34.話をしよう。 (4日目)【野菜抜きホットサンドイッチ】
影の薄いソルからの呼び出しです。ドキドキ
ソルに話があると言われ着いていく。
その間、忘れてしまっていることを懸命に思い出しているのだが、まったく思い出せない。
連れて行かれたところは、村から少し離れた岩場だった。
灌木が少しだが生えていた。ちょうどいいので、こっそりと小さい鳥居祭壇を作っておいた。
ソルが岩に座ったので、私も向かいの岩に座る。
さて何だろうか。
「なあ、ヨリ。あんたはなんで俺たちにここまでしてくれるんだ?」
少しうつむいてから顔を上げたソルは、そんな事を訊いてきた。
私はそれにロンさんに言ったのと同じことを言う。
ポルカの子供と遭遇、あまりのガリガリ具合で放っとけなかった。これからご飯をちゃんと食べれるように環境から改善。だからポルカの大人を云々。
ロンさんからまだ訊いてなかったのか、ソルは驚いていた。
私は続ける。
「きみたちが身体強化とか覚えると、ダンジョンで狩りがしやすくなるよね。そうすれば役人に渡す決まり以上の食材が、きみたちのご飯に使えるはずじゃない? だからまずは能力開発なんだよね」
ソルは困惑している。せっかく男前だと思うのに(薄汚れた肌にボサボサガビガビの髪でよく判らんが)眉尻がそんなに下がってしまうと、犬に見えてしまう。萌え時ではない、耐えろ私!
「もしね。もし、市場でポルカの子に会ってなかったら、私はもうこの街には居なかったよ。ここのダンジョンで食材をひと通り集めて、森と山で野菜採って、そんで次のダンジョンに向かってた。だけど会っちゃったし、私にはご飯を皆に食べさせてあげることもできちゃったし、ロジとも会っちゃったし、きみたちとも会っちゃったってわけ」
ソルの眉間にシワが寄り寄り。
「会っちゃったから、放り出して次には行けなくなっちゃったってだけなんだよ。だからね。全部私の勝手だから、ソルはいろいろ気に病むことは無いと思うよ」
本当に。本当に私の勝手なのだ。振り回されてるのはソルたちなのだから、余分な心配はしなくてもいいと思う。心労で倒れたりなんかしたら、可哀想だ。
「食材と金を返せとか言わないってことか?」
ソルの眉間のシワが減らない。うん、ここでもうひと押しだろうか。
「最初から返せなんて考えてないよ。そもそも私が必要なのは10人分くらいの食材だから」
「10人分?」
そう、私とニルヴァス様の分だけだ。ニルヴァス様のおかわり分も入れて、多めに見積もっても10人分。
白菜とかのでかい野菜たちは、多く使っても1個ずつくらいしか使えない。
「うん。私はその人のために食材を集めてるんだ」
「その人たち、じゃなくてか?」
1人だから、たちじゃない。
「うん、めっちゃ食べる時があるから、多めに見て10人分」
言ったらソルがびっくりしていた。
ステーキをあんだけ食べた時は、私も驚いた。
「お金はその人から出てるんだけど、本当に不自由してないし、自由に使えってどんどん渡してくるから、そっちも心配いらないよ」
どうだろう、上手くごまかせただろうか。
ソルはそれを聞いて、やっと少し肩から力を抜いたように見えた。
「…飯、美味かったよ。皆も喜んでる。ありがとうな」
照れているようで、ボサボサの髪を、手でさらにボサボサにしながらソルが言う。
言いながらこっちを見たソルの眉間のシワが、やっと1、2本に減っていた。
うん、可愛い顔になったじゃないか。
歳はいくつなんだろうか。20歳はいってるだろうけど。
まあ歳は置いておいて、森に行ったメンバーを集めて話したいと思う。
ホスさんの事を皆に話したいと思ったからである。
ソルにそう言うと、ソルの小屋で集まることになった。
緊張のお宅訪問再び! である。
私はソルの後ろをドキドキと心臓を鳴らして歩くのだった。
+ + +
俺たちは投てきの場所には行かなかった。
ヨリと料理番のおっさんたちを見ていたら、そのまま目が離せなくなっちまったからだ。
ヨリのやることにおっさんたちがすごく集中している。その真剣な空気に、俺も引き込まれて動くことも忘れてた。
最初は何かが揺らいだから、それを見に来たんだった。でも中を覗いてすぐに、そんな事は忘れちまってた。
次々と出てくる食材。それを切ったり、何かしたりするヨリとおっさんたち。
どんどん付与をかけてくヨリ。
どんどん出来ていく料理。
俺にも魔力の流れが少し分かってきたみたいだった。
ヨリが声に出して言うのは、たぶんおっさんたちのためなんだろう。
言うたびにひゅっと魔力が移動する。
揺らぎではなく、ひゅっと動く。
それは本当に一瞬で、昼に分かんなかったのが今分ってるってことは、夕方の練習のおかげなんだろうと思う。熱くも叫びたくもならなかったから、正直俺はへこんでた。だから今はすごくうれしい。
ヨリが料理を終わらせて、小屋を出てきた。
気が付いたら周りは真っ暗で、もう絶対投てきは無理だなと諦めた。
自分の小屋に戻ろうとした所で、ヨリとソルさんが歩いて行くのが見えた。
何を話すんだろうか。
ロンさんも気にしてるようで、2人を見てた。
ユジさんたちはあくびをしたり伸びをしたりして、自分の小屋に帰るみたいだ。
俺も眠い。2人のことは気になるけど、今日はもう寝たかった。
その後、俺は小屋に戻ってすぐに寝ちまってた。
小屋の奴らが楽しそうに飯の話をしていて、それを聞きながらいつの間にか寝ちまっていたのだ。
昨日と今日は晩飯を食べたせいか、本当にすぐ寝入っちまう。
朝までぐっすり眠れて、寝起きもスッキリだ。
それは同じ小屋の奴らもおんなじみたいで、起きた時皆で、「腹の虫が無いと、こんなに寝れるんだな」と言い合って笑った。
+ + +
おはよう皆。よく眠れたかね?
私? 私は昨夜も寝ていない。
ソルの小屋への訪問はどうなったか、知りたいかね? 知りたい? じゃあ話そう。
あの後、手に汗を握りしめてソルの小屋に向かったわけなんだが。
皆さま、すでにご就寝あそばしていたのだよ。
さすがに皆を起こすほど緊急な要件ではないので、そこで私は「じゃあまた明日」と言いましたとさ。終わり。
こんだけである。
私はその後調理小屋に戻って、そこから異空間部屋に入って、ニルヴァス様にハンバーグ2種と浅漬けサラダ3種を作って、ケチャップと、ケチャップとソースを混ぜたソースと、ハンバーグを焼いて出た油に、ケチャップとソースを入れて煮立たせたソースを用意して、大量のハンバーグを召し上がっていただいた。
私はソースとケチャップを混ぜただけのソースが好きなので、1個だけそれで食べた。うむ美味かった!
もちろん仕入れたジャガイモでじゃがバターもやった。私も食べていなかったので、食べた。
じゃがバターはやはり美味い! おかわりもした。してしまった。(泣)
その後はダンジョンに突っ込んだ。と言っても、上中下層、さらにボス部屋にも祭壇はある。
欲しいのはコンソメと生クリームとチーズ、キュウリだ。行きたいとこだけサクっと行って終わらせた。
その時に思い付いたのだが、槍は投げたら手元に武器が無くなってしまうし、弓の矢も撃ち切れば無くなる。
ならばと、魔力で弓を作り、消耗品の矢ではなく魔力を射ってみたのだ。
魔法ではなく、魔力に「必中」と「爆裂」を付与してモンスターに打ち込んでみた。
魔力の矢がモンスターに当たると中から爆発していったのは私の爆裂のイメージであると思われる。
魔法を使った方も試した。風や水を竜巻状に細く圧縮したものや、火矢を撃ってみたのだ。数を増やすイメージを入れたら、そのタイミングで増えた。
火矢は当たってから燃え終わるのを待つ時間がイライラした。…火は生活にしか使わんな、私。
いろいろ試した結果、考えた。
私は調理や生活に魔法を使う時、これはその魔法、あれはこの魔法とか考えていないことが多いなと。
魔法で攻撃する時は、さすがに意識するのだが、魔力のみでも攻撃できたということは、別に魔法やらにこだわる事はないんじゃないか。
ホスさんの事もあるし、私の事もある。もしかして「どの能力か」とか考えないほうが、自分のやりたい事に直結するんじゃないかと思ったのだ。
さっそく明日…もう今日だった。
さっそく朝にでも皆に言ってみようかな。
そして今は、うん。朝の5時半を過ぎたところだ。
私は調理小屋でパンの横に切れ目を入れている。
石板にはせっせとおじさんたちが鳥ムネ肉を並べてくれている。
どうやら声を掛け合ってきたようで、料理番の皆が来ていた。
鳥ムネ肉を載せ終えたら、塩をかける係と、粗びきコショウをかける係に分かれて掛けてもらって弱火で点火してもらう。
私が居なくても使えるように、今朝は石板コンロの面倒はおじさんたちに見てもらうつもりだ。
鳥ムネ肉がジュウジュウいうまでは放置でいいので、チーズをスライスだ。
チーズはパンのサイズに合わせて切る。ドロップしたままでは大き過ぎるのをブロックに分けて切って、全員でやってもらう。
包丁にチーズが引っかかって、切りにくいんだよね。
そう思ってパンの処理をしながら見ていたら、ホスさんを入れて5人が包丁に「鋭利」か「不着」を付与したんではないかという現象を起こしていた。
もう魔力がゆらゆら、グルグル。ゆらゆら、グルグル。ゆらゆら…である。
どうやらゆらゆらが発現しそうな状態で、グルグルが発現した状態かなと当たりをつける。
う~~~~~ん……。
これはロンさんとソルたちに謝らなければいけないかもしれない。
そんな事態である。
ソルたちには「今から魔力増幅と魔力感知付与するよ。魔力使えるはずだから考えて使ってみてね」みたいなことを言ってから付与した。でも発現したのは10人のうち2人。ロンさんは元々使えたので数には入れない。
それに比べておじさんたちは10人中5人。
このおじさんたちには何も伝えていないし、魔力増幅しか付与していないのだ。
完全なる私の失敗な気がする。
5人の魔力の渦に、また1人揺らぎが追加された。
うほう……あ、また……。
そう、また1人増え……。
私は増えていく揺らぎに、グルグルと謝る言葉を考えながらパンに切り込みを入れ続けたのだった。
+ + +
朝目が覚めたら、いい匂いがしていた。
小屋の仲間を急かして起きて、川に顔を洗いに行く。
飲む用の水はこれから要らないと言われていたので、川に来た奴から農作業用の水を運び出した。
村のどこに行ってもその匂いがする。
その匂いで腹がぐうぐう文句を言い出した。
この匂いは多分、塩コショウというやつだ。料理番の奴に訊いたらそう言っていた。
多分それで何かの肉を焼いている。
昨日の飯に2回とも出てきた塩コショウ焼きというやつだと思う。
この匂い、ほんとに涎が出るんだよ。
あ~早く食いたい。
昨日、俺は「付与」を覚えて、ターヴは「治癒」を覚えた。
そんでロンさんが「治った」と言っていた。
俺はというと、使いたいと思っていた付与だが、どうにも上手くいっていない。
「強化」はもうできるが、槍を強化して投げると小石ほど飛ばなかった。じゃあ、と小石を拾って強化して投げてみたら、的にドカンと当たる。
同じように強化したのに、同じように飛ばない。
ロンさんを見ると、槍を投げるとズガンと突き刺さった。
近付いて「どうやったのか」と訊いたら、
「身体強化でぶん投げる力も強化してるんだが。槍の強化と身体強化、両方に魔力を振っても狙ったとこには当たってないからなあ。失敗だよ失敗」
的を見ると、刺さってはいるが確かに端っこの方だった。
さらに訊くと、身体強化は飛距離を伸ばすためにかけて、槍への強化付与は、当たる力と槍の強度を上げるためにやったのだと言う。
「小石と同じように槍に強化かけたら、槍の方は弱かった」
と言ったら。ロンさんは、うんうん頷いて教えてくれた。
「小石より槍の方がでかいだろう。一緒のつもりでかけると、そうなるぞ」
なるほどだった。言われてみれば納得だった。
さっそく自分のところに戻り、槍に強めにと念じながら強化をかける。
そして思い切り投げた。
槍は。
槍は飛んだが、かなり横に逸れて的の横を通過していった。
強化だけじゃ駄目ってことか?!
使えるようになっただけで喜んでいた。だがこんなに難しいなんて。
俺はまだまだ考えなきゃな。そう燃え始めた時に晩飯だって呼ばれて。
匂いに気がついたらもうそれを食う事しか考えられなくなってさ。
とっとこ村まで走って帰ったんだよな。
今朝のこの匂いで昨日の事を思い出した。
俺ってバカだったんだな。
自分の恥ずかしさに身もだえたくなるが、人目がある。我慢だ。
そしてこの匂い。
駄目だ、この匂いには逆らえない。
早く、早く済ませて行こう!
俺以外の奴もおんなじ気持ちなんだろう。皆が大急ぎで水を運んで広場に向かった。
+ + +
初めて食う朝ごはんは、フランスパン風のパンに、スライスしたチーズと鳥ムネ肉の粗びきコショウ焼きを挟んだモノと、昨日も食べた浅漬けサラダだった。
渡されながら教えてもらったのだ。
渡されたパンはほかほかと温かい。
かぶりついてみたら。パンはふかっとして、もきゅっとした噛み応えだった。
中には少し歯応えを感じる何かと、その何かとパンの間にはトロリとしたしょっぱいもの。
口に入れたひと口を噛むと、時々ガリッと歯に響いて、またしょっぱさが口にじわりと広がる。
それがまたいい。
次のひと口もまたそれを楽しみたくてゆっくりと味わう。
なんだこれ、うまい。すっげえうまい。
サラダを食う事を考える余地もなく、パンだけを先に食ってしまっていた。
余韻を楽しみ、味を反芻した。
そしてサラダも食おうとボウルを覗き込んだら。残りがわずかになっていた。
同じボウルから食うユジたちは、それでも俺に残しておいてくれたらしい。
「うまかった!」「うまかったぞ」と俺が食おうとすると感想を伝えてくる。
頷いてフォークですくって口に入れた。
モグシャキ。モグシャキ。
うまい。
なんだこの赤い粒は? 昨日食ったのと同じかと思ったら、少し違ってこれもまた良かった。
野菜の甘さが赤いのと混ざって、たまらなくうまい。
手が止まらないのだ。昨日のも手が止まらなかったが。
あっという間にカラになった。
ボウルを調理小屋に持っていく時、ヨリに言う。
「どっちも美味かった。また作ってくれ」
そう言ってから、ん? となった。
これでは昨日の飯は不味かったと言っているようなものじゃないか?
俺はあわてたが、あくまで平然として見せて言葉を追加した。
「昨日のも美味かった。また作ってくれ」
「うん。また作るよ」
ヨリが頷いた。
これでまたこの飯が食える。俺は心の中で拳を突き上げて喜んだ。
+ + +
朝ごはんは皆喜んでくれたようだ。
フランスパン風のパンにチーズと肉だけ挟んで、粗びきコショウをきかせて、さらに丸々を温めるのだ。
こうすると溶けたチーズが肉とパンを馴染ませて、本当にもう美味しいのだ! 粗びきコショウは好みだろうが、私は好きなのでしっかりめに振った。
某コーヒー屋さんで食べて、惚れ込んだ1品なのである。
野菜は邪魔だ! 邪魔なのだ! なので挟まずサラダで添える!
それが私のファイナルアンサーなのだ。
ソルには「美味かった。また作ってくれ」と言われた。
真面目な顔でボウルを「ん!」と差し出してきて、そう言うのだ。可愛いな。
なんだかソルまでロジ少年みたいに見えてしまいそうだ。
まあ35歳から見たらそんな変わらんかもしれん。はは歳を感じるな。
さて、ぼちぼち肉屋たちも来るころかな?
行く仕度をしないとね。
ああ、能力開発の事も言わないと。そして謝らないと……。
うぬう。
思い出したら申し訳なくなった。
許してくれるだろうか。
許して欲しいな。
そう願いながら私は今後の予定をまた料理番のおじさんたちと確認するべく、調理小屋に向かったのである。
影の薄い男ソル! 頑張って影を濃くしております!
今は灰色ぐらいにはなっているでしょうか(笑)
「美味かった。また作ってくれ」なんて、完全なる恋愛フラグですが、残念ながら生きるのに必死な彼らは、そっち方面に育っていません。
ヨリもそっち方面に育っていません。
どうにもなりません……。




