87.内事長官ジラルデ。 とロンの混乱
ロンさん視点を書く前に貴族側の視点も欲しくなったので、領主とか騎兵団長とか側仕え頭とかで色々書いてみて、一番しっくり来たのがジラルデでした。
書き出したら止まらなくて、編集にも時間が掛かって、すっかり遅くなってしまいました。待っていてくださった優しい皆様、本当にありがとうございます!
長くなったので切ろうかと思ったのですが、予告詐欺になるのでロンさんまで一気に入ってます。長いですがお付き合いください。
私たちがバルファンの実情を知らされたのは、レルトルド様の弟君のバイネルト様と、次期外事長官であることが決まっているエレミス・アレ・ヘライゼが卒院し、騎兵団長以外の次期執政候補が揃った20年前のことでした。ポルカの村を、平民の捨て子の集まりだという目で見て回ったその後に告げられたのです。
殺すように命じておきながら、殺さず捨てられていることを黙認し、その捨てられた子たちが自力で育ったところでダンジョンに潜らせて、獲って来た食材を全て取り上げる。そうやって工面した金で、ようやく跡取りの息子たちだけが貴族院に行けるだけの俸禄が賄えているのだと知った私たちは。
その時、領地の行く先はどんな努力をしたとしても、決して明るくなることはないのだと等しく理解したのです。その次に私たちは青褪めました。貴族院での衣服や食事をもう少し良くして他領に嘲笑されないようにしたいとか、自領での自分たちの生活を少しでも向上させるのにはポルカの接収量を増やすべきだと進言するなど、とんだ恥ずべき行為を散々していたのですから当然です。
浅慮な訴えを根気よく退けてくださった先代様(レルトルド様のお父上)とその側近であった私の父上(内事長官)と他の方々(側仕え頭と外事長官のお父上、そして先代騎兵団長)には感謝の念が堪えませんでしたが、先に教えておいていただければ、という気持ちもありました。
父上に愚痴を溢したら「恥じが大きいほど教訓となる。次代の教育の一環だ」と言われてしまい、黙る他ありませんでしたがね。ええ、思い出すと今でも顔が熱くなるほど恥ずかしいですとも。
金策が難しいのは私たちの代となっても変わりませんでした。いつからか腹部がシクシクと、時折ギリギリと引き絞るような痛みに悩まされるようになりました。その引き絞るような痛みが決まって議会を挟んだ前後に起こることを考慮するに、「何をなさっておられるのか」と毎回あげつらって来る大貴族たちのせいのような気がします。
ここ最近は妄想の中だけではありますが、彼らを殺しては悦に入るようになりました。こんな気分のいいことを今までしないでいたとは、なんと愚かだったのでしょうと嘆くほど気が晴れます。……まあ顔を合わせるとまた気が重くなるのですがね。そんな変わり映えのない日々を過ごしていた時でした。レルトルド様からのお呼び出しを受けたのは。
「まずは食してみよ」
執務室に集まった私たちに、レルトルド様がそうおっしゃって勧めてくださった料理は、この世のものとは思えぬほどに美味でした。私たち側近は、皆上級貴族です。貴族院では次期領主候補の方々ほどではないにしろ、豪華な食事が出されていました。それを、軽く超える美味さなのです。驚かないわけがありません。
その後でお話しくださった内容は、あまりにも荒唐無稽でした。ですが、レルトルド様は誠実な方です。少なくとも私は、一度たりとも嘘や妄言などを聞いたことがありません。疑う余地が無いのですから、その女性が言ったという食糧の話が気になりました。
金が無くとも食糧が増やせる。それが本当であるのなら、王都で売る量を増やすことが出来ます。是非とも教えを請いたく思うのですが……教えていただくには報酬を用意せねばなりません。我が領で、それに見合ったものを用意するのは困難ではないでしょうか。
──は? 書斎の本を好きに読ませてもらうかわり、ですか?
あり得ません。それほどに有益な本が有れば、皆がもっと書斎に通うはずです。しかもポルカの夕食に招くとは……。何が狙いなのでしょうか。
ポルカへ行くのは、正直気乗りしません。……いえ、正直に言いましょう。行くのが怖いのです。ポルカは私たちの罪そのもの。彼らが理不尽な扱いを受けているのも、飢えているのも、貧しいのも、すべてが私たちのせいなのです。直視できましょうか。
しかし胸の痛くなるあの光景を見たくなくとも、内事長官たる私が行かないわけには──。その思いはレルトルド様もお持ちのようで、領主補佐であられるバイネルト様がレルトルド様の代わりにご自分が行かれるとおっしゃいましたが、招待されたのは自分だと押し切っておられました。
後はレルトルド様の乳兄弟で側仕え頭のリドゥレイ・アレ・カリファが名乗りを上げ、話し合いの結果私たちと騎兵団長、そして護衛として身体強化が使える騎兵団の若い隊長たち11人が同行することが決まりました。
少な過ぎますが、招待を受ける側として相手の負担となる人数を連れて行くのは、配慮が足らないと忌避される行為に当たります。20年前にジャガイモひと欠片を大事そうに食していた彼らの姿を思い起せば、そんなにたくさんの数は連れてはいけないでしょう。レルトルド様もそう思われたのか最小限の人数で向かわれたいとおっしゃられました。
通常の仕事と、ポルカ訪問の支度とに忙しくしていた昼過ぎのことでした。レルトルド様の執務室の扉を開けたら、真正面に全身黒ずくめの人物が立っていたのです。この執務室で遭遇するのはレルトルド様か側近たちと、時折側近たちに付いて来る貴族の誰かなのですが、このような恰好をしている者はいません。
来客があれば連絡が来るはずですし、連絡漏れとしても来客には騎兵団が付き添うので、扉の前に待機する騎兵団員の存在で来客があることが知れます。それが女性とあらば、部屋の扉は開けておくのが配慮というもの。自己弁護ではありませんが、そのどれもが無かったのですから驚くのが普通なのです。
「初めまして。ヨリと申します」
その人物が膝を落とす礼と共に名乗り、ようやく正体が判明しました。レルトルド様のおっしゃっていた例の娘だったのです。未だ動揺中ではありましたが、これ以上お客人に無様な姿を見せるわけには参りません。急いで礼を執り、名乗りを返します。
少しの間、観察されているような視線を受け止めていたのですが、間もなく私に興味を無くされたようで、レルトルド様のいらっしゃる執務机に向かわれました。どうやら不興を買うことは免れたようです。私が安堵に胸を撫で下ろしている間に、お二人は速やかに用件をお済ませになり、ヨリ様は窓からお帰りになられました。
どうやら本当に窓から出入りされているようです。窓からの出入りは聞かされていたというのに、実際目の当たりにするとヒヤリとするものですね。賓客となられたのですから、玄関からお入りくださいとお願い申し上げるべきでしょうか。……言える気がしません。
ヨリ様の用件は、身なりの事でした。要約すると、接収を任せている文官と同じような恰好をして来い、でしょうか。「お腹を減らした貴族」というのは真にその通りなのですが、服が今のコレではよろしくないようで、大至急手配することになりました。
書斎に全員が揃ったのは約束の時間の1時間前。護衛は兵舎住まいの外出が極めて少ない独り身の隊長達から選びました。兵舎住まいで外出が少ないということは、恋人が無く、娼館通いの頻度も少ないということでポルカに子が居る可能性が低いのです。同じ条件だとしても、年配だと娼館通いの累計回数的に子が居る可能性が高くなりますので除外されます。我が子が居るポルカを相手に、護衛に徹することは難しいであろうという見解からです。
若者たちはレルトルド様の護衛、それも内密な、と聞いて緊張している様子でしたが、選ばれたことへの誇らしさの方が勝っているようでした。領主の護衛に選ばれたのですから、当然と言えば当然の事でしょう。きっと彼らの中には栄達への希望が高まっているに違いありません。
ヨリ様がいらっしゃる前にと着替えを済ませた私たちは、レルトルド様のお言葉をいただきます。
「聞き及んでいるだろうが、これより現れる娘は私の賓客ゆえ、心せよ」
護衛に選出した者たちは一度集められ、ポルカへ行く事やヨリ様が賓客であることを既に伝えてありましたが、レルトルド様は更に念を押されました。伝達済みであることを更に領主が強調したのです。それ程に領主にとって重要な人物であるのだと、元より硬かった騎兵団員たちの表情が、一層引き締まりました。
その後で、やはり窓からヨリ様がおいでになり──鍵を開けておいて正解でしたね──私とレルトルド様以外の全員の動揺を余所に、どのようにポルカに向かうかという話が始められました。ヨリ様が差し出された紙片に書かれていたのは3つ。
①いつの間にか着いている。
②乗り物に乗って移動。
③歩いて移動。
③はいいでしょう。②は騎獣車のことでしょうか。いえ違いますね。それを出すとなると周知されてしまいます。では何に……分かりません。私たちの知らない移動手段があるということなのでしょう。一番謎なのが①でした。普通は①から検討するのでしょうが、想像しやすそうな方法から選んでみたら最後になっていました。
……やはり謎です。
いつの間にか、というのがどういう事なのかが全く解りません。ちらりとレルトルド様と側近たちを窺うと、どうやら全員が私と同じところが気になっているようでした。思い切って問うことにします。
「……①がよく解りません。いつの間にか着いている、というのはどのようにすればそうなるのでしょうか」
「私のローブには異空間収納が付いております。皆様にそこに入っていただきまして、村まで参ります」
「「「「……は?」」」」
全員の声が揃いました。私だけでなく全員が、異空間収納に人が入れるという話を聞いたことが無いということでしょう。そもそも私は異空間収納が人の着る物に付けられるという事すら知りませんでした。
「一番安全で、一番早く、一番疲れませんよ」
そうヨリ様はおっしゃいますが、もしその異空間収納が私たちが入れるくらいの大きさの袋に付いていたとしても、私には入る勇気など持てそうにありません。そろりとレルトルド様を窺います。さすがに躊躇なされていらっしゃるようで、胸を撫で下ろしました。
①の方法を選ばないことが目配せで決まりましたが、ヨリ様が自信を持って勧めてくださるソレを、疑っているなどと悟られるのも大変よろしくありません。どのように断るべきかと悩んでいる私たちを救ってくれたのは騎兵団長でした。
「②はどのように?」
①の話題をさりげなく②へと移行させてくれたのです。感謝を。そう思ったのも束の間、さらなる困惑方法を提示されました。
「私の魔力で出来た乗り物に乗っていただきまして、村まで参ります」
「「「「……」」」」
絶句ではありません。ヨリ様がおっしゃる技術を、見聞きした者がいないかを互いに窺っている間です。どうやらレルトルド様は心当たりがおありのようでした。昨夜、そのような体験をなされたのかもしれません。その技術が実際にあるのだと判明したところで、各々でどういうものなのかを思い描こうとしましたが、首を横に振るしかありませんでした。
私たちが諦めたのを頷きでお許しくださったレルトルド様が、私たちをお救いくださいます。
「では③はどうなのだ」
「皆様に『感知不可』と『消音』の付与を掛けさせていただきます。そうしますと、どなたにも気付かれずにポルカへおいでいただけます」
「「「……」」」
結局のところ、すべての方法が私の理解を越えていたわけですが、思い至った顔をしたレルトルド様が、ヨリ様と強く頷き合って嬉しそうにしていらっしゃるのを見ると、この方法に決まりでいいような気がいたします。私は、再度目配せで側近たちの総意を確認後、決定へと誘導しました。
「その、③が良いと思うのですが」
「うむ。それが良かろう」
「そうですな」
目配せで通じ合おうとも、物事の決定には言葉を発することが大事です。私が提案し、騎兵団長と側仕え頭が賛同して、レルトルド様が頷かれて決しました。
「では。『感知不可』『消音』」
ヨリ様は立ったまま、手を上げるでもなく声を発しただけでした。これで、すでに全員が魔力に包まれたのだとおっしゃいますが、全く変わった感じは受けません。騎兵団員たちも上や後ろなどを見回して小首を傾げています。
「この魔力は例えて言うなれば壁でございます。ゆっくり参りますと、押しのけられたと感じさせることなく人の間を行くことができます」
そこに在るとおっしゃられて目を凝らしますが、何も無いように見えるモノを壁と同じであると教えられたところで、よく解りません。ただレルトルド様だけは、なるほどと頷かれていらっしゃいました。
支度が整い出発、という時に。ヨリ様が窓から出るつもりでいらっしゃると気付いて、青くなりました。身体強化が使える騎兵団員たちならば大丈夫かもしれませんが、私たちには絶対に無理です。レルトルド様は騎兵団長に任せるとして、私と側仕え頭はどうしたらよいのでしょうか。
心配も束の間、窓の外にいつの間にやら出来上がっていた階段で下まで降りると聞いて、驚きつつも安堵しました。魔力で造ったというソレは、見た目も感触も、石で造られた物と同じように感じます。こんな大きな物を作ってしまっては、誰にも知られずになどいられないのではと騎兵団長がヨリ様に問うと、見えないようにしているのだと答えられ、これまた驚かされました。
領都の外へ出るため市場の広がる大通りに出た時に、ヨリ様のおっしゃっていた事が薄っすらと解り始めました。市場は充分な人で賑わっているのに、ゆっくりと進む私たちに、誰も気付く様子が無いのです。先導してくださるヨリ様を遮る者も、1人も居ません。
レルトルド様の体験なさったことを聞いていた私たちと違い、完全に疑っていたであろう騎兵団員たちからは驚きの声が漏れていましたが、すぐ近くに居る平民たちに気付かれた様子もありませんでした。本当に、レルトルド様がおっしゃっていた通りです。
門に立つ門番の間を通る時は、さすがに気付かれるのではと思いましたが、全くそのようなことはなく。敵対は避けたいとおっしゃったレルトルド様のご英断に、深く感謝を捧げた私なのでした。
──ふう、はあ。
失念していましたが、常に移動が騎獣車のレルトルド様と側仕え頭と私は、これほどの距離を歩いたことがありませんでした。ヨリ様が話は全て終わってからと決めてくださったので、息切れをしながら話をせねばならない状況は避けられていますが、そろそろ足が上がらなく──ん? 身体を支えられて、尚且つ持ち上げられているような?
とにかく、一気に身体が軽くなったのです。何事かと周囲を見回すと、レルトルド様と側仕え頭へ、指で口を押えたヨリ様が。その後で私の視線にも気付かれたのでしょう。私にもその仕草をなさって、多分、微笑まれました。はい、あくまで多分、なのですが、そんな気がしたのです。
レルトルド様が「信ずるに値すると思う」とヨリ様を評したのは、こういう所なのかもしれません。それにしても人に気付かれない方法と言い、魔力の階段と言い、さも当然のようにお力を行使されているのを見るに、バルファン以外では普通の事なのですしょうか。次、王都へ行った時に調べるべきですね。
ポルカの広場に近付いた時、何やら大勢の人の居る気配と騒めきが聞こえました。かなりの人数が居るようです。緊張に身体が強張ります。この先でどういう扱いを受けようとも耐えるべく気合いを入れ直しました。が、広場を臨んだ時に、その諸々が吹き飛んで行くのを感じました。その後で湧き出てきたのは疑問と納得、そして安堵でした。
まず何がどうなってこうなったのかを20年前と比較する頭が疑問符を浮かべ、その後でヨリ様の存在を思い出し、ヨリ様の料理にも思い至って腑に落ちて、それからへたりこみそうになるほどの安堵が胸に押し寄せたのです。
ポルカを何とかせねばという思いは、こんな事が始まってからの代々の領主と側近たちが持ってきたことですが、その実現は難しい、と言えば聞こえが良いほどに無理な話でした。実現には──全ての貴族への婚姻の許可と、婚姻支度のため、息子を貴族院へ行かせるための貯蓄が出来る程の俸禄──今の3~4倍もの金が必要となるのです。バルファンでは到底、無理なのです。
それに加えて、そうなる以前からポルカからの接収品に頼り切っていた我々は、どんなに申し訳なく思っていたとしても接収をやめられませんでした。貴族院の食事、流糸と浮糸を融通してもらうための交換品、そして王都での金策と、既に行き先が確定してしまっているものが無くなれば……考えるまでもない事でしょう?
ですから、私が生きているうち、いえ貴族が生きているうちは、こんな彼らを見ることは叶わないと、そう思っていたのです。良かった、と。彼らに手を差し伸べてくださる方が居て、本当に良かった、と胸が詰まり、声になりませんでした。
歓迎されているかのような彼らの反応にも驚かされました。20年前とはそこも違います。あの時は存在しないかのように、視線ひとつ向けられる事がありませんでした。歓迎の空気の居心地の悪さに、興奮が引いていきます。
席に案内されながら落ち着いた頭で見た彼らは、心なしか20年前より肉付きが良く見えるような気がいたしました。彼らの前には3品もの見た事もない料理が、それも充分な量で並んでいるのですから気のせいではないのでしょう。20年前に見た食事風景と比べて見れば、ヨリ様の関与は疑うべくもありません。
私たちの席は、彼らを一望できる場所に用意されていました。これならば護衛たちも後ろを気にしなくて済むでしょう。テーブルと丸椅子が知らない素材で作られているようだと気付いたのは、椅子に座り、テーブルに手を触れた時でした。
貴族の建物は土を固めて火石の火で3日焼き、粗熱が取れたそれを水石の水に5日浸け込んだ火水石から作られているのですが、これはどうやって作るのでしょうか。疑問はすぐに解けました。ヨリ様が手を胸の前に伸ばすと、地面から丸椅子が生えてきたのです。何とも不思議な光景でした。
ヨリ様が私たちの料理を運んでくださるとおっしゃった時、側仕え頭が手伝いを申し出てくれました。勇気ある彼の行動力に、称賛を送りたいと思います。彼ならば上手に私たちの食事量を調節してくれることでしょう。運ばれてきた料理は期待通りに丁度良い量になっていました。
料理が全員分揃ったところで村の若者が立ち上がり、皆に労う声を掛けて食事が始まりました。ヨリ様が、彼がポルカの頭領なのだと教えてくださいます。驚くべきことに、それまでは全く料理の匂いがしていなかったのに、彼の言葉が終わるや否や、広場に匂いが溢れ出したのです。
料理から立ち昇る匂いが、あまりに濃く芳しく、後頭部が痺れます。時間停止という付与で冷めるのと時間経過による味落ちを防いでいたのですよ、というヨリ様の説明に、そう言えば今朝食した料理も器に盛る前は何の匂いもしていませんでしたと頷きました。
その間にも、そこ此処から「うめえ!」「うまっ!」という声が上がっています。聞いたことのない言葉ではありましたが、料理に対する感激や感嘆の言葉なのでしょう。料理への期待が高まります。
毒見は無しだと事前に通達されていましたので、レルトルド様と私たちが毒見無しで食事を始める事への、騎兵団員たちの制止はありませんでした。ただ、痛いほどの視線を受けます。私たちはヨリ様の料理を食したことがありますので不安は無いのですが、彼らはそうもいかないのでしょう。
「皆も食すがよい」
レルトルド様が騎兵団員たちに食事の許可をお出しになりましたが、互いを見遣って即座に食し始める者が居ません。レルトルド様と私たち側近で目配せをして、まずは私たちが食して見せることにします。
期待しか無いのですが、初めて見る料理ばかり。しかもその全てからいい匂いがしていて、どれから食そうかと悩みましたが、私は緑色のスープから食すことにしました。スプーンをそっとスープに沈ませ、ゆっくりと掬います。貴族の行儀作法でゆっくりとしか手を動かせないことを、今日ほど焦れたことはありません。ああやっと味わうことができる……コクリ。
──信じられません……。昼間のスープよりもまだ、美味であるなんて!
とろりとした中に細かくて柔らかい何かがあるのは判りますが、材料に何が使われているかなど全く見当も付きません。──まあ平パンですらどうやって作られているのかも分からない私なのですが──ただ、身悶えそうになるくらい美味である、ということだけは確かでした。手が止まらず、気が付けば半分程が無くなっていました。我を忘れて貪っていたようです。騎兵団員たちが、食事を始めたのにも気付いていませんでした。
恥ずかしく思いつつも全員が食事に夢中な様子に気を取り直し、残る料理も大変芳しかったことを思い出して椎茸の肉詰めとやらを食すことにしました。ポルカのテーブルには無かったので私たちへの配慮なのでしょう。用意されていたフォークとナイフを手に取ります。ヨリ様の手元を見ると、ふれんちとーすとと説明を受けたモノもフォークとナイフで食していいようでした。なるほど、と肉詰めを見つめます。
──これは本当に肉なのか……。
そもそもこのような何かと組み合わされた肉は、食したことがありません。厚みがありましたので、真ん中で半分に切ったものを、また半分に切って口に運びました。
──肉というのは、これ程に汁気のあるモノだったでしょうか。噛むほどに違う旨味が口の中を満たす気がします。ん~~~~なんと美味な!
こうなると残るふれんちとーすととやらも味あわねばと気が急きました。思いの外硬い手応えのソレを、肉詰めをしっかりと味わいながら小さなひと口大に切り分け、口が空いたと同時に食せるように入念に計算した速さで手を動かします。
……こ……れは……。
ようやく口に入れる事が叶ったそれは、どこか食したことのある気がする味でした。ほんのりと甘いこの味は……。
「甘白……?」
「ああそうだ」
「それですね」
「どこかで食した味だと思っていたのだ」
貴族院で時折出された、白くてほんのり甘い飲み物を思い出しました。全く同じと言うわけではありませんが、とても似ている気がしたのです。側近仲間とレルトルド様からも同意を得られ、やはりそうだと全員──レルトルド様と側近たちだけの──で再度味わい、納得しました。私たちの視線は自然、ヨリ様に集まります。
甘さの元の『白い砂』は特に高価なダンジョン品で、王都でも上級貴族以上しか扱うことを許されていない特上品なのです。我が領の財政では当然手が出るわけも無かったそれを、ポルカの料理で味わう事の違和感が、問うような視線をヨリ様に向けさせたのでした。
ヨリ様が薄っすらと判るか判らないかぐらいに微笑まれます。その笑みに何が含まれているにしろ、ポルカが『白い砂』を入手できるはずもないのですから、ヨリ様がご用意なされたに違いありません。それ程の財力と後ろ盾をお持ちということになります。背筋を興奮が這い上がりました。
すぐにでもヨリ様とお話したかったのですが、ヨリ様は後でとおっしゃいました。ここで始めるのは不興を買いかねません。今は食事をすべき時でした。危ない危ない。
その後、肉詰めとふれんちとーすとを味わい終えた私は、残り少ないスープを1回でも多く味わえるように、少量ずつ掬う作戦を思い付いたのでした。至福です!
+ + + +
おいおいおいおい、ちょっと待て。貴族? ……ソア様と同じ服だから貴族、だよな? そんなんゾロゾロと連れて来て、どーするつもりだヨリのやつ。
そもそもの始まりは昼だった。ヨリが俺に、客が来るからテーブルと椅子を作って欲しいと頼んで来たから、てっきり俺は靴屋とか服屋の連中だとばかり思っちまってだな。
「皆の反応見たいから、内緒ね」
ああ確かにヨリはひとっことも「誰が」とは言わなかったさ。俺が勝手にやつらだと思い込んで訊かなかった。それだけだ。だがな──貴族が来るなんて誰が思う?
驚き過ぎて固まっちまったが、ちょっと見てりゃ明らかに護衛されてると判る3人が、ヨリが来る前の子供ら並みに細っこ過ぎることに気が付いた。よくよく見れば他の連中だって、俺たちとそう変わらない。ヨリに理由を訊いたら、きっと「放っておけなかったから」と返して来そうな予感がする。
……ああああそんな大事そうに食うんじゃねえよ。涙をそっと拭うな。貴族のくせに!
王都の貴族はまだ買い上げるだけマシ。ただ奪っていくだけのバルファン貴族はクソだ。そんでもって外れダンジョン掴まされたとか言いつつも、接収した食材でさぞ肥え太って楽しそうに生きているんだろう。そう思って恨み憎んで来たって言うのに、ソア様と言いこいつらと言い、どうにも全くそれにそぐわない。
ソア様とヨリの会話を聞いた感じでは、バルファンの下級貴族は皆ソア様と同じようだった。じゃあ下級貴族までは色々と回ってこないんだなと、俺の中では恨みを中級貴族以上に向けることにしたんだが……。
下級貴族には護衛なんか付かないと言っていたソア様の言葉を参考にするならば、護衛に囲まれてるあの真ん中の奴らの身分は中級以上ってことになる。もし中級貴族が皆あんなんだとしたら、上級貴族以上が接収品を独占か?
それにしても収獲量が増えたのがバレる可能性が、グッと上がってしまった現状をどうするつもりなのか。それに関しても話したいが、何より貴族が来ることを何で黙っていたのか訊かねば気が済まない。ったく、バレるのをなるべく先伸ばしにしたかったってのによ。
あの貴族たちの事をまるで警戒していない様子の皆にも、ヤキモキする。ヨリが連れて来たってのもあると思うが、俺らから見ても大丈夫かってぐらい痩せて顔色の悪い3人が居ることが大きいんだろう。ソア様をすんなり受け入れちまった時みたいに、既に「食わせてやりゃあいい」って空気になってる完全に。
それにしても、王都で貴族をこんなにジロジロ見てたら、まず間違いなく斬られるか鞘に入ったままの剣や槍で殴られるかする。目はなるべく合わせないのが生き残る道だった──んだが……ソア様と言い、こいつらと言い、バルファンじゃもしかして違うのか?
こっそり視界の隅で観察を続けているが、皆の視線に居心地を悪そうにしこそすれ、剣呑な雰囲気が欠片も無い。あれ、バルファン貴族は王都のよりも怖くねぇのかもしかして。
──いやいやいや気は抜くな?
ポルカの現状を思い出せ。もしここの貴族がソア様みたいなのばっかだとしても、接収されてることに変わりは無いのだ。それを食ってんのが上級貴族以上で、中級と下級は飯が食えなくてヒーヒー言ってたとしても。そのヒーヒー言ってる奴らがどんだけ性格が良くても、接収を無くそう減らそうって貴族が居ないから、ポルカはあんなだったのだ。
「はあ……」
今日の貴族が良い奴らだったとして安心はできない。より大人数に知られたことで、バレる危険が増えただけなのだ。あ~~~~どうすれば。そんな事を悩んで思わず漏らした溜息に、俺の背中側に座っていた肉屋組が。
「悩むな悩むな」
「悩むと禿げるらしいぞ」
「まあ悩むのは話聞いてからでもいいよね」
「そうそう。どうせ悩んでるのがアホらしくなるから、悩まない方がいいぜ」
「モゴモゴ」
ボイフ、ガザ、ビエル、サイダと来て、モゴモゴと頷きながら食べ続けるバル。彼らは俺よりヨリと早く出会っている。その彼らが悩んでも損するだけだと口々に言うのだから、そうしてしまおうか、と肉屋組を見習うことにした。せっかく初めて食う料理を、堪能しないなんてもったいないしな。
今日は緑のスープに丸い肉に長丸の焦げ目が付いたパンだ。どれも気になったが、ビエルがちょうど緑のスープを食べて美味いと呻いたので、スープから飲んでみることにした。
「──うめえ……」
「だろ?」
ヨリの飯はいつでも美味いが、やはり初めて食べるモノは格別美味く感じる。だから思わず声が出る。そこで作った1人であるガザが自慢気に胸を張るのも一通りの流れ。そうして皆で「うめえ」「うめえな」「うま過ぎる」と、ひと口ごとに頷きながら食べるのである。それが大体全てのテーブルで行われるのが恒例で。
飯が美味いから。あの貴族たちが、まるで無くなるのを恐れるかのように大事に食べているから。先の心配は尽きないが、肉屋組が悩むなと言うから。
相も変わらず心配事は頭にチラつくが、とりあえずは目の前の飯の事だけ考えていればいいか、と俺はフレンチトーストにも手を伸ばし。それからは本当に飯の事だけしか考えられなくなったのだった。
ちなみにどれも最高だったが、椎茸の肉詰めが特にすごかった。あれは溢れて蕩けたぜ……。ガザにまた作ってくれ~~~~と懇願しておいた。多分、数日内にはまた食えるだろう。ふっ。
次話はまだ何にも書けていませんが、生糸狩り発生予定です。平の騎兵団員目線も入れられるといいな~と思っています。




