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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
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49.イリス

なんだかニルヴァス様より、イリスの方が書く事がいっぱいです…。



「カズユキ、帰ったわよ」


 ニルヴァスの異空間部屋を出て自分の異空間部屋に戻ると、イリスは背中を向けて作業中の大きな身体に呼びかけた。


「おう、お帰り」


 大きな背中は振り向きもしないで返事をした。


「お土産があるわよ」


 いつもの事なのでイリスは気にしない。というか、返事が返ってきて「お帰り」とまで言ってもらえるのに不満など感じないのだ。

 テーブルの上に皿を載せながら、男の作業を見守った。


 男は何があろうが手元の作業をひと段落させてからでないとこちらに来ない事を、この1000年ほどで学んでいる。もちろん緊急性のある時は違うが、今回のは別に緊急では無い。まあ緊急なことなど、本当に、めったに無いのだが。


 男がこちらに来るまでに、イリスはイリスでやる事があるので、今はその方が都合が良かった。

 そう、「米が欲しい」という案件を、どうやって男に了承させるかという難問を考えなければならないのだ。


 米は男の切り札だと言っていたが、実は他にも切り札をいくつも確保してある事を知っているのだ。ならば1つくらいは別にいいと思う。

 だが男は前回ニルヴァスが交渉した時には首を頑として縦には振らなかったのである。


「ヨリを魔大陸に来させるには、絶対に米が必要なんだ」


 と、ニルヴァスと腕組み仁王立ちでにらみ合い合戦をやっていた。

 でも2度目の今回は、ヨリからの要求なのだ。そうね…そこを攻めようかしら。


 イリスが案件を通すための方向を見定めている間に、男は作業を終わらせてこちらを向いた。


「カレーね? 楽しみだわ」


 部屋にはカレーの匂いが充満していた。先ほどの作業はルーを溶かしていたのだとイリスは納得する。

 カレーは米があると100倍美味しくなるのだ。そして福神漬けとらっきょうのトッピングが最高に合う。

 2日目以降に具が溶け崩れてしまったカレーには、ナスとかぼちゃの素揚げのトッピングが堪らない。そしてカツならば載せずに別々で食べたい。カレーの時はいつもその流れだ。

 男を使徒にして一番良かったと思ったのは、カレーを初めて食べた時だったというのは内緒である。


 カレーという料理は、男が使徒となってすぐにこの世界に受け入れられた。

 イリスの世界の民だけあって、今では皆がダンジョンに気軽に潜って好みのルーを獲って来ては各家庭で作るようになっていた。

 米に至っては、付与魔術を利用した炊飯壺までが各家に常備されるまでになっている。


 やはり米を渡さないという選択は無いわ。

 「米が無いと生きて行けない」と言い張った男と同郷のヨリに、それを渡さないとか、たぶんマイナス効果よ、きっと。


 イリスは気合いをこっそり入れて、表面上は普段通りに装う。

 男が向かいに座って、テーブルの上の土瓶からお茶を湯呑みに注いだ。それをイリスと自分の前に置く。


「土産ってのは、当然彼女が作ったモノなんだろうな?」


「当然よ。ワサビと和がらしの代わりに、ちゃんともらってきたわ」


 男が頷いて皿のモノに手を伸ばした。まずはレーズンパンからのようだ。


「それ、レーズンパンて言うそうよ」


「ああ、知ってる」


 イリスが知らなかったのは、男がパンを作らないからだ。と言っても、この世界のパンは元々美味しい。だが生地に何かを入れるという事はしない。なので、パン生地に何かが入っているパンはイリスには初めてであった。


「パンまで作れるとは知らなかったな」


 手でひと口ずつちぎっては口に入れ、目を閉じてゆっくりと噛み、じっくりと堪能している。

 それを見ていたら、さっき食べたにも関わらずまた食べたくなってしまったイリスは、その思いを散らすために話しを始めた。


「ヨリがね、米が欲しいって叫んでたらしいわ」


 男の動きがピタリと止まり、また動き出す。


「米が無いと生きて行けないのが日本人だって言ってたわよね」


 男が目を開いて、口を動かしたままこちらを睨む。

 口にモノが入ったままだと話さない男の、そういうこだわりを利用しているのだ。


「あなたの言い分もあるのは知ってるけど、本当にヨリがこっちに来るまで米を食べさせないつもり?」


 まずはニルヴァスの世界を何とかするのが先なのだ。こっちに来るのはいつになるのか分からない。男だってそれは知っているはずなのだ。

 イリスはじっと男の目を見返した。

 男は口の中のモノをしっかりと堪能して飲み込んだ後、腕を組んだ。視線は斜め下。

 考えている。

 考え込んでいる。

 ここだ! とイリスはゆっくりと切り出した。


「…ねえカズユキ。もし、もしもよ? ヨリがこっちに来るまで米を渡さないでいたら……」


 男が視線を上げて、じっとまた見て来た。

 イリスは努めて説得に聞こえないように言うために、首を傾げて、考えながら言っているフリをする。


「こっちに来て米を食べたヨリは、米を食べられた事には喜ぶと思うわ」


 考えながら言っているフリなので、明後日の方向を向いて、ゆっくりじゃべる。

 もちろん男はイリスに目を据えて離さない。


「でもね。じゃあその時カズユキに会ったヨリは、何て思うかしらと思って…」


 さあ考えて! どう思われるか考えて! 私なら絶対好きにはならないわ。渡してもらえなかった事を絶対恨んでしまうと思うの。


 現在、2日に1度は米を食べたいと思うようになってしまったイリスは、ヨリの切望が少し理解できる気になっている。1日に1度は食べたいと豪語している男が、その気持ちを解らないとは思っていない。


 男は長い鼻の頭に向かってシワをいっぱい作って唸った後、しぶしぶと妥協した。しかし往生際は悪かった。


「もう少し後でならいい…」


「もう少しって?」


 男がこんなグダグダした態度をとるのは、ヨリに関する事のみ。それを知っているイリスは、辛抱強く返事を待った。

 男が皿の野菜巻きを口に入れて噛みだす。噛んでいる間に答えを考えようというのだろう。

 イリスはお茶を啜りながら焦れる事なく待った。

 男がちゃんと答えを出すのを知っているからだ。

 そしてイリスは、男が「米を渡さない」という選択に走る事は絶対ないだろうと思っているから、焦らない。


 皿の上のモノがすべて無くなった。

 男がゆっくりじっくり堪能しながら食べたので、考える時間は充分だったのだろう。


「米は渡す。だが設置権と現物権はやらんし、ニルヴァスが催促に来るまではやらん」


 お茶をひと口飲んだ後に、男が重々しく言った。

 それにイリスが「いいんじゃないかしら」と答えた。ヨリが当面食べられればいいだろう。


「交換条件は何にするか…」


 そうなのだ。無償では神々の決まりに反する。イリスも男と頷き合って、一緒に考え始めた。


「ヨリに何か作ってもらえばいいんじゃない? カズユキが食べたいモノを頼むのよ」


 イリスの提案に、男は腕組みをして首を傾けて考え込む。そうしてから一言。


「……それ以上の案は思い浮かばんな」


 イリスの提案が採用されたのであった。

 何を作ってもらうか、米をどのくらい渡すかは、ニルヴァスが来た時に何を作ってもらったかを聞き出してから決めようと言う事になった。


 ニルヴァスが来たのは20日後。その間、ヨリは米を我慢したという事だ。

 そしてニルヴァスから聞き出したクリームシチューを作ってもらう代わりに米を10キロ渡す事になった。

 鍋いっぱいってどんだけよ?! とイリスが内心は突っ込みたかったのをグッと我慢をして。



 米を早く食べさせてやりたい。

 ニルヴァスが追い出されたのは、2人のその思いが強かったためだ。

 あとは「催促に来たら」と言ってしまったがために渡すのが遅くなってしまったという自己嫌悪と、「ニルヴァスさえ早く来ていれば」という八つ当たりもそこに加わり。


 憐れニルヴァスは神であるのに放り出されるハメになったのである。









 +    +    +




 ヨリをニルヴァスに呼ばせる事を目標に定める前は、ニルヴァスと私で自由に食材設置権の交換をしていたのだけど。

 そう、カズユキはそれからは「これは駄目、あれなら良い」とか言うようになったの。


「どうして?」


 私が訊いたら、カズユキは。


「雛形 依がこっちに来た時に、魔大陸まで来させるためだ」


 腕組みをして自分だけ納得して頷いたの。


「こことニルヴァスの異空間部屋は行き来できるんだもの。こっちで会えばわざわざうちの世界まで来る必要は無いわよ?」


 ヨリが来て、すぐここで会えばいいじゃない。そう考えていた私は、彼の言う事が解らなかったから訊いたわ。

 そうしたらカズユキったら大きな口をガッと開けて、筋肉で割れた胸筋と腹筋をドスドス拳で叩いて言ったのよ。


「こんなんを! いきなり見せたらビビるに決まってるだろうが!!」


 え? どうしてかしら。


「恰好いいし、声もいいし、強いし。もう非の打ちどころが無いくらい手間をかけて、伝説級に恰好良く創ってあげたのよ?」


 私の世界では間違いなく1番の色男。現に世界(うち)に来てから言い寄る女が後を絶たないわ。

 手を腰に当て、脚を開いて胸を張る。そしてビシッと指差して言う。


「あなたは自信を持って彼女に会えばいいのよ!」


「私の最高傑作なんだから!」と続けたら、カズユキは脱力して椅子の背もたれにのけ反ったわ。そして掌で目を覆って力の抜けた声で言ったの。


「…あのな。俺が元いた世界じゃ、こんな姿の生き物なんか居なかったんだぞ?」


「え? そうなの?」


 私はヨリを確認しに行った時に見た、あちらの世界で見た人を思い浮かべたわ。

 あちらの世界の人は……2本の脚で歩いてたでしょ? 毛が生えてたでしょ? しゃべってたでしょ? 手を使って色々してたでしょ? 子供の作り方も一緒だったから、ヨリと作れないなんて事は無いはずだし。


「こちらの世界と、そんなに変わらないと思うのだけど」


 本当にそう思ったのよ私は。だってほら、全部一緒だったもの。まあ寿命はこちらの方がかなり長いのだけど。頑張って思い出して比べたけど、


「寿命と魔力が多いだけだと思うのよね」


 うんうんと私が納得して頷いていたら、カズユキから変な音が聞こえて来たの。なにかしらと思って見たら、カズユキの額から角が生えてきてるじゃない。しかも身体中に刻まれた魔力回路が光り出してるし!


「な、なんで怒ってるのよ?!」


 カズユキが暴れたところで、もちろん神たる私は負けるわけが無いのだけど、まあ5千年に1度しか創れない使徒だもの、大事にしたいわけよ!


「ご、ごめんなさい! ちゃんと聞くから怒らないで!!」


 神にあるまじき情けない懇願で、カズユキは何とか怒りを収めてくれたのだけどね。神を謝らせるとか、ほんっとあり得ないわ!!





 真面目に話を聞いたら、うちの世界の人は全員、あちらの世界では受け入れ難い姿をしているということが判ったの。

 だから、カズユキの姿でいきなりヨリの前に現れたら、悲鳴を上げて逃げられるに違いないのですって。へんなの!


 そうならないようにまずは魔大陸に来てもらって、うちの世界での普通の人たちを見てもらってから、会う。それがカズユキが考えた、ヨリに逃げられないための作戦だったわ。


「こっちの住人は皆こんなんだ。周りが全部そうなら、俺がそうでも驚かれんだろうからな」


 そういうモノかしらね。でもニルヴァスの世界もあちらの世界と似た感じの人だったから、カズユキの言う事が合ってるのかもしれないわ。


 神らしく寛大にカズユキの案を受け入れる事にして、そこから私とカズユキの「ヨリを呼ばせよう作戦」は白熱したわ。

 めでたく100年後に「我も使徒が欲しいのである!」とニルヴァスに念願の言葉を言わせた時には、まだヨリを呼べると決まったわけでもないのに躍り出したいほど興奮したわね。





 +    +    +




 神域の、誰も居ない庭の隅で花を見ながら昔を思い出した。

 もう1000年も前の事だ。

 そして、ヨリは来た。自分で選んでこちらの世界に。

 それだけであるが、カズユキに半分は報いる事ができたような気分だ。


「でもこれからなのよね」


 まだまだこれからなのだ。

 カズユキには、「できる限り協力はするけど、ヨリがあなたを選ばなかったらどうするの?」という質問を、ヨリを呼ぶと決めた時にしてあった。

 カズユキは「諦めるしかないな」と苦笑いをして答えたけれど。


 カズユキの頑張りが実を結ぶといい。そうイリスは願う。

 恋というのは解らないが、誰かを求める気持ちというのは解る気がする。

 すっかり私を丸くしてしまった筋肉神を思い浮かべて、花を手折った。


 もうすぐ神合わせの時期だ。

 1000年に1度だけ男神と女神が、互いの魔力や神力を混ざり合わせる儀式を行う。そうやって自分の世界の男女の比率を均等にするのだ。


 今までは妹神がやっていたが、今は別々の世界だ。今回は自分もやらないわけにはいかないが…。

 そっとため息を吐く。


「やあ、こんな所にいたのか」


 声をかけながら近付いて来るのはトーラスだ。

 この男は、女神たちに絶大な人気を誇っている。神合わせの相手に悩んだ事などあるまい。


「イリスは神合わせの相手は決まったのかい?」


 トーラスと一緒に庭を眺めていたら、トーラスが小さく問いかけてきた。

 視線をトーラスに向ける。


「決まると思う? この時期だもの。もう皆、相手は決まってしまっているでしょ」


 笑って言ったつもりだが、上手に笑えているだろうか。

 そんな私にトーラスが言う。


「神合わせは1人だけとやればいいけど、1人だけしか駄目とは決められていないよ」


「初めてだから、知らなかったわ」


 驚いた風を装って返事をしたが、そんなのは嘘だ。

 そもそも妹神だけに任せてきたのは、私の相手が見つからなかったから。


「そうか。僕は相手が多すぎて無理だけど、ニルヴァスに頼んでみるといいよ。彼はまだ3人ぐらいだったと思うから」


 トーラスが「じゃあね」と去った後もまだそこに居た。手のひらに載せた花をコロコロと転がす。

 ニルヴァスに頼むのはもちろん考えた。でも、そうしてしまったら今のままの自分では居られない気がする。……今の関係を壊したくはない。


 ニルヴァスはあの通りの鈍感だが、私は多分変わってしまうだろう。そうなれば今までのようでは居られない。

 その確信だけがあって、ニルヴァスには言い出せないでいる。

 そもそもあの鈍感は、私が頼んだら「良かろう」と絶対言ってくれるだろうが、私にとっては初めてで、すごく緊張する事なのを解ってくれないと思うのだ。


 最終的には頼むしかないとは思うが、神合わせの時期には引きこもっていた魔神たちも出てくる。

 その中に頼めそうな人が居たら。


 そうね。ニルヴァスに頼むのは最後でいいわ。とにかく同じ魔神なら嫌われてはいないと思うし。


 少し希望が見えてきた。

 前回は「まだ引っ越しをしたばかりだったから、まだ必要ない」とやらずにいたのだ。怖気づいていたというのが一番の理由だが。

 今回、私が逃げれば民たちが困る。前回見送ったせいで、うちの世界には女ばかりが増えてしまっていた。

 もう逃げられないのだ。


 手のひらで転がしていた花を、池にそっと落としてそこを立ち去る。

 心は決めた。ニルヴァス以外の神と神合わせをする。

 まだ心の隅には筋肉がちらちらと見え隠れしていたが、それは見ない。

 見ないふりをして…自分の世界へ飛んだ。







なんで魔大陸まで会いに行かなければいけないのかが判明しました。


カズユキ君はいったいどんな姿をしているのか。イリスの世界はどんな所なのか。

気になりますね! ちょいちょい出して行きたいです!


次話からはヨリの方が始まります。

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