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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
49/91

48.魔神イリス 

イリスです。


幼女ではなくて少女です! 中学生くらいで。

作中にはありませんが、銀髪美少女です。



 

 そもそも魔神と神の違いは何であるか。

 それは呪いが使えるか否か。それだけのことであった。

 呪いは魂を侵す。侵された者は神であろうと何であろうと呪いからは逃れられない。

 ゆえにその呪いを行使しようがしまいが、呪いが使えるという事だけで魔神は恐れられる。


 神に親は居ない。勝手に発生するのみだ。そして発生した時に、魔神であるか神であるかは神々が見ればひと目で解るのだという。

 神として生まれて間もなく、イリスは己が魔神であることを教えられた。


 イリスは妹と同時に発生し、顔が瓜二つであったために「双子神」と呼ばれた。

 神に双子は珍しくはないが、片側が魔神となれば話は別だ。そもそも魔神という存在が珍しい。そして、誰も呪いをかけられるかもしれない者には近付かない。

 当然ほとんど誰も寄り付かない。妹神には特に嫌われていた。


 双子神は2人で1つの世界を持つことになる。そのような時、仲が良すぎるのも悪すぎるのも欠点となる。

 当然ながらイリスは妹とは仲が悪い。というか、存在を忌み嫌われている。


 ある日、神域での事であった。


「イリスが居るなら私は出ないわ」


 いつものように神々の話し合いの席で言い始める妹神。


「私が居るのが嫌なら、出て行くわよ」


 この場をさぼったという不名誉にさえならなければ良い。そう思って毎回この茶番をするためだけにここに来るのだ。

 イリスはいつものように席を立ってその部屋を後にして、ぶらぶらと神域を散歩し始めたのだった。


「やあイリス。また会ったね」


 向かいから歩いて来るトーラスが挨拶をして来た。この神は、イリスが魔神でも気にせずに話しかけて来る神の1人だ。


「また遅刻なの? 早くいきなさいよ」


 この神は笑みを絶やさない。常に穏やかに笑い、物腰も柔らかい。女神たちにはそこが好かれているらしいが、イリスは得体が知れないと思っている。

 そしていつも遅刻をして来る。遅れて来るとどうなるかは、イリスは知らない。なにせそこに居ないのだ。


「君はまた妹の言いなりかい?」


 今日は何だか絡んでくるわね。イリスはトーラスを睨みつけて言い放った。


「あなたには関係ないでしょ?」


 話す事はないという態度のイリスに、トーラスが肩を竦めてため息を吐く。相変わらず笑みを絶やさない。

 話は終わりだとばかりに、イリスはそこを足早に離れた。



 世界の管理は今や妹がやっている。私の存在を完全に無いモノとして行動しているのだ。悔しいし悲しいし、情けないとは思うものの、どうしようもない。


 イリスが己の歯がゆさと理不尽さを嘆いていた変わり映えの無いある日。

 彼女たちの世界である出来事が起こった。それは…。


「魔神イリスの信者を捕らえよ! そして殺すのだ!」


 妹神の信者による、イリスの信者への迫害の始まりであった。

 妹神は、イリスのみならずイリスを信仰する者にも我慢ができなくなった。その世界から消してしまおうと己の信者を煽ったのだ。


 その時イリスは初めて呪いを使った。妹神に「激痛」の呪いをかけたのだ。

 神は死なない。だが「死ぬ」という呪いをかけられれば死ぬ。そうしても良かったが、妹神が死ねば世界が不安定になる。ゆえに、「他人を害しようと考えると激痛に襲われる」という呪いをかけた。


 それ以来、神域では激痛に悲鳴を上げてのたうち回り苦しむ妹神が目撃された。

 会議中、歓談中、湯浴み中など、苦しみながら「イリスの呪いが!」と叫ぶ妹神。

 その様を無表情に見ているイリスの姿。


 呪いの内容を妹神が漏らすはずもなく。

 イリスには「妹神に呪いをかけ、それを顔色も変えずに見ていた恐ろしい魔神」というレッテルが貼られた。


 以上がイリスが恐れられるようになった経緯であったのだが、ニルヴァスが発生したのがその後だったがために、「イリスが恐れられている」という事だけを知っているのであった。



 ニルヴァスとイリスに繋がりができるのは、その数千年後。

 イリスの妹神は、とうとう神域に来なくなった。

 そしてまたイリスの信者の迫害を苛烈に行い始めた。


 妹神が来なくなった事により会議に出るようになったイリスは、会議にて自分と自分の信者の受け入れを神々に願った。

 だが恐れられている魔神を、誰が自分の世界に取り込もうと言うのか。

 同じ境遇の魔神たちは、あてにしたくとも自分の世界から出てこない。許可が無ければ勝手にその世界に行くことも叶わない。


 希望は最初から無かったのだ。イリスとて期待して言ったわけでは無かった。ただ最後のあがきをしてみるべきだと思ったからしたのだ。己の信者のために。


「彼女を殺してしまえばいい」


 トーラスが妹神を殺せと提案した。場が静まる。

 それはもちろん考えたイリスであるが、結局たどり着いた答えは「否」であった。


「殺しても、もう迫害は止まらないわ。それに迫害した者たちだけが残った世界の面倒を見るのなんて、絶対に嫌だもの」


 イリスはもう1度頼む。


「だから、私と私の少ない信者がひっそり暮らせる場所が欲しいの。誰かお願いできないかしら」


 顔を上げてはいるが、誰かの顔を見ているわけではない。顔を逸らされるのが嫌だからだ。

 己に話しかけてくれる者たちの顔も見ない。情に訴えて困らせるのは彼女の願うところでは無いからだ。

 ザワザワと室内が神々の話声で埋め尽くされ、「誰も居ないだろう」と言い合う声ばかりがイリスには聞こえた。

 やはり駄目かもしれない。ならば私は私の信者と共に…。イリスが己の終生を思った時、大きな声が場を破った。


「我の世界に来れば良かろう」


 その声がした方を、目を見開いてじっと見つめるイリス。

 立ち上がる男神に、イリスの目はじっと注がれた。

 うるさかった神々もピタリとしゃべるのを止めて、その男神の言葉と行動にじっと視線と耳を傾ける。


「ニルヴァス、いいのかい?」


 トーラスがいつものように穏やかな笑みのまま男神に尋ねる。それで男神の名がニルヴァスだとイリスは知った。

 イリスが食い入るように見つめる中、ニルヴァスはゆっくりと、しかし強く頷いてイリスの目を見返して。


「我の世界で良ければ、来るが良い」


 はっきりきっぱり、胸を張って言った。

 その時のニルヴァスは、今でも語り草になるほど神々に馬鹿にされた決断であったが、ニルヴァスとイリスにとっては、運命と言うべき決断となったのである。





  +    +    +




 あの会議の後、ニルヴァスと2人になった時。

 筋肉質な胸の前で腕を組んだ仁王立ちで、「全部は要らぬ。半分使えば良かろう」と言ってくれた時、とてもニルヴァスが素敵に見えたんだけど。

 後にも先にも、あの時だけだったわね。恰好良く見えたのは。


 ニルヴァスの世界に引っ越した後に、ニルヴァスの世界の食料事情を聞いたのよね。


「おぬしの所と同じであるな」


 苦笑いして教えてくれたのは、よくある民族間での戦争だったのだけれど。でも勝った民族の主食が肉で、動物を食べ尽くしてしまったっていうのは、もう滅亡が決まっているようなものじゃない?


 でもニルヴァスは見捨てられないって悲しい顔で言うんだもの。

 そこに声をかけて来たのがトーラスだったわ。

 そのトーラスが言ったの。


「うちの世界の魂50個につき、1つ食材をあげようか」


 魂というのは、心残りがあれば消えずに残って転生をするわ。心残りが無ければ、死ぬ時にそのまま魂は消えてしまうのよ。

 だから神は世界を創る時に、減り過ぎてしまわないように予想を立てて設定を作るのだけど。

 トーラスの世界は未練を残す魂が多すぎて、人が増え過ぎてしまってもう転生もさせられない状態なんですって。


「だから、魂50個もらってくれたら1つあげるよ」


 私の世界には、私の元の世界と別れた事によって、穏やかに生きている人が多いわ。そして長命だから満足して、もしくは飽きて死ぬ人が多いの。だから転生率はとても少ない。

 このままではいつか人が居なくなってしまうのは確実だったわ。それもあったけれど、トーラスの条件は飲む価値があると私は思ったの。


「その条件、飲むわ」


 ニルヴァスは驚いていたけど、トーラスは喜んで、さっそく「どの食材がいいかな」と話を進め始めて。


「そうね、育てやすくてお腹がいっぱいになるようなモノ無いかしら」


 そう、ニルヴァスの世界で根付くような。


「料理法も簡単にできるモノがいいわね」


 そう、ニルヴァスの世界でも作れるような。


「ジャガイモだね。鍋に水を入れて、洗ったジャガイモを入れて火を付けるだけでいい。柔らかくなるまで煮るだけで食べられるし、お腹がいっぱいになるよ」


「じゃあそれをもらうわ」


 私はすぐに決断したわ。うちの世界で試して成功したのだけを、ニルヴァスの世界でもやればいいと思ったの。


「あ、ちなみに1つの食材につき1回しか渡せないよ。きみたちは今1つの世界扱いだから、もしニルヴァスがジャガイモが欲しいと思ったら、イリスに許可をもらってくれ」


「わかったわ」


 そのやりとりを見ていたニルヴァスは、後で私に「何故あのような取引に乗ったのだ」と訊いてきたけど。

 言ったわよ。うちの世界の魂事情だけをね。

 そうしたらニルヴァスはしばらく顔を見せなくなったわ。

 私がジャガイモを自分の世界に設置して、一度目の収穫ができる頃だったかしら。ニルヴァスは私に「ジャガイモをくれぬか」と頼みに来たのよね。


 そうして2人で次はどれにしようか相談しながら色々と設置したわけなんだけど。

 私の世界の民は、私が植えたモノをどんどん受け入れていくのに対して、ニルヴァスの世界の民は、あまり積極的では無かったのよ。

 当然へこむわ。私だってニルヴァスの立場だったらへこむもの。



 そういうわけでダンジョンを世界中に創って、無駄に腐っていく食材たちを設置したり、山や森でも採れるように野菜たちを設置したりしたの。もちろん私の助言よ。ダンジョンの創り方から教えてあげたわ。


 どうやら人というのは、穴があれば入りたくなる習性があるらしくて、山や森よりはダンジョンに向かう人が増えてきたそうなの。

 ニルヴァスは、「やっと設置した食材たちが役に立つのである」と鼻を膨らませて喜んでいたのだけど、次の問題がすぐにやってきたわ。


「肉と数種の野菜しか使われぬ……」


 他にも色々設置したわよね私たち。

 うちの世界では上手に使っているのだけど、ニルヴァスの世界はどうなっているのかしら。

 ニルヴァスの異空間部屋から覗かせてもらったのだけど、確かに茹でるか焼くかで美味しそうには見えないわ。

 しかもダンジョンに設置した野菜たちには見向きもしないし、山と森のも掘る人は居るのだけど、また採りに来るという人が居ない。




「食材を、使おうとする人が居ないのだけど」


 私はトーラスに訊きに行ったわ。そうしたら、トーラスは言ったの。


「こっちの世界の食材は、こっちの世界の人にしか解らないかもね。この中から選んで、神の使徒にすればいい」


 また魂を押し付ける気かしら。そう思ったのだけど、トーラスの言う事も納得ができたから。

 私はトーラスが並べた魂と、1人1人話をしたわ。

 そして彼に出会った。


「料理を作れる人を探してるのよ」


 私が言うと、「材料と道具が無きゃ誰も作れやしないぞ」という、知っていれば当然な事を言われたわ。その時の私は材料さえあれば、料理って出来るものだと思っていたのだけど。


「材料はあると思うわ。野菜をたくさん植えたもの」


 そうなのよ。頑張って植えたのよ。設定しただけだけど。

 私が「充分でしょ」と言わんばかりに言ってやったら、彼は「バカか」と鼻で笑ったのよ。笑ったのよ鼻で!

 ムキーと怒りかけた私に彼は言ったの。


「調味料は? 出汁は? 香辛料は? 言っても解らんだろうが、味噌と醤油と米と出汁は、ここから連れてく人間を選ぶなら絶対無いと生活できんぞ。見る限り皆日本人だからな」


 みそ? だし? こめ? しょうゆ? って何?


「……野菜と肉だけじゃ、こっちの世界の人間で満足できる奴は少ないと思うぞ。俺は無理だ。行っても食べる気が無くなって餓死しそうだ」


「こっちにだって、味を付けるモノくらいあるわ。うちの料理はちゃんと美味しいもの」


 言い返す。ニルヴァスの所とは違うのよ。


「じゃあ何で料理ができる奴を探してる」


 そこを訊く?! えーっと。えーっと。


「そこの女神は、他の神の世界のために、そういう人材を探しているんだよ」


 ちょっと何ばらしてんのよ?! って何で知ってんのよ?! むう~~~、もういいわ。協力してもらった方が上手くいきそうだもの。


「隣の世界がね、うちとは違って、ジャガイモに少しの塩を入れたドロドロスープで満足しているような世界なのよ。それを変えたいの。食材はあるのに上手くいかないのよ。だから食材の使い方を知っていて、何とかなるように一緒に考えてくれる人が欲しいわ」


 どう? 誰か協力してくれるかしら。ここに居る魂たち皆に聞こえたはずだ。

 少し待ってから、「いいぞ」という返事が1つ。さっきの魂だった。


「あなた、やってくれるの?」


「その代わり、もっと食材揃えろよ。特に調味料な。味噌と醤油と砂糖と塩とコショウとみりんと唐辛子と和がらしとワサビと生姜と食用油とまぶすだけの唐揚げ粉とパン粉と卵と小麦粉と片栗粉と中華出しと本だしとコンソメとカレールウとビーフシチュールウとハヤシライスルウとミートソースとクリームソースとネギと油揚げと豆腐と納豆と明太子とマヨネーズとドレッシング各種とソースとケチャップと釜揚げしらすといくらと佃煮と枝豆と鳥モモ肉と鳥ムネ肉と牛肉と豚肉と…あ! 米は絶対だぞ!」


「ちょ! 一度に言われても解らないわよ!」


 彼はだらだらと呪文みたいに何かを要求してるけど、私にはまったく解らないわ。

 焦って彼が何を言ったのか思い出そうとしたんだけど、無理すぎるわよ…。


「今なら全部一度に用意するけど、どうする?」


 トーラスが親切そうな顔をして言ってきたけれど、絶対「これで魂がかなり減る」と喜んでいるに違いないわ。

 私がどうしようか悩んでいる間も、「やっぱこっちの食材には、こっちの調味料が無いとね」とその魂に聞こえよがしに話しかけてるし。


 もうもう!


「いいわ。あなたに来てもらって、その食材も全部もらうわ」



 その時の私の決断で今があるのよ。分かってくれたかしら。って誰に話しているのかしら。

 それからダンジョンに設置する食材だの、その食材を使って料理を振舞ったりして料理法を広げたりだの、彼は本当に良い協力者だったわ。

 おかげでうちの世界の発展ぶりに、ニルヴァスは余計にへこんだのだけど。

 でもそれも作戦だったのだもの、仕方が無いわよね。




 +    +    +




 彼にはね、元の世界に好きな人が居たのですって。死んでしまっても彼女の事が諦めきれなかったと聞いて、彼の心残りが彼女だと知ったのよね。

 そうと知ったのは、彼が私の使徒になってから2年くらい経ってからだったのだけど。


 だから私は彼に言ったのよ。


「あなたが頑張って美味しいモノを作れば、ニルヴァスもあちらの世界の魂を選びたくなると思うのよね。そうすればあなたの好きな人を呼べるんじゃないかしら」


「本当か?!」


「本当にするかは、あなたと私にかかっているのよ」


 そうなのよね。私たち神は、奉納されたモノしか食べられないんですもの。好きなモノを好きなだけ食べるためには、自分の使徒に作ってもらうしかないのよ。


「その彼女は、料理ができるかしら」


「できる! 週4回弁当を作ってくる女が、普通の料理が出来ないわけがない。しかも弁当はめちゃくちゃ美味い」


 そこから、唐揚げだ炊き込みご飯だ肉団子だ卵焼きだと呪文をこぶし混じりで力説されて、料理の方は心配なさそうだと感じたのだけど、念の為にトーラスの許可をもらって例の彼女を見に行ったわ。

 料理はしてた。トーラスも「いいんじゃない」と言ってたし。

 じゃあ後はニルヴァスに「我も使徒が欲しい!」と思わせなきゃね。


 そうして彼と私で作戦を練って。

「ニルヴァスの分は作らない作戦」が決行されたわけなのよ。


 いい匂いがするモノを、私たち2人で食べて、ニルヴァスには食べさせないの。

 時々。ほんと~に時々。あまりにニルヴァスが可哀想になって私の分をあげてしまったのだけれど。


 最初のうちは怒っていた彼も、途中から「ひと口だけならいいだろう。そしてニルヴァスに『自分の使徒が居れば好きなだけ食べれるのにね』と言ってやれ」と、私のお皿にひと口分を増やすようになったわ。

 そのひと口が私のひと口分の5倍もあったのはちょっとやり過ぎだとは思ったのだけど、私は何も言わなかったし、あの鈍感ニルヴァスが気付く気配も無かったわ。


 何だかんだ言って彼はニルヴァスの話を、ちゃんと聞いて考えてアドバイスをあげてるんだもの。しかも結局料理を食べさせてるし、可哀想な人を放っておけないお人好しなのよね。



 そして念願叶って、ニルヴァスが使徒を作ると言い出した時に私たちは一丸となって「ヒナガタ ヨリ」を推薦したわ。最終的には「そうじゃなきゃ、これからは相談に乗らん」と言う彼の言葉にニルヴァスが折れたのだと思うけど。






 ヨリを呼ぶ事を決めて、私たち3人は1000年もの間話し合ってきたわ。あーでもない。こーでもない。

 その時に「ニルヴァスの世界の民の気持ちも解る」と言い出した彼にはびっくりしたのだけどね。


「見た事もないモノを見て、すぐに食べ物だって判る奴はいないだろう。その辺に生えてたら雑草だと思うし、食えるかもなんて普通は考えないぞ。ジャガイモやらを作って食べてるだけでも褒めるべきだと思うがな」


 それを聞いてニルヴァスと私は、多くを求めすぎていたのかしらと考えを改め始めたわ。


「茹でるか焼くかしか調理法が無いなら、これをやろう。声が聞こえる奴にでもやらせてみろよ」


 そう言って、うちの世界で腸詰とベーコンと塩漬けの肉を作るために、彼が試行錯誤した岩をニルヴァスにボンと渡したのよね。


 どうなったかって? ええ、腸詰と塩漬け肉はあっという間に世界に広まったそうよ。(ベーコンはレアドロップの豚バラ肉が材料だから広がらなかったわ)でもね……奉納されなかったら食べられないのよ私たちは!

 ニルヴァスに奉納されるモノは、相変わらずジャガイモのドロドロスープなんですって…。

 あの時は敗北感にまみれて全員でテーブルに突っ伏したわね。



 塩コショウが使われるようになっても、ニルヴァスに奉納されるモノは変わらなかったわ。

 ダンジョンで肉が豊富に獲れるようになっても、他の食材が食べられるようになっても。


 ある時、「どうしてなの?」と私が悲嘆に暮れて、独り言のつもりで呟いたのよね。

 そうしたらニルヴァスが。


「…ジャガイモを育て始めた頃、信者がおったのであるがな。1日1食を食すにもままならぬその者が、我に己の食事の中から奉納してくれておったのだ。それがジャガイモのドロドロスープでの」


 一旦言葉が切れた所で、私と彼は頷いて先を促したわ。


「我の声を聞ける者であったゆえ、我は毎回そのスープを食してその……」


 その先はどうなるの? 早く言ってちょうだいよ。彼も同じ気持ちのようで、「その?」とニルヴァスに訊いたわ。ニルヴァスは俯いて、ボソボソっと何か言ったのだけど、聞こえないから「聞こえないわ」と言ったら。


「美味い! なんと美味いのだ。ごちそうであるな!…と言った覚えがあるのである……」


 前半をはっきりと言って、最後の方はどんどん声が小さくなって。

「なんでそんな事を言ってしまったの!」とは言えないわ。同じ状況を自分で想像してみたら、「美味しいわ。いつもありがとう」ぐらいは絶対に言ってると思うもの。

 乏しい食料の中からの自分への奉納品に、文句など言えるはずもない。


「それで神への奉納が白いドロドロスープで決まってしまっておるようでな。我はもう長い事、我の世界ではドロドロスープしか食しておらぬ…」


 私? そうね神には涙など無いから零れはしないけれど、胸が痛くなるくらいはするのよ。だから、本っ当にめちゃくちゃ痛かったわ。……ずっとドロドロスープなんて、私だったら耐えられないもの。


「…声が聞こえる奴は他には居なかったのか? 訂正してもらうとか」


 彼が珍しく遠慮がちに言ってきたのだけど、言えた所でどう言えというのかしらね。


「もっとご飯を豪華にしろとでも言えというのかしら。それとも他の料理も食べたいって言うの?」


 私とニルヴァスは食事をしなくても死にはしないのだ。そんな存在が食べないと死んでしまう者に向かって、催促ができると思っているのか。

 私はニルヴァスを思って眉が完全に下がってしまっていたと思うわ。情けない顔だったでしょうね。


 彼がおもむろに立ち上がって、珍しくお皿を3つ用意して腸詰とベーコンを焼き出したわ。背中を向けている時、目を擦っているように見えたのは気のせいでは無かったと思うの。

 ニルヴァスにお皿を用意したのは、後にも先にもその時だけだったわね。





 そういう事もありながら私たちはヨリが来る日のために、どこにヨリを降ろすか、どんな能力があると助かるか、ヨリがどんな食材を欲しがるかを話し合って。

 もちろんヨリを魔大陸に来させる方法についても、話し合ったわ。これは完全に彼だけの都合だったのだけど、一応希望に沿うように協力をすることになったのよね。






「魔神イリスの事情」というサブタイトルでも良かったかもしれません。

イリスの色々を書きました。


やっとニルヴァスの白いドロドロスープの謎が書けました! スッキリです!(笑)


これでニルヴァスとイリスが目指す所がだいたい判明したかと思います。


7月15日、交換する魂を10個から50個に変更しました。他で変更し忘れあったら、是非教えてくださいまし。


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