス! ①を訊いたらその他も訊いてくれるに違いないのだ。切っ掛けを作ってくれてありがとう。
「私のローブには異空間収納が付いております。皆様にそこに入っていただきまして、村まで参ります」
「「「「……は?」」」」
「一番安全で、一番早く、一番疲れませんよ」
そこから一歩も動かなくていいんです。私も楽なんです。それにしましょうよ。そんな思いを込めて答えを待っていたのだが……あダメだこりゃ。お貴族様ゆえか、本当に極わずかに首の角度が変わっただけだったのだが、眉間にきゅっと一本増えた溝ときょとんとした瞳が物語っている。「理解不能」だと。
「②はどのように?」
①は置いといてってな空気を醸し出し、装備が甲冑な、多分騎兵団長と思しき人が訊いてくる。はいはい、そっちはですね。
「私の魔力で出来た乗り物に乗っていただきまして、村まで参ります」
「「「「……」」」」
領主が昨日を思い出すように目を泳がせた。あの椅子の座り心地を思い出していると思われる。気持ち良かっただろう? また座ろうよ~と目で語ったのだが、目が合わなかったので伝わらなかった。残念だ。
他の3人は一生懸命思い描こうとしているようだったが、結局諦めた風情で首を横に振った。……ああ駄目ですか。想像できないモノに身は任せられない? 道理ですな。
「では③はどうなのだ」
それこそあなた様が昨夜に体験した方法ですよ。にっこりと笑んでご領主殿にお答えを。
「皆様に『感知不可』と『消音』の付与を掛けさせていただきます。そうしますと、どなたにも気付かれずにポルカへおいでいただけます」
案の定、「アレか!」と思い至った顔をしたご領主殿と、今度こそ目が合う。強く頷いて肯定して差し上げると、領主が頷き返してくれたので解り合えたようで嬉しくなった。にんまりとしたところで、視界の端に居たジラルデさんの呟きが。
「その、③が良いと思うのですが」
「うむ。それが良かろう」
「そうですな」
ジラルデさんに続いて、騎兵団長ともう一人の側近が賛同した。そりゃ②が駄目なら同じ理由で①も駄目だろうから、答えは一択だわな。果たして枯れ木な3人はポルカまで歩くことが出来るのか。そんなことを懸念しての①②だったわけだが、警戒する気持ちも解る。歩けそうに無かったら補助を入れればいいので私も頷き、早速準備に入った。
「では。『感知不可』『消音』」
ちなみに今回は人数が多いので、まずは全員を魔力で包んでから付与を掛ける。互いが感知できないと困るし、会話も出来ないと困るので付与は魔力の外側に。多少は伸縮性を持たせることで隊列の組み換えなどが自由に行えるようにもして。
「この魔力は例えて言うなれば壁でございます。ゆっくり参りますと、押しのけられたと感じさせることなく人の間を行くことができます」
実は盗聴も仕込んだのだが、そこは内緒で。だって生の声を聞きたいじゃん。呟きとヒソヒソ話にこそ本音が込められているというのが私の持論でね。それを聞き逃すなんてもったいないこと、するわけがないだろう? ふふふ。
結局のところ、教育が行き届き過ぎていた彼らは、無駄口を一切叩かなかったので期待損だった。
窓から外に出る時に魔力で階段を作った時や、実際に街中で人が自分たちに気付かないでいる不思議を体感して、うめき声に似た声を漏らしてはいたが、意味を為す言葉は一つもナッシング。非常に残念である。
それにしても枯れ木な3人は頑張った。もう話す余裕も無いぐらいに頑張って足を動かしていた。盗聴で息遣いを注意深く聞き、荒くなり過ぎないように歩く速度は極力落とし、疲れが見えてきたところで魔力で身体全体を薄く包んで身体を支えてやって。
3人ともが驚いてこちらを見たが、そっと指を口元に立てておく。彼らが歩けなくなったら①か②に移行しない限り、おんぶかお姫様抱っこしか移動手段は無いのだ。見てみたい気もするが、ここは彼らの尊厳を守ることにして、お楽しみは脳内だけに留める。
会話はしなかった。話を始めようとした気配を感じて「とりあえず今日の事が終わってからにいたしましょう」と私が釘を刺したからである。見てもらってからでなければ、話しても理解されないだろうから仕方が無い。
沈黙により枯れ木3人衆の速度も安定して、時間に遅れず村に到着することができた。そのまま広場にご案内する。村に入った時からご領主ご一行様にはかなりの緊張が見られたが気にしない。ビクビクきょろきょろと村を見回して進む一団を、わざとゆっくり誘導した。
村人は全員広場に集まっているはずなので、人っ子1人居ない&古い小屋の立ち並ぶ風景は殊更、寂れて見えることだろう。罪悪感で彼らの顔が、曇る曇る。ふはは。
「お疲れ様でございました。こちらでございます」
もう少し自分たちを苛んで欲しくはあったが、村の中心である広場に到着してしまった。仕方がない、終わりだ。彼らの前方──先頭を歩いていたから──の視界からどいてやる。後は観察に勤しむよ少しの間。だってこの顔を見るためにポルカに呼んだわけだし。
ご領主一行様が、口か目を開けて呆けた顔になっていく。彼らの視線の先には、自分の分を待つ列が調理小屋に、既に受け取った者は自分の席に、それも談笑しながらという活気に満ちた光景が広がっているのだ。ふふふ驚いただろう?
「どちらにお座りになりますか」
全員を包む魔力を解除して、声を掛ける。
「あ、ああ……」
あれまあご領主殿を筆頭に、狼狽えてしまっている。ヘタレ感が出てて皆の同情を引きやすいから、今のうちに紹介すべしだなと皆に向かって声を張り上げる。
「皆~~~! 今日のお客様だよ~~~!」
その場に居たポルカ、つまりは村の全員の視線を一気に浴びて、ご一行が息を飲んで身を固くした。そんなビビらんでもいいのだが。だってほら、笑顔の方が多いじゃん。でもまあ負い目がある側としてはソレが解消しない限りは笑顔の1つも返せんものかもしれんよね。
「頼むね~!」
[[[[[おう!]]]]]
多少バラバラではあったが、快い返事が広場を揺るがした。それにご一行全員が大なり小なり身体をビクつかせる事に。よしよし、小鹿感が素敵に醸し出されているね。少々ビクついたままのご一行を、先程訊ねた答えがまだなのをいいことに、ロンさんに足してもらった席まで誘導する。
端っこの端っこに付け足した席だ。背後に人が居たら後ろばっかり気にしそうだから、調度良かろう? ここからポルカを観察するなり、料理をゆっくり堪能するなりしておくれ。
石テーブルに石の丸椅子。貴族が使っているのは木製の家具なので、さぞや珍しいのだろう。領主を真ん中に側近たちが横と向かいに、他を騎兵団が埋めて行くが、誰もがテーブルと椅子の観察をしてから座った。
「料理を持って参ります」
そわそわと落ち着きの無い彼らを放置して料理を取りに行くべく、この場を離れる断りを入れると。
「お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか」
意外なことに枯れ木3人衆の中の名を知らない男が立ち上がった。騎兵団の方が身分も役職も下っぽいのに、命じるのではなく自ら動こうという気だろうか。それとも手伝うことを許可したら、騎兵団に命じるのか。
「はい。私1人では持ち切れませんので、お手伝いいただければ助かります」
何回も往復するつもりだったので、どうなるのかに興味があって許可してみたら。
「よろしくご指導くださいませ」
軽礼してからこちらに移動してくる。本人が来るらしい。そんでもって指導する程のことでもないからそこまで畏まらないで~~~~! て叫びたくなるくらい、めっちゃ本気で教えてくれって言われた。
枯れ木さんの護衛用だろうが、騎兵団員も3人着いて来た。運び手が増えたのと、騎兵団と枯れ木三人衆の食べる量を知ることが出来たので2重に助かったよ。(後の人は周囲を警戒してました。お仕事頑張ってますな。)
騎兵団員はスープと肉詰め椎茸はポルカと同じに食べられるがフレンチトーストは1つ──ポルカの皆は今は2つ食べられる──だそうで、枯れ木三人衆はもっと少ないとのこと。だからフレンチトーストはひと口大の乱切りにして皿に盛り、肉詰め椎茸は小さめのを1個、スープは三分の一にする。
全員分が行き渡り、私も同じテーブルに着く。ご一行もポルカも視界に入るように、お誕生日席をサクッと作って座った。ギョッとされたが気にしない。慣れろ、慣れるのだ。そのうち君らも使えるようになるかもしれんしね。
さすが貴族。私が反応に取り合わないでいると、気を取り直して目の前の料理に意識を移した。料理を前に、領主と側近3人の咽喉がゴキュリと鳴った。その他は初めて見る料理を観察しつつ、ポルカの様子を気にし出す。
うん見て見て! 皆いい顔してんでしょ? ボロ着てるけどまだ痩せてるけど、暗い顔してる人いないでしょ~? ……ロンさん以外は(笑)
細かい設定を詰めてみたら、気安く領主のお客に話しかける臣下なんて、考え無しで身の程知らずなんですよね。これから頑張って仲良くさせて行きたいと思います。
次話にはロンさん視点を入れたいです。




