32.能力開発 と、ご飯。 (3月30日修正&加筆)
今回は、ご助言いただいた三人称で書いてみました。
伝わるようにちゃんと書けているか心配ですが……。
ヨリがボイフたちにハンバーグを教えていた頃、ポルカの村から少し離れた場所では。
「よ~~い」
パンッ!
ロンの号令と手を打つ音をスタートに、競争が繰り広げられていた。
身体強化を発現させるためにやっているのである。
彼はヨリに魔力増幅と魔力感知を付与されてから、すこぶる調子が良い。
ヨリに付与された魔力のおかげである。
そして魔力感知も付与された事によって、異常をきたしていた己の魔力の流れを制御できるようになった。
それにより怪我の後遺症で滞っていた魔力の流れが正常になり、怪我をしてからできなくなっていた事がまたできるようになったのだ。
それだけでもロンにとっては幸運であったのだが、魔力不足でできなかった「盗聴不可」を試してそれを1度で成功させ、そして新たに「探索」まで使えるようになったのである。
魔力はグルグル渦巻いて、絶好調で気分も明るい。
そんな彼が教師として身体強化を教えている。
ソルを始め森に行ったメンバーがやっているが、今のところ誰にも兆候は表れていなかった。
ヨリの魔力が付与されているとはいえ、今まで使えるとも知らなかった魔力をすぐに動かせるわけもない。
ユジとターヴは、ずっと思い詰めていたのが良かったのだろうとロンは考えている。
「競争がいい」とやらせてみたはいいが、どうにも発現する感じではない。
ロジに至っては、大人の中で一緒に走らせるというのが、そもそも間違っていたとロンは反省していた。
ロジと男たちでは、身長も筋力も当然ながら違う。比べるまでも無く、一番遅い。
そんな状況で、「絶対勝ちたい」と思えるわけがない。
ロジには同年代で競い合わせた方が良いと、ロンは結論付けた。
ヨリに相談して、他のダンジョン組にも付与してもらえないか頼んでみようか。
自分たちに付与して、ケロっとしているヨリのことだ。もしかしたらもう何人か(ロンが考えているのは、ロジの競争相手を同年代にしてやりたいということだけだが。)付与してもらえないかなと考えているロンであった。
実は、ロンのこの心配は全くの杞憂に過ぎない。ヨリは神の魂を練り込まれた人間である。
ここに居る250人全員に付与したとしても、ヨリに不便は無い。
しかも、元々の魔力の多さに加えて、この世界に来てから3日ほどしか経っていないにも関わらず、魔力を使い放題だ。
魔法の同時併用。付与の多重掛け。身体強化の使用頻度。
そして、広範囲の探索と鑑定の同時展開。それも長時間。
これらには、実はニルヴァスも驚嘆していた。
余りにも予想外に使いこなし、思っていたより馴染みが早い。
ヨリの魔力はその為に増大中なのである。
魔法や付与を使う者ならば、魔力切れを起こせば身体がだるくなる。そして寝るか時間が経たなければ回復しない。
だが魔力が切れるという事が無いヨリは、好きなだけ使える。増えるはずであった。
ニルヴァスがヨリに教えた、使えば身体に馴染んで、魔力が増えて行くという仕組みであるが。
実のところ、ニルヴァスがその仕組みを作ったわけではない。
魔力がこの世界に満ち始めたのは、そんなに昔の事ではなく、ダンジョンがこの世界に設置されたのも、そんな昔の事ではないのだ。
ニルヴァスの言うその仕組みは、その割と最近の事で判明したことであった。
ダンジョンは魔力の塊である。ニルヴァスの魔力で創り上げられたのだから当然だ。
その魔力をずっと浴びていれば、魔力に身体が馴れる。馴れれば身体が酸素を循環させるように魔力を取り込み循環させ始める。
その取り込んだ魔力と浴びる魔力で、さらに魔力に身体が馴れる。馴れれば馴れるほど、大きい魔力に耐えられるようになっていき、その分体内の魔力も増えていく。
能力は、何かのきっかけでその魔力に方向性が与えられて発現したものだ。
発現していないだけで、発現させるに充分な魔力を持っている者は、少なくないのである。もちろん魔力量にも能力にも個人差はあって、誰もが発現まで行けるとは限らないが。
その仕組みにニルヴァスが気付いたのは、ダンジョンに潜る貧困層の民から能力を使う者たちが現れたからである。
それも少数では無かった。
ニルヴァスが観察している間に、探索や鑑定、治癒、付与、身体強化、各種魔法など、彼らは魔力を使っていろいろな事ができるようになっていった。
そういう経緯で冒険者という者たちが誕生し、今現在に至るというわけであった。
ぜえはあと息を切らせた男たちが転がる。
「今日はここらで止めておくか」
そんな男たちを見て、ロンが決めた。
他の方法をヨリと相談すべきだと判断したのだ。
「それよりヨリが帰ってくるぞ。村で待ってなくていいのか」
ロンの言葉にロジが立ち上がり、ソルたちも腰を上げ始めた時、風が吹いた。
いつの間にか、ヨリが立っていた。
「身体強化の練習?」
ヨリが訊いたが、誰も答えない。
答えられるほどの成果を、誰も出せなかったからだ。
ロンがヨリに近寄る。その表情も明るくない。
「ちょいと相談したい事があるんだが」
ロンがヨリに競争では芳しくないと伝えた。ヨリは頷く。
「じゃあこれはどうかな。試してみたらどうかと思って買ってきた」
ヨリが袋から出したのは、弓と槍である。
それから手をかざし、数十メートル先に土の的を作りだした。
相変わらずのいきなりの魔法に、ロジ以外が驚く。
そして槍を構えて、的に向かって投げた。
その槍がまっすぐに飛んで的の真ん中に刺さった。
皆が注目する中、ヨリが言う。
「全員投げてみて」
全員投げたが、誰も刺さらなかった。
届かなかったり、距離は飛んでも的から外れたり、刺さらずに弾かれたり。
「弓もやって」
誰も弓を使ったことが無かったが、ヨリがやって見せるのを、ロジたちは見よう見真似でやった。
当然届かない。
ヨリに経験があるのは、妹と妹の子供とスポーツレクリエーションで弓道をやった事があったからであった。
馴れない弓や槍の扱いに、彼らは皆困惑気味だ。
ヨリは乗り気薄な男たちに、遠距離攻撃の有用性を説いた。
「離れた所から攻撃できるってことはね、モンスターが遠くにいても倒せるってことだよ。モンスターが大きくても強くても、離れた場所から皆で当てれば倒せると思うんだよね」
それを聞いて、全員が真面目な顔で槍と弓で的を狙い始めた。
離れた的に当てるという行為に集中すれば、当てる為にどうすればいいかを考えるし、真面目にやればやるほど、「当たれ」「届け」と強く願うものだ。
ならば付与か身体強化が発現しやすいのではないか。それが弓と槍を買ってきたヨリの狙いであった。
ヨリが的を人数分増やして的は10個になった。
ロンがいろいろ覚えたいと思っていることを、ヨリはお見通しであった。弓も槍もロンの分まで用意されている。
気付いたロンが顔を上げてヨリに礼を言おうとしたが、ヨリはすでに村に向かっていた。
ヨリにかなわないなと思う所は、年齢以外ほとんどだと思うわけだが、1番がこういう所だ。
ロンはそんな事を思いながら、弓と槍を持って空いている的に歩いて行った。
男たちはそれから、ヨリが料理小屋で手伝いの男たちと一緒に作る晩ご飯の匂いが漂うのも気付かず、集中して投てきと射撃を繰り返した。
晩ご飯の連絡が入る少し前には、全員が手ごたえを感じ始めていた。
ヨリが言った遠距離攻撃の有用性が、彼らを奮起させた結果である。
剣しか使ったことのない彼らは、使った事のない武器をどのように扱えばいいか、どのようにすれば当たるのかと、それぞれが深く考えた。
経験者が居なかったというのが、頼らずに自分で考える事に繋がったのだろう。
ゆえにそれぞれの考える方法に合わせて魔力が練られている。
発現にはもう間もなくといったところだった。
だが本人たちにはそれは解らない。
村の住人の1人が「飯だ」と言いに来てくれたのを切りにして、彼らは弓と槍を各々持って、村に帰って行ったのであった。
村に戻った彼らを待っていたのは、何かいい匂いのする具だくさんのスープと、焼いた肉と手で掴めるほどのフワフワしたモノであった。
それはヨリがニルヴァスに作った白菜ポトフに、コンソメとゴボウと里芋とが入り、塩漬け肉の代わりにハンバーグの種が肉団子になって入っている「巻かないロール白菜」と。
豚肉を1センチの厚切りスライスにして塩と粗びきコショウで石板で焼かれた「豚肉のステーキ」と。
昼にヨリが仕込んでいたパン生地が焼かれた「フランスパン風のパン」であった。
幼い頃から1日1食しかご飯を食べたことが無かった村の住人たちが、物心ついてから初めて食べる1日で2食めのご飯である。(ロンとロジは除いて)
全員が落ち着かなげにソワソワキョロキョロしていた。
それぞれの手元には自分の分がちゃんとある。
ソルがいつもはしないのに「食べていいぞ」と号令した。
昼は号令などしなくても食べ始めていたのに、今は一向に食べ始める者がいないからだ。
その号令で食べ始めた住人たちは、皆感嘆し、貪り食べた。
ジャガイモを、感じるかどうかの塩で茹でて食べていた彼らである。
コンソメに野菜たちのエキスが溶け出した旨味。
そこに入れられた肉団子から出た脂の旨味。その旨味が具に戻って浸み込んでいる。
住人たちにはそこまで分からなくとも、美味い事だけは分かった。
そしてステーキの豚肉の脂に絡んだ塩と粗びきコショウのハーモニー。
発酵パンの焼き立ての皮の香ばしさ。中の生地のほのかな甘塩っぱさ。
それらに圧倒されて、もう声も出ていなかった。
ただ口に入れ、味わい。噛みしめ、味わい。
口の中から無くなるのが惜しくて、口に入れて噛まずに味わう者も居た。
至福であった。
満足であった。
ジャガイモは、不味くはないが美味くもない。それが住人たちの総意であった。
それが毎日である。
ダンジョン組はパンを持ってダンジョンに潜るので、飯はジャガイモよりパンの割合のほうが多い。
しかしダンジョンに潜らない者は、これが毎日続く。
当然飽きる。飯が楽しいはずもない。
そういう日常にヨリが突然現れたのである。
ヨリが来て、あっという間に村の広場に小屋を建て、そこで料理を作った。
嗅いだことのない匂いに引き寄せられて、飯ができる前には村の全員が広場に集まっていた。
そして全員が皿を渡され、載っているものを食べた。
ジャガイモにはドロリとしたものがかかっていた。ジャガイモと一緒に食べろと言われ、食べた時の驚き。
今までにない大きさの肉を食べた時の、あまりの美味さ。
ボウルに入れられたペラペラグシャッっとなった緑と黄緑とオレンジ色のモノを、口に入れた時に感じた表現しようもない甘さ。
それらはジャガイモのみで生きてきた住人たちの日常を幸せにした。
「ヨリという女の飯は美味い」と住人たちは認識した。
昼にヨリの作った飯を食べてから、村ではその話しかしない。
しかも夜も何かを作ると言う。
全員の顔が期待に綻んだ。
夕方ヨリが帰ってきたと伝言が村を駆け巡り、飯の仕度を手伝おうと料理番の男たちが小屋に集まった。
彼らは昼食後にポルカの子供たちのパン焼きを手伝った者たちだ。ヨリが作業を始めると、まな板を出して一緒に野菜を切り始めた。
ヨリの言葉に従いながら作業をする。
この時、彼らは里芋やゴボウ、椎茸などの初めての野菜を目にし調理したのであるが、ちゃんとヨリの真似をして言う事を聞いた。ヨリが驚くほど真剣であった。
彼ら料理番はヨリの料理を村のために覚えようと必死なのである。
ヨリにとっては心強い助手たちになりそうであった。
そして期待を超えての晩ご飯である。
パンは1人3個までの計算でヨリは作っていたが、1日1食の彼らの胃袋はそんなに大きくは無い。
1人1個のパンとおかずたちで、住人たちは満足で満腹であった。
パンは収納袋にしまわれ、翌日のダンジョン組の弁当となった。
その後は、ヨリが「明日はダンジョンに行くから今から明日のご飯の仕度をする」と言い出して。
料理番と一緒に仕度を始めた。
料理番たちは、ヨリの事を「ヨリ」と呼ぶようになっていた。
今はまだ食材をヨリが出しているが、それをヨリは気にしていない。
材料がでかいのもある。タダで手に入る材料が多いのもある。お金を好きに使っていいと言ってくれる神様もいる。食材集めに苦労しないのも大きい。
ニルヴァスとヨリでは食べきれないほどの量の食材たち。
それを食べさせてあげたい人たちに食べさせてあげられるのである。元の世界ではできなかった事だ。
ヨリは感謝せずにはいられなかった。この世界に呼んでくれたマッチョな神様に。
ちなみに晩ご飯はニルヴァスに捧げられた。
コンロと壁の間の、あの祭壇である。
どのように持って行くのか気になって見ていたヨリであったが、ちょっと目を離したスキに料理はまたもや消えていたのであった。
ポルカの人たちは、一番の楽しみがご飯になってしまいました。
三人称、難しかったです。
でも今まで入りきらなかった設定を、ちょっとお届けできたんじゃないかなと思います。




